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第二章
2-5「泥棒騒ぎと拳闘少女」
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俺たちのお金を盗んだであろう男を追う。人の多い市場の中だ、人にぶつかり思うように走ることができない。
男の背中を視界ギリギリ捕らえることができるが、距離が徐々に離れていく。
くそ、このままだと俺の昼飯が……っ!
手に力が入る。そのとき、手の中にある硬い感触を感じた。そういえばさっきシグが渡してくれたもの。
手に握っていたものを見るとそれは魔法石だった。そこに書いてある文章は、
――身体能力上昇魔法
よくやったぞ、シグ。これなら……っ!
石を握りしめ、魔法石を発動させる。周囲を眩い光に包まれる。
次の瞬間、どうやって使えばいいのかわからないので、とりあえず前に進むため足に力を込める。
――ふんっ。
俺の身体は高く飛び上がり、近くの建物の屋根程度に飛び上がる。
……高い。人二、三人分ぐらい飛んでるんじゃないのか、これ。
おっと……。
なんとか近くの屋根に着地をする。想像以上の能力で驚きを隠せない。それに、あの高さを飛んで股がヒュンってなってしまった。
この能力に慣れるにはちょっと練習しないとだな。
えっと、男は……いた。人ごみを抜けて路地に入りやがったな。
見失わないように屋根伝いに進み接近していく。
男は路地裏に入っても背後の追手を気にして走っているが、誰も来ないのに安心し走るのをやめたようだ。
その手には、アオイの財布と男性には似使わない鞄、きっと先ほどの女性から奪ったであろうものが握られていた。
屋根の上から男を見下ろす。ここから降りないといけないのか……高いな。だが、やるしかないか。
――ダンッ。
男の目の前にうまく着地できた。けど、着地した反動でフードをかぶってしまうし、反動で足が痛い。これは高いところから降りる練習も必要だな。
「……それ返してくれよ」
俺は痛みに耐えながら絞り出すように言う。
「うわぁああ!」
突如、目の前に現れた俺に動揺し、男は逃げようと走り出す。
このまま逃げられるわけにはいかない!
――俺は背負っていた大鎌を壁に突き刺しその退路を塞ぐ。
「返してくんないかなそれ」
「わ、わかりました。返します、ですから命だけは!」
それに走って腹が減ってる。早く飯にありつきたい。喉も乾いてきた、こういう時はエールでも一気に飲み干したいな。
いや肉ならちょっと贅沢してあの赤いお酒でもいいな……名前ど忘れしてしまった。なんだっけ。
「求めてるんだよ。渇いちまってるんだ。だからあの赤々としたものを飲みたいんだ」
「ひっ……! 赤々としたって、まさか血……どうか命だけは!」
ああ、そうだ思い出した。ワインだ。こんなときに肉を食ってワインを飲む、これは絶対にうまくないはずがない。
「だからよぉ! 欲してるんだって!」
俺は突き刺さった大鎌を思いっきり壁から抜く。
「…………っ」
ん? 飯のことを考えて、無我夢中だった。いつの間にか男が倒れてる。なんだこいつ。
とりあえず、財布と、鞄を回収するか。男は……まあ、だれかが何とかするだろう。
***
「てりゃぁぁあああああああ」
路地裏から大通りに出ると声が聞こえる。その方向を振り向くと思いっきり殴りかかってくる……女っ?
俺はギリギリのところで大鎌の面部分でその拳を防ぐ。だが女の力は凄まじく勢いで押されてしまう。大鎌を振り払い相手との距離を取る。
するとそこには両手を構える背の小さい女が立っていた。
「なんだ! いきなり」
「なんだとはなんですかっ! 人の物を盗んでおいて。正義の名のもと、この私が許しませんっ!」
人の者を盗んでって……。まさか、俺を泥棒だと勘違いしてるな。
「俺は泥棒じゃない。これは盗んだやつから返してもらったんだ、その張本人はそこの路地裏で倒れてる」
「それは本当ですかっ! ……いえ、相手は泥棒。そんな嘘には乗りませんっ! 私が路地に行く隙に逃げる気でしょう!」
まあ、そうなるよな。えーと、どうしたものか……。
「ふっ……黙っているってことは図星ですねっ! 泥棒であれば容赦しませんよっ!」
「おい、待てって……俺は」
女は返事を聞かずに俺に迫り、先ほどと同じように拳をねじ込みに来る。
くそ……っ、相手は女だ。それに、勘違い。そうなると大鎌の刃を使うわけにはいかない。
女の拳をかわし大鎌の柄で相手の背中を突く。
だが相手はそれを読んでいたのか、もう片方の腕で柄を払い拳を俺の腹にねじ込む。
「んぐっ!!」
くそ、もろに食らった。しかも、なんていうパワーだ……。
俺は相手と一旦距離を置くために、離れようと後ろの跳躍する。だが相手は俺との距離を詰め、また俺の懐に飛び込んできた。
こいつ距離を取らせない気か!
