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聖女じゃなくて嫁召喚?

聖女じゃなくて嫁召喚?−7−

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……

子どもの頃、エンケリに渡すつもりで用意した腕輪は、今もお守りのようにいつも身につけて持っていた。女々しいとわかってはいたけれど、どうしてもエンケリを忘れることが出来なかった。いざ、腕輪を付けるときになり、城で用意された腕輪ではなく、エンケリに渡すつもりだった腕輪を幼子に渡した自分の行動に驚いた。

幼子を一生守るという盾の誓いをし、魔法を定着させるために幼子の手に唇を落とすと、フワリとエンケリと同じ香りがした。気のせいだ。
まさか、チョコまでもが、幼子に何かを感じて、駆けつけるとは思ってもみなかった。

慣れない乗馬では体に堪えるだろうと、最初は駆けるスピードを抑えていたが、まるで乗り慣れているように馬に体を預け、チョコの全力でも苦にする風もなく、しまいには馬上だというのに寝てしまった。その様子にまたエンケリを思い出させる。

「眠られたのですか?馬上で寝るなんてエンケリのようですね」

愛馬のラルを寄せながら、エンゾが話しかけてくる。エンゾも同じことを感じているようだ。

「どうしますか?次の町で宿を取りますか」
「アン様には申し訳ないが、このまま駆ける」

今しなければならないことは、一刻も早く領内に入ることだ。このところ魔獣の出現が増えており、手を焼いているところに聖女召喚の儀を執り行うという連絡が入ったのだ。
たぶん、王都でも魔獣が現れたのだろう。フィリオンのような王都から離れた辺境の地では、魔獣の出現は珍しくもないが、聖女の力に守られた王都での出現はすなわち聖女の加護が薄れ破滅の魔女の呪いが強くなっていると言うことだ。

17年前の召喚は聖女ではなく勇者が召喚された。勇者では破滅の魔女の呪いを払うことが出来ないため、その場に出席していた母が勇者を預かってきた。その勇者は12年前に魔獣討伐の際亡くなっている。

前回は10年前。どう猛な魔獣が各地に現れ、国中大きな被害が出た。王家で手を尽くしても聖女は現れなかった。魔獣討伐のため、魔力の強い貴族がかり出され、両親も魔獣討伐に参加し、魔力切れで命を失った。王家ではフィリオンが勇者を守っていれば、こんな大惨事にはならなかったはずだと責任転嫁をしていた。幸いなことに、討伐に参加した貴族の多くは、あれだけの魔物の力の前で持ちこたえられたのは、精霊達に愛されているフィリオンの魔力が大きいと言ってくれている。王はそれも面白くないようで、勇者を引き合いに出しては、今もなんだかんだと言ってくるのだ。
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