第四の生命体#3 戦慄

岬 実

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Day46-① 普段の故郷

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 旧日本、石川県。外壁の穴を補修した家屋やユニット・ハウスが立ち並ぶとある港町。
 とある民家の一室で、ボーイッシュな風体で左肩が下がり気味の少女が、自室でパソコンに向かいオンライン授業を受けている姿が有った。
 陽も傾き始め、時計が3時を指した時にチャイムが鳴り、画面の中の教員も「はい、今日はここまで……」と授業終了を告げた。
 パソコンを消し、「う~ん……!」と背伸びをし、財布と鍵と古ぼけた白いレッサーパンダのヌイグルミを手提げ鞄に入れて持ち、部屋から出て、階段を降り、居間に入る。
 居間では一人の女性がお茶を啜りながらテレビを鑑賞していた。

「お母さん、今学校終わったから。『覇有パール』迎えに行って来るね?」
「うん。最近口裂け女が出るらしいから気を付けなさいね? まあアンタの事だから心配無いと思うし、今日はイオちゃんも帰って来るけど」
「え、ハゲ帰って来んの?」

 少女は若干嬉しそうな顔を見せた。

「ほらまたハゲとか言って……。あんまイオちゃん苛めないでよ?」
「分かった分かった。じゃ行って来まーす」

 玄関の引戸を開けるとそこには、白シャツと青ズボンが血痕柄、バックルが青空を背にした赤い太陽の大男、即ちイオタが立っていた。
 呼び鈴のボタンを押そうとしている彼と、少女は目が合った。

「あ」
「あ」

 少女、イオタの順に声を上げ、軽く息を吸い込む。

「ギャアアアアアアアアアアアアア」
「ギャアアアアアアアアアアアアア」

 イオタ、少女の順に、二人で半笑いの表情で悲鳴を上げ、上げ終わると真顔に戻る。そして、イオタは少女を目にも止まらぬ早業で抱き締めた。彼女の臀部を握りつつ。

「会いたかったぞ、妹」
「誰が妹だッ!!」

 少女が左腕一本でイオタを押し退けると、家の奥から「あ、イオちゃん来たの?」と声が掛かった。

「どーも『美子ビーこ』さん! お久し振りです~!」

 イオタが家の中に声を掛けると、「美子ビーこ」と呼ばれた先程の女性がパタパタと小走りで現れ、にこやかに出迎える。

「あらあらイオちゃん、久し振り! 色々危ない目に遭ってるみたいだけど、怪我とかしてない?」
「ブヒヒ、空が落ちて来る心配の方が現実的ですよ」
「あらカッコ良い」

 それを聞いて少女は「キメーっつーの」と呟いた。
 美子ビーこはすぐさま「こらっ!」と叱り、続ける。

「ごめんね? 留美ルビーったら世話になっときながら態度悪くて。反抗期ってヤツ?」
「いや何、兄として妹には優しくしないと」

 留美ルビーと呼ばれた少女は「誰が妹だッ」とイオタを小突いた。が、イオタは気にせず美子ビーこと世間話を続ける。

「おおぅ、そうだ。お兄ちゃん思い出しちゃったゾ? 口裂け女が出たとか何とか?」
「そうなの。勇示ゆうじさんから聞いたの? 『ここではイオちゃんにはゆっくりさせろ』って言ってんのに、あの人と来たら……」
「それを言ったら、お芋さんが頼り無いのがそもそも悪いんですよ。わたくしDAYBREAKデイブレイクに入ってる様に」
「ホントだよね~。税金払ってる意味無いって~。今もほら、刃物の一つ位は標準装備だもの」

 言うと美子ビーこは自分の腰に手を回す。再び見せたその手には牛刀が握られていた。

「で……、留美ルビーはどっかに出掛けるんじゃ?」

 美子ビーこはそれを聞いて「そうだった」と柄尻で手を打った。

「悪いんだけどイオちゃん、留美ルビーのお迎えに付き添ってくれない? イオちゃんが居れば安心だし、子供達も会いたがってるし」
「はい喜んでーっ!」

 イオタは留美ルビーを軽々と担ぎ、彼女の臀部を小気味良い音を立ててリズミカルに叩きつつ、「さあ行こ!」と踵を返した。

「離せやハゲェッ!」

 抗議しながら放たれた左エルボーは、イオタの後頭部に命中と共に、鈍い音を発した。
 後頭部を押さえてうずくまりながら、ゆっくり留美ルビーを下ろしてやるイオタ。

「ちょっと、『ルビー・エルボー』はやめて、ルビー・エルボーは」
「うっせ! エルボーで済ましてやってんだって!」
「顔の脇にケツが有んだから、屁ぇこくのが最善手だろが、腕が錆びたな」
「いーから! ほら行くよハゲ!」