懐に迫る前に! 俺は鎌を回転させ相手を寄せ付けないようにする。
それに気づいた相手は向きを変え俺の右側へと移動し、接近しようとする。
鎌の柄を短く持ち、女にギリギリ当たらないように振りかざす。
……相手は俺の鎌の前で止まり、鎌は地面を斬りこんでいた。
「なかなかやりますねっ! 泥棒のくせに」
「だから、泥棒じゃないって」
――ピッピ―
遠くの方から笛の音がする。
「カズナリさん!」
笛を吹く青と白を基調とした制服を着た女性と、アオイとシグの三人が一緒に駆け寄ってくる。
「二人とも武器を下ろしなさい。街での武器の使用は禁止されているはずですよ」
制服を着た女性が腰に所持している剣を抜く構えをして俺と女に怒鳴る。
「禁止されているのなら、それはよくないことですっ! すいませんっ!」
目の前の女が手につけていた。手袋状の武器を地面に置く。俺はその様子を確認し、手に担いだ大鎌を地面に置くのだった。
すると制服を着た女性が俺に近寄り、手を後ろに回した。
――ガチャ
ん? いまへんな音がしたぞ。
その音の後、俺の手首は鉄の感触はすれども腕を前に持ってくることができない……、手錠か、これ!
「犯人確保。いまから本部に連行します」
「おい、待てよ! 俺は泥棒じゃない! 泥棒ならそこの路地裏で倒れてるはずだ」
「言い訳は本部で聞きます、いいからついてきなさい」
「……カズナリさま!」
アオイの俺を呼ぶ声が聞こえるが振り返ることができない。俺はなすすべなく。女性に連れていかれるのだった。
***
本部と呼ばれる場所に連れてこられて随分の時間が経つ。周りを見渡すと制服を着た女性と男性が常に世話しなく動いている。
だが、俺を捕らえた女性は机を挟んで俺の目の前にある椅子に座り、俺の前からいなくなろうとはしない。
「で、許可証を持っていないと」
「ああ、許可証なんて知らないし俺は持ってない」
「ならどうやってラルスに入ってきたのよ!」
女性は机を思いっきり叩き怒鳴るように言う。
「だから何度も言わせるなよ、エルの客車に一緒に乗せてもらったんだよ」
「だからそのエルってだれよ! 一緒に乗せてもらったって紛れ込んで入ってきたんじゃないの!?」
俺は椅子に手錠で括りつけられ、同じ質問を何度もされる。泥棒は路地裏で倒れていたのを見つけたらしく、俺の疑いは晴れた。だが、それとは別件で許可証の有無について質問攻めにあっていた。その都度、女性は怒りっぱなしだ。
「あなたが、泥棒を退治したのは認めます。ですが、許可証がない人は街に入れないはずです」
さっきから一向に話が進まない。
「あら、黒い服装の大鎌を持った方が捕らえられたと聞いて飛んできましたら、やっぱり」
聞き覚えのある声が聞こえると、周りにいた制服の人々が腕を後ろに組んで立ち上がり直立不動のまま動かない。
「みなさん、いつもご苦労様です。普段通りにしてくださって構いませんのよ」
気品のある、その声が言ってもだれもその状態から動くことはない。
「お嬢様がおしゃられてます。みなさん普段通り業務に励んでください」
「「「「「「はい」」」」」」
初老の男性の声に全員が返事をし、制服を着た人たちは先ほどのように世話しなく動き始めた。
「お久しぶりですわね。カズ様」
この世話しなく動く空間には似使わないゆったりとした雰囲気の少女――エルだった。
「エルレラ様! この者は許可書を持たずにこの街に入った者です。何をするかわかりません。お気をつけください」
目の前の女性は先ほどの姿勢からよりいっそう背筋を伸ばし、エルにそう報告をする。
「ライネリ警備長。いつもご苦労様です。あなたのおかげでこの街が平和であり続けます」
「ありがたきお言葉です。エルレラ様」
そういうと先ほどまで俺と話をしていた女性――ライネリ警備長は深く頭を下げる。
「ですが、その方。カズ様を解放してあげてくださる? その方は私の命の恩人です」
「ですが……」
ライネリはその言葉を聞いても渋っている。そりゃそうだ、いままで散々言ってきた相手をいまさら解放しろなんて。
「ライネリ警備長。これはお願いよ、もし許可証がないことを問うのであれば私を問うてください。もとはと言えば、許可証を渡さなかった私に非があるのですから」
