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ヒナと過去と兄弟と

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 ヒヨコだ。
 身長158センチの私とほぼ同じ大きさのヒヨコが、掃き掃除をしようと思って来た中庭の噴水で水を飲んでいる。

(あ、ヒヨコってニワトリの子供のことだっけ? ヒヨコじゃなくて、ヒナ? この世界の鳥の種類はわかんないけど、少なくともニワトリじゃないよね?)

 魔王城に就職して2週間。これまでけっこうな数の種族に出会ってきたけどこのヒナは初めて見た。

「モフモフで可愛いー……」


「そのヒナに噛まれたら腕ごと引きちぎられるよ」


 シュバッ! と音がしそうな勢いで手を引っ込めて振り返ると、今日も白い神父服に身を包んだヴァルシュが涼やかな空気を纏って立っていた。私の着ているメイド服もそうだけど、この世界の服は地球のものと似ている。

「嘘だけどね」
「もうっ!」

 一番最初に会った時の絶対零度の視線は別人だったのかと思うほどに。魔王様はこの城で働く者たちに気さくに接する。
 クミンや他のみんながいつも笑顔なのは、きっとヴァルシュが良い王様だからなんだろう。

「これはここから数キロ離れた谷に生えてる大樹に住む怪鳥のヒナだね。たまに親の背中に乗って城まで遊びに来て数日したら帰るんだ。お前、親は?」
「ふぐぉっ?!」
「……ちょっと何、今の豚の鼻音みたいな声」
「いや、ごめん、美少年が動物に向ける優しい笑顔の破壊力になんか新たな扉が開きそうになって」
「……勝手に変な扉開かないでくれる?」

 前言撤回。この冷ややかな視線は確実にあの時の魔王と同一人物だ。
 ごめんごめん。と謝りながらも、柔らかい午前の陽の中で可愛らしいヒナと戯れる美少年の画を堪能する。
 ……このサイズのヒナを背中に乗せて飛べる親鳥ってかなりデッカイな?

「本当に、ヴァルシュってお人形みたいな綺麗な顔してるよねぇ……」
「ねぇ、だからその変な扉を開けないで欲しいんだけど」
「美形だし、仕事できるし、身内には優しいし。ほんと、君がもう少し早く生まれてれば理想の王子様だったのに……オォットォ?!」
「今度は何?!」

 私の奇声に驚いたヴァルシュの肩をガシッと掴み叫ぶ。

「ヴァルシュ、あなた、年の離れたお兄さんか、再婚相手を探してるお父さんはいない?! いたら紹介して!」

「いないです」

「敬語?! 魔王が、私に敬語?! え、今の私の勢い、そんなにヤバかった? 魔王がドン引くくらいヤバかったっ? でもそうかぁ、年の離れたお兄さんも再婚相手を探してるお父さんもいないのかぁ。ヴァルシュの家族だったら美形確実で性格も結婚向きかと思ったんだけどなぁ」

 あ、ヴァルシュどころかヒナまで私を哀れみの目で見てる。


「……リノはまだ『婚カツ』をしたいわけ?」

「う、そんなため息つかないでよ。だって『いつか王子様に迎えに来てもらってお嫁さんになる』のが私の小さい頃の夢だったんだから仕方ないじゃない。みんなと同じにしなきゃ! って焦りは消えても、夢の方はなかなか諦められないのよ」

「王子様って王族? 王族の数から考えると非現実的な夢に思えるけど?」

「ちーがーうの! 実際の王族じゃなくても良いから、私をお姫様にしてくれる運命の相手王子様を見つけたいの! 日本に帰る手段が未だに見つからないんだから、腹くくってこっちの世界で王子様を探すしかないじゃない!」

 そう、今考えると恐ろしいことだが、元々あのボンクラ王子と恋愛関係になっていたらこの世界に骨を埋めるつもりだったのだ。多少の転職ハプニングぐらいで理想の結婚相手王子様を諦めるわけにはいかない。