 留美ルビーはイオタの胸ぐらを掴んで連行して行く。その様子を見て美子ビーこは微笑んだ。

「気を付けてね~!」

 美子ビーこは「さて、一応愛刀の手入れをするか……」と家の中に引っ込んだ。

ーーーーー

 道すがら、イオタは何かを思い出したかの様に「あ」と声を上げた。

「ああそうだった、お土産買ってたんだっけ。はいコレ」

 イオタはフランスで購入していた、白いレッサーパンダのヌイグルミを取り出し、留美ルビーに手渡した。

「あっ、プーちゃーん!」

 留美ルビーは顔を綻ばせ、それを受け取った。

「前から新しいの欲しいって言ってただろ?」
「うん、どーもね?」
「よって古いプーちゃんはゴミ箱行きだな」
「捨てる訳ねーだろーが、ボケェッ」

 留美ルビーは鞄から古びた白いレッサーパンダのヌイグルミを出すと、頬擦りした。

「プーちゃんはねーたんと一生一緒なんだもんねー。ねープーちゃーん?」
「『ねーおねーたーん』」

 今喋ったのはイオタだが、普段の重低音とは全く違う、女性声優の様な、マスコットらしい可愛い声である。

「『ねたん!』」
「なん!?」
「『いつもみたくにいやんって呼ばないんでプか』」
「誰がにいやんだっ!」
「あ分かった、オメーわたくしの事嫌いだろ」
「嫌いじゃねーけどさー……」

 留美ルビーがうっすら顔をしかめた時、二人の前方の路地から一人の女が転がる様に駆け出して来て、二人と目が合うと驚いた素振りを見せた。
 その女は、手には鎌、上から下まで赤い服に身を包み、長い黒髪を振り乱した、くちが耳まで裂けた容貌であった。

「うわっ! こ、この女は!?」
「『口裂け女プ』」
「見りゃ分かるから!」

 留美ルビーがプーちゃんに向かって叱った瞬間、口裂け女が現れた路地から銛が飛来して、彼女の腹部に突き刺さり、その身を地面に縫い止めた。その傷口から、黒い霧の様な物がほとばしる。

くちが裂けてるだけでチョーシこんてんじゃねーよ、人間様殺しが!」

 悪態をつきながら路地から現れたのは、水産業の作業員の格好で、歯が複数抜けている、体がたるみ気味の中年男性であった。

「あ、お父さん。あー魚臭っ……!」

 中年男性はイオタと鼻を摘まむ留美ルビーに気付くと、殺気立った顔が一転、笑顔になった。

「おう、留美ルビー! イオちゃんも!」      
「どーもいわおさん、お久し振りです」

 イオタは会釈をし、いわおは口裂け女に刺さった銛を足蹴にしながら「うんうん」と感心した。

「イオちゃんは礼儀がなってて良いなあ。留美ルビーもそこんトコを特に見習っとけよ? 一番弟子なんだから」
「っせーなぁー……」

 イオタは「わたくしの教え方が悪いんです……」と頭を下げ、続ける。

「で、ソイツは何をやったんですか? それもいわおさんが出るなんて」
「いやね? ウチの事務員のを殺そうとしたんだよ。重傷で済んだが、内臓が飛び出る位バッサリやりやがって……! 聞いたか? 他所では子供まで殺したってよ!? コイツかどうか知らねーが、同じ種類なら同罪だ……!」

 いわおは銛をスリコギの様に動かす。口裂け女は周囲に響く金切り声を上げた。

「あー、うるせぇ。まあ良い、憎たらしくってしょーがねーが、仕事の途中だしトドメと行くか。なあイオちゃん、何かリクエストは?」
「『寧ろ、たまにはねたんに訊いた方が良いプ。師事の成果を見せろプ』」

 話を振られて、留美ルビーは「え、オレ? 急に言われたって……」と狼狽えた。

「何だ、全然駄目じゃんか」
「折角イオちゃんに預けてるのに、その甲斐が無いな」
「『ねたんは所詮、一番弟子なだけプー』」

 イオタ、いわお、プーちゃんの順に留美ルビーをなじる。その留美ルビーは、「オレだけハズしてんじゃねーよっ!」と反論した。

「では師匠らしくわたくしが手本を見せる。うん、くちが裂けてるのが目立たぬ様、情けで顔をズタズタにするのはどうでしょう」
「あ、そりゃ良いな。そうしよう。はい決まり」

 いわおは銛を引き抜くと逆手に持ち、口裂け女の顔を小突いて狙いを付け、大きく振りかぶった。

「…………!」

 その隙を突いて、口裂け女は背を向けて一目散に逃げ出し、路地に入った。

「『あ、逃げたプ』」
「逃げんなーー」

 いわおは銛を槍投げのスタイルで構えた。

「ーーよぉぉっ!」

 小走りで助走を付けて天に向かって投げられた銛は、急な放物線を描いて建物を飛び越え、風切り音を聞いて振り向いた口裂け女のくちの中に命中。
 くちを起点に頭の上半分は切断されて地面を転がり、そこから下の体は倒れ、痙攣。
 命中した音、銛が地面に刺さる音、肉体が地面を打つ音を、耳に手を当てて聴くイオタといわお
 そして三人はその路地を覗き、口裂け女の死を確かめる。

「相変わらず良い腕ですな」
「おう、この町でイオちゃんが戦わずに済む様にな」

 イオタ達が談笑する脇で、口裂け女の死体は腐り、やがて骨さえ溶けて消え、後に残った衣服は風に舞って行った。

「この人達コワイねー、ねープーちゃん? 『うん、コワーイプー』」

 留美ルビーは自分なりのプーちゃん声を発して一人芝居した。
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