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第二章 結婚生活
日常へ
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長い旅路の果てに、ラニア別邸の執事のルーディの丸顔を見てホッと息をついた。
「お帰りなさいませ、侯爵閣下、奥様。」
前回、初めて訪れた時に感じたものとは違う印象を持って聞こえてくる、その言葉。
「帰りました、ルーディ。」と返事をした時に、自分がラザフォード侯爵家の人間になったんだなぁと、セリカは改めて思った。
ウィルとケリーに会った時には、びっくりした。
ドーソンの田舎町でのこの姉弟との衝撃的な出会いは1週間ほど前のことだったが、2人ともすっかり様変わりしていた。
ウィルは元気そうにしていて、背筋を伸ばすと意外と背が高かった。
9歳だと言っていたから、同じ年頃の子ども達の中では大きい方だろう。
ケリーの方は、美しいと言ったら語弊があるだろうか?
細面の目鼻立ちがハッキリした顔で、黒髪に近い髪の色がその端麗な容姿をくっきりと引き立てている。
綺麗に磨き上げられたことで、上品なお嬢様にも見えていた。
これは成人する年頃になると、美人になるだろうな~。
生まれ育ったイース村の人たちは、姉弟のお母さんが外国人に辱められたと言っていたようだが、何か事情があったのかもしれない。
「お兄さん、お帰り。ご主人様と言ったほうがいいのか? お兄さんと言ったほうがいいのか、どっちだ?」
口を開くと…変わってない。
横にいたラザフォード侯爵家の女中、ジェーンががっかりしていた。
お疲れ様。
たぶんケリーの女中教育を頑張ってくれてたんだね。
「侯爵閣下と呼びなさい。まずはそこからだ。こちらのセリカのことは、奥様だ。同僚の人たちのことはさん付けで呼ぶように。ケリーが一番下っ端なんだからな。」
「ふーん、わかった。ジェーンや…ジェーンさんやヒップスさんが、ご主人…侯爵閣下が帰って来たらまた私たちを街に連れて行くって言った。ホントか?」
「ああ、本当だ。閉じ込めるためじゃないぞ、ケリーの魔法量を検査しなければならないんだ。10歳ぐらいで受ける検査なんだが、ウィルも身体が大きいようだから計っておいてもよさそうだな。」
「痛いのか?」
ケリーの質問に、ダニエルはセリカの方を見て薄く笑った。
「痛くない。ベッドに寝てたら終わる検査だ。」
「ふ~ん、それならいいや。」
上手く虚勢を張っていたのでわからなかったが、ケリーは検査のことを心配していたようだ。
ダニエルの話を聞いて、少し安心したように見えた。
アメリアと一緒に作ったセリカのランプはほとんど出来上がっていた。
セリカは光魔法を使って、ランプにポッと明かりを灯してみた。
艶やかに光るステンドグラスの色彩豊かな風景は、懐かしい湖の姿をセリカに見せてくれた。
「綺麗に仕上がってきたでしょう? あと数日の磨き上げをすれば使えますよ。」
そうアメリアに言われて、仕上げのやり方を教えてもらった。
その日の夜は、久しぶりに2人だけのディナーだった。
秋の訪れを思わせるブドウがデザートに出てきた。
一粒口に入れると、甘酸っぱい果汁があふれてくる。
「季節が移り変わっていくのね。この夏は楽しかった。素敵な新婚旅行に連れて行ってくれて、ありがとうダニエル。」
「いい旅行になったな。私も楽しかったよ。ここで2日ほどゆっくりして、その後ウィルの抜糸をしてもらってから、レイトに向かおうと思っている。今度は魔導車だから、夜はランデスの屋敷に帰れるよ。」
「帰ったら忙しくなりそうね。」
「そうだな。仕事が山積みになってるだろうな。」
ダニエルはしかめっ面をしてみせたが、セリカには喜んで仕事に向かうダニエルが想像できる。
しばらくは散歩をすっぽかされても文句は言えないだろう。
◇◇◇
3日後にドーソンの街の医療院へ寄って、ウィルの抜糸をした。
膿もなく、順調に治ってきているそうだ。
