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第二章 結婚生活

カレーの使い方

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 ブラマー伯爵家の馬車が連れて来てくれたのは、カレーの専門店だった。

大通りから一本筋を奥に入ったところにある、知る人ぞ知るというような小さなお店だ。
店の前にはダイアナが立って、出迎えてくれていた。

「侯爵夫人、今日もお目にかかれて嬉しいです。昨夜は家族の者が大変失礼を致しました。」

「こんにちは、ダイアナさん。早速のお招き、ありがとうございます。カレーが食べられると聞いて楽しみにしてきました。昨日のことは、お互い水に流しましょう。」

セリカの言葉を聞いて、ダイアナも安心したようだった。
小さな息をついて、顔に笑みを浮かべている。

「寛大なお言葉、ありがとうございます。アナベル、来てくださって嬉しいわ。カレーを楽しんでね。」

ダイアナがアナベルにも声をかけると、アナベルは鷹揚おうように頷いた。

「私も後でダイアナさんとお話をしたいんです。時間を取って頂けると嬉しいですわ。」

歳は下だけど、地位的には公爵令嬢のアナベルの方が上になる。
けれどアナベルがディロン伯爵と結婚すれば同等ぐらいになるのかな?

貴族間のバランスをとるのって、難しそう。


店の中は薄暗かったが、案内されたのは個室の明るい部屋だった。

飲み物を持って来てくれた店員さんの肌が黒くて、奏子の記憶の中にあるアフリカの人みたいだ。

「セリカ様の目的を考えると、いろいろな辛さのカレー・ルーを味わっていただいた方がいいと思って、激辛、中辛、甘めの三種類を頼んでいます。」

ダイアナは仕事のできる人のようだ。
段取りがいい。
こういう人と取引が出来るのは、話が早くて助かるね。

「ありがとうございます。後で香辛料の配合も教えていただけるかしら?」

「はい。最後にここのシェフに来てもらいます。どうぞ何でもご質問ください。」


出てきたカレーは奏子が記憶しているカレーライスとはだいぶ違っていて、薄いグリーン色や茶色をしていた。
黄色のルーのものが一つあったが、ココナッツミルクが混ざっているということで、どちらかというと白色のサラサラした液体だ。

円形の小さな器に色々な種類のルーが入れてあって、皿にのっているナンと言われるパンのようなものや、長細い形のお米に、ルーをかけて混ぜて食べるようになっている。

どれも美味しかったが、緑色をしたルーは、食べた後から口の中が刺すように痛くなった。

セリカとダイアナは全部を食べきれなかったが、アナベルは意外にも完食していた。


「失礼します。今日は来てくれてありがとー。わたしがコックのスパポーンさんです。よろしくお願いします。」

チャイという、紅茶にミルクがたっぷりと入っているような飲み物を持ってきてくれたのが、コックさんだったようだ。

セリカはコックさんに一応、ターメリックやクミンシードなどの香辛料の配分を聞いたのだが、これはあまり参考にならないなと思っていた。

日本のカレーライスとは全然違うものだったよ。

― カレーは日本で独自の進化を遂げてるからね。
  カレーうどんやカレーパンなんかもあるし。
  お米も種類が違うしね。

でもナンを見て思いついたんだけど、カレーでピザが出来ないかな?
ダニエルやジュリアン王子にあれだけピザがウケるんだから、カレーピザもいけるかもよ。

― その発想はなかったなぁ。
  確かにいい考えかも。

カレーも使い方で、色々と料理が広がる素材だね。


その後、セリカはダイアナと食材の仕入れ方法や流通についての話をした。
仕入れる量によっては、ラザフォード侯爵領に外国食材の支店を出してもいいというような景気のいい話も聞けた。

この時はお互いにそんなことはあり得ないと思っていたが、こういうことを考える日がやって来るのである。



◇◇◇



 ダニエルが馬車を迎えに寄越したので、セリカはまだ話があるというアナベルとダイアナを店に残して、先に帰らせてもらった。

ホテルに着くと、ダニエルがイライラしてセリカを待っていた。

「遅かったな。」

「ごめんなさい。ついつい話がはずんじゃって。」

「君は早く帰ると言ってなかったか?」

「そうでしたー。そんなに散歩が待ち遠しかったのね。嬉しいな。このまま行きましょ!」


ダニエルの腕に捕まってセリカが歩き出すと、ダニエルも首を振りながらついてきてくれた。

夏の午後の日差しの中で、蝉がうるさく鳴いている。
時おり吹いて来る海風が、涼しくて気持ちがいい。

「ダニエル、カレーの新しい使い方を思いついたのよ。美味しい料理を作るから、また味見をしてね。」

「君から香辛料の匂いがする。…美味そうだな。」

…もう、なんかダニエルが言うと違う意味合いに聞こえちゃう。

― セリカもダニエルに毒されつつあるわね。


セリカは笑いながら、ダニエルと一緒に坂道を下っていった。

海の向こうから、ボ~という船の汽笛が響いてきた。
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