エルは心の底から言っているのだろう。ライネリ警備長の目を見つめている。
「……わかりました」
俺の腕についていた手錠がライネリ警備長の手によってはずされる。
椅子から立ち上がると全身の自由を噛みしめる。
全身が動かせることがこんなにもいいものだったとは。
「申し訳ありません、カズ様。泥棒を退治してくださったのにこんな仕打ちをしてしまい」
エルがそう言い頭を下げた瞬間、周りの視線が一斉に俺に集まる……なんだこの視線。この街に入ったときにも感じたが、異常だぞ。
「いや、いいんだ。頭を上げてくれ」
そうじゃないと俺がこの視線につぶされてしまう。
「あら、やはりお優しいんですねカズ様は」
そしてエルは笑顔になって俺に微笑む。うん、やっぱりこの子は笑顔がとっても素敵だ。
視線で串刺しにされていた俺の心も自然と回復してしまう。
「そうだ! 今晩、夜ご飯を食べに来ませんか? 客車でのお礼がまだでしたわ」
「あー、そうだな。ちょっと一旦、宿に帰ってやることがあるからその後だったら……」
「なら決まりですわ! 今晩は豪勢にしましょう! いいわよね、ジョター?」
「ええ、お嬢様がお決めになったのなら問題ないかと思われます」
「あと、許可証はアオイさんにお渡ししておりますわ。では、今夜お家で待っていますわね」
そういうとエルは入口へと戻って行ってしまった。
俺もとりあえずこの場所を出るか……、いまだ何人かの視線を感じて居心地が悪い。
「お前何者だ……」
さきほどまで俺を怒鳴り続けていたライネリと呼ばれていた女性が俺に問いかける。
「ただの駆け出しの旅人だよ」
***
「カズナリさんー!」
「カズー!」
建物の外に出ると、アオイとシグが駆け寄ってくる。
「心配かけて悪かった。一旦宿に戻ろう。道化師野郎に一つ聞かないといけないことがある」
俺の今抱いているこの考えはほとんど確信に近いだろう。だが、あいつがなんでこのことを隠していたのかを聞かないと気が済まない。
――ぐー
だが、俺の腹は正直だったようで、そんなことより飯を欲していたのだった。
「アオイたちは飯は食ったのか?」
「すいません。カズナリさんが警衛部の方に捕まってる間、アタシたちにはどうすることもできなく。カズナリさんが出てきたときようにと思って、ラルス焼きを買っていたのですが」
「……ごめん、カズ」
シグが申し訳なさそうに顔を伏せる。
「出てくる様子がなく、このままだと冷めておいしくないと思いシグさんとアタシで食べてしまいました」
アオイもシグ同様、申し訳ない顔になる。
「いや、いいんだ。飯はうまい時に食べないともったいない。なら、ちょっとラルス焼きを買ってから宿屋に戻るよ」
「でしたら、硬貨数枚お持ちになってください。たぶんこれで十分だと思います」
そういうとアオイは大銅貨四枚を持たせてくれる。
「ありがとうアオイ。じゃあ先に宿で待っててくれ」
***
「えっと、ここらへんだったよな」
俺はラルス焼きの店があった場所付近に戻ってくる。もう夕方だからなのか市場の人はまばらになっており、酒場が賑わいはじめていた。
「おっ、お兄ちゃんどうした」
声がする方を振り返る。
声をかけてきたのは、アクセサリーを露店で売っていたお兄さんだった。
今、俺が求めてたのはこういうのじゃないんだよなあ……。
「なんだい見るからにガッカリした顔をして、てっきり彼女さんの贈り物を買いに来たのかと思ったよ」
よく見るとさっき見ていたペンダントもブローチもまだ残っている。むしろ、俺達が見たときと変化がないのように見える。
俺の今の所持金は大銅貨四枚。
「お兄さん、お願いがあるんだ」
ここで売っている商品はどれでも一つ大銅貨二枚だったはずだ。
「おっ、なんだ値切り交渉か? 受けて立つぜ」
俺は意を決してお兄さんに声を投げかけた。
「飯の売ってる場所を教えてくれ」
――こうして俺はなんとか飯を入手し、片手に小包を持って宿へと戻るのだった。
男の背中を視界ギリギリ捕らえることができるが、距離が徐々に離れていく。
くそ、このままだと俺の昼飯が……っ!
