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神社参拝の心得
僕の嫁~絶滅ラブコメ発動せず!フラグも立たない僕に天使は舞い降りるか!?~
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僕は高砂神社の千本鳥居の前にいた。
手には円乗さんから届いた直筆の手紙。女の子から直筆の手紙を貰うのは生まれて初めてだった。
メールじゃなくて直筆。胸がときめかない訳がない。正直に言おう読む前に手を洗った。匂いもかいでみた。
中身を見て思う。手紙というより認められた書だ。毛筆で書かれた文字は達筆過ぎて読めない。
冒頭に書かれていた文字は【神社参拝の心得】日時と時刻が記されているところを見ると「うちに来い」という事らしい。
まず一の鳥居の前に立ち軽く会釈。
帽子を被っている場合必ず脱帽。
本来は一の鳥居から二の鳥居と順番に会釈して潜らなければならないらしいが千本あるので割愛してよし。
神社の石段を登る途中紅葉の落ち葉に混ざって人型の折紙のようなものが沢山落ちているのを何度も目にする。
何となく足で踏むのが憚られ注意して段を登る。石段を登りきると巨大な石の神門に迎えられる。
門の前に立ち社殿に向かい一礼。
手水舎の水磐にて右手に柄杓を持ち左手を洗い柄杓を持ち替え右手を洗い、さらに右手に持ち替え左手水を受け口をすすぎ…その後もう一度左手を洗い…
「巫女たちは本来は鎮守の社を流れる湧き水の小川で身を清めるのですよ」
振り向くと手拭いを手にした薫さんが微笑みかける。神社の境内は僕と薫さん以外誰もいない。言葉は悪いが墓所のようだ。
ふと円乗さんの手紙に目を落とす。手紙の続きにはこんな一文が。
「以上色々書いてみたが、その日は誰も神社にいないので無礼講でよい」
なんだこりゃ。
「そうは申されましても、ここは神社。一応段取りは踏んで頂きませんと」
「ですよね」
彼女の家とか、友達の女の子の家を初めて訪ねる。そんな高揚とか厳か過ぎてまるでない。
ガイドさんと一人修学旅行だ。高過ぎる天井と梁に磨き抜かれた床に大柱。
「寂しい場所だな」
ふと思う。
「こんな寂しい場所で円乗さんは生まれ育ったのか」
特に話す事もなく無人の迷宮のような社の廊下を薫さんと歩く。
「そちらの渡り廊下の先の御部屋でお待ちです」
円乗さんに会える。僕にとってそれは何より嬉しい事の筈だった。
しかし何だろう、この胸騒ぎは?外側も内部も広すぎて荘厳な社の雰囲気に呑まれてしまったせいもある。
この建物には人の気配がまるでない。たまたま人がいないという理由ではない。
まるで此処は、きちんと手入れが行き届いた廃墟。さもなくば太古の昔滅びた神殿の遺跡。此処に円乗さんが居るという事実。不安で胸が詰まりそうになる。
先程から歩く度に視界に入る床に落ちている紙人形は一体なんだろう?薫さんに訪ねてみたいが彼女は足早に音も立てず前を歩く。
彼女が待つ襖の前にも折り重なる紙人形。視線を降ろした薫さんが呟く。
「お掃除しませんと」
悪戯っぽく笑う。
「踏んでも噛みつきませんよ。これは紙ですからね」
彼女は咳払いを一つして「面白くないですか?」と残念そうに呟く。
僕は随分と複雑な顔をしていたと思う。
彼女は委細構わす襖の前に膝を膝をつくと主に来客が来た事を告げる。
「入って貰え」
彼女のややぞんざいな声を聞くだけで僕は安堵した。襖が開けられ茶室の畳に腰を下ろす彼女の背中が見える。
畳には彼女が普段身に着けている神官の巻きスカートの五色が帯のように流れる。
しかし彼女は今日はそれを身に着けてはおらず通常の巫女服だった。五色に腰巻きのような赤がしどけない。
彼女は壁に掛けられた茶花を見て呟いた。
「古伊賀の旅枕に白鷺が舞う鷺草。一輪では寂しい。二輪活けてなお寂しいので数珠玉と、時計草は開くとうるさい。外してしまおうか。今の時期なら烏瓜の方が良かったか」
唇に人差し指をあて思案する彼女のいつもの仕草。