「ふぅん……。異世界の人はみんなリノみたいに王子様を探してるの?」
「ううん、私は特にお姫様願望が強い方だと思う。あのね、子供の頃に見たアニメの王子様がすごい素敵だったの」
「『アニメ』?」
「んーと、動く絵に声や音楽がついてるお話って言うか」
「魔法みたいだね」
「そうなの! 本当に、魔法みたいだったの!」

 子供の頃に見た物語の王子様。悪い魔女に囚われたお姫様を救いに来た彼は跪いて姫に永遠の愛を誓う。
 何度も何度も、そのシーンを繰り返し見てはいつか私も……と夢見ていた。

「けど現実は上手く行かないんだよねぇ……。この流れで言っちゃうけどさ、私、彼氏と長続きしなくて。『おとなしそうな子だと思ったのに』ってフラれちゃうの。第一印象とのギャップが有りすぎるんだって」

 その言葉を聞いてヴァルシュが吹き出した。
 普段クールな少年魔王がめちゃくちゃ笑っている。涙を流して笑っている。……笑いすぎじゃない?

「リノがっ! おとなしい! え、君の彼氏たちの目は節穴なの。リノを大人しそうと思うなんてどうかしてるんじゃないっ? リノは魔王を杖で殴るような女なのに!」
「あれは非常事態だったからなの! 普段の私は! もっとおしとやかにしてるの!」
「それで素と差があり過ぎてフラれるんなら努力の仕方を完全に間違えてるよね」
「ぐっ」

 今までの歴代の彼氏。
 自分から告白したことも、相手から告白されたこともどっちもあった。
 けれど誰とも1ヶ月以上続いたことがない。

『もっと静かな子かと思った』
『けっこう言葉使い悪いんだね』

 グサグサと過去に言われた言葉が今さらまた突き刺さる。

「……でもまぁ、僕は今の生き生きしてる君の方が良いと思うけどね。そのままの君が好きだって男も現れるかもしれないよ。運が良ければ。君の運が良いようにはあまり見えないけど」

「美少年マジ塩対応……。一部の方たちに『我々の業界ではご褒美です』って言われそうなくらい塩対応。なのに慰めが心に染みる……あ、王子の流れで思い出すのもシャクなんだけど、あれ以来ボンクラ王子どもは何か仕掛けたりしてきてない? 大丈夫?」

「偵察によれば奴等はちゃんとピエレオスに向かってるってさ。もし奴等が何かしてこようとしても、本来なら悪意のある人間は僕の結界でこの城まで入って来られないようになってる」

「え、最初の時、拍子抜けするくらいあっさり玉座の間まで行けたよ?」

「僕のためにわざわざ召喚された『聖女サマ』を見てみたかったからね。リノと一緒じゃなかったら王子たちはこの城の壁に触れることすらできないよ」

「なるほどー。何それ私のために結界を解いてたってことじゃん超運命的じゃんウッカリちょっとときめきそうになったわー……」

 この世界の魔族全てを統べる銀髪の魔王ヴァルシュ。
 その彼を倒すためにこの世界に喚ばれた聖女
 これだけ聞いたらまるで物語の主人たちみたいじゃない。

「何を考えてるか知らないけど遠慮します」

「だからまた敬語?! ……あーあ。このまま王子様が見つからなかったら、あっという間に次の誕生日が来て、また処女歴ヴァージン更新しちゃう……」

「ちょっ、いきなり何言ってるの?!」

 私の嘆きを聞いたヴァルシュが白い頬を紅潮させて飛び退く。

 しまった。婚カツや萌えが伝わらないから、これ・・もわからないかと、ついポロっとこぼしてしまった。

 昼間っから少年に生々しい下ネタを聞かせてしまって申し訳ない。そう謝ろうとしたけれど、ヴァルシュの姿はもうそこにはなかった。


 そしてその日以来、私はヴァルシュに避けられるようになってしまったのだ。

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