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第二章

2-6「エルの晩餐会」

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「で、道化師」

 俺は買ってきたラルス焼きをかぶり付きながら話をする。

「エルが何者なのか、知ってたんだな」

 俺が宿に帰ると、道化師もすでに部屋に戻ってきていた。

「ええ、旅をしていれば名前ぐらいは聞いておりました。“エルレラ=イーズ=シュヴァルゼン”という名を。シュヴァルゼン家といえば、このラルス。いえ、シェトロスを治める王家の名前です。そして、近年、王が不自然な死を遂げ、若くして王となられた少女の名です」

 王か……、街や警衛部での光景を見て、王族の一人かと思っていたが、まさか王様ご本人だったとは。

「それで、なぜあの時無理に客車を降りたんだ?」

「それは単に皆様がエルレラ嬢をご存じないからですよ。城に入ってから、相手が王様でしたーなんてなったら、みなさん驚きでご飯どころではなかったでしょう?」

 それはたしかに……。突然相手が王様ですと言われ冷静でいられるほど、俺の肝は座ってない。

「心の準備が多少できた方がいいと思いましてね。それに歩き続けで、王様相手にゆっくり晩餐会なんて、さすがの私も厳しかったのですよ」

 道化師はその場で膝に手をつき歩き疲れる演技をしながら、いつものニコニコ顔でそう続けた。はたして、こいつが疲れることなんてあるのだろうか。

「それに、王様に会うならシェトロスという国自体も多少知っておいた方がいいかと思いましてね。シェトロスがどのような国かはご存知で?」

「ああ、アオイから簡単に説明してもらった」

 ――シェトロス国、ここら一帯を領地下している国名。領地下と言っても武力で押さえつけているわけでなく年に数度、税として穀物や特産物などを国に治めさせる、それらをもとに国が不毛な村や町に食料を分配。裕福な土地へは各地の特産物を分配している。また王都であるラルスが貿易の拠点として栄えてり、領地下近隣の村へは定期的に馬車が出ているらしい。

「十年は経ってないぐらい前です。当時王であったサンドヴァ=シュヴァルゼンが不自然な死を迎えました。それが暗殺だったのか病死だったのかは未だにわかっておりません。その後、王女であった若干十歳前後のエルレラ嬢が王となり、国政を任されました。ですが、実際に国政やっていたのは当時の政治家たちでしょう。その頃は国内の生活水準は半分にまで落ちたとも聞きます」

 体のいい、形だけの王様だったわけか。

「ですが、ここ数年でその国政も随分と変わりました。国内の水準は以前以上になるとともに、王であるエルレラ嬢が直々に各地の領地下の村々へ訪問しているそうです。それだけでなく、領地下ではない村へ直談判に行ったりなど外交を盛んに行うようになったと聞きます」

「エルが自分で国政をやっているのか?」

「裏で糸を引く何者かがいるかもしれませんが、少なからず王直々に各地へ赴く影響は大きく、ここ数年で大きな発展をしたのは事実でしょう。それにあのお嬢様です。屈託のない笑顔、あんなのを見せられたら無下には断れないでしょう」

 なるほど、国としては安定し始めているが内情的にはいまだ不安定な状態が続いているのか。

「それを裏付ける情報かどうかわかりませんが、数年前に政治家達を賄賂の容疑で一斉に解雇し、国から追放されています」

「それじゃあ、本当にエルが一人でやってる状態なんじゃないのか?」

「果たしてそれはどうでしょう。それを確かめる意味でも私は今夜の晩餐会が楽しみではあるんですがね。でも、食事中にお仕事のお話はブラックすぎるので私からはさすがに控えさせていただきますから安心してくださいー!」

 なんとなくこの国のことは理解できた。今聞いた、前情報があるのとないのでは、いろいろと変わっていただろう。ただ、それをエルが望んでいたとは思えないが……。

「カズナリさん、そろそろ時間です。お城へ向かわないと」

「ああ、じゃあ行こうか」

 俺はこの村に来た時にはなかった靄がかった心のまま、お城に向かうことになるのだった。

 ***

 お城に着くと、大きな門を通らされ城内に招き入れられてる。すれ違う兵士たちは俺たちのことを一瞬見るが興味がないのかそのまま通り過ぎる。そして、一人の兵士に連れられ、とある部屋に招き入れられる。

 扉が開かれるとそこには長い机に真っ白な布がかぶせられている。食器がすでに並べられ、燭台が何個か置かれて準備はすでに整っているようだ。椅子は全部で二十近く並べられており、天井には煌びやかなシャンデリアがぶら下がっていた。

