天使の住まう都から

星ノ雫

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四章

102 これまでとは違う迷宮

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 結局、俺達は先程の兎人に教えられた出入り口から、ダンジョンに入る事を決めた。
 入口周辺は巨大サイロのような玄関口同様に石造建築の人工物だったが、少し進むと、すぐに洞窟であったり坑道のようであったりと様変わりしていく。

 このような地形であるため、分岐点や移動用の転移門ポータルも、これまでと違って思わぬ所にあったりする場合が多い。
 段差の横や見えない岩の陰にあったり、ぽっかりと開いた真下や真上に向かう穴なんてのも、落とし穴でなくて通路だったりする。
 そのため、それらを見つける能力に長けた斥候の役割が、深層からは重要となってくる。

 そんな重要な斥候役に適任なのは、勿論我らがリンメイさんである。
 リンメイは獣人特有の優れた五感や身体能力を持ち合わせているし、 【鑑定技能】 のギフトによって怪しい箇所を看破できるため、安心して任せられた。

 そんな斥候の補助をするのはマッパーの役目。
 マッパーはマップを確認しながら、小部屋や通路のありそうな空間を予測しながら斥候と連携して道を探していく。
 マッパーも、これまで同様ラキちゃんにお願いした。ラキちゃんは振動魔法の応用で結構な広範囲を見通す事ができるから、とても心強い。
 ラキちゃんは怪しい箇所を見つけるとその都度魔法で確認し、的確にリンメイに教えてあげていた。

 大家さんも精霊魔法により斥候とマッパーのどちらも兼務できるのだが、二人がいるお陰で今回はあくまでもサポートに徹し、周囲や後方の警戒をメインにお願いしている。
 そして、王子様とエルレインはこのパーティの剣と盾であるので、前衛を任せている。

 俺はというと、今回はパーティの殿しんがりを務めている。
 いくら大家さんに後方の警戒をお願いしていても、大家さんは魔法士なので後衛職だ。そのため、いざって時は俺がラキちゃんと大家さんの壁とならねばならない。
 そんな配置で、俺達は迷宮を進んでいる。



 今更な事ではあるが、このパーティの中では明らかに俺の能力が、皆よりも劣っている。どんな能力がと問われたら返答に困るが、とにかく全てに於いてだ。
 まず、この世界で生き抜いたという経験が圧倒的に少ないし、生き延びるために己を鍛えてきた時間も圧倒的に少ない。 
 この世界へ来て数か月というのもあって、こればっかりは仕方のない事なんだけど、今はこのパーティを預かる身なので泣き言は言ってられない。

 これまでも、少しでも皆の足を引っ張らないようにと努力はしていたんだが、一朝一夕でどうにかなるものではない。
 そんな折、幸運なめぐり合わせによって、俺はトルバリアス様に雷魔法の底上げしてもらう。
 この力が、きっと今の俺の足りない部分を埋めてくれる。そう確信した俺は、優先的にこの能力の運用方法を習得しようと決意する。

 トルバリアス様のおかげで様々な雷魔法の使い方を、自分の技能として扱えるようにはなった。
 しかし、その能力を扱う場面がどこであるのかという判断力は、経験から学ぶしかない。
 それにダンジョン探索のような、長期での活動を見据えた魔力マナの配分や温存方法なども、経験から学ぶしかない。
 なので今回の迷宮探索では、特にトルバリアス様から授かった力を息切れする事なく、十全に扱えるようになりたいと考えていた。

 今は、授けて頂いた能力の一つである 『周囲に電場を作り出し広範囲を索敵する能力』 を使って、周囲を警戒しながら移動している。
 この能力、突き詰めれば索敵だけでなく戦いの最中にも敵の僅かな動きを読み取り攻撃に対処できるようになると、授けられた記憶に刻まれている。
 まだ使い始めたばかりなので慣れるにはまだまだ時間が掛かりそうだが、いつかその域に達する事ができるよう頑張りたい。
 理想は、ゆったりと落ち着いているようで常に警戒を怠らない、少しも隙の無い達人武芸者といった感じだろうか? なれるといいなあ……。



 俺達は定期的に現れる魔物を屠りつつ、歩を進めている。
 深層に現れる魔物はこの階層から新たに出現する魔物も多くいるが、これまでの迷宮で現れた魔物も数多く存在する。
 だが、そいつらをこれまでと何ら変わらないだろうと侮っていると、結構痛い目を見る。

