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第四章 胃瘻造設・胃の噴門部結索 手術
7/7 教育の現実
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昨日、夜に家族が誰も家にいなかったんです。
若夫婦二人は、リノの病院へ泊まり込んでいますし、ダンナーは職場の同僚が退職するとかでお別れ会の飲み会でした。
ラクーはこれ幸いと、夜のイ〇ンに出かけました。
普段は夜に行かないので、非日常を感じて、ついでに夕食も楽に済ませてしまおうと思ったのです。
夜にあんなに人がいるとは知りませんでした。
昼間と変わらないくらいの大勢の人がうろついていたんです。
土曜日だったからですかね。
よく考えれば夏祭りの土曜夜市のようなものなのかもしれません。
ラクーは一人だったので、本屋を隅々までのんびりと見て回ることができました。
その時、医療ケア児の本が少ないことに気づきました。
支援学校の教師用の本の中にも、医療ケア児を教えるためのプログラムがありません。
発達障害や自閉症スペクトラム障害についての本はたくさんありました。
看護師のための本の中に、ラクー家ではもう買ってある本が三冊、保育士のための本の中に一冊しかないのです。
エンゼルケア(亡くなった子のケアのし方)の本は看護師の棚に二冊ありましたけどね。
先がない。
教育シーンでの受け皿もない。
そんな現実が本の棚の中から見えてきます。
リノが産まれた時、正直に言うとこの子は長く生きられないかもしれないと思ったのです。
自発呼吸がなかった時は、お医者さんの顔色もすぐれませんでした。
けれどそんな周りの考えに抵抗するかのように、リノは地球上で生きるために最低限必要な身体を獲得していきました。病院を退院してからも、一度も大きく体調を崩していません。
そして今回、胃瘻造設と胃の噴門部結索手術をしたことで、リノはついに最終形態に進化したのです!
そうなるとばあばも思考を未来に持っていかざるを得ません。
最近、幼稚園や支援学校のことを考えるようになりました。
鈴さんのブログを中心として、何軒かのブログに支援学校のことが書いてありました。
この春たぶん中学生になっている鈴さん世代では、学校に行っている人が少なかったのかな。時代がだいぶ下って最近の支援学校事情を聞いてみても、あまり大きく変わったようには思えません。やはり重症心身障害児の数が少ないからでしょうね。
うちの地元の支援学校は、自動車で20~30分ぐらいの場所に、一校あるだけです。
いずれそこにお世話になるしかありません。
エデュケーション、教育というのは「引き出す」という単語が使われているように、子どもの中から未来へと延びる力を引き出して育てていくものです。
リノのような最重度の障害を負った子には、教育シーンでのインプットもアウトプットも難しいものがあります。
つまり、すべての子どもに教育を受ける権利があると法律に定められていますが、最重度の医療ケア児にはたぶん教育プログラムもないし、社会としてもいないものとして扱うしかないという現状があります。
2016年に法改正があって「医療的ケア児」という言葉が法制の中に組み込まれたそうですが、医療的ケア児を預かる保育園は、全国に一つだけだと聞きました。
それも国の運営ではなく、民間のNPO法人が寄付金を募って運営しているのです。
対策が遅れてますよね。
せめてこういう保育所が、国の運営で各県に一か所は設置されていてほしいものです。
そんな社会情勢ですから、うちはジジババの体力を振り絞って、できる限りリノのフォローをするしかないのかなぁと思っています。
ネムルーが働きに出るようになったら、たぶんダンナーが仕事を辞めて、ラクーの補助についてくれることでしょう。