悪環境にいたことを思えば、ラッキーだったといえるだろう。
これで一安心だ。
しかしドーソンの街を出て、レイトへ向かう街道に馬車を向けると、ケリーの顔がこわばってきた。
「大丈夫よ、ケリー。私も魔法量検査を受けたばかりだけど、最初に心配したほど変な検査じゃなかったわ。」
その後が問題だっただけよね。
― 大騒動だったけどね。
「受けたばかり? 奥様は10歳なのか?」
「あ、そこが気になるのね。私は貴族ではなくて平民なの。突然魔法が使えるようになったんだけど、平民の間では魔法が恐れられてるでしょ、人前では使ったことがなかったの。ダニエルと結婚することになって、魔法量検査を受けに行ったのよ。だから16歳で検査を受けたわけ。」
「へぇー。私たちと一緒だったんだ。」
ケリーとしては仲間を見つけた気分だったのだろう。
今までよりも、セリカに心を許したようだった。
「検査の前に、昼ご飯を食べようか。ウィルは何を食べたい?」
まさか自分に食べたいものを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
ウィルはダニエルの顔色をチラチラと見ながら、おずおずと口を開いた。
「あの…ピザが食べたいです。」
「そうか、じゃあ飯屋だな。コールに美味い飯屋に連れて行ってもらおう。」
「わかりました。しかしウィル、今日だけだぞ。侯爵閣下はお前の快気祝いのおつもりなんだからな。」
「…うん。」
「フンッ、このおっさん…じゃないコールさんは、いちいちうるさいんだよ!」
「なんだと? この山猿め!」
どうもケリーはコールに突っかかりたいようだ。
またコールもまともに受けるもんだから、こんな言い合いをもう何度もやっている。
「コール。」
「すみません、侯爵閣下。」
「ケリーもいちいちコールの揚げ足をとるんじゃない。」
「…は…い。」
2人の間を取り持つダニエルも大変だ。
でも内心は楽しんでやってるのかもしれない。
目の奥が笑っているような気がする。
馬車は賑やかな一行を乗せて、王都の中心地であるレイトの街に着こうとしていた。
「お帰りなさいませ、侯爵閣下、奥様。」
前回、初めて訪れた時に感じたものとは違う印象を持って聞こえてくる、その言葉。
「帰りました、ルーディ。」と返事をした時に、自分がラザフォード侯爵家の人間になったんだなぁと、セリカは改めて思った。
ウィルとケリーに会った時には、びっくりした。
ドーソンの田舎町でのこの姉弟との衝撃的な出会いは1週間ほど前のことだったが、2人ともすっかり様変わりしていた。
ウィルは元気そうにしていて、背筋を伸ばすと意外と背が高かった。
9歳だと言っていたから、同じ年頃の子ども達の中では大きい方だろう。
ケリーの方は、美しいと言ったら語弊があるだろうか?
細面の目鼻立ちがハッキリした顔で、黒髪に近い髪の色がその端麗な容姿をくっきりと引き立てている。
綺麗に磨き上げられたことで、上品なお嬢様にも見えていた。
これは成人する年頃になると、美人になるだろうな~。
生まれ育ったイース村の人たちは、姉弟のお母さんが外国人に辱められたと言っていたようだが、何か事情があったのかもしれない。
「お兄さん、お帰り。ご主人様と言ったほうがいいのか? お兄さんと言ったほうがいいのか、どっちだ?」
口を開くと…変わってない。
横にいたラザフォード侯爵家の女中、ジェーンががっかりしていた。
お疲れ様。
たぶんケリーの女中教育を頑張ってくれてたんだね。
「侯爵閣下と呼びなさい。まずはそこからだ。こちらのセリカのことは、奥様だ。同僚の人たちのことはさん付けで呼ぶように。ケリーが一番下っ端なんだからな。」
「ふーん、わかった。ジェーンや…ジェーンさんやヒップスさんが、ご主人…侯爵閣下が帰って来たらまた私たちを街に連れて行くって言った。ホントか?」
「ああ、本当だ。閉じ込めるためじゃないぞ、ケリーの魔法量を検査しなければならないんだ。10歳ぐらいで受ける検査なんだが、ウィルも身体が大きいようだから計っておいてもよさそうだな。」