 これまで魔物は冒険者を見かけたら見境なく襲い掛かってきていたのだが、深層からは地形に擬態するなどして待ち構えている事が多くなると、 『紅玉の戦乙女』 から教えられた。
 例えば、ただの窪みに魔物がひそむだけでも、恐ろしい罠となってしまう。そんな感じに、魔物自身がこの洞窟迷宮のトラップと化していた。
 そのため、ここでもそれらを回避するために斥候の力が重要となってくる。

 特にスライム系の魔物は要注意と言っていた。様々な物に擬態するため、発見が遅れるとえらい事になってしまう。
 また、古びた燭台や灯篭の周りにはウィル・オ・ウィスプのような炎の魔物がいたり、地下墓地の地形ならアンデッド系が、水辺では水生の魔物がといった感じに、その環境に適した魔物が居座っている。
 その様は、これまでの魔物が徘徊する迷宮とは微妙に違う、なんというか、魔物の支配する世界へ足を踏み入れてしまったかのようだった。

「みんな止まって。――リンメイお姉ちゃん、十歩ほど先の天上左端に、小部屋に繋がる縦穴があります」

「マジ!? それって、もしかしたら玄室かもしんねーな!」 

「玄室には宝箱が高確率であるんだっけか? いいねぇ、いいねぇ!」

「えーっと…………あれか。――みんな警戒。ラキの言った穴にアシッドスライムがいる」

 リンメイはラキちゃんの情報を元に、すぐさまアシッドスライムの場所を特定したようだ。
 アシッドスライムと聞き、酸の攻撃に備えて俺達はすぐに盾を構える。

 ラキちゃんの言った辺りまで近づいてみるが、俺には未だにその穴がどこにあるのか見つける事ができない。

「どこだその穴……、さっぱりわからんぞ」

「あそこだ……よっと!」

 リンメイはそう言うと天上の端に向かってアイアンニードルの針を投擲し、透かさず氷魔法を発動させる。

 ――ドスッ! ビキピキパキッ!

 突然、天上の壁だと思った場所が粉々になり、下にそそいてきた。
 そうか、壁に擬態して縦穴そのものを膜のように塞いでたのか……!

 アシッドスライムのいなくなった箇所には、ぽっかりと大きな穴が開く。

「まだ穴の中にもアシッドスライムがいますね。――私が魔法で処理しましょう」

 ……なるほど、確かにいる。
 先程の擬態していたスライムは目で確認しようとしたためにかえって気が付く事ができなかったが、今回は雷魔法による探知に意識を集中したお陰で、しっかりと把握する事ができた。

「お願い、大家さん」

 大家さんはリンメイと同じように氷の精霊魔法を使い、次々とアシッドスライムを倒してくれた。
 どうやらこいつ等は炎系統の魔法で倒すと蒸気や煙などが有毒なガスとなってしまうらしく、凍らせて粉々にするのがベターなんだそうだ。

 頭上の穴からは凍ったアシッドスライムが次々と落ちて来て、粉々となってしまう。暫くしてアシッドスライムの残骸が消えて無くなると、そこにはドロップアイテムが散らばっていた。
 そうそう、スライム系の魔物のドロップアイテムはなかなか侮れない。奴等なんでもかんでも取り込んでしまう性質を持っているためか、たまに魔銀ミスリルのような珍しい金属の地金を落とす事があるからだ。
 そのため詳細な確認は後回しにして、俺達は素早く魔石や宝箱の鍵や地金といったドロップアイテムを回収する。



 ドロップアイテムを回収し終わると、小部屋の方を確認するためにリンメイはブーツの力を使ってトトンと縦穴へ跳躍した。
 万が一に備え、ラキちゃんにも付いてってもらう。

 ――暫くして……。

「おーい! みんな上がってきてくれ!」

 天井の縦穴から小部屋に通じる横穴までは結構な距離があったため、身体強化によるジャンプだけでは届かない。そのため、リンメイが上からロープを垂らしてくれた。
 ストランドを使った方が楽なのだが、結局魔石を交換しないといけない手間が生じてしまうので、緊急時ではない場合はこのようにロープを使う事にしていた。

 とりあえず全員が横穴へ上がる。横穴は縦穴と違って、地下墳墓を思わせる美しい通路となっていた。
 リンメイとラキちゃんに案内され、奥にある玄室へと向かうと……。

「おおっ……」

 その先にあった玄室は、どうやら祭壇のようであった。小さな沼を囲むように、何かしらの祭壇と思われる遺跡が並べられている。

「宝箱は……どうやら無さそうだな、残念。でも、皆を呼んだって事は転移門ポータルでも見つけた?」

 そんな言葉に、リンメイとラキちゃんは二人向き合ってニッと笑う。

転移門ポータルじゃねーよっ。そこの沼の底にさ、宝箱があるんだよ」

「おっ、マジで!?」

「マジでマジで。――実はさ……さっきまでこの沼、アシッドスライムが大量に湧き出るトラップだったんだ」

「えっ……!?」

 何気ないリンメイの言葉にびっくりしてしまい、宝箱があった喜びなんて消し飛んでしまう。

「お二人とも大丈夫でしたか!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。ラキが全部片付けてくれたからね」