客観的に考えて、支援学校に訪問教育の制度があるとはいっても、来てくださる先生は、リノにどんな教育をしていいのか戸惑うでしょう。
学校の先生は病態のこともリハビリのことも、何も知りませんからね。
たぶん、歌や手遊び、ちょっとした無理矢理の工作、そんな形だけの体裁を揃えて誤魔化すしかないでしょう。こんなことは付け焼刃の勉強をした先生よりも、ラクーの方が上手くできます。
また訪問ではなく、支援学校に通うことを選択し、他の子とのふれ合いの中で、本人に刺激を与えることを考える人もいるでしょう。
ただ、たくさんの医療機器を抱えて遠くまで通うリスクのわりに、得られるものは微々たる反応であるように思えます。
ラクーとしては行事の時だけ、一年に何回か学校に行って、後は訪問教育をしてもらうのが、現実的な線ではないかと思っています。
そして、例えば担当の先生が得意な科目で、今まで普通校でしていたような授業をして頂いた方が、いいかもしれません。
リノの魂は、そっちの方が物珍しくて喜ぶんではないでしょうか。
先生には、寝るばかりして時々緊張でピクつくリノにめげずに、独りで話し続けてもらわなければなりませんが……(笑)
今回、こぉーんな先走ったことを、つらつらと考えてしまいました。^^
今日、リノは普段の半量のミルクを心拍を上げることなく、胃におさめました。
午後にはダンナーとラクーがリノの守りをして、ネムルーとムコーは二人で病院裏の喫茶店に食事をしに行きました。
「久しぶりに2人だけで外食できた」と喜んでいました。
ネムルーは入院生活と生理痛のダブルパンチで疲れが溜まってきているようなので、いい気分転換になったのではないでしょうか。
リノは、食事時に斜めになったクッションに寝ることに慣れてきたようです。
今日は普段通りの顔つきでしたし、いつものミルクの時と一緒で、ウトウトとほとんど寝ていました。
夕方、主治医の先生が両親へ話をしに来てくださって、来週の検査のことを詳しく説明してくれたそうです。日曜日なのに、お疲れ様です。(^_^;)
リノの胃腸の、弱い筋肉対策には、やはりトロミ粉が有効だろうということでした。
ミルクにトロミをつけるのは、たぶん胃瘻を使うようになってから試すんでしょうね。
金曜日まであと五日。
ドリンクを飲んで、もうひと頑張りだ! 応!ヽ(^o^)丿
若夫婦二人は、リノの病院へ泊まり込んでいますし、ダンナーは職場の同僚が退職するとかでお別れ会の飲み会でした。
ラクーはこれ幸いと、夜のイ〇ンに出かけました。
普段は夜に行かないので、非日常を感じて、ついでに夕食も楽に済ませてしまおうと思ったのです。
夜にあんなに人がいるとは知りませんでした。
昼間と変わらないくらいの大勢の人がうろついていたんです。
土曜日だったからですかね。
よく考えれば夏祭りの土曜夜市のようなものなのかもしれません。
ラクーは一人だったので、本屋を隅々までのんびりと見て回ることができました。
その時、医療ケア児の本が少ないことに気づきました。
支援学校の教師用の本の中にも、医療ケア児を教えるためのプログラムがありません。
発達障害や自閉症スペクトラム障害についての本はたくさんありました。
看護師のための本の中に、ラクー家ではもう買ってある本が三冊、保育士のための本の中に一冊しかないのです。
エンゼルケア(亡くなった子のケアのし方)の本は看護師の棚に二冊ありましたけどね。
先がない。
教育シーンでの受け皿もない。
そんな現実が本の棚の中から見えてきます。
リノが産まれた時、正直に言うとこの子は長く生きられないかもしれないと思ったのです。
自発呼吸がなかった時は、お医者さんの顔色もすぐれませんでした。
けれどそんな周りの考えに抵抗するかのように、リノは地球上で生きるために最低限必要な身体を獲得していきました。病院を退院してからも、一度も大きく体調を崩していません。
そして今回、胃瘻造設と胃の噴門部結索手術をしたことで、リノはついに最終形態に進化したのです!
