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第二章 結婚生活
南の別邸
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無事にウィルの手術が済み、皆で宿屋に帰って来た。
ケリーは取りあえずキムについて下手間の仕事を覚えることになっている。
自分が下っ端の女中で部下がいなかったからか、キムが張り切っている様子が微笑ましい。
まずは身だしなみからだと思ったらしく、自分がしている後ろで一つぐくりにする三つ編みの仕方をケリーに教えていた。
― あら、髪を整えたらケリーも見られる様子になったわね。
うん。
髪を振り乱して襲って来た時にはどんな山猿かと思ったけど、口を利かなきゃ可愛らしい女の子に見えるよ。
ダニエルとコールは急な予定変更を余儀なくされて、今後の対応を相談している。
「屋敷から誰かをこっちに呼んだ方がいいな。道路の視察を兼ねて、領地管理人のヒップスを呼ぶか。女中を一人連れてくるように言ってくれ。」
「はい。ラニアの別邸で療養させますか?」
「ああ、抜糸のこともあるし、しばらくはこちらにいたほうがいいだろう。魔導車に乗って来てもらおうか。帰りに私たちがラニアに寄って、2人を中央のレイトまで連れて行こう。魔法量検査もしなきゃならんだろう。」
コールが顔をしかめて、ケリーの方をチラリと見る。
「結構な手間ですね。そのわりにはあの子に感謝のかけらもない。」
「バカじゃなきゃ、いずれわかるだろうよ。わからなきゃそれまでの人間だったっていうだけだ。コール、俺は平民だった時にケリーと変わらない立場だった。大人の事情に振り回されて…明日は自分がどこにいるのか確信が持てなかったんだ。今は助けられる立場をもらってるんだから、それを使ってできるだけのことをしてやるだけさ。」
「…義兄さん。すみません、いらぬことを申しました。警備局も含めて念話をしてきます。」
「ああ、頼んだ。」
チラチラと漏れ聞こえる話を聞いていて、ダニエルの子ども時代の不安定な状況にセリカは心を痛めた。
ケリーはまだウィルが一緒だけど、ダニエルは本当に独りぼっちだったんだ。
隣に住んでいたっていうアリソンを大切にするはずだよ。
その頃のダニエルにとっては、お母さんが亡くなってからの命綱のような存在だったんじゃないかな。
その日のちょっと遅めの夕食は、野菜がたっぷりと使われた料理だった。
トマトを器にしたおしゃれなサラダ、キュウリとセロリのゴルゴンゾーラチーズ和え、牛肉と玉ねぎやピーマンの串焼きバーベキューソースがけ等だ。
「トマトの中にシャキシャキしたレタスやゆで卵が入っているっていうのは楽しいね。上にかかってるオーロラソースも美味しいし。」
「そうだな。このゴルゴンゾーラもワインに合うぞ。」
こうやって2人で食事ができるというのはいいね。
セリカは夏の宵を、うるさいほどの虫の音を聞きながら、ダニエルと一緒に食事ができるこの日に感謝した。
過去のどこかがほんのちょっと狂っていたら、こうして2人が会うこともなかったかもしれない。
ふふ、そうしてみれば、ウィルもケリーも大人になって、誰か大切な人と一緒に食事をした時に、運命が変わった日の今日の出会いを、こんな風に思い出すこともあるのかもしれないな…。
◇◇◇
翌朝、医療院にウィルを見舞ってみると、顔をしかめながらではあったが一人でトイレに行けるようになっていた。
この調子だと2日後にはラニアの別邸に移れるかもしれない。
昼前に、ヒップスが女中を連れて魔導車で来てくれたので、ケリーとウィルをヒップスに託して、セリカたちは再び南に向かって旅を続けることになった。
「ケリーがヒップスの顔を見て大人しくなってたわね。」
「あの銀縁の眼鏡が怖かったんじゃないか? あいつは威厳もあるしな。」
「ちょっと待ってくださいよ。それじゃあ僕はケリーになめられてたんですか? ショックだなぁ。」
ケリーにズケズケとものを言われていたコールが、ちょっと凹んでいる。
「…そんなことはないと思います。コールさんは優しいから、ケリーは自分の不安をぶつけて甘えてたんですよ。」