手に力が入る。そのとき、手の中にある硬い感触を感じた。そういえばさっきシグが渡してくれたもの。
手に握っていたものを見るとそれは魔法石だった。そこに書いてある文章は、
――身体能力上昇魔法
よくやったぞ、シグ。これなら……っ!
石を握りしめ、魔法石を発動させる。周囲を眩い光に包まれる。
次の瞬間、どうやって使えばいいのかわからないので、とりあえず前に進むため足に力を込める。
――ふんっ。
俺の身体は高く飛び上がり、近くの建物の屋根程度に飛び上がる。
……高い。人二、三人分ぐらい飛んでるんじゃないのか、これ。
おっと……。
なんとか近くの屋根に着地をする。想像以上の能力で驚きを隠せない。それに、あの高さを飛んで股がヒュンってなってしまった。
この能力に慣れるにはちょっと練習しないとだな。
えっと、男は……いた。人ごみを抜けて路地に入りやがったな。
見失わないように屋根伝いに進み接近していく。
男は路地裏に入っても背後の追手を気にして走っているが、誰も来ないのに安心し走るのをやめたようだ。
その手には、アオイの財布と男性には似使わない鞄、きっと先ほどの女性から奪ったであろうものが握られていた。
屋根の上から男を見下ろす。ここから降りないといけないのか……高いな。だが、やるしかないか。
――ダンッ。
男の目の前にうまく着地できた。けど、着地した反動でフードをかぶってしまうし、反動で足が痛い。これは高いところから降りる練習も必要だな。
「……それ返してくれよ」
俺は痛みに耐えながら絞り出すように言う。
「うわぁああ!」
突如、目の前に現れた俺に動揺し、男は逃げようと走り出す。
このまま逃げられるわけにはいかない!
――俺は背負っていた大鎌を壁に突き刺しその退路を塞ぐ。
「返してくんないかなそれ」
「わ、わかりました。返します、ですから命だけは!」
それに走って腹が減ってる。早く飯にありつきたい。喉も乾いてきた、こういう時はエールでも一気に飲み干したいな。
いや肉ならちょっと贅沢してあの赤いお酒でもいいな……名前ど忘れしてしまった。なんだっけ。
「求めてるんだよ。渇いちまってるんだ。だからあの赤々としたものを飲みたいんだ」
「ひっ……! 赤々としたって、まさか血……どうか命だけは!」
ああ、そうだ思い出した。ワインだ。こんなときに肉を食ってワインを飲む、これは絶対にうまくないはずがない。
「だからよぉ! 欲してるんだって!」
俺は突き刺さった大鎌を思いっきり壁から抜く。
「…………っ」
ん? 飯のことを考えて、無我夢中だった。いつの間にか男が倒れてる。なんだこいつ。
とりあえず、財布と、鞄を回収するか。男は……まあ、だれかが何とかするだろう。
***
「てりゃぁぁあああああああ」
路地裏から大通りに出ると声が聞こえる。その方向を振り向くと思いっきり殴りかかってくる……女っ?
俺はギリギリのところで大鎌の面部分でその拳を防ぐ。だが女の力は凄まじく勢いで押されてしまう。大鎌を振り払い相手との距離を取る。
するとそこには両手を構える背の小さい女が立っていた。
「なんだ! いきなり」
「なんだとはなんですかっ! 人の物を盗んでおいて。正義の名のもと、この私が許しませんっ!」
人の者を盗んでって……。まさか、俺を泥棒だと勘違いしてるな。
「俺は泥棒じゃない。これは盗んだやつから返してもらったんだ、その張本人はそこの路地裏で倒れてる」
「それは本当ですかっ! ……いえ、相手は泥棒。そんな嘘には乗りませんっ! 私が路地に行く隙に逃げる気でしょう!」
まあ、そうなるよな。えーと、どうしたものか……。
「ふっ……黙っているってことは図星ですねっ! 泥棒であれば容赦しませんよっ!」
「おい、待てって……俺は」
女は返事を聞かずに俺に迫り、先ほどと同じように拳をねじ込みに来る。
くそ……っ、相手は女だ。それに、勘違い。そうなると大鎌の刃を使うわけにはいかない。
女の拳をかわし大鎌の柄で相手の背中を突く。
だが相手はそれを読んでいたのか、もう片方の腕で柄を払い拳を俺の腹にねじ込む。
「んぐっ!!」
くそ、もろに食らった。しかも、なんていうパワーだ……。
俺は相手と一旦距離を置くために、離れようと後ろの跳躍する。だが相手は俺との距離を詰め、また俺の懐に飛び込んできた。
こいつ距離を取らせない気か!
