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第一章 出会い

飯屋の仕事

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 ダンスパーティーの翌朝は、家族も皆、少し寝坊してしまった。

店に来るお客さんたちも疲れてるだろうということで、今日のおすすめ料理はニンニクとオリーブ油をたっぷり使ったペペロンチーノになった。

シンプルな料理なので、付け合わせにするサラダや肉料理に味の濃いパンチのきいたものを揃えると父さんが言っていた。


「パンをここに置いとくね、母さん。」

「はいよ。カゴを外に出してくれた?」

「うん、いつものとこに置いといた。」

サラダやパン、飲み物などは母さんが用意することが多い。

フロアーのメインはセリカが担当している。
それを料理の簡単な手伝いをしながら、母さんがフォローしてくれる。


「カールは? 父さん。」

「あいつは外だ。薪がない。」

カールは裏の小屋に薪を取りに行ったようだ。

火の調整や七輪での煮物、薪オーブンを使う料理などをカールが主に担当している。
最近ガスレンジを二台購入したので、手が空いた時にはカールも料理を運んでくれるようになった。


父さんは、メインのコックだ。
こだわりが強くて研究熱心なので、うちの料理は父さんの腕でもっている。


セリカは、奏子の記憶のおかげで計算が早い。
初めてのお客さんがセリカの精算方法を見た時には、いつも驚かれる。

ダレーナでは掛け算九九を勉強しないからね。

たいていの店では同じものをいくつか買っても、一つずつ筆算をしていく。


― ねえセリカ、ベッツィーのために簡易計算表を作った方がいいかもね。

どんなやつ?

― 今日のおすすめの500ポトンの料理を2つで、1000ポトン。
  3つで1500ポトンっていう具合に、表にして書いておくの。

ああ、それはいいかも。
細かく筆算をしなくてもいいね。


セリカは店の準備が終わると、いくつかのメイン料理の値段表を作っていった。

ナプキンをたたんでいた母さんが、セリカが作った表を見て感心した。

「これ、もっと早く作ってくれたら助かったのに。セリカが森に行ってたりして、いなかった時にこれがあったら母さんも、もっと早く計算できたわよ。」

「そっかー、そう言えばそうだね。」

家族は店の切り盛りに慣れてたから、そんなことまで考えたことがなかったよ。



◇◇◇



 9刻の開店前に、大きなリュックを背負ってベッツィーがやって来た。

だいぶ歩いて来たらしく、額に汗をかいている。

カールがすぐに荷物を受け取って、セリカの部屋へ運んで行く。

セリカは椅子に座ったベッツィーに水を持って来た。

「はぁ~、ありがと。雨が降るよりかは良かったけど、今日は昨日よりだいぶ暑いみたい。」

「お疲れ様。私はカールの姉のセリカよ。よろしくね。」

「あ、ベッツィー・トーマスです。よろしくお願いします。」


トーマス? 
どこかで聞いたような。

― 椅子よっ、セリカ。
   ダンスパーティーの時にセリカが座ってた。

ああ、あの温かい座布団が敷いてあった。


「もしかして毛糸の座布団の椅子をダンスパーティーに持って来てた?」

「ええ。それは母さんの椅子ね。」

「お母さん……残念だったわね。」

「カールに聞いた? うん、私は寂しいけど母さんにとっては良かったんだと思う。寝たきりになって長かったから。」

ベッツィーはそう言って、仕方なさそうに笑った。


カールが二階から戻って来たので、うちの家族をベッツィーに紹介する。
それぞれの役割も簡単に説明した。

けれど来たこともない店の手伝いをすぐにしてもらうのも無理な話なので、ベッツィーにはしばらく店の隅に座ったまま全体の様子や流れを把握してもらうことにした。


「さぁ、今日も頑張りましょう!」

「「「おうっ!」」」

母さんのいつもの掛け声で、トレントの店が開店した。


最初の出だしはゆっくりだったが、10刻を過ぎると急にお客さんが増えて、てんてこ舞いの状態になった。
奥の宴会用の板間も使ってフル回転だ。

そんな時にベッツィーが水を用意してくれたり、出来上がった料理を運んだりしてくれたので助かった。

だいぶ様子がわかってきたようだ。
誰にでも笑顔で話しかけられるので、客商売が向いていると思う。

ベッツィーを選んだクリストフ様って、意外とよく人柄を見てるのかもしれない。


今日、唯一ショックだったのは、セリカが料理を運んで行ったら、ハリーに仰け反って避けられたことだ。
昨日のことがだいぶ堪えたらしい。

気持ちはわかるけど、ここまで避けなくても…。

― でもあれだけ派手に飛ばされたら、トラウマになるわよ。



◇◇◇



 店を閉めて一息つくと、今度は洗いものや掃除をして明日の開店準備に入る。

「どう? なんとなく店の流れがわかった?」

お皿を洗いながらセリカが聞くと、ベッツィーは頷きながらも顔をしかめた。

「何となくの役割はわかったけど、私はセリカの代わりをするようになるんでしょ? 最後の清算がちょっと自信がないんだけど……。」

「セリカの計算方法は、ダレーナでも誰も真似できないよ。心配しなくても最初はゆっくりでいいんだよ。子どもの頃から慣れてる人間と同じことはできないんだから。」

母さんがすかさずフォローしてくれる。


「そうよ。ベッツィーのためにこんな表も作ってみたし。出来なくても、今日みたいに水を出したりして手伝ってくれたら、母さんたちも助かると思う。」

「わかりました。じゃあ、少しずつ覚えていって頑張ってみます。」

ベッツィーの顔色が少し良くなったところに、カールが声をかけた。


「そこの片付けが済んだら、ちょっと散歩に行こう。」

おっと、真打ち登場ね。

「ふふ、あんたも気が利くじゃない。いってらっしゃい、公園の桜が散りかけで綺麗よ。」

「アネキ……。」

セリカがアドバイスの仕返しをすると、カールに睨まれた。


この後セリカと両親で、ハリーの家にベッツィーが使うベッドを貸してもらいに行った。
メグおばさんが、お嫁に行ったミランダ姉さんのベッドを貸してくれると言ってくれたのだ。

ハリーもベッドを運ぶのを手伝ってはくれたのだが、この時も極端にセリカを避けていた。

もうっ、ずっとこうして避けるつもりなのかしら。

セリカは漏れ出す溜息を止めることが出来なかった。
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