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魔剣の予定が子守している

魔剣の予定が子守している−5−

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あの日から5年。
突然、金属を切るような音がしたかと思うと、相棒と小さき子が現れた。
小さき子は、相棒の胸の中で、泣き続けていた。
あの陽だまりのような笑顔を見ることを願っていたのに。


「私がいいつけを守らなかったから」
「私のせいで、父様が」
「杏、それは違う。杏が来なかったら全滅だった」
「父様」


異常に気づいたセイもやってきたが、声をかけることも出来ず、二人を見守るしかなかった。
やがて泣き疲れ、相棒にしがみついたまま眠って、ようやく相棒が私たちの方を見る。
相棒も泣いていた。


「すまない。ゴウは…」


相棒がセイにわびる


「お帰り。杏の部屋を用意しないとね。子細は気持ちが落ち着いてからで良いよ」


小さき子と相棒の会話から、男が既に亡くなっていることは知れた。
セイは静かに相棒に言うと奥に行ってしまう。
セイも突然のことで、心の整理が必要だろうと一人にさせておくことにして、私は相棒の傍に付いていることにした。
相棒からは血なまぐさい臭いがして、穢れを纏っていた。
そんな状態でも狂気に包まれることはなかった。
ただ小さき子のことを守れという男からの遺言を守っているようだった。
いや、相棒自身、小さき子を護ることが使命だと思っていた。
この5年、大切に大切に見守ってきたのだろう。


「お帰り。私はセイから刀麻という名をもらったんだ」
「…。そうか。俺はゴウから剣都とつけてもらった」
「その姿はどうしたの」


目の前にいる相棒は子供の姿をしていた。
セイもやってきて、腰を下ろし相棒の話を聞いていた。


「ああ、向こうに連れていかれて、力を隠すのに姿を変えた。ゴウがアンの兄としてちょうどいいから、アンと共に成長していけと言うから」


相棒は、ポツリ、ポツリと、この5年間のことを語る。


「あの魔法陣は、異世界の聖女を召喚するためのもので、アンを狙ってた。召喚されてすぐ、アンの魔力をゴウに纏わせた。それでアンの存在はただの赤子にしか見えなかったようにした」


召喚した者達は、ゴウを勇者と呼び、魔獣の多いフィリオン公爵領で、魔獣討伐をするように命令してきた。


何を勝手にと思ったが、ゴウが構わないと言う。
召喚したのは、向こうの世界の王族で、3人を預かると言ったのは王姉のフィリオン公爵夫人だった。

フィリオン公爵領に向かう間に、公爵夫人は、勝手に呼び出して申し訳ないと頭を下げた。
召喚を止めることが出来なかったと。

そして、呼ばれたのはゴウの腕の中で寝ている子の方だと。
それを黙っていていいのかとゴウが聞くと、構わないと言う。
この子が聖女だと知れれば、王の愛人として生きていくしか道がないこと。
そんな非道なことはさせたくないこと。
このままゴウに勇者として生きて貰えないかと提案してきた。

ゴウはそれで構わないと言う。
そして、アンを守るために協力して欲しいと。

この5年間、結構、楽しく生きていたこと。
ゴウも勇者として、魔獣討伐を楽しんでいた事。
事態が変わったのは、魔力の強大な魔獣が出現し、ゴウと相棒だけでは対応するのも難しく、領内の魔力がある者が総出で討伐に当たったが、次々と魔獣の前に倒れこのままでは全滅だと覚悟を決めた時、アンがやってきて、事態を好転させた。

ほぼ、魔獣を討伐したかと思った時、今までの中で一番巨大な力を持つ魔獣が出現してアンを襲った。
それをゴウが身を呈して庇ったこと。
魔獣は相棒が切り捨てたが、ゴウを助けることが出来なかった。
ゴウに、アンを連れて、元の世界に戻れと命令され、アンを連れて戻ってきたと。


「あの魔獣は、アンを狙っていた。あの魔獣達はアンを呼び寄せるためのものだったと思う」
「兄さんは、最後まで兄さんらしく生きたんだね。兄さんのワガママに付き合わされて大変だったろう」
「うん。まぁ、それはそれで楽しかった」
「それなら良かった。ありがとう、兄さんもアンも守ってくれて」