懐に迫る前に! 俺は鎌を回転させ相手を寄せ付けないようにする。
それに気づいた相手は向きを変え俺の右側へと移動し、接近しようとする。
鎌の柄を短く持ち、女にギリギリ当たらないように振りかざす。
……相手は俺の鎌の前で止まり、鎌は地面を斬りこんでいた。
「なかなかやりますねっ! 泥棒のくせに」
「だから、泥棒じゃないって」
――ピッピ―
遠くの方から笛の音がする。
「カズナリさん!」
笛を吹く青と白を基調とした制服を着た女性と、アオイとシグの三人が一緒に駆け寄ってくる。
「二人とも武器を下ろしなさい。街での武器の使用は禁止されているはずですよ」
制服を着た女性が腰に所持している剣を抜く構えをして俺と女に怒鳴る。
「禁止されているのなら、それはよくないことですっ! すいませんっ!」
目の前の女が手につけていた。手袋状の武器を地面に置く。俺はその様子を確認し、手に担いだ大鎌を地面に置くのだった。
すると制服を着た女性が俺に近寄り、手を後ろに回した。
――ガチャ
ん? いまへんな音がしたぞ。
その音の後、俺の手首は鉄の感触はすれども腕を前に持ってくることができない……、手錠か、これ!
「犯人確保。いまから本部に連行します」
「おい、待てよ! 俺は泥棒じゃない! 泥棒ならそこの路地裏で倒れてるはずだ」
「言い訳は本部で聞きます、いいからついてきなさい」
「……カズナリさま!」
アオイの俺を呼ぶ声が聞こえるが振り返ることができない。俺はなすすべなく。女性に連れていかれるのだった。
***
本部と呼ばれる場所に連れてこられて随分の時間が経つ。周りを見渡すと制服を着た女性と男性が常に世話しなく動いている。
だが、俺を捕らえた女性は机を挟んで俺の目の前にある椅子に座り、俺の前からいなくなろうとはしない。
「で、許可証を持っていないと」
「ああ、許可証なんて知らないし俺は持ってない」
「ならどうやってラルスに入ってきたのよ!」
女性は机を思いっきり叩き怒鳴るように言う。
「だから何度も言わせるなよ、エルの客車に一緒に乗せてもらったんだよ」
「だからそのエルってだれよ! 一緒に乗せてもらったって紛れ込んで入ってきたんじゃないの!?」
俺は椅子に手錠で括りつけられ、同じ質問を何度もされる。泥棒は路地裏で倒れていたのを見つけたらしく、俺の疑いは晴れた。だが、それとは別件で許可証の有無について質問攻めにあっていた。その都度、女性は怒りっぱなしだ。
「あなたが、泥棒を退治したのは認めます。ですが、許可証がない人は街に入れないはずです」
さっきから一向に話が進まない。
「あら、黒い服装の大鎌を持った方が捕らえられたと聞いて飛んできましたら、やっぱり」
聞き覚えのある声が聞こえると、周りにいた制服の人々が腕を後ろに組んで立ち上がり直立不動のまま動かない。
「みなさん、いつもご苦労様です。普段通りにしてくださって構いませんのよ」
気品のある、その声が言ってもだれもその状態から動くことはない。
「お嬢様がおしゃられてます。みなさん普段通り業務に励んでください」
「「「「「「はい」」」」」」
初老の男性の声に全員が返事をし、制服を着た人たちは先ほどのように世話しなく動き始めた。
「お久しぶりですわね。カズ様」
この世話しなく動く空間には似使わないゆったりとした雰囲気の少女――エルだった。
「エルレラ様! この者は許可書を持たずにこの街に入った者です。何をするかわかりません。お気をつけください」
目の前の女性は先ほどの姿勢からよりいっそう背筋を伸ばし、エルにそう報告をする。
「ライネリ警備長。いつもご苦労様です。あなたのおかげでこの街が平和であり続けます」
「ありがたきお言葉です。エルレラ様」
そういうと先ほどまで俺と話をしていた女性――ライネリ警備長は深く頭を下げる。
「ですが、その方。カズ様を解放してあげてくださる? その方は私の命の恩人です」
「ですが……」
ライネリはその言葉を聞いても渋っている。そりゃそうだ、いままで散々言ってきた相手をいまさら解放しろなんて。
「ライネリ警備長。これはお願いよ、もし許可証がないことを問うのであれば私を問うてください。もとはと言えば、許可証を渡さなかった私に非があるのですから」