あまり会話に口を出してこないキムが、即座にコールを慰めていた。
へぇ~。
いい感じじゃん。
― そうね。
もしも2人が結婚するようなことになったら、キムが義理の妹になるんだね。
うん。
キムとは話も合うから、そうなってくれたらいいな。
予定が少し遅れていたので、途中の休憩は少しだけで、馬車はラニアの別邸まで走り続けた。
西の空が真っ赤になって日が沈み、夕暮れの涼しい風が吹き始めた頃に、やっとラニアの別邸に到着した。
暗い森のほとりに大きなお屋敷があって、窓からの明かりが馬車を導く誘導灯のように輝いていた。
馬車が音をたてながら車回しに止まると、玄関の扉が開いて眩しい光が漏れだしてきた。
「お疲れ様です。皆さま、ようこそお出で下さいました。お帰りなさいませ、侯爵閣下、奥様。」
「うむ、世話になる。ルーディ、アメリアは元気か?」
「はい、おかげさまで。閣下のお好きなミートローフをこしらえて、皆様の到着を心待ちにしておりました。」
ふーん、ダニエルはミートローフが好物だったんだ。
― ピザのイメージばかりあったわね。
「それは楽しみだ。セリカ、ルーディは夫婦でこのラニア邸を取り仕切ってくれてるんだ。ルーディ、式の時に見たとは思うが、妻のセリカだ。末永く、よろしく頼む。」
「よろしくお願いいたします、奥様。」
「こちらこそよろしくお願いします。結婚式の時にはお世話になりました。」
丸い顔をしたルーディは、セリカたちを部屋へ案内しながら満面の笑顔だ。
ちょっとお月様みたいに見える。
「新婚の旅行に南を選んでくださって、こんなに幸せなことはありません。」
「おいおいルーディ、まだ北のトーラスと張り合ってるんじゃないだろうな。」
「ふん、トーラスが仕掛けるんでございますよ、ダニエル様。結婚式に会った時に、去年はダニエル様が北の別邸に何回もいらしてくださったと自慢するもんですから、私もつい…。」
あらあら、また楽しい執事さん達がいるのね。
― みんな、ダニエルが好きなのよ。
セリカはルーディたちの話を聞いて、今日の強行軍の疲れが取れるような気がした。
人との出会いは、あたたかいものだ。
ケリーたちもこれからたくさんそんな経験をしてほしいな、と思ったセリカだった。
ケリーは取りあえずキムについて下手間の仕事を覚えることになっている。
自分が下っ端の女中で部下がいなかったからか、キムが張り切っている様子が微笑ましい。
まずは身だしなみからだと思ったらしく、自分がしている後ろで一つぐくりにする三つ編みの仕方をケリーに教えていた。
― あら、髪を整えたらケリーも見られる様子になったわね。
うん。
髪を振り乱して襲って来た時にはどんな山猿かと思ったけど、口を利かなきゃ可愛らしい女の子に見えるよ。
ダニエルとコールは急な予定変更を余儀なくされて、今後の対応を相談している。
「屋敷から誰かをこっちに呼んだ方がいいな。道路の視察を兼ねて、領地管理人のヒップスを呼ぶか。女中を一人連れてくるように言ってくれ。」
「はい。ラニアの別邸で療養させますか?」
「ああ、抜糸のこともあるし、しばらくはこちらにいたほうがいいだろう。魔導車に乗って来てもらおうか。帰りに私たちがラニアに寄って、2人を中央のレイトまで連れて行こう。魔法量検査もしなきゃならんだろう。」
コールが顔をしかめて、ケリーの方をチラリと見る。
「結構な手間ですね。そのわりにはあの子に感謝のかけらもない。」
「バカじゃなきゃ、いずれわかるだろうよ。わからなきゃそれまでの人間だったっていうだけだ。コール、俺は平民だった時にケリーと変わらない立場だった。大人の事情に振り回されて…明日は自分がどこにいるのか確信が持てなかったんだ。今は助けられる立場をもらってるんだから、それを使ってできるだけのことをしてやるだけさ。」
「…義兄さん。すみません、いらぬことを申しました。警備局も含めて念話をしてきます。」
「ああ、頼んだ。」
チラチラと漏れ聞こえる話を聞いていて、ダニエルの子ども時代の不安定な状況にセリカは心を痛めた。
ケリーはまだウィルが一緒だけど、ダニエルは本当に独りぼっちだったんだ。
隣に住んでいたっていうアリソンを大切にするはずだよ。