「宮様は本当に花がお好きですね」
「とても綺麗で調和がとれているね…花の事はよく分からないけど」
僕は見たままの感想をそのまま口にした。
「今日は相生様が来られるので朝早く向去山に出向かれて花摘みを」
「薫!余計な事は言わなくてよい」
恥ずかしそうに俯く。
「珍しい花を求めて高山に登ったりはしない。手が届く花を少しだけ、壁や髪に飾れたら、それでいい」
話しが花に及ぶと彼女の唇は綻び少しだけ饒舌になる。
「花を眺めたり活けたりしていると時間の経つのを忘れてしまう」
薫は納得したように声を弾ませる。
「それで相生様がお見えになられても脱いだお召し物もそのままで!」
「す、すぐに片付け…」
「私が」
薫は手早く畳に散らばる羽女の衣装を拾い集めた。
「直ぐに代わりを」
「その衣装はもうよい」
「宮様」
「お前がそうしてそこにいるという事だけで分かる」
「昨夜私に神託が」
円乗さんは頷いた。
「私の如き紙人形に」
「お前が他の誰より私に一番近い。だから祭主に選ばれたのだ。心して努めよ」
「円乗さん、それってどういう!?」
「祭主はクビと神様は申しておる」
円乗さんは舌を出すがすぐに神妙な顔に戻る。
「色々と神の御意向に背く行為を続けた結果だ。自分なりに覚悟も納得はしている」
その神に背く行為の中には当然僕の事も含まれていた。
「円乗さん、僕はなんて謝っていいか」
「謝ってなど欲しくない」
彼女はぴしゃりと言った。
「これは私の意思でした事で結果にも当然納得している」
「でも円乗さんは神職にあれほど誇りを持って命懸けで散華さんとも戦って…」
「その為に生まれて来た、少なくとも今迄そう思って私は生きて来た。微塵の疑いも持たず、それで良かった」
彼女は僕を見て言った。
「私はここで、ずっと一人だ」
「一人って御両親や神社の人達は?」
「見たであろう。神社の其所俐に散らばる紙人形…あれは私が作った式神だ」
「そんな…薫さんは?」
「私も元は紙人形です」
薫さんは顔色一つ変えずに言った。
「ですが私は幸せです。主である羽女様の御側にお仕えが出来て」
「自分で自分を式神と認識出来る者など居らぬ。だから薫は私が祭主の資格も力も失っても今もこうして人の姿で此処に居る」
「勿体ない御言葉です」
「薫、私に対する沙汰は?神託は何かあるか?」
「今のところ何一つ御座いません」
御簾が上げられ障子が開く。
庭園の紅葉が舞い散る中で羽根を休める鳳凰。まるで不思議な花札の一枚の絵のように見える。
「何処へなりとも好きな場所で果てるがいい、という事で良いのか」
「私としては羽女様には何時までも此方に残って頂きたく思っております」
「それも悪くはないが」
円乗さんが僕の顔を見る。薫さんもつられて僕を見る。不良債権を見るような目だ。
「今の私は大体こんなかんじだ」
沈黙の時間が長い。
「薫」
「何で御座いましょう」
「いっそ、この男の私の記憶を全て消してもらえるか?お前の力で」
「嫌です」
「何故だ」
「薫は終生羽女様に恨まれるなんて、もっての他ですから。部屋から夜な夜な恨み言や鳴き声が聞こえるようになってはかないません」
「私はどうしたら」
溜め息をつく彼女を残して薫さんは歩きだす。
「二人で考えたら、きっとよい知恵が浮かびますよ」
「私は今は祭主の肩書きも何もない。花を活けて、ぼんやり眺めて自分の着る物を片付けるのも忘れるような女だ」
僕は黙って彼女の言葉を聞いた。
「他の嫁のように何時か君を神の身元に送る事も出来ない。私といても君の魂は天へと昇れない…それが私が天から与えられた罰だ」
「なら僕は神様のいる天国へなんか行かなくていいよ」
神様がいる場所だから…そこが天国だと思う人は思えばいい。
何処が天国か地獄かなんて思う人の数だけ違うものだって今僕は思う。
「僕は君の側を離れない」
それが何と呼ばれる場所であっても。此処が何処であっても構わない。
「この現世は魂が依り集い魂が天に還る日を待つ場所」
彼女は僕にそう言うけれど。僕はずっと此処にいる。