「痛いのか?」
ケリーの質問に、ダニエルはセリカの方を見て薄く笑った。
「痛くない。ベッドに寝てたら終わる検査だ。」
「ふ~ん、それならいいや。」
上手く虚勢を張っていたのでわからなかったが、ケリーは検査のことを心配していたようだ。
ダニエルの話を聞いて、少し安心したように見えた。
アメリアと一緒に作ったセリカのランプはほとんど出来上がっていた。
セリカは光魔法を使って、ランプにポッと明かりを灯してみた。
艶やかに光るステンドグラスの色彩豊かな風景は、懐かしい湖の姿をセリカに見せてくれた。
「綺麗に仕上がってきたでしょう? あと数日の磨き上げをすれば使えますよ。」
そうアメリアに言われて、仕上げのやり方を教えてもらった。
その日の夜は、久しぶりに2人だけのディナーだった。
秋の訪れを思わせるブドウがデザートに出てきた。
一粒口に入れると、甘酸っぱい果汁があふれてくる。
「季節が移り変わっていくのね。この夏は楽しかった。素敵な新婚旅行に連れて行ってくれて、ありがとうダニエル。」
「いい旅行になったな。私も楽しかったよ。ここで2日ほどゆっくりして、その後ウィルの抜糸をしてもらってから、レイトに向かおうと思っている。今度は魔導車だから、夜はランデスの屋敷に帰れるよ。」
「帰ったら忙しくなりそうね。」
「そうだな。仕事が山積みになってるだろうな。」
ダニエルはしかめっ面をしてみせたが、セリカには喜んで仕事に向かうダニエルが想像できる。
しばらくは散歩をすっぽかされても文句は言えないだろう。
◇◇◇
3日後にドーソンの街の医療院へ寄って、ウィルの抜糸をした。
膿もなく、順調に治ってきているそうだ。
悪環境にいたことを思えば、ラッキーだったといえるだろう。
これで一安心だ。
しかしドーソンの街を出て、レイトへ向かう街道に馬車を向けると、ケリーの顔がこわばってきた。
「大丈夫よ、ケリー。私も魔法量検査を受けたばかりだけど、最初に心配したほど変な検査じゃなかったわ。」
その後が問題だっただけよね。
― 大騒動だったけどね。
「受けたばかり? 奥様は10歳なのか?」
「あ、そこが気になるのね。私は貴族ではなくて平民なの。突然魔法が使えるようになったんだけど、平民の間では魔法が恐れられてるでしょ、人前では使ったことがなかったの。ダニエルと結婚することになって、魔法量検査を受けに行ったのよ。だから16歳で検査を受けたわけ。」
「へぇー。私たちと一緒だったんだ。」
ケリーとしては仲間を見つけた気分だったのだろう。
今までよりも、セリカに心を許したようだった。
「検査の前に、昼ご飯を食べようか。ウィルは何を食べたい?」
まさか自分に食べたいものを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
ウィルはダニエルの顔色をチラチラと見ながら、おずおずと口を開いた。
「あの…ピザが食べたいです。」
「そうか、じゃあ飯屋だな。コールに美味い飯屋に連れて行ってもらおう。」
「わかりました。しかしウィル、今日だけだぞ。侯爵閣下はお前の快気祝いのおつもりなんだからな。」
「…うん。」
「フンッ、このおっさん…じゃないコールさんは、いちいちうるさいんだよ!」
「なんだと? この山猿め!」
どうもケリーはコールに突っかかりたいようだ。
またコールもまともに受けるもんだから、こんな言い合いをもう何度もやっている。
「コール。」
「すみません、侯爵閣下。」
「ケリーもいちいちコールの揚げ足をとるんじゃない。」
「…は…い。」
2人の間を取り持つダニエルも大変だ。
でも内心は楽しんでやってるのかもしれない。
目の奥が笑っているような気がする。
馬車は賑やかな一行を乗せて、王都の中心地であるレイトの街に着こうとしていた。
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