その頃のダニエルにとっては、お母さんが亡くなってからの命綱のような存在だったんじゃないかな。
その日のちょっと遅めの夕食は、野菜がたっぷりと使われた料理だった。
トマトを器にしたおしゃれなサラダ、キュウリとセロリのゴルゴンゾーラチーズ和え、牛肉と玉ねぎやピーマンの串焼きバーベキューソースがけ等だ。
「トマトの中にシャキシャキしたレタスやゆで卵が入っているっていうのは楽しいね。上にかかってるオーロラソースも美味しいし。」
「そうだな。このゴルゴンゾーラもワインに合うぞ。」
こうやって2人で食事ができるというのはいいね。
セリカは夏の宵を、うるさいほどの虫の音を聞きながら、ダニエルと一緒に食事ができるこの日に感謝した。
過去のどこかがほんのちょっと狂っていたら、こうして2人が会うこともなかったかもしれない。
ふふ、そうしてみれば、ウィルもケリーも大人になって、誰か大切な人と一緒に食事をした時に、運命が変わった日の今日の出会いを、こんな風に思い出すこともあるのかもしれないな…。
◇◇◇
翌朝、医療院にウィルを見舞ってみると、顔をしかめながらではあったが一人でトイレに行けるようになっていた。
この調子だと2日後にはラニアの別邸に移れるかもしれない。
昼前に、ヒップスが女中を連れて魔導車で来てくれたので、ケリーとウィルをヒップスに託して、セリカたちは再び南に向かって旅を続けることになった。
「ケリーがヒップスの顔を見て大人しくなってたわね。」
「あの銀縁の眼鏡が怖かったんじゃないか? あいつは威厳もあるしな。」
「ちょっと待ってくださいよ。それじゃあ僕はケリーになめられてたんですか? ショックだなぁ。」
ケリーにズケズケとものを言われていたコールが、ちょっと凹んでいる。
「…そんなことはないと思います。コールさんは優しいから、ケリーは自分の不安をぶつけて甘えてたんですよ。」
あまり会話に口を出してこないキムが、即座にコールを慰めていた。
へぇ~。
いい感じじゃん。
― そうね。
もしも2人が結婚するようなことになったら、キムが義理の妹になるんだね。
うん。
キムとは話も合うから、そうなってくれたらいいな。
予定が少し遅れていたので、途中の休憩は少しだけで、馬車はラニアの別邸まで走り続けた。
西の空が真っ赤になって日が沈み、夕暮れの涼しい風が吹き始めた頃に、やっとラニアの別邸に到着した。
暗い森のほとりに大きなお屋敷があって、窓からの明かりが馬車を導く誘導灯のように輝いていた。
馬車が音をたてながら車回しに止まると、玄関の扉が開いて眩しい光が漏れだしてきた。
「お疲れ様です。皆さま、ようこそお出で下さいました。お帰りなさいませ、侯爵閣下、奥様。」
「うむ、世話になる。ルーディ、アメリアは元気か?」
「はい、おかげさまで。閣下のお好きなミートローフをこしらえて、皆様の到着を心待ちにしておりました。」
ふーん、ダニエルはミートローフが好物だったんだ。
― ピザのイメージばかりあったわね。
「それは楽しみだ。セリカ、ルーディは夫婦でこのラニア邸を取り仕切ってくれてるんだ。ルーディ、式の時に見たとは思うが、妻のセリカだ。末永く、よろしく頼む。」
「よろしくお願いいたします、奥様。」
「こちらこそよろしくお願いします。結婚式の時にはお世話になりました。」
丸い顔をしたルーディは、セリカたちを部屋へ案内しながら満面の笑顔だ。
ちょっとお月様みたいに見える。
「新婚の旅行に南を選んでくださって、こんなに幸せなことはありません。」
「おいおいルーディ、まだ北のトーラスと張り合ってるんじゃないだろうな。」
「ふん、トーラスが仕掛けるんでございますよ、ダニエル様。結婚式に会った時に、去年はダニエル様が北の別邸に何回もいらしてくださったと自慢するもんですから、私もつい…。」
あらあら、また楽しい執事さん達がいるのね。
― みんな、ダニエルが好きなのよ。
セリカはルーディたちの話を聞いて、今日の強行軍の疲れが取れるような気がした。
人との出会いは、あたたかいものだ。
ケリーたちもこれからたくさんそんな経験をしてほしいな、と思ったセリカだった。
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