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第二章 結婚生活

職人

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 金物の匂いが充満する工房の中で、アダムは打ち出し鍋を作っていた。

セリカは声をかけようとする娘さんのポーラを遮って、アダムの作業のキリがいいところまで黙って側に立っていた。


「……なんだ?」

アダムのわずらわしそうなだみ声が静かになった空間に響く。

「父ちゃん、こちらは侯爵様ご夫妻だよっ。少しは言い方に気を付けな!」

ポーラが呆れて、アダムに注意する。

「ふんっ。そんなお偉い人たちが、わしに何のようだ。」

「実は、私は世界各国の料理を出す飯屋を始めようと思ってるんです。それで、その料理を作るためにファジャンシル王国にはない形の鍋を作って頂きたくて、こちらにお邪魔しました。」

セリカの提案は、アダムが思ってもいないものだったのだろう。
話の内容を考える間、アダムはしばらく黙っていた。


「侯爵夫人が、飯屋? …しかしランデスには金物屋がないのか?」

「ありますよ、そこそこ上手い金物屋さんは、何件も。でもアダムさんのような技を極めた職人さんはいらっしゃいません。」

「侯爵夫人に金物の何がわかる。」
「父ちゃん!」

「いいのよポーラ。そう思われるのは当然です。でも私は幼馴染の家が金物屋さんだったので、小さい頃からそこのお父さんに金物についてのあれこれを教えてもらってきました。ハッキリ言ってハリーのお父さんよりアダムさんの方が腕がいいわ。」

「…ふん。」

アダムは黙ってはいるが、鼻の穴が膨らんでいるので、プライドをくすぐられていることは確かだ。

セリカは一気に畳みかけた。

「私が図面を見せたり、作る料理を説明しただけで、外国の人が使う鍋などを作れる人はアダムさんしかいないと今朝、店を覗かせてもらって直感しました。どうか、その腕を貸してもらえませんか?」


アダムはしばらく考えて、深いため息をついた。

「侯爵夫人がそこまで言うんなら、作ってみるとしようか。いったい、どんな鍋が必要なんだ?」

よしっ!
これは最初はあれだね。

― うん、四角い玉子焼き器だねー。
  
ルーカスとニックも丸いフライパンで厚焼き玉子を焼くのに苦労してるもんね。


セリカはダレーナにいた頃に、ハリーのお父さんに説明して作ってもらったことがあったので、玉子焼き器を作る際のポイントを交えながら、アダムに形や大きさを説明した。

「あんたは本当に金物に詳しいんだな。鍋の作り方に詳しい侯爵夫人になんて、初めて会ったよ。」

「父ちゃんは貴族様になんて会ったことないだろ。」

「うるせぇ! お前は店番でもしてろっ!」


アダム親子の言い合いに苦笑しながら、セリカは満足感に浸っていた。

これでまた一歩、夢の店の実現に近づいた気がする。


セリカはアダムに中華鍋や魚焼き器、鶏串やウナギのかば焼きが焼けるようなコンロなども頼んだ。

アダムは料理が想像できないようで、セリカの説明に頷きはしていたが、そんな新種の鍋や窯で作りだされるヘンテコな料理を食べさされるであろうダニエルに、気の毒そうな目を向けていた。


ダニエルの方はまた違った考えを持っていたようだ。

「アダム、ランデスの街に工房を用意するので、うちのお抱えの職人として働くつもりはないか?」

その言葉にはアダムもセリカも驚いた。
ポーラなどは口をあんぐり開けている。

「……さすがにそれは。わしはここの生まれなもんで。」

「そうか。無理強いするつもりはないが、あなたは店をやるより金物を制作する方が得意なようにみえる。固定給に売り上げに応じての歩合を上乗せするつもりだ。店の売り上げとかに煩わされることなく、好きなように金物作りに専念できるぞ。よかったら考えてみてくれ。」

「……へい。」


セリカの感覚としたら、たまにここに鍋を注文しに来るつもりだったが、侯爵様の考えることは違う。

必要なら自分の元に呼びつけるんだー。
こういう時は、ダニエルが貴族だったんだなと思う。



◇◇◇



 金物屋のアダムの店を出て宿屋に帰ると、コールたちの手によって出立の用意が整っていた。

宿屋の主人ダンカン夫妻の見送りを受けて、セリカたちはまた馬車に乗って旅に出た。

フォクスの街を出ると、馬車は中央帯へ向かう広い街道から外れて南へ向かう、わき道に入って行った。
わき道と言っても、馬車がゆったりとすれ違うことができる道幅がある。
この道もレンガで舗装されていた。

「南へ行くのは初めてね。こっちにはどんな街があるの?」
「そうだな、今日はドーソンまで行けるか?」

セリカが尋ねると、ダニエルはコールに確認した。

「そうですね。ジエイ村で昼食をとって、夕方にドーソンに着けたらと思っています。」

今回は旅の道中も含めての観光なので、魔導車ではなく普通の馬車で来ている。
村に立ち寄るのは初めてなので、どんなところなのか興味があった。

「村で食事ができるところがあるの?」

「ええ、こういう街道沿いの村にはたいてい旅人向けの食堂があるんですよ。」

コールの話にダニエルがニヤリとして補足してくれる。

「ジエイは羊の産地だからシェパードパイが食べられるぞ。」

― おー、日本だとジンギスカンと言いたいところだけどね。

シェパードパイ、久しぶりだな。
トマト味のひき肉と柔らかいマッシュポテトがよく合うのよね~。


村の食堂で食べたシェパードパイは素朴な味付けで、セリカは久しぶりに庶民の飯屋の味を堪能した。
ダニエルやコールもチーズや新鮮な野菜をつまみに、エールを楽しんでいた。

セリカはキムと二人で、デザートのプディングを頼んだのだが、これが抜群に美味しかった。
ドライフルーツが入っているパンプディングだったけれど、卵やミルクが新鮮だからか味が濃厚だった。

セリカが給仕をしてくれていた女の子に美味しかったことを伝えると、女の子は日に焼けた赤ら顔をより赤くして喜んでくれた。


昼食の後で、夏草をむ羊たちを眺めながら、セリカとダニエルは散歩を楽しんだ。

なだらかな草原に真っ白い羊たちが所々に固まっている風景は、空の雲が切り取られてひと休みするために降りてきているようで、面白かった。

― こういう所に来ると、伸び伸びするわね。

うん。
晴れて良かった。


心地よい運動をしたセリカたちが再び馬車に乗ると、馬たちは更に南に向かって軽快に走り始めた。
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