上 下
71 / 107
第二章 結婚生活

職人

しおりを挟む
 金物の匂いが充満する工房の中で、アダムは打ち出し鍋を作っていた。

セリカは声をかけようとする娘さんのポーラを遮って、アダムの作業のキリがいいところまで黙って側に立っていた。


「……なんだ?」

アダムのわずらわしそうなだみ声が静かになった空間に響く。

「父ちゃん、こちらは侯爵様ご夫妻だよっ。少しは言い方に気を付けな!」

ポーラが呆れて、アダムに注意する。

「ふんっ。そんなお偉い人たちが、わしに何のようだ。」

「実は、私は世界各国の料理を出す飯屋を始めようと思ってるんです。それで、その料理を作るためにファジャンシル王国にはない形の鍋を作って頂きたくて、こちらにお邪魔しました。」

セリカの提案は、アダムが思ってもいないものだったのだろう。
話の内容を考える間、アダムはしばらく黙っていた。


「侯爵夫人が、飯屋? …しかしランデスには金物屋がないのか?」

「ありますよ、そこそこ上手い金物屋さんは、何件も。でもアダムさんのような技を極めた職人さんはいらっしゃいません。」

「侯爵夫人に金物の何がわかる。」
「父ちゃん!」

「いいのよポーラ。そう思われるのは当然です。でも私は幼馴染の家が金物屋さんだったので、小さい頃からそこのお父さんに金物についてのあれこれを教えてもらってきました。ハッキリ言ってハリーのお父さんよりアダムさんの方が腕がいいわ。」

「…ふん。」

アダムは黙ってはいるが、鼻の穴が膨らんでいるので、プライドをくすぐられていることは確かだ。

セリカは一気に畳みかけた。

「私が図面を見せたり、作る料理を説明しただけで、外国の人が使う鍋などを作れる人はアダムさんしかいないと今朝、店を覗かせてもらって直感しました。どうか、その腕を貸してもらえませんか?」


アダムはしばらく考えて、深いため息をついた。

「侯爵夫人がそこまで言うんなら、作ってみるとしようか。いったい、どんな鍋が必要なんだ?」

よしっ!
これは最初はあれだね。

― うん、四角い玉子焼き器だねー。
  
ルーカスとニックも丸いフライパンで厚焼き玉子を焼くのに苦労してるもんね。


セリカはダレーナにいた頃に、ハリーのお父さんに説明して作ってもらったことがあったので、玉子焼き器を作る際のポイントを交えながら、アダムに形や大きさを説明した。

「あんたは本当に金物に詳しいんだな。鍋の作り方に詳しい侯爵夫人になんて、初めて会ったよ。」

「父ちゃんは貴族様になんて会ったことないだろ。」

「うるせぇ! お前は店番でもしてろっ!」


アダム親子の言い合いに苦笑しながら、セリカは満足感に浸っていた。

これでまた一歩、夢の店の実現に近づいた気がする。


セリカはアダムに中華鍋や魚焼き器、鶏串やウナギのかば焼きが焼けるようなコンロなども頼んだ。

アダムは料理が想像できないようで、セリカの説明に頷きはしていたが、そんな新種の鍋や窯で作りだされるヘンテコな料理を食べさされるであろうダニエルに、気の毒そうな目を向けていた。


ダニエルの方はまた違った考えを持っていたようだ。

「アダム、ランデスの街に工房を用意するので、うちのお抱えの職人として働くつもりはないか?」

その言葉にはアダムもセリカも驚いた。
ポーラなどは口をあんぐり開けている。

「……さすがにそれは。わしはここの生まれなもんで。」

「そうか。無理強いするつもりはないが、あなたは店をやるより金物を制作する方が得意なようにみえる。固定給に売り上げに応じての歩合を上乗せするつもりだ。店の売り上げとかに煩わされることなく、好きなように金物作りに専念できるぞ。よかったら考えてみてくれ。」

