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第二章 オタクの綾香の場合

贈る男

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 おかしなプロポーズから5日後の金曜日の夜。

綾香がアパートに帰ると、郵便受けに宅配便の不在通知が入っていた。

何だろう、お母さんからかな?

部屋に入って取次所に電話をしようとして、そのメモをよくよく見ると、差出人の所に木下智樹の名前が書いてあった。

…これはどういうことなんだろう。

これはどうするべき? 
受け取るべきなの? 拒否するべきなの?

本人は逃げ続けているくせに、どうして私にばかり判断をゆだねてくるのだろう。

もーーーっ、頭に来た。


受け取ってやろうじゃないの!

そうしてお礼の電話と称して、あの男の真意を聞きだしてやる!


鼻息も荒く取次所に電話したため、電話に出た若い男の人は綾香の勢いに少しビビっていた。


「宅急便でぇーす。」の声に玄関に出る。

綾香が受け取りの用紙にもたもたとサインをしている間に、物凄い量の荷物が次から次へと運び込まれてくる。
いつもは一人のお兄さんだが、今回は二人がかりで運び込んでいる。

その量は狭いアパートの玄関だけでは足らず、廊下を超え台所にまで浸入を果たしていた。

「ありがとうございましたー。」

綾香があっけに取られているうちに、受け取りを手に、お兄さんたちはお辞儀をして去って行った。

なんて素早い。
宅急便の人って突風のようだ。


えっ、でも…どーすんのこれ。
こんなにたくさん。

我に返った綾香は、近くにあった段ボール箱のガムテープを剝がしてみた。

そこには、大量のマンガ本が入っていた。

古いものもあれば、まだ封を切っていないものもある。

えっ、封を切っていないとは何事?!
これは許せん事態ではなかろうか。

そこにマンガがある。
それは読まねばならない。


綾香は木下智樹のことなどすっかり忘れて、目の前のマンガ本の山に嬉々として取り掛かった。



◇◇◇



 三日後の月曜日。

綾香は木下智樹に文句を言う用があった。

今日こそ捕まえてやる。

放課後、社会科準備室に行くと、あっけないことに木下先生は自分の机の前に座っていた。

そこにいたと言うより、綾香を待っていたようだ。

「来ると思ってましたよ。」

そのセリフが何よりの証拠だ。

「今日は逃げないんですね。」

「綾香先生が僕に用があるだろうと思ったもので…。」

憎らしい。
用はあるともさっ!


「あの続きはどこにあるんですか? いくら探してもないじゃないですかっ!」

あの大量のマンガ本はすべて続き物で、どの話も全部いいところで終わっていて、読んでも読んでもあのマンガの山の中に続きがなかったのだ。

木下先生に聞くのはしゃくさわったので、日曜日の夕方から古本屋や本屋を何件か廻ったが、どのお話の続きも手に入れることが出来なかったのだ。


はかられた。


「これから一緒に僕の家に行きましょう。あの全部の続きがありますし、他にも二つの小屋に一杯のマンガ本がありますよ。」

「…最終巻までありますか?」

「もちろん。綾香さんの願いは全部かなえます。もしマンガが嫌いな人と一緒になってごらんなさい。こんな風にマンガを読み続けて生活することもできませんよ。僕と一緒にのんびりとマンガを愛する日々を送りましょう。僕との結婚を考えてみてください。お願いしますっ。」

「…………………。」



絵美ちゃんにこの事を話すと、「綾香らしい。」と言ってくれた。

麻巳子は「信じらんないーーー!!」と叫んだ。


秋の深まる今日のこの良き日、なんと私は木下智樹と結婚してしまった。

私たち三人の中では一番乗りだ。

来年度の転勤の事などを考えるとこういうことになってしまったのだ。

なんという私に似合わないスピード展開なんだろう。


しかし「まっ、いっか。」と思っている。

お互いに優先するもの、マンガとアニメには相互理解と協力の不可侵条約を締結した。


のんびり一緒にマンガを愛する日々。

こういう生き方も一つの人生だよね。
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