16 / 36
第二章
2-4「シグの本領」
しおりを挟む
「宿屋のお姉さんは、駆け出しの旅人ならいろいろ親切にしてくれるのでオススメと言ってましたけど」
アオイが俺に店の外観を見ながらつぶやくように教えてくれる。
魔法石を買うためにラルスの商店街へやってきた俺達は周りの店に比べると、こぢんまりとした商店の前に立っていた。
何も知らないで大きな店に行くより、丁寧にいろいろ教えてくれるお店を紹介してくれたのだろうか。
「いくか」
俺はアオイに合図するように言うと扉を開いた。
店内には所狭しと淡い光の灯った石たちがケースに入れられ並べられており、その光景は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
しかし、店内は外観から予想した通り、あまり広くなく入口から店内の隅々まで見渡せるほどの大きさだ。
「……いらっしゃぁい」
店の奥のカウンターには腰の曲がったおばあさんが座っており、声をかけてくれる。
「こんにちわ」
「ちょっと魔法石を見たくて、そしたら宿屋のお姉さんがこちらをオススメしてくださいまして」
俺とアオイがおばあさんに返事をするように言う。
「なら、駆け出しの旅人か。ゆっくり見ていきなさい」
きっと、宿屋のお姉さんは駆け出しの人たちにここを毎回オススメしているのだろう。
よく見ると、生活魔法と各属性別の魔術とに綺麗に分かれている。一番スペースを多くとっているのは生活魔法の魔法石のようだ。その次に四属性の魔法石。そして光と闇の魔法石は隅っこに少しある程度だった。
アオイは自分の属性である水属性の魔法石をいろいろ見ている。その様子を見ていたおばあさんがアオイにいろいろ説明しているようだ。
俺は、自分の属性である闇属性の魔法石を見ることにした。
シグも俺についてきて隣の光属性の魔法石を見ているようだ。
闇属性の魔法石たちは黒くぼんやりと光っており、石の横には一つ一つ丁寧な説明が書かれている。
――自分の身体を闇に溶け込ませ気配を薄くする魔法
――周囲を一瞬だけ暗くする魔法
――触れた相手の視界を狭くする魔法
うーん。
なんとも使えそうで使えなさそうな魔法が多いな。てっきり、もっと攻撃的な魔法を期待したんだが。
「……カズ。これ」
シグはそういうと一つの魔法石を指さす。
――自分の周辺に光の刀を発生させる。
「……これ、便利そう」
シグが主に使っていたのは小刀だったな。それが持たなくて済むのは戦力的にでかいな。
値段は……。
――大銀貨一枚、銀貨五枚
今俺達の泊っている宿代五日分の百五十倍の値段が書かれている。
飯一人前なら小銅貨一枚で食べれるので、その三百倍か。結構いい値段するな。
アオイのほうを見てみると一つの魔法石を見つめ続けていた。
「アオイ、なにかいいのあったのか」
俺はアオイの見ていた魔法石を見る。
「あ、カズナリさん……えっと」
――手の上に水の球体を瞬時に発生させる。
――銀貨五枚
なるほど、さっきの光魔法のに比べては安いが、それでも銀貨五枚か。
周りを見てみてわかったが、魔法石は大抵が銀貨数枚以上の価値の物がほとんどで、これが基本相場なのかもしれない。
「うーん、結構いい値段するものなんだな。どうするか」
「いえ、アタシのは急を要さないので大丈夫です」
そうは言うが、前に魔法石は店に並ばない可能性があるとアオイは教えてくれた。ここで買わないと後で後悔することになるだろう。
「おばあさん、その水属性と光属性の魔法石合わせてどれぐらいになりますか?」
「大銀貨一枚と銀貨十枚だね。そうだね……せっかく来てくれたんだ。ちょっと負けて大銀貨一枚と銀貨八枚でいいよ」
おばあさんはやさしい口調でそう言って負けてくれるが、それでも結構な値段だ。
おばあさんの方を見たとき、会計場所の隣に特売品と書かれた手書きの紙を見つける。そこには、何個か魔法石が置いてあり、その一つの魔法石を見る。
説明には"御者能力魔法。駆け出しの旅人必須の魔法!"と書かれていた。
御者能力か……。たしかに今後馬車を使うならあった方がいいよな。
「おばあさん、この御者能力魔法の石はいくらですか?」
「それは銀貨二枚だね」
比較的安い。だがこれも買うとなると、今の手持ちの半分が消えてしまうな。どうするか。
そう考えているとシグが俺の近くまでやってくる。