 大家さんの心配をよそに、ニヘヘと笑う二人。
 二人が目の前でケロッとしているんだから、何も問題が無かったというのは分かる。……分かるんだけどさー、一応そういう事は行動する前に教えて欲しいなぁ。
 とりあえずラキちゃんを同行させたのは大正解だったようだ。

「やれやれ、あんまし先走らないでくれよ。皆心配するからさ」

「ごめーん」

「ごめんなさーい」

 まったくもう……。
 とりあえず小さな沼の前まで行ってみる。水はとても澄んでおり……本当だ、底に宝箱が沈んでいる。

「さっきまでこの沼、毒々しい色してたんだぜ?」

「でね、アシッドスライムを全部倒したら、汚い酸の沼からただの水の沼に変わっちゃったの!」

「そーそー。んで驚いて沼を覗いてみたらさ、宝箱があったってわけ」

「なるほどねぇ……」

 スライムを全部倒したら宝箱が表れる感じのギミックだったんだろうか。
 さほど深くもない沼なので底の方までしっかりと目視する事ができ、敵影は全く無く、宝箱がポツンと一つあるだけだった。

「ほう、ボス部屋以外で宝箱を見るのは初めてだな」

「ですねっ!」

 王子様とエルレインは興味津々といった感じで、宝箱の見える沼を覗き込んでいる。

「えっ、それマジなのか?」

「うむ」 「はい」

「あーそうか、そういや王子様達はお抱えの冒険者にルートの捜索をさせながら進んでたんだったな。そりゃ見るわけもないか」

「えぇ!? アンタら、そんなズルして迷宮探索してたのか?」

「う、うむ、まぁな……」

「あははは……、お恥ずかしい限りです」

 以前は冒険者としてではなく魔王を倒す勇者様として迷宮に来ていたため、最優先する目的が先に進む事だった王子様達。
 しかし今は迷宮を探索する冒険者としてここへ来ている。そのためか、リンメイの驚きに二人は少々気恥ずかしそうにしていた。

「とりあえず、さっさと宝箱の中身を拝んじまおうぜ!」

「そうだな。――じゃ、ラキちゃんは沼の水をなんとかして箱を開けてくれる? リンメイは中身の確認をお願い。後は周囲の警戒。他の冒険者に備え、通路側を特に気を付けろ」

「「「了解!」」」

 ラキちゃんは以前水路の迷宮でしたように魔法で水を退かすと、リンメイと一緒に箱の方へ向かう。
 俺達は再び現れるかもしれない魔物と、横取りを考えるよこしまな冒険者を警戒して構える。

「この閉鎖空間では眠りの香などを使われると厄介です。風魔法の準備をしておきますね」

「お願いします」

 なるほど、流石は薬の大家たいかである大家さん。眠りの香などを使われても風魔法で押し返してくれるようだ。こういう配慮は助かるし、勉強になる。
 さて、宝箱の中身はなんだろう。ネームド品だったら嬉しいな……。

「あっ、これって眼鏡?」

「おおお……やった! 激レアなネームド品だ!」

 そう言うとリンメイは宝箱の中からさっさとアイテムを取り出し、ラキちゃんと二人で沼から上がってくる。

 周囲に警戒しながらも、全員が興味津々といった感じでリンメイの持つ眼鏡を覗き込む。
 それは、まるで怪盗がするかのような片眼鏡だった。……あれ? これって最近どこかで見た事があるぞ?

