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第三章

3-9「天使、再び」

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 吸血鬼の後ろにはこの場に似合わない神々しさを放っているものがいた。

 ――あの姿。

 見間違うはずがない。

 俺の脳裏にアオイと出会った日のことが蘇ってくる。

 白い翼。顔を隠すローブ姿。

 まぎれもなく……。

 ――天使。

 最悪の展開だ。

 吸血鬼は天使と手を組んでいたのか。

 ただでさえ歯の立たない吸血鬼。それに加え天使も相手だ。

 今の俺達には無理すぎる。

「チッ……」

 吸血鬼の舌打ち音が聞こえる。

「生贄がたくさんではありませんか」

 天使が俺達それぞれ見ていく。

 そして、最後に俺を見てつぶやく。

「それに……ふふ。彼が噂の……」

「お前達は俺の何を知っているんだ!」

 天使の反応に反射的に叫ぶ。

「それはお前が知る必要ないだろう……。お前達はここで死ぬのだから」

 天使が腕を振るう。

 その瞬間、天使の腕から発せられたのはいくつもの衝撃波だった。

 衝撃波は弓なりの形をしており回転しながら俺達に狙いを定め飛んでくる

 咄嗟に大鎌で防御の体勢を取る。

 思わず目を閉じてしまう。

 こんなので防ぐことができるかわからない。だが、いまはこれぐらいのことしかできない。

 ……。

 …………。

 だが、いつまで待っても衝撃波が俺の元には飛んでくることはなかった。

 恐る恐る目を開ける。

 するとそこには天使に対峙するように吸血鬼が開いた片手を向けていた。

 その手からは黒い大きな壁が生み出されている。

 壁に天使が放つ衝撃波がいくつもぶつかっていく。そのたびに、衝撃波は消滅していく。

 これではまるで……

 俺達を守っているみたいじゃないか。

「早く逃げなさい。でないと、あなたたち本当に死ぬわよ」

 目の前の吸血鬼はその体勢で動かずに俺達にそういう。

「お前、なんで俺達を助けるっ!」

「勘違いしないで。あなたたちがあのくそったれにやられるのが見たくないだけよ」

 そういうと吸血鬼は空いていた片手を天使に向け何かを唱える。

 すると、その手から唸りを上げる黒いものが渦を巻いて天使の顔に発射される。

 だが、その攻撃も天使は片手で防ぐ。

 天使の手の甲には焼け焦げたような跡が残り、うっすらと煙が上がる。

「カーリーよ。なぜお前はいつもいつも私の邪魔をする」

「生贄は私で十分でしょ? ならこの人たちをどうしようと私の勝手」

「ふっ……、抜かせ」

 吸血鬼は後ろを振り向くことなく天使と会話をしている。

「カズ、あれはいったいっ!」

「天使だ」

 後ろから聞こえるドロシーの問いに俺はただ、そう答えた。

「あれが噂に聞く天使ですか」

「……天使?」

 その答えに道化師とシグが反応する。

「皆さん、カズナリさんのフォローをっ! カズナリさんの大鎌なら天使を倒すことができます」

 アオイが目の前の様子から顔をそらさず皆に声をかける。

「……あなた、いまなんて言った?」

 だが、その声に一番に反応したのは吸血鬼だった。

「ちょこざいな」

 天使がまたも衝撃波を飛ばしてくる。

 衝撃波は吸血鬼の生み出した壁を避けるように俺目掛けて飛んでくる。

 狙いは俺なのかよ。

 隣のアオイが飛躍した。

 俺目掛けて飛んできている衝撃波を横から刀で切りつけていく。

 だが、衝撃波はまだ飛んできている。

 大鎌を振るう。

 回転させながら衝撃波を確実に仕留めていく。

 一つ、二つ……三つ。

 残りの衝撃波は全て消滅させた。

 ……つもりだった。

 背後から残っていた衝撃波の一つが俺に迫っていた。

 それに気づいたときには遅かった。

 俺の背中に狙いを定めた衝撃波が近づく。