「……お姉さん」
えっ、お姉さん? いまこのおばあさんにお姉さんって言ったのか?。
「この御者能力魔法も買うからもう少し負けてくれないかな?」
いつものシグとは思えない流暢な声でおばあさんと話し始める。
「そうさね……。御者能力魔法も合わせて買ってくれるなら、大銀貨一枚と銀貨九枚にしてもいいよ」
「光魔法って貴重ですけど、光属性が適応属性の旅人って多くないって聞きましたよ。特にラルスだと、光と闇属性は品ぞろえが豊富な他のお店にお客が流れてるじゃないですか」
この街に初めて来たはずなのにシグなんでそんなこと知ってるんだ? そう言われたおばあさんは黙ってしまうし……この反応からして事実なのだろう。
「この水魔法も上位互換のやつが銀貨四枚で売ってるのをさっき市場で見たよ。発生範囲がもっと広いやつだったかな……、お願いだよおねえさん。僕立ちも駆け出しであまりお金がないんだ。できれば大銀貨一枚に負けてほしいんだ」
シグはおばあさんに上目遣い気味に言う。
おばあさんはシグの顔を凝視して、はっと思いついた表情になったと思ったら口元がニヤリと笑う。一方、俺とアオイはシグのその言葉の多さに唖然として、ただその様子を眺めているだけになってしまう。
「……ふーん、そうか、その話し方。お前さん……」
おばあさんはシグの容姿をじっくりと見る。
「ははは! 久々に商人らしいやつと話ができたと思ったら、まさか子供だったとはね」
おばあさんは先ほどまでの声からは想像がつかないほどの大きな笑いが飛び出る。
「この店は駆け出しの旅人ご用達のお店だから、交渉もチマチマしたものが多いんだ。それを半額近い金額にしようだなんて大した度胸だよ。久々に楽しませてもらった、その値段でいいだろう」
「ありがとうお姉さん。あとこの魔法石二つ貰うよ。それで大銀貨一枚に銀貨二枚でどう?」
シグは処分特価の場所に置いてある一つ大銅貨一枚の魔法石を指さしてそういった。
「……お前さんは、いい商人だね。きっと両親の育て方がよかったんだね」
「そんな、お姉さんの大盤振る舞いには敵わないよ」
おばあさんとシグのそんなやり取りを俺とアオイは見ていることしかできなかった。
そして、魔法石四つを破格と言える大銀貨一枚と銀貨二枚で購入することができたのだった。
***
店を出て市場を歩いていく。
「シグがあんなに話ができるなんて驚いたよ」
「アタシもあんなシグさんは初めて見ました」
「……ん。商売のことになるとね」
シグは帽子を深くかぶってしまう。きっと照れているんだろう。
「それに、あんな魔法石の情報よく知ってましたね。近くで同じようなものが売っているなんて気が付きませんでしたよ」
アオイが感心したようにシグに言う。
「……いや、知らないよ」
シグがそうに言いのける。
「「え?」」
「ここに来るまでの魔法石を扱うお店を見てたら、冒険者らしい格好をした人は大きなお店に出入りする様子が多かったんだ」
さっき周りをきょろきょろと見ていたのはその様子を見ていたのか……。ただ、街に興奮していたのは俺だけだったというわけか。
「……だとすると、小さなお店での希少価値の高い物があっても買い手がつかないんじゃないかって思って。あと、水の魔法石に関しては適当な嘘だよ」
ハッタリをしていたのか、シグは。
「なら、最後にもう二つ魔法石を追加したのは?」
本来であれば大銀貨一枚と大銅貨二枚で購入することができたはずだ、それを大銀貨一枚と銀貨二枚で買ったのはなぜなのか俺にはわからなかった。
「あれは、さすがに値引きしてもらうだけなのはよくないと思ったから、ちょっと買値を高くするためのついでだよ。ちょっとほしいなって思ったのもあったけど、勝手にいろいろ話進めちゃってごめんね……。………………ふぅ」
シグはそう説明をしてくれた。半額以上の値引きに対して自分でも思うところがあったというわけか。
普段のシグから考えられないほど話し続けたためか、ちょっと疲れてしまっているようだ。
まさか、シグにこんな能力があったとは、驚きだ。
――ぐるるるるる。
ちょうどよいタイミングで、俺のお腹が食べ物を欲する警報音を鳴らす。市場に漂う肉の匂いに触発されたのだろう。
「とりあえず、お腹がすいたし、飯にでもするか」
「そうですね、シグさんのおかげでお財布も随分と余裕がありますし」
ドンっ!
