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第4話

4・苦すぎる思い出(その1)

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 10年前──あれは、たしかクリスマスを間近に控えたあたりだっただろうか。

『そういえばうちの親、今週末は出張なんだ』

 放課後、いつもの公園でおしゃべりをしていると、緒形がいきなりそんなことを言い出した。

『へぇ、そうなんだ』
 
 最初、菜穂はその意図するところを読み取れなかった。

『出張ってどこに?』
『長野』
『この時期に? 大変だね』

 ちょうど前日『長野は記録的な大雪に見舞われている』とのニュースを目にしたばかりだった。だから、心から気の毒に思ったのだ。
 それなのに、緒形は顔を強ばらせた。「いや、だから」と彼らしくもなく口をもごもごさせたあと、手元のペットボトルを一気に飲み干した。

『つまりさ、週末うちは留守──ってことなんだけど』
『うん……』

 そこで、ようやく菜穂は理解した。彼は、その週末の留守宅に「遊びに来ないか」と誘っているのだ。「誰もいない」ということをはっきり伝えた上で。
 頬が、カッと熱くなった。頭のなかをいくつもの単語がぐるぐるとまわり、ようやく、そのなかからかろうじて口にできそうなものを菜穂は選び取った。

『それは、泊まって……ってこと?』
『泊まってもいいし、日帰りでも』

 曖昧な返答に、菜穂は再び混乱する。
 もしかして、自分の考えていることとは違うのだろうか。実は、誰もいない家でのんびり映画鑑賞でもしたいとか? たしかに、それなら「泊まり」でも「日帰り」でもおかしくはない、けれど──
 黙り込んだ菜穂に、緒形は「あ、いや、ええと」と焦った声を発した。

『できれば、うちに泊まってほしい──三辺が、嫌じゃなかったら』

 キス以上のことを、したい、かも。
 途切れ途切れの弱々しい声を、木枯らしがさらってゆく。
 なのに、幸か不幸か、菜穂の耳はその言葉をしっかり拾ってしまっていた。
 キス以上のこと──それが何を意味するのか、わからないほど幼くはない。
 ひとまず隣を見た。緒形は、空っぽのペットボトルを睨みつけるようにうつむいていた。耳たぶが赤いのは、冷たい外気のせいか、それとももっと別の意味があるのか。
 菜穂は、首をすくめた。鼻先までマフラーに埋もれたせいで、なんだか口のまわりがチクチクと痛痒い。

『わかった……お泊まり道具、持っていくね』

 緒形は、弾かれたように顔をあげた。いつもは大人びた雰囲気のある彼が、このときばかりはどこかあどけなく映った。
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