セイが頭を下げる


「いや、、、」


相棒は何かを言おうとしたが、言葉にはならず、抱き抱えているアンを見つめる。
眠りがこの子を癒してくれればと願った。


その日から、4人の生活が始まった。
アンはしばらく、生活環境の違いに戸惑っていたが、少しずつ馴染んでいった。

アンはセイをセイおじさんと呼び、私も刀麻オジサンと呼ぶものだから、剣都の兄弟だから刀麻兄さんって呼んで欲しいと頼んでみたら・・・


「おにいちゃまはもういるから」
「おにいちゃま?」


いったい誰だろう。
そうは思っても、向こうの世界のことを思い出すとゴウのコトを思い出して泣き出すことになるから、聞くことも出来ない。


「剣都の兄弟だから別に良いじゃないか」
「おにいちゃまは、一人だけだから、他の人をそう呼んじゃダメだって」


誰だ?
そんな理屈をアンに教えたのは。
相棒を見るとシブイ顔をして黙っている。
どんなに頼んでみても「兄さん」呼びはイヤだと渋るアン。


「それじゃ、剣都が剣兄なら、剣都と兄弟の私はトーマ兄っていうのはどう?」
「うん。トーマ兄」


ああ、かわいい。
剣兄に対して、こっちはオジサン呼びが悔しかったので、少しだけアンと近づけた気がしていたけれど。

その夜。
「おにいちゃま、どこ?」
泣きながら、家中をフラフラと歩き回るアンの姿があった。


昼間の話しで向こうの世界のことを思い出してしまったらしい。
向こうの世界の人達は遠くに引っ越したと言ったときは、それで納得していたのに、おにいちゃまは、自分をおいてどこかには行かないって言い張る。

アンが思い出すたびに、ゴウは
「そんなヤツはいない」と何度も言う。
何度も。
何度も。
それは、私たちにとっての辛い作業だった。
アンにとってのおにいちゃまが、どんなに大きな存在だったのかがうかがい知れたから。
それでも、向こうの世界のことは夢の中の世界にしないといけなくて。

ある日、セイが王子様とお姫様が出てくる童話をアンに買ってきた。
それを食い入るようにアンは見つめていた。

「おにいちゃまは絵本の中の王子様だったんだ」

女の子が好きそうな、白馬に乗った王子様が笑顔を向けていた。

「似てるのか?」
「あー。髪の色と目の色だけな」


ゴウは、アンのおにいちゃまに関しては語りたくないらしく、今までも、どういうヤツなのかすら話してくれたことがないので、ようやく目の色と髪の色だけ知ることが出来た。

しばらくは、絵本の王子様に、楽しそうに話しかけていたアンだったけれど、そのうち、話しかけても答えてくれない人に興味も失せたのか、童話は本棚に入れられて、開かれることはなくなり、アンにとっての異世界の生活は、童話からの卒業で決着が付いたようだった。


家に張られた結界は、ゴウがいないため、少しずつ弱まっていくようで、それに伴って、アンを狙うよこしまなものがやってくるようになった。

セイが毎日結界を張り直しているけれど、ゴウがいないと完結しない。
それでも、少しでも力を注いでいた。

その日も、セイが舞っているのを、三人で見ていたら、突然アンが駆けだして、セイの隣で舞出す。
どうやら、毎日見ていて覚えてしまったらしい。

そして、アンがひらりと舞って足が地面を蹴ると、そこに小さな魔方陣が展開し、そこにトンとアンが舞い降りると、シャラシャラと音を立てて魔方陣が砕け、結界に吸い込まれていった。
それをセイは驚いてみていたけれど、何も言わず、二人は舞い続ける。

そうこうしていると、私は、アンに引き寄せられ、魔方陣に吸収されそうになり、その場にとどまるのが必死で、二人を見守ることが出来なくなっていた。
それに気づいた剣都が、私の手を握り、その場に留めてくれている。
今はまだだめだ。
アンの舞は、まだセイの舞に届いていない。
未熟な舞手では、私に触れたとたん消滅してしまう。
とにかく、その場から離れないよう、耐えた。

舞が終わった時、アンの足元からかつて見た光が溢れてきた。
すぐ側にいたセイがアンを抱きしめ、私は二人に駆け寄る。
剣都はすかさず、光りを断ち切り、私たちは同時に、足元の光りに刃を刺すと、光りは残滓を残して消えた。


「また、召還をしようとしたのか」


剣都が憎々しげに、足元を睨みながらつぶやく。


「さっき、結界を張ったばかりだったし、二人がすぐに切ってくれたから、守れたね」


突然、怖い顔をして駆け寄ってきた三人に少し怯えた顔を向けるアンに笑いかけながらセイが言う。
アンは何が起きたのかも分かっていなかったようなので、その後は普段通りに過ごした。
ただ、剣都がアンから片時も離れようとしなくなってしまっていた。


アンが学校に行くようになって、ようやく離れられるようになったけれど、家にいるときは、やはりべったりだった。
それに嫌気がさしたのはアンの方で「剣兄ウザい」と言われてかなり堪えていたようだった。
セイと2人で思わず笑ってしまった。
私たちだって、アンにべったりしていたかったのを剣都が独り占めしたのだからいい気味だと思った。

向こうの奴らは、またアンを狙ってくるのではないかと心配したけれど、そういうこともなく、平和な時間が流れていった。
それでも、私たちが側にいないときに召喚されたらと思うと、セイの舞いを覚えさせたり、セイの知り合いの道場へ通わせたりして、向こうに召喚された場合の対策も打っておいた。


そしてその日は突然に。
アンが塾から帰ってくる時間帯。
遠くから、サイレンの音がけたたましく鳴り響いてきた。
私たちはそれを聞くなり、家を飛び出していた。


サイレンの場所は、大きな事故があったようで、人だかりが出来、騒然としていた。
そして、私たちが目にしたのは、あの光りの残滓のみ。
アンが向こうの世界へ召喚されてしまった後だった。

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