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 口の中にストロベリーの香りと味が広がる。
 ピンク色の錠剤を舌の上で転がし、完全に溶けてからそれを飲み込んだ。

 今日の学校の帰りにドラッグストアで買った錠剤。それは、経口で摂取するタイプの避妊薬だ。

 エストは優秀な学生の集まる学園都市だが、男女交際は禁止されていない。
 むしろ若者たちの健全な精神と肉体を尊重するからこそ、避妊薬や性に関するグッズも普通に売られている。

(しかも店員さんもアンドロイドだから買うのも恥ずかしくないし……。今着てるコレ・・も、電子カタログでデザインを選ぶだけで私のサイズのが出てくるんだから凄いよね)

 悠真を襲い、既成事実を作ってでも『ヒロインとサポートキャラ』という運命をねじ曲げて恋を成就させる。その決意を込めて、悠真の部屋のドアノブに手をかける。

(きっと、私が何度も4月7日を繰り返すのは、悠真くんへの強い想いが原因なんだ。だから、悠真くんに告白さえできればループを抜け出せるはず――――!)

 恋を叶えるために幼なじみの男の子に夜這いをかけるなんて。自分でもなかなかにぶっ飛んだ思考回路なことは重々承知している。

(でも、ただ言葉で好きだって伝えようとしても、いつも上手くいかないんだもん……っ!)

 花音とて、何も最初からこんな力業ちからわざで想いを告げようと思っていたわけではない。
 しかし、やくカノで攻略対象ではなかった悠真と自分にはどんな強制力が働くのか。
 いつもいつも。絶妙なタイミングで邪魔が入り、花音は悠真以外の相手に光の方へと連れて行かれてしまうのだ。

(私はもう、後悔したくないの――!)

 そっとドアを開き、体を滑り込ませるように悠真の部屋へと足を踏み入れる。

 寒色系の家具でシンプルにまとめられた部屋は、花音には難しくてわからないコンピューターの専門書が積んである以外はよく整理されている。

 カーテンの隙間から差し込む月明かりを頼りにベッドの側へと進む。何度も来たことのある部屋だから、転ぶことなくベッドの足元の位置までたどり着くことができた。

 暗さに目が慣れてくると、ブルーの掛け布団が悠真の呼吸に合わせて上下しているのがわかる。彼は、彫刻のように美しい顔で眠っていた。

(私、今から、この悠真くんに触れるんだ……)

 手なら、幼い頃から何度も繋いできた。
 思春期に入るまでは、ほっぺたへのキスだってしたことがある。

 けれど、今日みたいに明確な男女の意図を持って悠真に触れようとするのは初めてだ。

(上手く、できるかな……。ってダメダメ! また悠真くん以外の男の子との恋を応援されるくらいなら、これくらいなんでもないでしょ花音っ! やり方なんてどうとでもなるはず。頑張るのよ……!)

 ベッドの中で眠る悠真の薄い唇が目に入り、心臓が爆発しそうなほど高鳴る。
 緊張がピークまで達し、失神しそうだ。

 それもそのはず。
 夜這いなどという大胆な計画を立てたが、花音は処女だ。

 思い出した前世の記憶もやくカノに関することだけだったから、自分にそういう経験が有ったかどうかわからない。

 自分の拙い知識と技術で悠真をその気にさせることができるだろうか。
 そう不安に思った花音が考え出した秘密兵器。この武器・・を身に付けていれば、少しは悠真をその気にさせられる確率が上がるはず。

(でも、さすがに恥ずかしくて黒とか赤とか、おっぱいがボーンと出てるデザインのは選べなかった。悠真くん、白い下着が好みでありますように……!)

 願いを込めてパーカーのジッパーを下ろし、ルームウェアの短パンも勢いをつけて脱ぎ捨てる。

 経口避妊薬と一緒に購入した秘密兵器――白いシースルーのベビードールを身につけた花音は覚悟を決めてベッドへと上った。
 悠真の体を潰さないように、彼の足元からそろそろと顔の方へと移動する。
 動くたびにベッドが軋んで音を立てるが、悠真が目を覚ます気配は無い。

 いつも優しく自分を見下ろしてくれる榛色の瞳。今はそれが閉じられ、長い睫毛が影を落としている。高い鼻筋は惚れ惚れするほど整っていて作り物めいていた。

「悠真くん……」

 そっとその白い頬に触れ輪郭を辿る。
 頬から顎先へ、顎先から鎖骨へ。
 骨張った感触が彼が異性なのだと教えてくれる。

 好き。この人が、どうしようもなく好き。
 離れたくないの。他の誰でもなく、この人の隣にいたいの。この人以外に考えられないの。

 世界が、彼をヒロインの相手だと認めなくても。

「私は、悠真くんが好きなの……!」

 ぎこちない動きで、悠真の着ているネイビーのパジャマのボタンを外す。
 指先が震えて、上手くできない。それでもなんとか、一つ二つと外していく。
 露になっていく鍛えられた胸筋に目眩がしそうだ。プールの授業で見る時と、生々しさが全然違う。

「悠真くん、ごめんね。寝てる時にこんなことして、ごめんね」

 滑らかな皮膚に指を這わせ、申し訳なさで涙が出てくる。

「でも、好きなの。私、悠真くんが好きなの。もう、離れたくないの」

 ごめんなさい。

「……謝らなくていいよ。俺もだから」

「えっ?」

 突然。強い力で抱き締められた。

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