彼女の側に永遠に。
僕は彼女と唇を重ねる。
遠くで襖の閉じる微かな音を僕は聞いた。
【最終話に続く】
手には円乗さんから届いた直筆の手紙。女の子から直筆の手紙を貰うのは生まれて初めてだった。
メールじゃなくて直筆。胸がときめかない訳がない。正直に言おう読む前に手を洗った。匂いもかいでみた。
中身を見て思う。手紙というより認められた書だ。毛筆で書かれた文字は達筆過ぎて読めない。
冒頭に書かれていた文字は【神社参拝の心得】日時と時刻が記されているところを見ると「うちに来い」という事らしい。
まず一の鳥居の前に立ち軽く会釈。
帽子を被っている場合必ず脱帽。
本来は一の鳥居から二の鳥居と順番に会釈して潜らなければならないらしいが千本あるので割愛してよし。
神社の石段を登る途中紅葉の落ち葉に混ざって人型の折紙のようなものが沢山落ちているのを何度も目にする。
何となく足で踏むのが憚られ注意して段を登る。石段を登りきると巨大な石の神門に迎えられる。
門の前に立ち社殿に向かい一礼。
手水舎の水磐にて右手に柄杓を持ち左手を洗い柄杓を持ち替え右手を洗い、さらに右手に持ち替え左手水を受け口をすすぎ…その後もう一度左手を洗い…
「巫女たちは本来は鎮守の社を流れる湧き水の小川で身を清めるのですよ」
振り向くと手拭いを手にした薫さんが微笑みかける。神社の境内は僕と薫さん以外誰もいない。言葉は悪いが墓所のようだ。
ふと円乗さんの手紙に目を落とす。手紙の続きにはこんな一文が。
「以上色々書いてみたが、その日は誰も神社にいないので無礼講でよい」
なんだこりゃ。
「そうは申されましても、ここは神社。一応段取りは踏んで頂きませんと」
「ですよね」
彼女の家とか、友達の女の子の家を初めて訪ねる。そんな高揚とか厳か過ぎてまるでない。
ガイドさんと一人修学旅行だ。高過ぎる天井と梁に磨き抜かれた床に大柱。
「寂しい場所だな」
ふと思う。
「こんな寂しい場所で円乗さんは生まれ育ったのか」
特に話す事もなく無人の迷宮のような社の廊下を薫さんと歩く。
「そちらの渡り廊下の先の御部屋でお待ちです」
円乗さんに会える。僕にとってそれは何より嬉しい事の筈だった。
しかし何だろう、この胸騒ぎは?外側も内部も広すぎて荘厳な社の雰囲気に呑まれてしまったせいもある。
この建物には人の気配がまるでない。たまたま人がいないという理由ではない。
まるで此処は、きちんと手入れが行き届いた廃墟。さもなくば太古の昔滅びた神殿の遺跡。此処に円乗さんが居るという事実。不安で胸が詰まりそうになる。
先程から歩く度に視界に入る床に落ちている紙人形は一体なんだろう?薫さんに訪ねてみたいが彼女は足早に音も立てず前を歩く。
彼女が待つ襖の前にも折り重なる紙人形。視線を降ろした薫さんが呟く。
「お掃除しませんと」
悪戯っぽく笑う。
「踏んでも噛みつきませんよ。これは紙ですからね」
彼女は咳払いを一つして「面白くないですか?」と残念そうに呟く。
僕は随分と複雑な顔をしていたと思う。
彼女は委細構わす襖の前に膝を膝をつくと主に来客が来た事を告げる。
「入って貰え」
彼女のややぞんざいな声を聞くだけで僕は安堵した。襖が開けられ茶室の畳に腰を下ろす彼女の背中が見える。
畳には彼女が普段身に着けている神官の巻きスカートの五色が帯のように流れる。
しかし彼女は今日はそれを身に着けてはおらず通常の巫女服だった。五色に腰巻きのような赤がしどけない。
彼女は壁に掛けられた茶花を見て呟いた。
「古伊賀の旅枕に白鷺が舞う鷺草。一輪では寂しい。二輪活けてなお寂しいので数珠玉と、時計草は開くとうるさい。外してしまおうか。今の時期なら烏瓜の方が良かったか」
唇に人差し指をあて思案する彼女のいつもの仕草。
「宮様は本当に花がお好きですね」
「とても綺麗で調和がとれているね…花の事はよく分からないけど」
僕は見たままの感想をそのまま口にした。
「今日は相生様が来られるので朝早く向去山に出向かれて花摘みを」
