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後日談
薔薇の歌声
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「君に見せたいのはここだよ!」
少年に手を引かれ行き着いたのは赤い薔薇に囲まれた噴水だった。
「噴水?」
「この噴水もセイレーンが管理してくれてるから凄く綺麗なんだけどね、今見せたいのは薔薇の方!」
言われて周囲の薔薇を見るが先ほど居た場所の薔薇と同じに見える。
「うん。薔薇は元々人間界の植物だったんだけど、ここの薔薇は特別なんだ」
噴水の側のベンチにアリシアを座らせたジャレスは薔薇に向かって手を広げた。
「みんな! この子はアリシア! ヴェルの大切な人だよ! みんなの歌を聞かせてあげて!」
静寂に包まれていた薔薇園にオルゴールの音が響き始める。
優しく、温かくなるような旋律だ。
「綺麗……。この音、どこから……」
「薔薇が歌っているんだよ」
「薔薇が?」
「そう。この噴水を掃除してくれてるセイレーンの歌声を覚えて、歌うようになったんだ」
そう語りながら噴水と薔薇を見つめる少年の瞳は慈愛と誇りに満ちていた。
「あなた一体……」
「種明かしはもう少し先でね?」
いたずらっ子の顔で笑うジャレスに、なんだか彼が何者でも良い気がして薔薇の歌声に聞き入る。
きっとこの少年は悪い存在ではない。
「そうだアリシア。僕、人間界のことで聞きたいことが有るんだ」
「聞きたいこと?」
「うん。最近の人間界の結婚式ってどんな仕様になってるのかな?」
──まさか年下の少年に結婚式について尋ねられるとは思わなかった。
アリシアの知っているこれぐらいの年頃の少年は、虫取りか、町長がカツラかどうかの賭けにしか興味が無かったが、やはり異界の住人は一味違う。
思わず自分より低い位置にある彼の瞳を見つめる。
「えっと……」
「ドレスの色とか、飾る花の種類とか、必ずやる決まりとか」
「ぐ、具体的に聞くのね。えっと、まずドレスの色は白で」
神との婚礼の儀でアリシアの着せられた花嫁衣装は月に合わせた青だったが、普段の結婚式の花嫁のドレスは白だ。
「白ね。僕が知ってる風習と変わってないのかな。あ、でも一応書いとくから待ってね」
いつの間にか持っていた紙にジャレスが熱心に書き記す。
「花婿は、その人の職業の正装が多いかな」
「なるほど」
「花の種類は特に決まってなくて」
「ちなみにアリシアの好きな花は?」
「えっと、薔薇?」
アリシアの答えを聞いて嬉しそうに薔薇が澄んだ音を鳴らした。
「フフ喜んでる」
目を細めるジャレスの笑い方が誰かに似ている気がして、自分のこめかみに指を当てる。
「アリシア?」
「あ、ごめんなさい。後は、神殿で式を挙げる時は大神官の前で愛を誓うの」
「神官かぁ! 神官はちょっとなぁ! それって国王の前じゃダメ?」
神官のようなローブを着ているのに神官はちょっとなのか。
「王族の場合は国王に誓うと聞いたことがあるわ」
まあアリシアも二度と大神官の顔は見たく無いが。
今度あのツラを視界に入れたら頭突きだけじゃ済ませない自信が有る。
「それなら好都合。愛を誓うって何をするの?」
「指輪を交換した後にどんな時も相手を愛すると宣言して、口づけをするのよ」
「口づけ……大丈夫かなー、アイツ。暴走しそう。つーか花嫁が酔っぱらったら困るから軽くで済ますように言っておかないとなー……」
今度はジャレスが額に手を当てて何やらブツブツ唸りだした。
「ジャレス?」
「あ、ごめんごめん。僕が知ってる人間界の結婚式とあまり変わりはないみたいだ。ありがとう」
「どういたしまして。誰かご家族が結婚するの?」
「そうなんだよー。長いこと恋を知らなかった身内がやっと初恋を経験してね」
そう語るジャレスの表情は本当に嬉しそうだ。きっとその相手は大事な存在なのだろう。
「あら。じゃあ初恋の相手と結婚するのね。幸せなことだわ」
「そう思う?」
「ええ」
「ソイツと相手の子が出会ったばかりでも?」
二色の瞳が窺うようにアリシアを見上げた。
「私が居た神殿では出会って三日で結婚して50年近く仲が良いご夫婦がいらっしゃたわよ」
「準備が色々有るからさすがに三日は無理だけど、アリシアはすぐに結婚することに抵抗は無いんだね?」
「その二人は本当に素敵なご夫婦でむしろ巫女たちの憧れだわ」
「それを聞いて安心したよ!」
ぶんぶんと力強く握った手を振り回され困惑する。
「もう、意識の無い君を連れて帰って来た時のアイツの浮かれようったら凄かったからさぁ」
「……え?」
「昨日は初恋の正念場だから邪魔するなって締め出されて」
「え?」
「今日紹介してくれる約束だったのにまた部屋に籠っちゃうし」
「……紹介する約束?」
「あ! 彼女が来たみたい!」
弾んだ声のジャレスが指差した方へ視線を向ける。