「……へい。」


セリカの感覚としたら、たまにここに鍋を注文しに来るつもりだったが、侯爵様の考えることは違う。

必要なら自分の元に呼びつけるんだー。
こういう時は、ダニエルが貴族だったんだなと思う。



◇◇◇



 金物屋のアダムの店を出て宿屋に帰ると、コールたちの手によって出立の用意が整っていた。

宿屋の主人ダンカン夫妻の見送りを受けて、セリカたちはまた馬車に乗って旅に出た。

フォクスの街を出ると、馬車は中央帯へ向かう広い街道から外れて南へ向かう、わき道に入って行った。
わき道と言っても、馬車がゆったりとすれ違うことができる道幅がある。
この道もレンガで舗装されていた。

「南へ行くのは初めてね。こっちにはどんな街があるの?」
「そうだな、今日はドーソンまで行けるか?」

セリカが尋ねると、ダニエルはコールに確認した。

「そうですね。ジエイ村で昼食をとって、夕方にドーソンに着けたらと思っています。」

今回は旅の道中も含めての観光なので、魔導車ではなく普通の馬車で来ている。
村に立ち寄るのは初めてなので、どんなところなのか興味があった。

「村で食事ができるところがあるの?」

「ええ、こういう街道沿いの村にはたいてい旅人向けの食堂があるんですよ。」

コールの話にダニエルがニヤリとして補足してくれる。

「ジエイは羊の産地だからシェパードパイが食べられるぞ。」

― おー、日本だとジンギスカンと言いたいところだけどね。

シェパードパイ、久しぶりだな。
トマト味のひき肉と柔らかいマッシュポテトがよく合うのよね~。


村の食堂で食べたシェパードパイは素朴な味付けで、セリカは久しぶりに庶民の飯屋の味を堪能した。
ダニエルやコールもチーズや新鮮な野菜をつまみに、エールを楽しんでいた。

セリカはキムと二人で、デザートのプディングを頼んだのだが、これが抜群に美味しかった。
ドライフルーツが入っているパンプディングだったけれど、卵やミルクが新鮮だからか味が濃厚だった。

セリカが給仕をしてくれていた女の子に美味しかったことを伝えると、女の子は日に焼けた赤ら顔をより赤くして喜んでくれた。


昼食の後で、夏草をむ羊たちを眺めながら、セリカとダニエルは散歩を楽しんだ。

なだらかな草原に真っ白い羊たちが所々に固まっている風景は、空の雲が切り取られてひと休みするために降りてきているようで、面白かった。

― こういう所に来ると、伸び伸びするわね。

うん。
晴れて良かった。


心地よい運動をしたセリカたちが再び馬車に乗ると、馬たちは更に南に向かって軽快に走り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

僕は弟を救うため、無自覚最強の幼馴染み達と旅に出た。奇跡の実を求めて。そして……

久遠 れんり
ファンタジー
五歳を過ぎたあたりから、体調を壊し始めた弟。 お医者さんに診断を受けると、自家性魔力中毒症と診断される。 「大体、二十までは生きられないでしょう」 「ふざけるな。何か治療をする方法はないのか?」 その日は、なにも言わず。 ただ首を振って帰った医者だが、数日後にやって来る。 『精霊種の住まう森にフォビドゥンフルーツなるものが存在する。これすなわち万病を癒やす霊薬なり』 こんな事を書いた書物があったようだ。 だが、親を含めて、大人達はそれを信じない。 「あての無い旅など無謀だ」 そう言って。 「でも僕は、フィラデルを救ってみせる」 そして僕は、それを求めて旅に出る。 村を出るときに付いてきた幼馴染み達。 アシュアスと、友人達。 今五人の冒険が始まった。 全くシリアスではありません。 五人は全員、村の外に出るとチートです。ご注意ください。 この物語は、演出として、飲酒や喫煙、禁止薬物の使用、暴力行為等書かれていますが、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。またこの物語はフィクションです。実在の人物や団体、事件などとは関係ありません。

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜

ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました 誠に申し訳ございません。 —————————————————   前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。 名前は山梨 花。 他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。 動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、 転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、 休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。 それは物心ついた時から生涯を終えるまで。 このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。 ————————————————— 最後まで読んでくださりありがとうございました!!  

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

処理中です...