「薫!余計な事は言わなくてよい」
恥ずかしそうに俯く。
「珍しい花を求めて高山に登ったりはしない。手が届く花を少しだけ、壁や髪に飾れたら、それでいい」
話しが花に及ぶと彼女の唇は綻び少しだけ饒舌になる。
「花を眺めたり活けたりしていると時間の経つのを忘れてしまう」
薫は納得したように声を弾ませる。
「それで相生様がお見えになられても脱いだお召し物もそのままで!」
「す、すぐに片付け…」
「私が」
薫は手早く畳に散らばる羽女の衣装を拾い集めた。
「直ぐに代わりを」
「その衣装はもうよい」
「宮様」
「お前がそうしてそこにいるという事だけで分かる」
「昨夜私に神託が」
円乗さんは頷いた。
「私の如き紙人形に」
「お前が他の誰より私に一番近い。だから祭主に選ばれたのだ。心して努めよ」
「円乗さん、それってどういう!?」
「祭主はクビと神様は申しておる」
円乗さんは舌を出すがすぐに神妙な顔に戻る。
「色々と神の御意向に背く行為を続けた結果だ。自分なりに覚悟も納得はしている」
その神に背く行為の中には当然僕の事も含まれていた。
「円乗さん、僕はなんて謝っていいか」
「謝ってなど欲しくない」
彼女はぴしゃりと言った。
「これは私の意思でした事で結果にも当然納得している」
「でも円乗さんは神職にあれほど誇りを持って命懸けで散華さんとも戦って…」
「その為に生まれて来た、少なくとも今迄そう思って私は生きて来た。微塵の疑いも持たず、それで良かった」
彼女は僕を見て言った。
「私はここで、ずっと一人だ」
「一人って御両親や神社の人達は?」
「見たであろう。神社の其所俐に散らばる紙人形…あれは私が作った式神だ」
「そんな…薫さんは?」
「私も元は紙人形です」
薫さんは顔色一つ変えずに言った。
「ですが私は幸せです。主である羽女様の御側にお仕えが出来て」
「自分で自分を式神と認識出来る者など居らぬ。だから薫は私が祭主の資格も力も失っても今もこうして人の姿で此処に居る」
「勿体ない御言葉です」
「薫、私に対する沙汰は?神託は何かあるか?」
「今のところ何一つ御座いません」
御簾が上げられ障子が開く。
庭園の紅葉が舞い散る中で羽根を休める鳳凰。まるで不思議な花札の一枚の絵のように見える。
「何処へなりとも好きな場所で果てるがいい、という事で良いのか」
「私としては羽女様には何時までも此方に残って頂きたく思っております」
「それも悪くはないが」
円乗さんが僕の顔を見る。薫さんもつられて僕を見る。不良債権を見るような目だ。
「今の私は大体こんなかんじだ」
沈黙の時間が長い。
「薫」
「何で御座いましょう」
「いっそ、この男の私の記憶を全て消してもらえるか?お前の力で」
「嫌です」
「何故だ」
「薫は終生羽女様に恨まれるなんて、もっての他ですから。部屋から夜な夜な恨み言や鳴き声が聞こえるようになってはかないません」
「私はどうしたら」
溜め息をつく彼女を残して薫さんは歩きだす。
「二人で考えたら、きっとよい知恵が浮かびますよ」
「私は今は祭主の肩書きも何もない。花を活けて、ぼんやり眺めて自分の着る物を片付けるのも忘れるような女だ」
僕は黙って彼女の言葉を聞いた。
「他の嫁のように何時か君を神の身元に送る事も出来ない。私といても君の魂は天へと昇れない…それが私が天から与えられた罰だ」
「なら僕は神様のいる天国へなんか行かなくていいよ」
神様がいる場所だから…そこが天国だと思う人は思えばいい。
何処が天国か地獄かなんて思う人の数だけ違うものだって今僕は思う。
「僕は君の側を離れない」
それが何と呼ばれる場所であっても。此処が何処であっても構わない。
「この現世は魂が依り集い魂が天に還る日を待つ場所」
彼女は僕にそう言うけれど。僕はずっと此処にいる。
彼女の側に永遠に。
僕は彼女と唇を重ねる。
遠くで襖の閉じる微かな音を僕は聞いた。
【最終話に続く】
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