エルは心の底から言っているのだろう。ライネリ警備長の目を見つめている。
「……わかりました」
俺の腕についていた手錠がライネリ警備長の手によってはずされる。
椅子から立ち上がると全身の自由を噛みしめる。
全身が動かせることがこんなにもいいものだったとは。
「申し訳ありません、カズ様。泥棒を退治してくださったのにこんな仕打ちをしてしまい」
エルがそう言い頭を下げた瞬間、周りの視線が一斉に俺に集まる……なんだこの視線。この街に入ったときにも感じたが、異常だぞ。
「いや、いいんだ。頭を上げてくれ」
そうじゃないと俺がこの視線につぶされてしまう。
「あら、やはりお優しいんですねカズ様は」
そしてエルは笑顔になって俺に微笑む。うん、やっぱりこの子は笑顔がとっても素敵だ。
視線で串刺しにされていた俺の心も自然と回復してしまう。
「そうだ! 今晩、夜ご飯を食べに来ませんか? 客車でのお礼がまだでしたわ」
「あー、そうだな。ちょっと一旦、宿に帰ってやることがあるからその後だったら……」
「なら決まりですわ! 今晩は豪勢にしましょう! いいわよね、ジョター?」
「ええ、お嬢様がお決めになったのなら問題ないかと思われます」
「あと、許可証はアオイさんにお渡ししておりますわ。では、今夜お家で待っていますわね」
そういうとエルは入口へと戻って行ってしまった。
俺もとりあえずこの場所を出るか……、いまだ何人かの視線を感じて居心地が悪い。
「お前何者だ……」
さきほどまで俺を怒鳴り続けていたライネリと呼ばれていた女性が俺に問いかける。
「ただの駆け出しの旅人だよ」
***
「カズナリさんー!」
「カズー!」
建物の外に出ると、アオイとシグが駆け寄ってくる。
「心配かけて悪かった。一旦宿に戻ろう。道化師野郎に一つ聞かないといけないことがある」
俺の今抱いているこの考えはほとんど確信に近いだろう。だが、あいつがなんでこのことを隠していたのかを聞かないと気が済まない。
――ぐー
だが、俺の腹は正直だったようで、そんなことより飯を欲していたのだった。
「アオイたちは飯は食ったのか?」
「すいません。カズナリさんが警衛部の方に捕まってる間、アタシたちにはどうすることもできなく。カズナリさんが出てきたときようにと思って、ラルス焼きを買っていたのですが」
「……ごめん、カズ」
シグが申し訳なさそうに顔を伏せる。
「出てくる様子がなく、このままだと冷めておいしくないと思いシグさんとアタシで食べてしまいました」
アオイもシグ同様、申し訳ない顔になる。
「いや、いいんだ。飯はうまい時に食べないともったいない。なら、ちょっとラルス焼きを買ってから宿屋に戻るよ」
「でしたら、硬貨数枚お持ちになってください。たぶんこれで十分だと思います」
そういうとアオイは大銅貨四枚を持たせてくれる。
「ありがとうアオイ。じゃあ先に宿で待っててくれ」
***
「えっと、ここらへんだったよな」
俺はラルス焼きの店があった場所付近に戻ってくる。もう夕方だからなのか市場の人はまばらになっており、酒場が賑わいはじめていた。
「おっ、お兄ちゃんどうした」
声がする方を振り返る。
声をかけてきたのは、アクセサリーを露店で売っていたお兄さんだった。
今、俺が求めてたのはこういうのじゃないんだよなあ……。
「なんだい見るからにガッカリした顔をして、てっきり彼女さんの贈り物を買いに来たのかと思ったよ」
よく見るとさっき見ていたペンダントもブローチもまだ残っている。むしろ、俺達が見たときと変化がないのように見える。
俺の今の所持金は大銅貨四枚。
「お兄さん、お願いがあるんだ」
ここで売っている商品はどれでも一つ大銅貨二枚だったはずだ。
「おっ、なんだ値切り交渉か? 受けて立つぜ」
俺は意を決してお兄さんに声を投げかけた。
「飯の売ってる場所を教えてくれ」
――こうして俺はなんとか飯を入手し、片手に小包を持って宿へと戻るのだった。
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