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第四章 洗脳!自己啓発セミナー
第三十九話 潜入!自己啓発セミナー 二日目② 秘密の開示
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「もし、あなたの人生が全てあなたの選択の結果であり、他人があなたの鏡だとしたらどうでしょう。あなたは知らず知らずのうちに、相手にそうするきっかけを与えてしまったのではないでしょうか?」
どうやら、ここで求められていた「被害」とは、他人に理不尽に怒られたとか、何かを禁止されたといったことのようだ。陽子達のように、明らかに相手が悪い悪徳商法の場合は、引っ掛かったこちらも少し悪いくらいのことで、特段反省するところはない。
ところがアキは、一生懸命にこちらの落ち度を考えていた。
「うーん、こちらがもう少しはっきりと欲しくないって示しておけばあんなに強引にやられることはなかったのかも。というか、私の雰囲気がそうさせたのかも?」
陽子は、(どう考えてもただただエウリアンが悪いよ……。)と思ったが、セミナーの流れを妨げないため、黙って聞いていた。
周囲からは、「自分のこんな態度が相手にとって不快だったのかもしれない」、「こんな言動が相手に誤解を与えたのかもしれない」といった話し合いが聞こえてくる。
このセミナーでは、とにかく「自分に原因がある」という考え方を繰り返し教え込まれるが、これもその一環なのだろう。
その後、「イヤ感」というものが取り上げられた。
「イヤ感」とは、否定的な感情のことだ。梅田が「こんな気分になりたくない、というものを挙げていきましょう。」と呼びかけると、「悲しい」「怖い」「辛い」「寂しい」といった言葉があちこちから出てきた。梅田はそれらをホワイトボードにまとめ、ひとまとめにして「イヤ感」と大書した。そして、これらの解消法として「逃避」「分析」「傍観」「転嫁」「昇華」が書かれ、昇華以外は全て消極的方法であると説かれた。とにかく、嫌なことから逃げてはいけないらしい。これもまた、会員を勧誘へと向かわせるのにとても便利な考え方に思えた。
「イヤ感」の話が終わると昼食の時間となった。昨日と同じくグループに分かれて食べる。二日目ともなるとお互いのことがある程度分かってきており、打ち解けた雰囲気である。
昼食後は班ごとに分かれて座るように指示され、それぞれ車座になった。
「皆さんはまだ、本当の自分を出せていないように思えます。そのような態度ではこのセミナー、うまくいきません。そこでこれからの時間では、皆さんに誰にも言えない秘密を打ち明けてもらいます。」
誰にも言えない秘密……。陽子にとっての秘密は勿論、妹がMASKのものと思われるシェアハウスで行方不明になっており、真の参加目的は潜入であるということだが、まさかこれをバラすわけにはいかない。しばらく様子を見ていると、ワンから秘密を打ち明けることになった。ワンはその場に立ち上がり、会社の経営自体はうまくいっているものの、家庭内に不安があり、熟年離婚しそうなことを打ち明けた。ラクロスやゴンからは、「経営者って大変ですもんね」、「会社をうまく回しているのは凄いと思います」などと、さも経営について知っているかのような声が漏れた。
ワンの話に対する周囲の反応を聞き流しながら周囲をちらちらと伺っていると、梅田とアシスタントが何か意味ありげな表情をしているのが目に入った。嫌な予感がした陽子は、早めに話すことにし、「実は自分は新興宗教の二世で、親と決別している」という嘘をでっちあげた。どうせ偽名だし、セミナーの間にばれることもないだろう。
陽子の話が終わったところで、梅田から鋭い声が飛んできた。
「これまで秘密を聞いてきましたが、あなた方が持っている秘密というのはそんなものなのですか?まだ何かを隠しているのではないですか?今日この場にいるチームメンバーとは、本気で!腹を割って話して下さい。」
