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手触りは

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「ふぇっ、う、ぅうっ」

 子供みたいに泣きじゃくりながら。
 私はある部屋・・・・あるもの・・・・を探していた。


「どこに有るのよぅ。この部屋、広すぎて全然見つかんない……っ。普通、タンスの中にしまっとくもんじゃないの? 少なくとも公爵家うちはそうよ例え貴族でも自分で洗濯して自分でタンスにしまってるわよ何故なら貴族って言っても乙女ゲームの世界の貴族だからね?! そこんとこふんわりファンタジー設定だからね?! それくらい余裕でやりますよ! なのにこの部屋タンス自体が見つからないんですけどまさか衣装部屋とかそっちの方に置いてあるとかそういうオチですか?!」

 ウロウロと豪華な絨毯の上を歩き回るけれど、つい先刻見た光景を思い出して心と身体が凍りつきそうになる。

 初めてのダンスパーティーに慣れないヒールで転んでしまった女の子。
 そんな彼女に手を差し出し気遣うカイン。
 その子は肩までの焦げ茶の髪を可愛らしくアップにして。ドレスの色は可憐なピンク。
 大きな緑の瞳を潤ませてはにかむ顔は、何度も何度もイベントスチルで見たヒロインと同じもの。
 
 遂に二人は出会ってしまったのだ。


「もぉっ、無理……っ。これ以上頑張れないぃぃぃっ」

 王妃になるためのレッスン。数々の自分磨き。カイン誘惑ドキドキ大作戦。
 あんなに努力したのにカインの態度は私が幼い時と変わらなかった。彼は常に私に優しく接してくれたけれど、それは兄としてのものだった。
 そして出会いイベントも、ゲームと全く同じシチュエーションで起きてしまった。

「カインのバカぁ……っ。ヒロインあの子には、情熱的に愛を囁いて全年齢作品への挑戦限界ギリギリなことするくせにぃぃぃっっ。なんで私には唇へのキスすらしないのよぅっ!」
 前世でヒロイン彼女として体験プレイしたカインルートの甘いイベントの記憶が私の胸を締め付ける。

「ぅえ、どこ、か遠いとこっ、カインとあの子がいない所──他の国に行かなきゃ……っ」
 この国にいる限り、きっとどこにいても王子カインの情報は耳に入ってくるだろう。

「二人があの後ダンスを踊っただとか(出会いイベントの続き・スチル付き)お忍びで街を視察してたカインとあの子がバッタリ出会って意気投合して公園の湖のボートに乗ってキャッキャッうふふふしてただとか(中盤に起きるイベント・フラグ管理が難しい)ロマンティックな星空の下で指と指を絡めあって頬を染めてた(ここまで来たらブリジット婚約解消イベント&ベストEDまであと一歩!)なんて聞きたくないよ! 耐えられない……! ハゲる……! 絶対にストレスでハゲる……っ! 毛根、根腐れる……!!」

 大好きなカインと私以外の女の子が恋に落ちていく過程をリアルタイムで聞かなきゃならないなんて! そんなの絶対に無理! 毛根が全滅する!


 だから私は、自分の心と毛根を守るためにこの国あの二人から逃げ出すことに決めた。

 カインがあの子に手を差し出したのを確認して、それ以上の展開を見ないようにすぐにここ・・に駆け込んだ。

 失恋から逃れるための国外逃亡。
 それを実行するためには【あるもの】が必要で。それを入手するために今この部屋に来ている。


 あるもの──それはすばり、カインのパンツ。


 私はカインのパンツを盗むためにカインの部屋に忍び込んでいるのだ。

 いや、ちょっと待って欲しい。そんな犯罪者を見るような目で見ないで欲しい。
 いや、事実やろうとしてることは窃盗という犯罪なんだけども!

 でも聞いて! これには立派なちゃんとした理由があるの!
 だって私はこれから家も立場も捨てて隣の国へ逃げるわけじゃん?! いくら今までの自分磨きで様々なスキルを身に付け公爵令嬢の割にはそこそこ生き抜く力を持っているとしても、人生のほとんどを捧げてきた人への愛に破れ傷心なわけじゃん?!
 そしたらさ、せめて愛した人の思い出の品の一つくらい持って行きたいわけじゃん?!

 カインの温もりを思い出せるような。彼を身近に感じられるような。そんなよすがになってくれる彼の持ち物が欲しい。
 だけど彼に黙って持って行くのだから、決して高価なものではいけない。なんなら複数有って一つくらい無くなっても気づかれにくい物がベスト。

 そう検討した結果────


・温もりを思い出せるもの→パンツ
・身近に感じられるもの→彼が身に付けているもの→パンツ
・あまり高価ではない→パンツ→王族だから絹とか総レースとか紐とか高級パンツの可能性もある→だけど弁償できないほどの値段ではないと思う→やっぱりパンツ
・複数有る→パンツ


 そう。思い出の品としてパンツ以上に最適な物など有るだろうか?
 いや、無い。


シモンはボクサータイプなんだけど。……はっ。もしかして王族は履く習慣が無いとかそんなこと無いよね?」

 その可能性に気がついて呆然とベッドに座り込む。
 天蓋付の大きくて広いカインのベッド。
 誘惑大作戦のためにココで寝ているカインの隣に忍び込んだのは、ちょうど一年前のことだった。

 一年前はまだ、婚約解消イベントを回避する希望を持っていたのに。
 私は思い出の品として彼のパンツを持って行くことすら叶わないというのか。
 あとあの時も今日も、簡単に入ることができたのだけど王子の私室の警備はどうなっているのか。



「カインと、結婚したかったなぁ……」

 止まったはずの涙がまた溢れ出す。








「──『したかった』って、君は俺と結婚することに決まっているのに。何を言ってるのリジィ?」







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