 まずい。避けられない。

 だが、その思いをかき消す大きな叫び声が聞こえてくる。

「でりゃあああああああぁぁぁぁぁぁああああ!!」

 その雄たけびとともにドロシーが衝撃波を上からたたき落とす。

「ドロシー、助かった」

「いえ、問題ありません。天使だかなんだかわかりませんが、アイツは悪だと直感がそう言っていますっ!」

 再び俺は天使に対峙する。

「カズナリさんが天使に攻撃を当てることができればいいんですね」

 少し離れていた道化師も俺の近くまでやってきてそう言ってくる。

「ああ、あいつの首にさえたどり着けば刈り取ってやる」

「そういうことでしたらっ」

 道化師はズボンのポケットに左手をつっこむ。

 そして抜き出された左手の指の間には三つのダイスが挟みこまれていた。

 道化師はそれを目の前に転がす。

「ちょこまかと……」

 その言葉とともに天使は翼を大きく広げる。

 翼からいくつもの羽が舞い落ちてくる。

 その一枚一枚が煌びやかに輝きひらひらと舞っている。

 しかし、それも一瞬でその羽が一斉に俺達目掛けて飛んでくる。

 先ほどの衝撃波の比にならない数だ。

「六のゾロ目です」

 道化師のつぶやき。

 するとダイスから巨大な猪が現れる。

 その猪は天使目掛けて突進をする。

 猪の突進によって、天使の放っていた羽が一気になくなり天使までの通路ができる。

 俺は駆ける。その瞬間を逃すまいと。

「小賢しい真似を」

 天使の腕が俺に迫る。

光子剣製フォトン・ナイフ

 小さな声が後方から聞こえた。

 その声とともに俺の後ろから何かが何個も飛んでいく。

 天使の腕に何本ものナイフが突き刺さる。

 ナイフは後ろの壁に天使の腕を固定するように突き刺さっていた。

 さすがだ、シグ。

 俺は道化師の作ってくれた道を突き進む。

 目の前には天使がいる。

 奴は片腕が壁に突き刺さって身動きが取れない。

 俺は足に力を込め高く舞い上がる。

「これで終いだ!」

 俺は大鎌を天使の首に引っ掛ける。

「くそったれが」

 瞬間、天使の羽が大きく羽ばたく。

 その風圧によって俺は大きく吹き飛ばされてしまう。

 吹き飛ばされながらも天使を視野に入れる。

 すると、天使は翼の力で腕に突き刺さっていたナイフを引き抜く。

「ぐああああああぁぁぁぁぁぁ」

 叫び声とともに翼を羽ばたかせる天使。

 天使はさらに上に飛び立とうとしていた。

「なに逃げようとしてるのかしら」

 その声とともに天使は黒い球体に包み込まれていた。

 刹那。球体は大きくはじけ飛ぶ。

 天使が姿を現す。天使の身体は細かな傷が無数につけられていた。

 そしてその体に生えている翼は力を失い、体ごと落下していく。

「カズナリさん、乗ってください」

 吹き飛ばされながらも顔を傾け声のする方を見る。

 アオイが迫っていた。

 アオイの足元には水が地面から噴き出ており。それを足場にしている。

 その水の足場になんとか着水する。

 すると水は勢いを増して落下する天使に近づいていく。

 まるで龍か何かに乗っているそんな感覚だ。

 そして目の前に迫った落下していく天使。

 俺は再び天使の首に大鎌の刃を引っ掛ける。

 そして今度こそ、その刃を引き抜くのだった。

 ***

 天使は消え去った。

 あの天使も俺のこと知っているようだった。だが、もう聞くことはできない。

 そしてなにより、いまだ目の前に吸血鬼が残っている。

 俺達は天使を倒したが息つく間もなく吸血鬼と対峙していた。

 俺は再び大鎌を握りしめる。

 吸血鬼の真紅の瞳が俺達、いや俺の顔を見る。

 ……。

 …………。

「止めよ」

 えっ?

 彼女は両手の手のひらを上を向けていた。

「もう戦う必要はないわ」

 そう彼女は言ったのだった。
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