それぞれの班に着いたアシスタントからも煽りが入る。とはいってもこんな得体の知れない連中がいる中で、おいそれと危ない秘密など話せるか……などと陽子が考えていた時だ。周囲の雰囲気に飲まれたのか、ラクロスが思いつめた顔で立ち上がった。
「私……、実は自己投資に見合うキャッシュフローがなくて、それで……風俗で働いてます!」
突然の性的な告白に動揺したが、そう言えば済からそんな話を聞いていたことを思い出した。自己投資の支出を補うため、男性は居酒屋、女性は風俗でダブルワークすることが多いと。
少し歳上に見えるアカリンから、「大丈夫、私も昔やっていたわ!」とそれを肯定する言葉が返される。職業に貴賎はないので確かに問題はないのかもしれないが、師匠への上納金が足りないからという状況はどうなのか。
気付くと周囲は自己投資に関する打ち明け話だらけになっていた。ダブルワーク、風俗、パパ活……。普段面と向かって聞くことのない話が次々と放たれセミナールームを渦巻始める。段々と会場の空気が異常さを増す中、ラクロスを引き継いだアカリンが立ち上がって絶叫した。
「私、妻子のある師匠と不倫してます!!」
側にいるアシスタントを見ると、満足そうに頷き、「よく秘密を打ち明けましたね。」などと言っている。カーテンで日光が遮られ、密閉されたこの部屋にはまるで治外法権があるかのような空気が充満していた。アカリンの言葉を聞いてゴンは「俺も!」と言って立ち、
「俺も、三十くらい歳上の女性師匠の愛人やってます!おかげで自己投資のぶんはタダにしてもらってます!!」
と叫んだ。陽子が驚いたのは、こうした発言が飛び出るのがこの班だけではないことだ。近くのチームからもほとんど同じ話が聞こえてくる。サークルの本当の闇を垣間見た気がした。ワンを見ると、あまりにも乱れた性の告白に呆然としていた。
卑猥な告白に「大丈夫!」と言い合う空間は異様な熱狂に包まれ、まるでセックス教団の合宿のようだった。お互いに際どい話を共有して受け入れ合う様子は、自己啓発セミナーというよりは何かのセラピーのようだ。
全ての班で秘密の共有が終わり、梅田が「皆さん、ようやく本当の自分を出せましたね。全てをむき出しにしなければなりませんよ。」と言ってその場を締めくくると、熱を冷ますかのように短めの休憩に入った。
どうやら、ここで求められていた「被害」とは、他人に理不尽に怒られたとか、何かを禁止されたといったことのようだ。陽子達のように、明らかに相手が悪い悪徳商法の場合は、引っ掛かったこちらも少し悪いくらいのことで、特段反省するところはない。
ところがアキは、一生懸命にこちらの落ち度を考えていた。
「うーん、こちらがもう少しはっきりと欲しくないって示しておけばあんなに強引にやられることはなかったのかも。というか、私の雰囲気がそうさせたのかも?」
陽子は、(どう考えてもただただエウリアンが悪いよ……。)と思ったが、セミナーの流れを妨げないため、黙って聞いていた。
周囲からは、「自分のこんな態度が相手にとって不快だったのかもしれない」、「こんな言動が相手に誤解を与えたのかもしれない」といった話し合いが聞こえてくる。
このセミナーでは、とにかく「自分に原因がある」という考え方を繰り返し教え込まれるが、これもその一環なのだろう。
その後、「イヤ感」というものが取り上げられた。
「イヤ感」とは、否定的な感情のことだ。梅田が「こんな気分になりたくない、というものを挙げていきましょう。」と呼びかけると、「悲しい」「怖い」「辛い」「寂しい」といった言葉があちこちから出てきた。梅田はそれらをホワイトボードにまとめ、ひとまとめにして「イヤ感」と大書した。そして、これらの解消法として「逃避」「分析」「傍観」「転嫁」「昇華」が書かれ、昇華以外は全て消極的方法であると説かれた。とにかく、嫌なことから逃げてはいけないらしい。これもまた、会員を勧誘へと向かわせるのにとても便利な考え方に思えた。
「イヤ感」の話が終わると昼食の時間となった。昨日と同じくグループに分かれて食べる。二日目ともなるとお互いのことがある程度分かってきており、打ち解けた雰囲気である。