「おっと」
アオイは走ってきた男性とぶつかってしまう。男性はそのまま走り去ってしまう。
「アオイ大丈夫か」
体勢を崩しそうになったアオイを抱きかかえ言葉をかける。
「はい、アタシは大丈夫です」
アオイはバランスを崩しただけで怪我はしていないようだ。むしろ少しうれしそうな顔をしている。
「なんだよ、あっちから当たってきたっていうのに」
アオイに怪我がなくてよかったが、俺は男性の走った方を見て文句を言ってしまう。
すると、俺の背後から声が聞こえてくる。
「待てー、ドロボーだれかー……」
振り返ると向こうから走ってくる女性が人ごみから現れる。だが、その体力も限界を迎えたのか目の前で手を膝につき、肩で息をしている。
「大丈夫ですか?」
俺に抱きかかえられていたアオイが、女性の目の前に移動し声をかける。
「……はぁ、……さっきのっ、……つか、まえて。どろ、ぼー」
その言葉にハッとする。もしかして……!
「アオイ、財布は!?」
アオイが腰につけていた小袋の中を確認する。
「えっ!? あっ、さっきまであったはずなのに!」
やっぱり、さっきの男が当たった時に……っ!
「あいつ!」
人混みをかき分けるように、男の走り去った方向に走りはじめた。なんとしてでも捕まえなければ。そうしないと、俺の昼飯以前に旅の資金がなくなってしまう!
「……カズ! これ」
シグが俺に向かって何かを投げる。俺はそれをうまくキャッチしさっきの男を追いかけ続けた。
――俺が昼ご飯にありつけるまではまだまだ時間がかかりそうだ。
アオイが俺に店の外観を見ながらつぶやくように教えてくれる。
魔法石を買うためにラルスの商店街へやってきた俺達は周りの店に比べると、こぢんまりとした商店の前に立っていた。
何も知らないで大きな店に行くより、丁寧にいろいろ教えてくれるお店を紹介してくれたのだろうか。
「いくか」
俺はアオイに合図するように言うと扉を開いた。
店内には所狭しと淡い光の灯った石たちがケースに入れられ並べられており、その光景は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
しかし、店内は外観から予想した通り、あまり広くなく入口から店内の隅々まで見渡せるほどの大きさだ。
「……いらっしゃぁい」
店の奥のカウンターには腰の曲がったおばあさんが座っており、声をかけてくれる。
「こんにちわ」
「ちょっと魔法石を見たくて、そしたら宿屋のお姉さんがこちらをオススメしてくださいまして」
俺とアオイがおばあさんに返事をするように言う。
「なら、駆け出しの旅人か。ゆっくり見ていきなさい」
きっと、宿屋のお姉さんは駆け出しの人たちにここを毎回オススメしているのだろう。
よく見ると、生活魔法と各属性別の魔術とに綺麗に分かれている。一番スペースを多くとっているのは生活魔法の魔法石のようだ。その次に四属性の魔法石。そして光と闇の魔法石は隅っこに少しある程度だった。
アオイは自分の属性である水属性の魔法石をいろいろ見ている。その様子を見ていたおばあさんがアオイにいろいろ説明しているようだ。
俺は、自分の属性である闇属性の魔法石を見ることにした。
シグも俺についてきて隣の光属性の魔法石を見ているようだ。
闇属性の魔法石たちは黒くぼんやりと光っており、石の横には一つ一つ丁寧な説明が書かれている。
――自分の身体を闇に溶け込ませ気配を薄くする魔法
――周囲を一瞬だけ暗くする魔法
――触れた相手の視界を狭くする魔法
うーん。
なんとも使えそうで使えなさそうな魔法が多いな。てっきり、もっと攻撃的な魔法を期待したんだが。
「……カズ。これ」
シグはそういうと一つの魔法石を指さす。
――自分の周辺に光の刀を発生させる。
「……これ、便利そう」
シグが主に使っていたのは小刀だったな。それが持たなくて済むのは戦力的にでかいな。
値段は……。
――大銀貨一枚、銀貨五枚
