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B君の場合

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 花巻綾世はなまきあやせの一日は今日も最悪だ。


「ぐ……ぁっ! 早、く、イけよっ、この、遅漏ストーカー……!」

「えー? そんなこと言ってイイの、あやチャン。まだちょっとしかズボズボしてないじゃーん。こんなんじゃ、淫乱ビッチなあやチャンのケツマンコは満足できないでしょー?」

「っっっ!」

「俺のぶっとくてながぁいカチカチちんぽでぇ、何度も何度も奥を突かれて、何度も何度も射精して、精液せーえきでシーツぐちょぐちょにしないと気の済まないあやチャン。素直にならなきゃ」

「クソ野郎が、死ね……!」

「……あー、堪んねぇ。気の強いあやチャンが涙目になりながら俺のこと睨み付けてくんの、ゾクゾクする。そのくせケツマンコはトロトロで俺のチンコ美味しそうに食べてるんだから。もうマジ可愛いマジ推せる。溺れるほど愛しちゃいたい♡ って言うか愛してる♡ 俺の最愛の人♡」


 今日は毎週末通っていたクラブのイベントの日。
 本当だったら今ごろは好みの中年男オッサンをゲットしてトイレかどこかで咥えているはずだったのに。
 なのに実際に綾世が居るのは天井が鏡張りのラブホテルの一室で。
 自分を正常位で貫いているのは中年どころか二歳年下の二十歳の男で。

「……っ、くそ……! お前は、なんで、俺に執着するんだよ……!」

 ぐずぐずだ。
 下半身も、声も、表情も。
 こんな媚びた言い方じゃ、強く見据えてるつもりの目線も甘えてるようにしか見えないだろう。

「だ、か、らぁ。あやチャンが自分で思い出したらすぐにでも教えてあげるってばぁ♡」

 長めのストロークで腰を打ちつけながら、熱い舌で目尻の涙を舐めとる男が媚薬ドラッグみたいな声で囁く。

「知ら、ねぇよっ、お前なんか……! お前だったら、男でも女でも相手見つかるだろ。他、行けよ……!」

「──本当に。本当に俺が他のヤツと寝ても良いと思ってるの。あやチャン」

 その、予想外に強い視線と声に。
 綾世は男の黒い瞳から逃げるように顔を背けた。



*



 花巻綾世は仲間内で『貞操観念のゆるい男』として有名だった。

 見た目さえ気に入れば女でも男でも誰とでもベッドに入る。
 特定の恋人なんかは作らずに。ワンナイト、複数プレイ、親子どんぶり、竿姉妹、なんでも美味しくいただきます。
 セフレだって一人じゃない。煩く言うようなやつはその時点でサヨナラだ。

 だって複雑な家庭で育った心の隙間を肉体で埋めたかったから。そのために大勢の愛が必要だから。
 ──なんて事情が有るわけでなく。
 平和な家庭に育ち姉と弟に挟まれて育った綾世はただ単に快楽に弱かった。

(だって気持ちイーのって最高だしな)

 切れ長で色素の薄いキャットアイ。
 サラサラと流れる長めの金髪をハーフアップにして。
 両耳を彩るピアスの数は合わせて9個。耳でもボディピアスを入れるのがこだわりだ。

 色白の小顔で細身の体躯174センチ
 男なのに美人と形容される綾世の外見は彼の趣味セックスの相手を探すのに好都合だった。

 平日はバーでバイトをして週末は気楽にその日の気分で相手と快楽を貪って。
 それが高校底辺の母校を卒業してからの日常。

 その習慣を、三週間前に目の前の男が壊した。


『おにーさん♪ 今日は、俺とセックスしない?』


 音楽のガンガン鳴るフロアを抜けてライターを取り出そうとした時に声をかけてきた男。
 このクラブにはほぼ毎週来ているが初めて見る顔だった。

(今日はあんまケツの気分じゃなかったけど、コイツ、たぶんタチだよな……?)

 今夜のセックスの相手に相応しいか。
 シガレットのフィルターを咥えながら遠慮なく男の全身を吟味する。

 綾世より一回り逞しい長身。黒のカットソーから覗く二の腕は鍛えられていて。少し日に焼けた肌もなかなか好みだ。

(俺、すぐ赤くなって白に戻るからなー。羨ましい。筋肉もあんまつかねぇし)

 混血かもしれない彫りの深い顔立ちに少しクセのある黒髪。通った鼻筋と力強い黒い瞳が印象的だ。慣れた様子で紫煙をくゆらす姿が様になっている。

(この唇でしゃぶられたら気持ちよさそー)

 何より、厚めの唇が、イイ。

 唯一、若そうなところだけは不満だが、今日のベッドの相手として余裕で合格点だ。
 これだけの美形なら、後腐れなく楽しめて後々面倒なことにはならないだろう。

『……いいよ。火、ちょうだい?』

 そう言って唇に挟んだタバコの先端を相手の顔へと近づける。
 了承の合図のシガーキス。
 きっと楽しい時間になるだろう。



 ──綾世がそう思えたのはここまでだった。



『てめっ、いい加減にしろ……! いつまで、腰振ってりゃ気が済むんだよ……っ!』

『んー? あやチャンがぁ、射精してイッて射精してイッて気を失うまでー?』

『ふざ、けっ、あ、ばっ、ぁあ──っ!』

『はーい。うるさくて可愛くないお口はメッ!しまちゅよー。チンポからぁ、ミルク撒き散らしてる淫乱ちゃんは素直に気持ちイイって喘いでくだちゃいねぇ♡』



 男のデカ過ぎる凶器に散々啼かされて。
 翌朝ラブホのベッドで目覚めた綾瀬は固く決意した。

(コイツとは! もう二度と! 絶対ぇヤらねぇっっ!)

 ──が、その固かったはずの決意は「防犯上二人で揃っていないと出られない」というホテルのシステムにあっさりと崩される。
 目覚めた男に再びベッドに引きずり込まれ啼かされてることになったのは苦い記憶だ。

 そして無理やり連絡先を交換してきた男は以来、毎日バイト先や綾瀬お気に入りのクラブ、なんなら一人暮らしのアパートにまで押し掛けてくるストーカーになったのである。


 あの日から三週間。
 ビッチ尻軽なはずの綾瀬はこの男としかセックスをしていない。

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