「これ、さっきのきれーなお顔したお兄さんがしてたのと同じだね」

「そーそー、よく見てんなラキ。あれとおんなじなんだよ。――これは 『鑑定眼鏡』 ってネームド品で、名前の通り、ある程度の鑑定ができる眼鏡なんだ。ある程度とは言ってもネームド品の名前が分かったりするからさ、かなり重宝されててマジックバッグ並に高額で売れんだぜっ!」

「マジックバッグ並か、凄いな! でもうちには本業のリンメイがいるんだし……。じゃあ、これは売り一択かな?」

「んー……、売りでいいんだけど、いつ売っても高額で買い取ってくれるからなコレ。お金に困らない限りはそのまま持っててもいいと思う。てか、まずは欲しい人の確認しようぜ」

 そう言いながらも、リンメイはラキちゃんに眼鏡を掛けてあげる。
 ラキちゃんは大喜びで眼鏡越しに皆の装備やアイテムを覗き込んでいた。

「ああそうだな、ごめんごめん。じゃ、これ欲しい人ー?」

 すると、興味津々といった感じで見ていた全員が手を上げる。俺だけでなく、リンメイまでもが手を上げていた。

「アハハッ、まっ、そーなるよね。とりあえず誰の物にするかは後で決めようぜ」

「そうだな。まずは先を急ぐとしよう」

 再び迷宮の探索を開始する。移動中にリンメイは、この片眼鏡についてもう少し詳しく教えてくれた。
 性能はリンメイが全く学習していない状態でモノを見た場合の曖昧な良し悪しの具合と、ネームド品であればその名前、そしてその品の持つ能力のうち、一つだけが判かるんだそうだ。
 リンメイの 【鑑定技能】 のギフトには遥かに劣るが、それでもネームド品であるかどうかが分かるだけでもかなり重宝するらしい。
 また、曖昧ではあるが露店に売られているパチもんの判定にも使えてしまうと言う。

 ただリンメイからは、店ではあまり使ってる所を店員に見られないようにしろよ、と釘を刺されてしまう。
 なんでも、商店や露店などではこの片眼鏡をした客はお断りな所が多いからだそうだ。まぁそりゃそうか、パチもんを暴かれたくはないもんな……。



 暫く進むと幅の広い地下河川の流れる絶壁の谷に出る。俺達が来た通路からはそのまま反対側の谷壁まで橋が架かっており、その先には道が続いている。
 この橋は偶然にできたモノではなく、遺跡として残っている石造建築の頑丈な橋だった。

「あっ、男の人が流されてくるよ!」

「「「えっ!?」」」

 地下河川から飛び出してくる魔物に警戒しながら橋を渡っていたら、突然ラキちゃんが暗闇に包まれた上流から流れてくる男を発見する。
 本当だ、男がどんぶらこと流れてくる。先程の超絶イケメン兎人とは違い、今回は髭面のドワーフだった。

「おぉーぃ! 助けはいるかーっ?」

 即座に助けようなどとはせず、俺は声を張り上げて確認をする。
 俺の呼びかけに気が付いた男は俺達を見るとニカッと笑い、手を横に振りながら答えてくれる。

「いや、いらねー! ありがとよーっ!」

「そうかーっ!」

 やっぱり……。どうやらコイツも地下河川を逃走経路にして、迷宮の玄関口に向かっているようだな。コイツも盗賊だろうか?

 すると、俺達のいる橋から少し離れた低い位置に架かっているもう一つの橋の方から、騒がしい声が聞こえてきた。
 そして、その橋に通じている谷壁の穴から、見知らぬ冒険者のパーティーが飛び出してくる。

「いたっ! あそこよ! まだ間に合うかもしれない!」

「本当だ!」

「くっそ、待ちやがれー!」

 突如現れた冒険者達はストランドを慣れた動作で使い、俺達のいる橋の方へ渡ってきた。
 そして俺達には目もくれず、俺達が来た迷宮の入り口のある方へと一目散に走って行ってしまった。
 そんな様子に、俺達は呆気に取られてしまう。

「……なんだったんだアレ」

「パーティ内での仲違いでしょうか? 追いかけていたのは五人でしたし……」

「あー……、なるほどです」

「うへぇ、マジかよ」

「もしかしたら……、パーティを裏切ってでも欲しいと思える品を手に入れてしまったのかもしれませんね……」

「わー、あり得るなソレ」

「仲間の裏切り……か……」

「セリオス様……」

 まだ以前の事が忘れられないであろう王子様は、苦虫を噛み潰したような顏で呟いてしまう。

「気にすんな王子様。俺達は裏切らねーからさっ。――なっ?」

 俺の言葉にラキちゃんとリンメイ、そして大家さんはウンウンと頷き、エルレインは 「存じております!」 と笑顔で答えてくれる。

「ああ……そうだな。――問題無い。さっさと行くぞ」

 気を取り直してくれた王子様に促され、俺達は再び迷宮の探索を開始する。

 先程のドワーフの男は、きっと大家さんの言う通りに盗賊ではなく、パーティの裏切り者なんだろう。
 これも高額な品の出始める深層だからこそ、起こりうる問題なのかもしれない。いやはや、世知辛いねぇ本当に……。
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