今俺達の泊っている宿代五日分の百五十倍の値段が書かれている。
飯一人前なら小銅貨一枚で食べれるので、その三百倍か。結構いい値段するな。
アオイのほうを見てみると一つの魔法石を見つめ続けていた。
「アオイ、なにかいいのあったのか」
俺はアオイの見ていた魔法石を見る。
「あ、カズナリさん……えっと」
――手の上に水の球体を瞬時に発生させる。
――銀貨五枚
なるほど、さっきの光魔法のに比べては安いが、それでも銀貨五枚か。
周りを見てみてわかったが、魔法石は大抵が銀貨数枚以上の価値の物がほとんどで、これが基本相場なのかもしれない。
「うーん、結構いい値段するものなんだな。どうするか」
「いえ、アタシのは急を要さないので大丈夫です」
そうは言うが、前に魔法石は店に並ばない可能性があるとアオイは教えてくれた。ここで買わないと後で後悔することになるだろう。
「おばあさん、その水属性と光属性の魔法石合わせてどれぐらいになりますか?」
「大銀貨一枚と銀貨十枚だね。そうだね……せっかく来てくれたんだ。ちょっと負けて大銀貨一枚と銀貨八枚でいいよ」
おばあさんはやさしい口調でそう言って負けてくれるが、それでも結構な値段だ。
おばあさんの方を見たとき、会計場所の隣に特売品と書かれた手書きの紙を見つける。そこには、何個か魔法石が置いてあり、その一つの魔法石を見る。
説明には"御者能力魔法。駆け出しの旅人必須の魔法!"と書かれていた。
御者能力か……。たしかに今後馬車を使うならあった方がいいよな。
「おばあさん、この御者能力魔法の石はいくらですか?」
「それは銀貨二枚だね」
比較的安い。だがこれも買うとなると、今の手持ちの半分が消えてしまうな。どうするか。
そう考えているとシグが俺の近くまでやってくる。
「……お姉さん」
えっ、お姉さん? いまこのおばあさんにお姉さんって言ったのか?。
「この御者能力魔法も買うからもう少し負けてくれないかな?」
いつものシグとは思えない流暢な声でおばあさんと話し始める。
「そうさね……。御者能力魔法も合わせて買ってくれるなら、大銀貨一枚と銀貨九枚にしてもいいよ」
「光魔法って貴重ですけど、光属性が適応属性の旅人って多くないって聞きましたよ。特にラルスだと、光と闇属性は品ぞろえが豊富な他のお店にお客が流れてるじゃないですか」
この街に初めて来たはずなのにシグなんでそんなこと知ってるんだ? そう言われたおばあさんは黙ってしまうし……この反応からして事実なのだろう。
「この水魔法も上位互換のやつが銀貨四枚で売ってるのをさっき市場で見たよ。発生範囲がもっと広いやつだったかな……、お願いだよおねえさん。僕立ちも駆け出しであまりお金がないんだ。できれば大銀貨一枚に負けてほしいんだ」
シグはおばあさんに上目遣い気味に言う。
おばあさんはシグの顔を凝視して、はっと思いついた表情になったと思ったら口元がニヤリと笑う。一方、俺とアオイはシグのその言葉の多さに唖然として、ただその様子を眺めているだけになってしまう。
「……ふーん、そうか、その話し方。お前さん……」
おばあさんはシグの容姿をじっくりと見る。
「ははは! 久々に商人らしいやつと話ができたと思ったら、まさか子供だったとはね」
おばあさんは先ほどまでの声からは想像がつかないほどの大きな笑いが飛び出る。
「この店は駆け出しの旅人ご用達のお店だから、交渉もチマチマしたものが多いんだ。それを半額近い金額にしようだなんて大した度胸だよ。久々に楽しませてもらった、その値段でいいだろう」
「ありがとうお姉さん。あとこの魔法石二つ貰うよ。それで大銀貨一枚に銀貨二枚でどう?」
シグは処分特価の場所に置いてある一つ大銅貨一枚の魔法石を指さしてそういった。
「……お前さんは、いい商人だね。きっと両親の育て方がよかったんだね」
「そんな、お姉さんの大盤振る舞いには敵わないよ」
