【R18】ぎじえ

茅野ガク

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ぎじえ

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 私、もう人の心など忘れてしまったのだわ。









「あっ……! ぁあ! っあ、あ──!」

 だらしなく口の端から涎を溢しながら秘唇を犯された女が慎みも恥じらいも忘れて喘ぐ。
 黒く長い髪を振り乱し。若々しい肢体をしとねの上でくねらせて。
 ただただ、強すぎる快楽に翻弄される人間の・・・女。

 そんな女を組み敷くのは恐ろしいほど美しく、恐ろしいほど白い肌と白い髪を持った金瞳の男だ。
 男の手が形が変わるほど女の乳房を掴み、逃げようとする腰に自身を叩きつけている。

 淫猥な男女の交わり。

 その様を表情ひとつ変えずに齢十歳ほどの少女が──コハナが見守っていた。
 同じ空間で男と女が絡み合う座敷の中。胸までの黒髪をたらし、紅い着物姿で正座をする彼女は日本人形のようだ。
 しかし、黒曜石の瞳は意思をもって『主』を映している。

 主。唯一の主。コハナの神様。
 彼はコハナが存在する理由であり、コハナの全ての行動は彼のためにある。

 初めて出会った時、一目でコハナを魅了した真っ白な神様。


『……今度の贄は、君か? 参ったな。まだ、子供じゃないか』


 栄養が足らず痩せっぽちな身体。艶の無い髪。乾いた唇。薄汚れた着物。裸足の指の爪には泥がこびりついていた。

 村の水害を救うための生け贄。

 こんなに美しい人の視界に入るには自分の姿はあまりにも惨めだ。
 神に捧げるつもりなら、もう少し見目を整えてくれても良かっただろうに。
 羞恥に頬を染め社まで自分を連れてきた村人を心の中で詰る。

 生まれてすぐに村の外れに捨てられ、七歳まで村長の養子として育てられてきた。
 養子とは名ばかりの、使用人。……そして、いつか村のために殺される人柱候補。

 それが今なのだ。
 死ぬ時が、来たのだ。

 七年の短い生の間。
 心から笑うことや優しい温もりに包まれたことは有っただろうか。

(けど、そんなのどうでも良いわ)

 コハナの住んでいた村では見たことのない透き通るような白い肌。髪だって、真っ白なのに艶やかだ。
 そして何よりその金色の瞳。

(なんて、綺麗なの……)

 呆けたように自分を見つめるコハナに『神様』が眉を下げて微笑む。

『君、名前は? ここに連れて来られたと言うことは村に居場所が無いんだろう。仕方ない、食べ頃・・・になるまで俺のところで暮らすと良い』

 微笑みながら頭を撫でた優しい手。
 神様。コハナの神様。

 この出会いが、今から百年以上も前のこと。


 ──食べ頃になるまで。
 確かにそう言ったのに。


 彼の屋敷に来て三度めの冬を迎えた時に、神様はまた微笑んでこう言った。

『参ったなコハナ。俺は君を気に入ってしまったよ。……だから、お前のことは食べずにずっと一緒に暮らしたい』

 ずっと一緒に。

 その時はその言葉がただただ嬉しくて。
 刻を止めるということの意味を深く考えずに神様のそばに居ることを選んだ。

 巡る巡る。季節が巡る。
 時が経ち、コハナの育った村の辺りはずいぶん変わった。

 蝉の声が響く中。
 コハナは建ち並ぶビルをぼんやりと眺めていた。
 ここはオフィス街というもの中にある公園で、今はそこに勤める人間たちが休息をとる時間らしい。

(あの娘はダメ。髪の色を加工してる)

 主の『食事』の相手に相応しくない。

 コハナを喰らわずとも他のものを喰らわねば主の腹は減る。
 屋敷から遠く離れられない主のために『食事相手』を探すのが刻を止めた時からのコハナの役目だ。

(あの娘も、ダメ)

 時代の移ろいと共に、風景だけでなく人々の装いも変わる。
 けれど、主が喰うのに相応しいのは────



「──ぁああっっ! イく……! イっちゃうぅ……っっ!」



 女の嬌声に意識を戻されてハッとする。
 見れば褥の上で女が主に獣のような体勢で貫かれ声をあげていた。

 最初はコハナが同じ部屋に居ることに戸惑っていた女は、もはやコハナの存在など忘れたように愉悦に溺れ、黒髪を振り乱してよがり、あられもない言葉を叫んでいる。
 この女もまた、コハナが連れてきた『餌』だった。



「もっとぉ……! もっと突いて……! ああーー! あ……?!」



 ゴキリ。



 骨の軋む音を立て。女の首が真後ろへ曲がる。
 背後から女を犯した主が、繋がったまま女の後頭部を掴み、力を込める。


 ゴキリ。ゴキリ。ボキッ。
 まるでガラクタのごとく女の骨が折られていく。


「がっ……?!」


 涎と涙を流し、目を見開いた女が絶命する。
 きっと身体中の骨を粉々にされたのだろう。
 どうやら主は『満足』したらしい。


「コハナ、ごちそうさま。今日もありがとうな」


 そう主が微笑むと、ひしゃげた女の肉体は急速に朽ちて塵となった。


「今日はこの後どうしようか? 蹴鞠でもするか? それともお手玉?」
「……主様、私、そんなに子供じゃありませんよ」
「ははは参ったな。娘の反抗期に戸惑う父親の気分だ」

 主に衣を着せながらチラリと褥へと視線をやる。
 そこにはもう、女の痕跡も情交の跡も無かった。

 コハナに屋敷へと誘われ、主に喰われ、跡形もなく消えた女。


『どうしたの? 探し物?』
『今って七五三の時期じゃないよね。そのお着物、可愛いね』
『私、年の離れた妹がいるんだよね』


 数刻前に親しげに笑いかけてきた女の顔を思い出しても、コハナの心は凪いだままだ。


 ──ここに来たばかりの頃だったら少しは彼女のために涙も流せただろうか?


(私、きっともう人の心など忘れてしまったのだわ)


 ──だけど。


「ご苦労だったね」

 そうコハナの頭を撫でて優しい手の持ち主が微笑む。

「次もお前に似た黒髪の娘を頼むよ」


 ──あぁだけど。





 神様の言葉には胸がジクジクと疼くのは、何故だろう?





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