昼食後は班ごとに分かれて座るように指示され、それぞれ車座になった。
「皆さんはまだ、本当の自分を出せていないように思えます。そのような態度ではこのセミナー、うまくいきません。そこでこれからの時間では、皆さんに誰にも言えない秘密を打ち明けてもらいます。」
誰にも言えない秘密……。陽子にとっての秘密は勿論、妹がMASKのものと思われるシェアハウスで行方不明になっており、真の参加目的は潜入であるということだが、まさかこれをバラすわけにはいかない。しばらく様子を見ていると、ワンから秘密を打ち明けることになった。ワンはその場に立ち上がり、会社の経営自体はうまくいっているものの、家庭内に不安があり、熟年離婚しそうなことを打ち明けた。ラクロスやゴンからは、「経営者って大変ですもんね」、「会社をうまく回しているのは凄いと思います」などと、さも経営について知っているかのような声が漏れた。
ワンの話に対する周囲の反応を聞き流しながら周囲をちらちらと伺っていると、梅田とアシスタントが何か意味ありげな表情をしているのが目に入った。嫌な予感がした陽子は、早めに話すことにし、「実は自分は新興宗教の二世で、親と決別している」という嘘をでっちあげた。どうせ偽名だし、セミナーの間にばれることもないだろう。
陽子の話が終わったところで、梅田から鋭い声が飛んできた。
「これまで秘密を聞いてきましたが、あなた方が持っている秘密というのはそんなものなのですか?まだ何かを隠しているのではないですか?今日この場にいるチームメンバーとは、本気で!腹を割って話して下さい。」
それぞれの班に着いたアシスタントからも煽りが入る。とはいってもこんな得体の知れない連中がいる中で、おいそれと危ない秘密など話せるか……などと陽子が考えていた時だ。周囲の雰囲気に飲まれたのか、ラクロスが思いつめた顔で立ち上がった。
「私……、実は自己投資に見合うキャッシュフローがなくて、それで……風俗で働いてます!」
突然の性的な告白に動揺したが、そう言えば済からそんな話を聞いていたことを思い出した。自己投資の支出を補うため、男性は居酒屋、女性は風俗でダブルワークすることが多いと。
少し歳上に見えるアカリンから、「大丈夫、私も昔やっていたわ!」とそれを肯定する言葉が返される。職業に貴賎はないので確かに問題はないのかもしれないが、師匠への上納金が足りないからという状況はどうなのか。
気付くと周囲は自己投資に関する打ち明け話だらけになっていた。ダブルワーク、風俗、パパ活……。普段面と向かって聞くことのない話が次々と放たれセミナールームを渦巻始める。段々と会場の空気が異常さを増す中、ラクロスを引き継いだアカリンが立ち上がって絶叫した。
「私、妻子のある師匠と不倫してます!!」
側にいるアシスタントを見ると、満足そうに頷き、「よく秘密を打ち明けましたね。」などと言っている。カーテンで日光が遮られ、密閉されたこの部屋にはまるで治外法権があるかのような空気が充満していた。アカリンの言葉を聞いてゴンは「俺も!」と言って立ち、
「俺も、三十くらい歳上の女性師匠の愛人やってます!おかげで自己投資のぶんはタダにしてもらってます!!」
と叫んだ。陽子が驚いたのは、こうした発言が飛び出るのがこの班だけではないことだ。近くのチームからもほとんど同じ話が聞こえてくる。サークルの本当の闇を垣間見た気がした。ワンを見ると、あまりにも乱れた性の告白に呆然としていた。
卑猥な告白に「大丈夫!」と言い合う空間は異様な熱狂に包まれ、まるでセックス教団の合宿のようだった。お互いに際どい話を共有して受け入れ合う様子は、自己啓発セミナーというよりは何かのセラピーのようだ。
全ての班で秘密の共有が終わり、梅田が「皆さん、ようやく本当の自分を出せましたね。全てをむき出しにしなければなりませんよ。」と言ってその場を締めくくると、熱を冷ますかのように短めの休憩に入った。
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