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第四章 洗脳!自己啓発セミナー

第三十八話 潜入!自己啓発セミナー 二日目開始

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ブーン。ブーン。

スマホの振動で目を覚ました。枕元を手で探り、スマホを掴むと画面を見る。LINEの音声通話が来ていた。

「おはよう。昨夜は眠れましたか?」

通話はラクロスからだった。昨日のセミナーで連絡先を交換し、時間通りに着けるよう、早く起きたほうがモーニングコールをすることにしたのだ。

「昨日はめちゃめちゃ疲れてて、帰ってすぐに寝ちゃった。危うく寝過ごすとこだったな、ありがとう。」

そそくさと身支度を整え家を出た。時間的にはほんの少し余裕がある程度だ。

会場についた時には開始時間五分前だった。ほとんどの参加者が会場の椅子に座っている。場に慣れたせいか、昨日に比べリラックスした雰囲気が会場を覆っている。

部屋には昨日と変わらずパッヘルベルのカノンが流れていたが、陽子が座ってしばらくすると「2001年宇宙の旅」のテーマに変わった。特に何もすることなく開始を待っていると、曲の冒頭が終わったところで梅田から激しい声が飛んできた。

「今着席していない人は、全員セミナールームの外に出ること!」

数人がアシスタント達に追い出され、部屋の外へと出ていった。さらに梅田は続ける。

「パートナーがここにいない人はすぐに立ちなさい!!」

陽子はすぐ近くにラクロスが座っていたのでそのままにしていたが、周囲にはちらほらと立ち上がる人がいた。一番多いのは、立つか座るか迷っている人だ。パートナーを見つけられていないのだろう、キョロキョロとあたりを見回している。少し待っているとそれも落ち着き、立っている人と座っている人がはっきり分かれた。陽子が(これ、黙って座っていたら分からないのでは……。)と思っていると、梅田が立っている人達に向かって口を開いた。

「私は昨日、『開始時間までに確実にここに来るよう、パートナーと約束すること。』と宿題を出しましたね。しかしあなた達のパートナーはここに来れていない。昨日した約束というのはこの程度のものだったのですか?皆さんは普段から、約束についてその程度の認識しかしていないのではないですか?それは、あなた方が他人と向き合えていないという証拠ですよ。今朝パートナーが出席できていないのは、今ここに座っているあなた方の責任です。そこのあなた!」

梅田は前のほうに立っている、白いワイシャツを着た男性を指名した。

「あなたは昨日、パートナーとどのような約束をしたのですか?」
「はい、確実に到着できるよう、モーニングコールの約束をしました。」
「それはちゃんとやりましたか?」
「はい。今朝お互い起きていることを確認しあったのですが、何故か来れていないみたいで……。」
「よろしい。しかしパートナーがここにいないということは、確認が不十分だったのです。いいですか、このセミナーの基本的な考え方は、『自分が源』ということです。人生で起こることは、全て皆さんの選択が原因なのです。従って、正しい選択をすれば、全て正しい方向に人生が向かうのです。」

(これがサークルの人間がよく言う「自分が源」の正体か……。)

梅田の話を聞きながら陽子は済のサークルについての説明を思い出していた。サークルの会員が使っている他の言葉にも、このセミナーから輸入されたものがあるのだろう。まるで、自己啓発セミナーを教義にした宗教団体である。

梅田の発言が示す通り、「正しい選択をすれば良い道が開ける」というのは一見希望を与えられる思想だが、反対に捉えれば「良い人生が送れていないのは、その人が間違った選択ばかりしてきたからだ」ということになる。つまり恐ろしいまでの自己責任論になるのだ。これをサークルに適用すると、「ダウンが増えないのも自己投資で借金をしてしまったのも、サークルに入ってしまったのも全てその人の責任である」ということになる。会員を奴隷化するのにとても便利な教義である。サークルが受講を奨励するわけだ。

梅田の演説が終わると遅刻者も中に入り、今日最初のワークが始まった。「イヤ感」に関するダイアードだ。

一日目と同じようにダイアードを組むと、梅田から「被害について話し合ってください。」と指示された。

それに従い、周囲の人達が様々な被害体験を話し始める。陽子の相手は丸い眼鏡を掛けた気の弱そうなアキという女性で、まず陽子から話すことになった。学生の頃香港に行った時、重慶マンションの両替商でぼったくられたことを話すと、梅田が「今聞き手になっていた人で、これはひどい、話し手の人は何も悪くないのに被害にあっていると思った人は手を上げて下さい」と指示した。アキをはじめ、周囲で次々に手が挙がる。
※重慶マンション:香港の九龍地区に存在する複合ビル。両替商や飲食店、化粧品店などがひしめく十六階建て、十七階建てのビル五つからなる複合体で、様々な映画や小説の舞台になっている。内部にインド系やアフリカ系、中東系の民族コミュニティができるほど巨大であり、かつては知名度の割にぼったくりが多い伏魔殿のような建物だった。最近は綺麗になっている。ちなみに、入り口近くの両替商はレートが悪く、奥の両替商はレートが良いのがバックパッカー系サブカル界隈では有名。

これが終わると、次はアキが話す番である。陽子の話を受け、似たような話をしたほうがいいと思ったのだろうか、秋葉原での体験について話し始めた。アキには語尾を伸ばす癖があった。

「五年くらい前に、秋葉原を歩いてたらぁー、女の人に声をかけられてぇー、絵に興味がないか聞かれたからお店に入ったら、いつの間にか囲まれちゃっててぇー。」
(エウリアンじゃん!)
※エウリアン:絵画商法の客引きをやっている女性のこと。絵画商法とは、街角で声を掛けた相手をギャラリーに引き込み、長時間拘束して高額の絵画を買わせる悪徳商法。秋葉原の駅前にあった「BRAVE」という店が有名だったが、筆者が「あんないい場所なら普通に商売したほうが儲かるだろう」なんて余計な心配をしている間に閉店し、跡地がスイーツ屋になってしまった。最近は新大久保に出没しているらしいが、母体が一緒かは不明。

「それで、気付いたらイルカの絵を買わされちゃっててぇー。」

アキは、典型的なエウリアンに引っ掛かってしまっていたのだった。こういう押しに弱いタイプがサークルに引き込まれやすいのかもしれない。

アキの話が終わると、今度も同じように挙手の指示があった。陽子が手を挙げると、アキは満足そうな顔だった。自分の意見が受け入れられてほっとしたのだろう。

ところがこの後、梅田から違う視点での問い掛けが行われたのだった。
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