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前を向いて

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『魔法が使えない私が聖女じゃないってわかったら、私にはもう用はないでしょう! 私を日本に、元の世界に帰してよ!』

 絵麻に興味を無くし背を向けたフェオードルに叫ぶと、フェオードルからは耳を疑う言葉が返ってきた。

『お前を還す魔法は存在しない。伝説の聖女はこの地で生涯を終えたからな。お前はせいぜい、城の洗濯係か掃除のメイドとして働くんだな。城から放り出さないでやるんだ。ありがたく思え』

 絶望。フェオードルが吐き捨てた言葉を理解した時、目の前が真っ暗になるのを感じた。膝の力が抜けて、夢なら覚めてくれと願った。

 しかし、与えられた狭い部屋の硬いベッドの上で何回寝ても目は覚めなくて。
 朝が来る度にこれは現実なのだと思い知った。

 王族と魔法とドラゴンが存在しても、電気もテレビもタブレットも存在しない世界。当然、絵麻の趣味だった動画を投稿できるSNSもない。
 日本に在ったものは絵麻が着ていたセーラー服と手に持っていたスマホだけだ。

 そのスマホも、ずっと圏外のまま遂に充電が無くなってしまった。
 卒業式の日に撮った写真も今までの思い出も、もう見られない。

 心の支えにしていたスマホの充電が0%になり、赤くなった電池マークが点滅した後に画面が真っ暗になる。

 その黒い液晶画面に映り込んだ自分の顔をしばらく見つめ、絵麻はヨシッとベッドから立ち上がった。


「――じゃあもう、前向きに行くしかないでしょ!」


 元々、絵麻は外見に似合わず根性派の努力家である。
 意思の強そうな大きな瞳と、流行りのものやメイクが好きなおかげで学校ではキツそうな性格と勘違いされ最初は遠巻きにされることもあったが、持ち前の明るさとコミュニケーションでどんな相手ともいつの間にか仲良くなっていた。

 異世界生活に本腰を入れた絵麻は、魔法を使えないことを差し引いても、そのキャラクターをウィンセント王国でも存分に発揮したのである。

 さすがに偏見の強い貴族や魔術師たちとは話せなかったが、コック長のウォルフやハウスメイド頭のカーサとはすぐに打ち解けた。彼らは自身の魔力が強くないこともあって、異世界から来た魔法の使えない絵麻に同情的だったのだ。

「えっ、カーサさん何このお茶! お湯入れると色が青からエメラルドグリーンに変わる! え、バタフライピーみたい! 映え~! 上がるっっ。こっちの世界にもこーゆーのあるんだねぇ!」

 お茶とお菓子があるから使用人ホールに食べにおいで。
 そうカーサに招待された絵麻は、透き通る翡翠色のお茶を見て歓声を上げた。

「エマはたまに不思議な言葉を使うねぇ。これはサフィロアっていう花のお茶だよ。ほら、そこの窓から花壇が見えるだろう。もうすぐ今年の花が咲くよ。菜園で、使用人が自分たちで食べたり飲んだりするぶんを作ってるんだよ」

「ちっちゃくて可愛い花!」

「でもねぇ、そこの世話をしてた水魔法の得意な子が家の都合で辞めちまってねぇ。あれだけの広さを魔法なしで水をやるのは億劫で……。庭師たちは花園と庭園の仕事があるから頼めないし」

 カーサが頬に手を当てて困ったようにため息をつく。
 確かに、テニスコート二面ほどの菜園に並ぶ花壇の量は少なくないが、そんなに困るほどのことではない気がした。

「別に魔法じゃなくてもあそこに水をあげれば
良いんだよね? じゃあ私やるよ? バケツにお水汲んできて柄杓か何かで撒くよ」

「良いのかいっ? やっぱり若いと体力あるんだねぇ! 助かるよ。あたしゃ体が重くて」

 そう笑ってカーサは自分のふくよかなお腹を叩く。
 彼女は浄化魔法で洗濯物や部屋を綺麗にするのは得意だが、水魔法は苦手だったらしい。

(この世界の人は本当にいろんなことを魔法に頼ってるんだな)

 数人の使用人たちと打ち解けた今でも、こんな風に価値観の違いを感じることがよくある。
 植物や料理などは地球と似たものもあるが、やはりここは異世界なのだ。

「オッケーオッケー任せてよ! 私、健康マニアだったから体力には自信あるんだよね。それに『やってみた』系の動画も撮ってて、色んなことにチャレンジするの好きだったし! 異世界で異世界の植物育てるなんて楽しそうじゃん。やるわ!」

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