そこには──
そこには髪の長いクライヴェルが立っていた。
少年に手を引かれ行き着いたのは赤い薔薇に囲まれた噴水だった。
「噴水?」
「この噴水もセイレーンが管理してくれてるから凄く綺麗なんだけどね、今見せたいのは薔薇の方!」
言われて周囲の薔薇を見るが先ほど居た場所の薔薇と同じに見える。
「うん。薔薇は元々人間界の植物だったんだけど、ここの薔薇は特別なんだ」
噴水の側のベンチにアリシアを座らせたジャレスは薔薇に向かって手を広げた。
「みんな! この子はアリシア! ヴェルの大切な人だよ! みんなの歌を聞かせてあげて!」
静寂に包まれていた薔薇園にオルゴールの音が響き始める。
優しく、温かくなるような旋律だ。
「綺麗……。この音、どこから……」
「薔薇が歌っているんだよ」
「薔薇が?」
「そう。この噴水を掃除してくれてるセイレーンの歌声を覚えて、歌うようになったんだ」
そう語りながら噴水と薔薇を見つめる少年の瞳は慈愛と誇りに満ちていた。
「あなた一体……」
「種明かしはもう少し先でね?」
いたずらっ子の顔で笑うジャレスに、なんだか彼が何者でも良い気がして薔薇の歌声に聞き入る。
きっとこの少年は悪い存在ではない。
「そうだアリシア。僕、人間界のことで聞きたいことが有るんだ」
「聞きたいこと?」
「うん。最近の人間界の結婚式ってどんな仕様になってるのかな?」
──まさか年下の少年に結婚式について尋ねられるとは思わなかった。
アリシアの知っているこれぐらいの年頃の少年は、虫取りか、町長がカツラかどうかの賭けにしか興味が無かったが、やはり異界の住人は一味違う。
思わず自分より低い位置にある彼の瞳を見つめる。
「えっと……」
「ドレスの色とか、飾る花の種類とか、必ずやる決まりとか」
「ぐ、具体的に聞くのね。えっと、まずドレスの色は白で」
神との婚礼の儀でアリシアの着せられた花嫁衣装は月に合わせた青だったが、普段の結婚式の花嫁のドレスは白だ。
「白ね。僕が知ってる風習と変わってないのかな。あ、でも一応書いとくから待ってね」
いつの間にか持っていた紙にジャレスが熱心に書き記す。
「花婿は、その人の職業の正装が多いかな」
「なるほど」
「花の種類は特に決まってなくて」
「ちなみにアリシアの好きな花は?」
「えっと、薔薇?」
アリシアの答えを聞いて嬉しそうに薔薇が澄んだ音を鳴らした。
「フフ喜んでる」
目を細めるジャレスの笑い方が誰かに似ている気がして、自分のこめかみに指を当てる。
「アリシア?」
「あ、ごめんなさい。後は、神殿で式を挙げる時は大神官の前で愛を誓うの」
「神官かぁ! 神官はちょっとなぁ! それって国王の前じゃダメ?」
神官のようなローブを着ているのに神官はちょっとなのか。
「王族の場合は国王に誓うと聞いたことがあるわ」
まあアリシアも二度と大神官の顔は見たく無いが。
今度あのツラを視界に入れたら頭突きだけじゃ済ませない自信が有る。
「それなら好都合。愛を誓うって何をするの?」
「指輪を交換した後にどんな時も相手を愛すると宣言して、口づけをするのよ」
「口づけ……大丈夫かなー、アイツ。暴走しそう。つーか花嫁が酔っぱらったら困るから軽くで済ますように言っておかないとなー……」
今度はジャレスが額に手を当てて何やらブツブツ唸りだした。
「ジャレス?」
「あ、ごめんごめん。僕が知ってる人間界の結婚式とあまり変わりはないみたいだ。ありがとう」
「どういたしまして。誰かご家族が結婚するの?」
「そうなんだよー。長いこと恋を知らなかった身内がやっと初恋を経験してね」
そう語るジャレスの表情は本当に嬉しそうだ。きっとその相手は大事な存在なのだろう。
「あら。じゃあ初恋の相手と結婚するのね。幸せなことだわ」
「そう思う?」
「ええ」
「ソイツと相手の子が出会ったばかりでも?」
二色の瞳が窺うようにアリシアを見上げた。
「私が居た神殿では出会って三日で結婚して50年近く仲が良いご夫婦がいらっしゃたわよ」
「準備が色々有るからさすがに三日は無理だけど、アリシアはすぐに結婚することに抵抗は無いんだね?」
「その二人は本当に素敵なご夫婦でむしろ巫女たちの憧れだわ」
「それを聞いて安心したよ!」
ぶんぶんと力強く握った手を振り回され困惑する。
「もう、意識の無い君を連れて帰って来た時のアイツの浮かれようったら凄かったからさぁ」
「……え?」
「昨日は初恋の正念場だから邪魔するなって締め出されて」
「え?」
「今日紹介してくれる約束だったのにまた部屋に籠っちゃうし」
「……紹介する約束?」
「あ! 彼女が来たみたい!」
弾んだ声のジャレスが指差した方へ視線を向ける。
そこには──
そこには髪の長いクライヴェルが立っていた。
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