そうなるとばあばも思考を未来に持っていかざるを得ません。
最近、幼稚園や支援学校のことを考えるようになりました。
鈴さんのブログを中心として、何軒かのブログに支援学校のことが書いてありました。
この春たぶん中学生になっている鈴さん世代では、学校に行っている人が少なかったのかな。時代がだいぶ下って最近の支援学校事情を聞いてみても、あまり大きく変わったようには思えません。やはり重症心身障害児の数が少ないからでしょうね。
うちの地元の支援学校は、自動車で20~30分ぐらいの場所に、一校あるだけです。
いずれそこにお世話になるしかありません。
エデュケーション、教育というのは「引き出す」という単語が使われているように、子どもの中から未来へと延びる力を引き出して育てていくものです。
リノのような最重度の障害を負った子には、教育シーンでのインプットもアウトプットも難しいものがあります。
つまり、すべての子どもに教育を受ける権利があると法律に定められていますが、最重度の医療ケア児にはたぶん教育プログラムもないし、社会としてもいないものとして扱うしかないという現状があります。
2016年に法改正があって「医療的ケア児」という言葉が法制の中に組み込まれたそうですが、医療的ケア児を預かる保育園は、全国に一つだけだと聞きました。
それも国の運営ではなく、民間のNPO法人が寄付金を募って運営しているのです。
対策が遅れてますよね。
せめてこういう保育所が、国の運営で各県に一か所は設置されていてほしいものです。
そんな社会情勢ですから、うちはジジババの体力を振り絞って、できる限りリノのフォローをするしかないのかなぁと思っています。
ネムルーが働きに出るようになったら、たぶんダンナーが仕事を辞めて、ラクーの補助についてくれることでしょう。
客観的に考えて、支援学校に訪問教育の制度があるとはいっても、来てくださる先生は、リノにどんな教育をしていいのか戸惑うでしょう。
学校の先生は病態のこともリハビリのことも、何も知りませんからね。
たぶん、歌や手遊び、ちょっとした無理矢理の工作、そんな形だけの体裁を揃えて誤魔化すしかないでしょう。こんなことは付け焼刃の勉強をした先生よりも、ラクーの方が上手くできます。
また訪問ではなく、支援学校に通うことを選択し、他の子とのふれ合いの中で、本人に刺激を与えることを考える人もいるでしょう。
ただ、たくさんの医療機器を抱えて遠くまで通うリスクのわりに、得られるものは微々たる反応であるように思えます。
ラクーとしては行事の時だけ、一年に何回か学校に行って、後は訪問教育をしてもらうのが、現実的な線ではないかと思っています。
そして、例えば担当の先生が得意な科目で、今まで普通校でしていたような授業をして頂いた方が、いいかもしれません。
リノの魂は、そっちの方が物珍しくて喜ぶんではないでしょうか。
先生には、寝るばかりして時々緊張でピクつくリノにめげずに、独りで話し続けてもらわなければなりませんが……(笑)
今回、こぉーんな先走ったことを、つらつらと考えてしまいました。^^
今日、リノは普段の半量のミルクを心拍を上げることなく、胃におさめました。
午後にはダンナーとラクーがリノの守りをして、ネムルーとムコーは二人で病院裏の喫茶店に食事をしに行きました。
「久しぶりに2人だけで外食できた」と喜んでいました。
ネムルーは入院生活と生理痛のダブルパンチで疲れが溜まってきているようなので、いい気分転換になったのではないでしょうか。
リノは、食事時に斜めになったクッションに寝ることに慣れてきたようです。
今日は普段通りの顔つきでしたし、いつものミルクの時と一緒で、ウトウトとほとんど寝ていました。
夕方、主治医の先生が両親へ話をしに来てくださって、来週の検査のことを詳しく説明してくれたそうです。日曜日なのに、お疲れ様です。(^_^;)
リノの胃腸の、弱い筋肉対策には、やはりトロミ粉が有効だろうということでした。
ミルクにトロミをつけるのは、たぶん胃瘻を使うようになってから試すんでしょうね。
金曜日まであと五日。
ドリンクを飲んで、もうひと頑張りだ! 応!ヽ(^o^)丿
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