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やっぱり貴方の味が好き

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その猫は、つぶらな瞳をしていた。
ふくふくとした黒いボディ。白ソックスの手足にハート型にも見えるカギしっぽ。
そして絶妙に不細工な顔。

目があってしまったそのぬいぐるみを、私はしばらく無言で見つめた。

「欲しいの?」
私の様子に気づいた累さんがすかさず会計に向かおうとする。
「あっ、いえ、なんだか、見たことのあるぬいぐるみな気がして」

私たちを乗せた車が停まったのは、都心にある大型ショッピングモールだった。
映画館や飲食店街も併設するそこは、平日でも賑わっていた。
そして私が目を奪われたのは、その中に有る雑貨屋の店頭に並べられた猫のぬいぐるみ。

「ああ、これは確か4年くらい前からやってる『きゅん☆キノ』ってアニメのマスコットキャラクターだね。うちもスポンサーとして関わってるはずだよ。色んな所に看板とか出てるみたいだから昨日どこかで見たのかな?」

違う。
私はこの猫を前世の記憶で知っている。
と言うことは私が転生するまでにそんなに時間は経っていなかったらしい。

「サーヤが欲しいなら買ってあげるよ?」
「大丈夫です! 今日は洋服とか靴とかその他色々いっぱい買って貰っちゃいましたから!」
累さんの申し出をブンブンと首を振って辞退する。
事実、私が今着ている秋色のワンピースもここに来てから買って貰ったものだ。

チラリ。とぬいぐるみの積まれた棚の横の鏡に視線を移せば、白い肌によく映えるワインレッドに身を包まれた美少女の姿がある。
(今は二十歳くらいだから美少女じゃなくて美女かな?)

サーヤは何を着ても似合うから試着するのが本当に楽しかった。
ジーンズの裾を切らなくても良いなんて体験初めてした。
前世の私だったら絶対に選ばないような色やデザインのものもどんどん買ってしまった。──お金を払ってくれたのは累さんだけど(そして私は値段を見せて貰ってないけど決して安くない)

そう。その累さんが私が試着室から出る度に「この色だとサーヤの可愛さがより引き立つね」とか「このミニスカートだと綺麗な脚がよく見えるから嬉しいけど外で着たら駄目だよ?」とか褒めてくれるので私の頬の温度は上がりっぱなしだった。

(イケメンは他人のこと褒めないイメージが勝手に有ったんだけど違ったんだな……)
自分の方がよっぽど美辞麗句に慣れていそうな美貌の持ち主は、今もこのフロア中の女性の視線を集めていた。

シンプルなシャツにシンプルなパンツ。それだけの格好なのに、頭が小さくて脚の長い累さんは凄く目立っていた。
服の仕立てや質が良さそうなのも一因かもしれないけど、醸し出す雰囲気が一般人のそれと違う。

「どうしたの? 疲れた?」
思わず見惚れてしまっていた私を累さんが覗き込むと、周囲から黄色い悲鳴が上がった。

「いえ、……累さん、カッコいいなぁと思って」
「サーヤにそう言って貰えるならこの顔に生まれて良かったよ」
さすがイケメンは謙遜しない。
「俺もサーヤのこと可愛いな。と思いながら見てるよ」
そしてすかさず褒めることも忘れない。

──と、私たちがバカップルみたいな会話をしているところにスーツを着た壮年の男性が慌てたように駆け寄って来た。

「オーナー! 連絡をくだされば上にお部屋を用意しましたのにっ」
オーナー? 何故か男性の顔色は良くない。

「あぁ、こんにちは。今日はプライベートで来てるから気にしないで? 荷物は全部車に運んで貰ってるし」
累さんが鷹揚に応えた。
「で、ですがっ」
撫で付けた髪を乱した相手の必死な様子に、累さんが顎に手を当てて考える。

「んー、サーヤは座ってお買い物したい?」
「ほぇっ?」
座って買い物?
「そう。サーヤの好みを言えばそれに応じた商品を持って来てくれるの。服でも靴でもアクセサリーでも。家具類はカタログが置いてあるし、試着室も俺の部屋くらい有るからゆっくりはできるかな」
なにソレどこのエーガのセカイ。

「今日はもうたくさん買って貰いましたから……」
「ん。俺としてはもっと色々買ってあげたいけどそろそろ休憩しようね。──という事で今日は彼女優先のデートなんだ。今度また顔を見せるね」
私の頭を撫でた手が背中に回り歩くよう促される。その間ずっと男性は90度のお辞儀で見送ってくれた。


*


「お仕事、大丈夫だったんですか?」
帰りの車の中で私はあれから気になっていたことを尋ねた。

スーツの男性と別れて向かったのはケーキが美味しいと評判のカフェ。精気以外に食べられるものがないか探してみようという累さんの提案だった。
そのカフェ以外にもレストランやバーに連れて行って貰ったからすっかり外が暗くなっている。
平日の朝から夜まで私に付き合わせてしまっていることを内心ずっと心配していた。

ちなみに偏食の調査結果は惨敗。
……魔界の食べ物よりはマシだったけど、前世で大好物だったいちごのパフェもクリームのたっぷりのったスコーンも焼きたてのパンでできたお洒落なサンドイッチも芳しいコーヒーも、なんだか味がボンヤリしているか、美味しくてもお腹に全然たまらなかった。

ただ逆に、昔は苦手だったアルコールが飲めるようになっていた。
甘いカクテルも辛口のワインも日本酒も、ジュースのように飲みやすく感じた。
──飲みやすく感じてもアルコールの分解酵素は別の話だったらしく実は今酔っぱらっている。
その上グラグラした頭を累さんの肩に寄り掛からせて貰っている。居候の淫魔の身で。

肩にもたれたまま上目遣いで累さんを見上げる。
「雑貨屋の前で声をかけられた時のこと? 今日は平日って言っても本当に最初からオフだったから気にしないで。仕事も上層部になり過ぎちゃうと逆に暇なんだよね。上の人間がいない方が現場は気楽だろうし。今日のショッピングモールは本当に名前だけのオーナーって感じだし」

本当だろうか? 真意を探ろうとし瞳を見つめてもアルコールの影響を受けた思考はふわふわと定まらない。
冷たい累さんの指が頬を撫でてくれるのが気持ちいい。

「大丈夫。もし例え1日サボっても、それでどうにかなるような仕事はしてないつもりだよ」
耳朶じだの後ろをくすぐられてゾクゾクとした甘い震えが走る。


急激に、空腹を意識した。


空腹だけじゃない。喉だって、渇いてたまらない。
唇をなぞっていた親指を、当然のように口に含んだ。
爪の形を舌で確認するように辿ってから強く吸う。

満足気に目を細めた累さんが、私に与えた手とは逆の手で手元のパネルを操作する。
きっと運転席とのパーテーションのカーテンを閉めたんだろう。

完全に二人だけの空間になったことを確認してから、私たちは深く唇を重ねた。


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