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第四章 洗脳!自己啓発セミナー

第三十六話 潜入!自己啓発セミナー 一日目②~赤黒ゲーム~

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休憩中は、それぞれの班に分かれて食事をすることになった。陽子は弁当を食べながら、このセミナーを受けたきっかけをラクロスに聞いてみた。

「私は、経営の勉強をするサークルに入ってて、そこで勧められました。」
「あっ、私も。」
「私も。」
「俺もそうだね。」

ラクロスが口を開くと、次々に同じきっかけであることを他のメンバーが話し始め、結局二十~三十代の男女四人ともがサークルの会員であることが分かった。会員ではないのはワンだけで、セミナーに参加していた知り合いに勧められたという。恐らくこのセミナー会場にいる人間のほとんどがサークル会員で、余った枠に入っているのが陽子やワンなのだろう。

昼休みが終わった時点で、時刻は二時半を過ぎていた。随分と遅めの昼食だ。

再び「2001年宇宙の旅」のテーマと共に梅田が入ってきて説明を始めた。

「それでは皆さん、これから午後の実習を始めます。皆さん立って、できるだけ周りの人と間隔を空けて下さい。」

梅田の指示で、各自バラバラになって立つ。

「皆さん間隔を空けましたね。それではこの後合図をしますので、各自歩き回って下さい。誰かの近くになったら立ち止まって目を見ること。もしも近づきやすければ『近づきやすい』、近づきにくければ『近づきにくい』と相手に伝えて下さい。それでは始め!」

梅田が説明したのは、「近づきやすさ/近づきにくさ」と呼ばれるワークである。ウロウロして鉢合わせした相手に近づきやすい/近づきにくいと伝えるのだが、初対面の人がほとんどなので多くは近づきにくいと言われることになる。これによって自己否定の念を生じさせるのである。

閉鎖空間で大勢の人間が歩き回っているのは異様な雰囲気で、内容を知っていた陽子でさえも精神的に強い負荷を感じた。実際、何度も近づきにくいと言われ、涙目になっている参加者もいる。自己啓発セミナーの前半ではこのように、自己否定させて精神を揺さぶるワークが何度となく繰り返される。その後に「正しい」考え方を叩き込むのがセミナーの狙いなのだ。

「近づきやすさ/近づきにくさ」の実習が終わると、今度は全員で椅子を並べるよう指示された。

ランダムに向かい合って座り、対話を始める。「ダイアード」と呼ばれる実習である。

これは、膝と膝が触れ合う程度の距離で向かい合い、姿勢を正し、肩の力を抜いて行うコミュニーケーション技法である。片方が話している間、聞き手は相手の目をじっと見つめ、最後まで聞かなければならない。ちなみに、「ダイアード」とは色環で言う補色の意味である。このワークはセミナー中、話題を変えて繰り返し行われることとなる。

陽子はいかにも気の弱そうな、色白でひょろっとした若い男性と向き合った。今回の指示は、「子供の頃辛かったこと」。男性はいじめられた経験を、陽子は妹に親の世話が集中した時のことを話した。確かにこの状態で話すと、普段よりも深い話をできている気がするから不思議だ。この技法自体は説得の時に使えそうである。

その後は軽い休憩を挟み、梅田から全体で二つのグループに分かれるよう指示された。「赤黒ゲーム」の始まりである。

グループ分けが終わった後、このゲームのルールが説明される。両グループには赤と黒のカードが配られる。その後、メンバー同士で相談の上、どちらかのカードを出し合うのである。

この時、色の組み合わせによって獲得する点数が決まっている。赤同士であれば両グループにマイナス三点、赤と黒であれば赤グループにプラス五点、黒グループにマイナス五点、黒同士であれば両グループにプラス五点である。これを六回繰り返す。梅田は、

「より多くの点数を稼ぐこと、これだけがこのゲームの目的です。」

と説明した。

両チームとも、どちらを出すかの議論を始めた。陽子はルールを知っていたが、不必要にセミナーを荒らすのを避けるため黙っていることにした。

さて、上の組み合わせを見ていて気付くことはないだろうか。そう、赤を出し続ければ最悪でも引き分けになり、不利にはならないのだ。逆に、黒を出してしまうと相手が赤の場合にマイナスになってしまう。これはゲーム理論で言うところの「囚人のジレンマ」というやつである。陽子が入ったグループの場合もこの結論に至った。そして、相手もチームも同じ結論に至ったため、お互いが赤を出し合い、両グループともにマイナスでゲームを終えた。

勿論陽子は知っていた。これこそがセミナーの狙いなのである。

梅田が登場し、ゲーム終了後の説明が始まった。
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