上 下
24 / 55
魔剣の予定が子守している

魔剣の予定が子守している−3−

しおりを挟む


2人の作業を見守っていると、男が声をかけてくる。


「別に、側に居なくてもいいんだぞ。敷地内なら好きにして構わないが」


なんとなく、男のそばで作業を見ていたら、そんなことを言われた。
立ち上がったのは相棒と同時だった。
この家に来てから、ずっと気になるところがあるのだ。

2人で向かったのは、腹の大きな女がいる部屋だ。
女は四六時中、文句を言っている。
腹が大きくなってきて、スタイルが悪くなったとか。
刀馬鹿と知っていたら結婚しなかったとか。
子供なんか欲しくないとか。
家の事は何もせず、ゴロゴロと過ごしていた。

女が子供は要らないと言う度に、家を取り巻く怪しげな気配が濃くなっていく。
その気配は腹の子を狙っているのだろう。
まだ生まれてもいないというのに、強い魔力の気配がする。
その魔力を欲しているのだ。
ただ、この家を護る結界が強くて入り込めないでいる。

何にも汚されず、無垢な魂は奴らの好物で、喰らうために結界を壊して乗り込んでこようとし続けている。

子供からの魔力はなんとも言えないくらい気持ちよい。
この子が側にいるだけで力が研ぎ澄まされていく。

ああ、私たちはこの子を守るために存在しているのだと思えた。

女がまた子供なんか要らないと言う。
ゾワリと邪気が女の口から這い出したものを相棒が切る。

子供なんか邪魔と女が言う。
ピキッと空気に亀裂が入ったのを私がふさぐ。
私たちが出来るのは、ここまでだ。
外の禍々しい気配を封じる力は持っていない。

子供が生まれるまで、こうして、母親から吐き出される邪気から守ろう。
相棒と部屋の隅で女が吐き出す子供への呪いを斬り続ける。

そうやって過ごしていると、男に呼ばれた。
男は髭も剃りこざっぱりとした顔で弟と2人で狩衣を身に纏っていた。

二人の手には私たちが握られている。
男が相棒を。
弟が私を。


「まだ終わっていないんだがな」


男がきまり悪そうに見せてくる。
確かに、磨きが十分でない。


「悪いね。完璧な状態じゃなくて。時間が無くなってきてね」


弟の方も済まなそうに眉を下げる。


「そろそろ、アイツらを払わないと結界が持たなさそうなんでね」
「じゃ行くよ」


2人は掃き清められた庭に立つ。
それだけの事なのに、リンとした空気に変わる。
2人は静かに舞う。
ああ、彼らこそ、私たちが待ち焦がれていた主。
魔を祓い、場を清め、結界を結び直す。
いつしか、私たちは彼らとひとつになり舞う。
相棒が邪な気配を祓う。
私が場を清めていく。
屋敷内が凛とした空気に変わる。
体に力がみなぎっていく。
男たちが私たちを地に突き刺す。
そこから、私たちの力が注がれ結界が張られていく。
結界は屋敷の外にも張られ、外にいた邪なるもの達を一気に消し去る。

そして
新しい命の誕生。
私たちが、これからも守るべきは、この小さな命。

女は清浄な空気が居心地が悪いらしく、動けるようになると離婚届を置いて出ていった。
邪なるものを呼び寄せる女が去り、小さき子を欲しがる悪しきものは結界内に入り込めないだろう。
小さき子が居るだけで、陽だまりのように暖かく、知らず知らずのうちに誰もが笑顔になっている。
胡散臭い男の笑顔も胡散臭さが消えるくらいに。

男達が仕事をしているときは、私たちが小さき子の面倒を見ている。
相棒が片時も離れず、まめまめしく世話を焼いている。
子供を一番煩わしく思っていた相棒がである。
かくゆう私も、小さき子の小さな手に指を握られただけで満ち足りた気分になる。
ゆるゆると小さき子から魔力が流れてきて、私たちの汚れを落としていく。

禍々しい気配が消えてから、仕事が増え、男はブツブツと文句を言いつつも、小さき子のためと、腕を振るっている。
頻繁に小さき子を見に仕事場を離れるため、弟から怒られているようだったが。
仕事の合間に、男と弟は私たちのメンテナンスをしてくれる。
汚れは小さき子が落としてくれているが、仕上げの研ぎをしてもらい、新しい拵えをしつらえてもらい、生まれ変わる。


「そうして、三人でいると、神々しくて目のやり場に困るな」
「兄さんの心が汚れすぎているんですよ。清々しい気分になりますよ」
「お前ら、杏が変な虫が付かないよう、しっかり守れよ」


言われなくてもそのつもりだ。相棒は変な虫どころか良い虫も寄せ付けないだろうが。
しおりを挟む

処理中です...