「さあさあ、早くお入りになってくださいな! 何人かでご飯を食べるなんて久々ですわ!」

 そこにはエルが座っていたが、俺たちの姿を見ると駆け寄り、手をひっぱり椅子に座らせる。

「ジョター、食事のほうを始めてくださる? 皆さん、お飲み物はワインで構わないかしら?」

「ああ、俺達は大丈夫だけど。シグはどうする?」

「……果実水がいい」

「なら、ジョター、皆さんにワインと果実水をお願い」

「承知いたしました。お嬢様」

 エルの隣に立っていたジョターさんが部屋を立ち去る。

「今日はわざわざ家にまで来ていただいてありがとうございます。是非、遠慮なさらないで楽しい晩餐会にしましょう」

 エルはそういうと俺達全員に満面の笑みを浮かべてくれる。

「こちらこそ、こんな立派な場所で食事させてもらってありがとう」

「いいんですのよ。カズ様たちは命の恩人ですから」

「いやー、こんなにもちゃんとした場所でご飯を頂くのなんていつぶりだろうー懐かしいなあー」

 道化師が部屋を見渡している。アオイとシグもちらちらと部屋の内装を見ているようだ。そりゃそうだ、部屋の壁にはいかにも高そうな絵や花瓶、縁が豪勢な鏡まである。

「椅子がまだ埋まってないけど、もう食事始めちゃっていいのか、エル?」

 俺は半分以上空席の椅子を見て、エルに聞く。

「ええ、今夜はこれで全員ですので、問題ありませんわ」

「あー、わかるよー! この無駄に多い椅子の感じとか懐かしい」

 道化師がさっきから共感をしているようだけど、本当にこいつそんな経験あるのか?

「エルさんはいつもこちらで食事されてるんですか?」

「ええ、ラルスにいるときはここで朝昼晩しっかり三食食べてますわ」

「その時に、ほかの方は?」

「いつも一人ですわ。ジョターが隣についてくれているから、一緒に食べましょうって言ってるのに執事ですからの一点張りなんですのよ。もうっ」

 エルはそういうと不機嫌そうに頰を膨らます。

 そうか、エルはいつもここで一人なのか。それはなんだか寂しいな。

「お嬢様、お飲み物と食事をお持ちいたしました」

 扉の方からジョターさんと複数のメイドさんが料理を運んでくる。

「わー、いい香りですね」

「……美味しそうな匂い」

 メイドさんたちが次々と料理を机の上に置いていく。

 野菜で作られたスープや、焦げ目がついた丸焼きの鳥肉。それに色とりどりの野菜を使ったサラダなど。極めつけは市場にある果物全てを使ったんじゃないかってぐらい鮮やかに彩られた果物のデザートまである。

 これだけで十日は持つぐらいの量があるぞ。それに一つ一つの料理に手間がかかっているのがよくわかる。果物は、花の形に切られているし。

「では、いただきましょうか」

 エルのその言葉を開始の合図として晩餐会が始まった。

 ***

「あら、ではカズ様たちはノーサフレッドから来たんですの?」

「ああ、それで歩いていたところでエルの客車を見つけたんだ」

「ノーサフレッドはいずれ行こうとは思っているのですが、まだ行ったことがないんですのよ」

「いい街だよ、きっとエルも気にいるよ」

「そうですわね。ノーサフレッドは服飾に長けた方がいるとお聞きします。ですので物流がつながれば、よい関係を築きたいと思っていますのよ」

 エルは俺たちの話をいろいろ聞いてきた、俺はアオイと出会った経緯や道化師の芸がすごく面白いと盛りに盛って話をした。

 駆け出しの冒険者の俺達だと話せることはそれぐらいしかなく、そのあとは道化師がエルの高まった期待に応えるために即興で芸をしていた。だが、さすが職業が道化師。想像以上の芸を次から次へと繰り出しエルのことを満足させていたのだった。

「そういえば、カズ様たちはなんで旅人を始めることにしましたの?」

 晩餐会も終盤になってエルはそんなことを聞いてくる。

 机の上にはジョターさんが用意してくれた紅茶が置かれている。

 なんでか……、天使との一件は念のためエルには話していない。旅人をやらざるおえないことになったからって正直に答えるわけにもいかないし。……うーん。

「……アオイのためかな」 

 俺は思ったことをそのまま口にした。

「カズナリさま……」

 アオイの顔は真っ赤になり、尻尾は左右に揺れ動いてるのが俺の場所から見てもわかる。

 そこまで反応されると、言った俺も恥ずかしくなってしまう。思ったことを言っただけだが、よくよく考えると結構恥ずかしいこと言ったんじゃないのか。

「まあ! それは素晴らしいことではありませんか。愛する人のために旅をする……とても美しいですわ」

「でも、その手掛かりすら入手できなくてどうすればいいかわからないんだけどね」

 話を逸らすように俺は言葉を慌てて続けた。

 現にラルスに来てから、ゴタゴタに巻き込まれたりで天使に関しての情報収集を全くできてない。我ながら情けないな。

「いえ、誰でも始めからできる人はいませんのよ。どんなことでも最初はできなくて当たり前。なにかを必死にやろうとすることが大切ですの」

 エルはそう口にして、何かを考え込むように伏し目になる。そして、意を決した声で発する。

「……カズ様、皆さん。お願いがありますの」

 ――このエルのお願いが俺たちにとって、重要なきっかけになるとは今の俺は知るよしもなかった。
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