おばあさんとシグのそんなやり取りを俺とアオイは見ていることしかできなかった。
そして、魔法石四つを破格と言える大銀貨一枚と銀貨二枚で購入することができたのだった。
***
店を出て市場を歩いていく。
「シグがあんなに話ができるなんて驚いたよ」
「アタシもあんなシグさんは初めて見ました」
「……ん。商売のことになるとね」
シグは帽子を深くかぶってしまう。きっと照れているんだろう。
「それに、あんな魔法石の情報よく知ってましたね。近くで同じようなものが売っているなんて気が付きませんでしたよ」
アオイが感心したようにシグに言う。
「……いや、知らないよ」
シグがそうに言いのける。
「「え?」」
「ここに来るまでの魔法石を扱うお店を見てたら、冒険者らしい格好をした人は大きなお店に出入りする様子が多かったんだ」
さっき周りをきょろきょろと見ていたのはその様子を見ていたのか……。ただ、街に興奮していたのは俺だけだったというわけか。
「……だとすると、小さなお店での希少価値の高い物があっても買い手がつかないんじゃないかって思って。あと、水の魔法石に関しては適当な嘘だよ」
ハッタリをしていたのか、シグは。
「なら、最後にもう二つ魔法石を追加したのは?」
本来であれば大銀貨一枚と大銅貨二枚で購入することができたはずだ、それを大銀貨一枚と銀貨二枚で買ったのはなぜなのか俺にはわからなかった。
「あれは、さすがに値引きしてもらうだけなのはよくないと思ったから、ちょっと買値を高くするためのついでだよ。ちょっとほしいなって思ったのもあったけど、勝手にいろいろ話進めちゃってごめんね……。………………ふぅ」
シグはそう説明をしてくれた。半額以上の値引きに対して自分でも思うところがあったというわけか。
普段のシグから考えられないほど話し続けたためか、ちょっと疲れてしまっているようだ。
まさか、シグにこんな能力があったとは、驚きだ。
――ぐるるるるる。
ちょうどよいタイミングで、俺のお腹が食べ物を欲する警報音を鳴らす。市場に漂う肉の匂いに触発されたのだろう。
「とりあえず、お腹がすいたし、飯にでもするか」
「そうですね、シグさんのおかげでお財布も随分と余裕がありますし」
ドンっ!
「おっと」
アオイは走ってきた男性とぶつかってしまう。男性はそのまま走り去ってしまう。
「アオイ大丈夫か」
体勢を崩しそうになったアオイを抱きかかえ言葉をかける。
「はい、アタシは大丈夫です」
アオイはバランスを崩しただけで怪我はしていないようだ。むしろ少しうれしそうな顔をしている。
「なんだよ、あっちから当たってきたっていうのに」
アオイに怪我がなくてよかったが、俺は男性の走った方を見て文句を言ってしまう。
すると、俺の背後から声が聞こえてくる。
「待てー、ドロボーだれかー……」
振り返ると向こうから走ってくる女性が人ごみから現れる。だが、その体力も限界を迎えたのか目の前で手を膝につき、肩で息をしている。
「大丈夫ですか?」
俺に抱きかかえられていたアオイが、女性の目の前に移動し声をかける。
「……はぁ、……さっきのっ、……つか、まえて。どろ、ぼー」
その言葉にハッとする。もしかして……!
「アオイ、財布は!?」
アオイが腰につけていた小袋の中を確認する。
「えっ!? あっ、さっきまであったはずなのに!」
やっぱり、さっきの男が当たった時に……っ!
「あいつ!」
人混みをかき分けるように、男の走り去った方向に走りはじめた。なんとしてでも捕まえなければ。そうしないと、俺の昼飯以前に旅の資金がなくなってしまう!
「……カズ! これ」
シグが俺に向かって何かを投げる。俺はそれをうまくキャッチしさっきの男を追いかけ続けた。
――俺が昼ご飯にありつけるまではまだまだ時間がかかりそうだ。
0
お気に入りに追加
103
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる