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アクセラレート・モーメント (2)
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四十ある全てのコースを走るこの対戦は、大なり小なり得意なコースと不得意なコースというものが生じてくる。二十レースが終わったタイミングで軽食を取り再びゲームに。三十二レースが終わり点差は余の十二点ビハインドで二位。一位の先輩まで八レースあれば追いつき、追い越すことも出来るラインにいる。三十一番目のコースは余の得意なノンネームドリバー、水流による加速の恩恵がたくさん得られるコースは、余の愛機がその特製を存分に活かせる。
「このヒリヒリする対戦……滾る、滾るぞ」
コース、そして点差を鑑みて余もいよいよ先行逃げ切り型に移行しつつあった。背後から迫る先輩の機体を躱しながら、水流に乗って加速する。同じ中量級とはいえ、先輩の機体にぶつかられると失速の原因になりかねない。
「……む、この気配。すまない、時よ! 止まれ!!」
「んなぁ!?」
レースの真っ最中だというのにも関わらず、先輩は突如としてオプション画面を開きレースと一時停止してしまった。そしてすたすたとリビングを出て行き、慌てて階段を上がる音だけが響く。体感的にはものの二分程度に思えた。再び現われたのは……。
「だ、誰……?」
「私だ」
クリーム色の光沢感あるブラウスにオフホワイトのロングスカートを身に着けた先輩は、小柄ながら確かに高校二年生らしい大人っぽい姿を余の前に晒した。ウィッグも外し、髪をストレートに垂らしている。育ちのいいお嬢さんといった雰囲気だ。
「これは仮の姿。確かに我はアビスのネクロマンサーだが、今世では長浜家の一人娘だからな。十四の時に全てを思い出したが、育ててくれた両親を闇世界の戦乱に巻き込むわけにはいかないだろう? いいな、これはあくまで仮の姿だ」
ものすごい勢いでまくしたてると、こちらに一言も言わず一時停止を解除した。みるみる追い抜かれていく余のガーベラ姫に、余も大慌てでレースに戻る。今のはいささか以上に卑怯ではないかと抗議しようとした矢先、リビングのドアが開けられた。
「ただいま~。先方の事情で早く帰ってきちゃった。靴多くない? ……あら、あらあら!!」
今度は余が一時停止ボタンを押し、扉の方を振り向く。そこには温和そうな妙齢の淑女がいた。長浜先輩が順当に年齢を重ねた姿を想像すると、まさにこうなるだろうと思えるほどに似ている母と娘だった。
「ねぇ、あなた。琴子が友達を家に呼ぶなんて! 初めてのことよ」
続けて入ってきたのは、優しそうな男性。背丈はさほど高くなく、若々しい容姿だ。
「おぉ、本当だ! エモいなぁ」
え、えもい……?
「ケーキを買ってこよう。何がいいかい?」
遠慮するのも失礼だろうから、余の好物であるプリンを所望した。
「り! ちょっと行ってくるよ」
「はーい、気をつけてね」
若々しいっていうか若い! 先輩がこんなでも……いや、こんなとか言ってはならないが、厨二っぽい振る舞いをしても個性として受け入れてくれそうな気がするのだけれど。
「お、お邪魔してます。荒神世音といいます……。あ、えっと、その……つまらないものですが、キッチンに手土産を置いてありますので、その、ご笑納くだしあ。あ、く、ください」
「そんなに緊張しなくていいのよ。琴子はねぇ、昔から人付き合いが苦手で突飛なことを言ったり奇天烈な格好をしたりして手の掛かる娘なのよ」
「ちょっとマ……お母さん! そんなの言わないでよね。ほら、あっち行ってて」
なんかグイグイくるタイプのお母さんだ。なるほど、問題は……問題って言っては失礼だけれど、先輩が着替えた理由はこっちか。なおもニコニコとした表情を崩さないまま、リビングを後にした先輩の母を見送り、ポーズを解除。今度は先輩が慌てる番だ。意趣返し、成功。
最終レースを迎え、一位の先輩に三点だけ遅れを追って余が二位。このレースで余が首位となり、先輩が二位なら引き分け、三位以下なら余の勝利だ。レースは序盤からデッドヒート、NPCにも引っかき回されながら、現実的なサーキットというギミックの少ないステージを疾駆する。コントローラーを握る手に力が入る。最終コーナー、最後のアイテムゲットチャンス。余は二位。目の前のマリンまではもう少し。出たアイテムは……。
「コンブぅうう!!」
踏んだら滑るアイテムを前方に投げるが引っ掛からない。だが勝負は諦めない、対戦相手が突如として心臓発作になる可能性だってあるのだから、勝負は決して最後まで諦めてはならない。いや、ここで先輩が心臓発作で斃れたら困るけど。いや、あれは……!
「ば、爆弾サンゴ!」
一位をピンポイントで爆発させる強力なアイテム。先輩が余のガーベラ姫を巻き込もうと急ブレーキを踏むが、それを回り込むように回避しフィニッシュ! すぐさま体勢を整えた先輩が二位で飛び込んできたため、余の勝利とはならなかったが。
「ふん、勝負は引き分け。最終戦に持ち越しだ」
結果表示の画面を見ながら余が言うと、後が無い先輩は苦々しい表情を浮かべた。それから余は、この三本勝負の根幹について問うた。
「そもそもこの勝負、勝ったらどうなるというのだ? 世界が滅ぶのか?」
「否、この勝負は――っと。パパ、げふんげふん。お父さんが帰ってきたみたいだ」
話を躱されてしまったが、確かに玄関の開く音がし間もなく先輩のお父さんがリビングに現われた。ケーキだけかと思ったら、大手喫茶店チェーンの紙袋も持っている。
「ただいま。おう、ゲーム終わったところかい? お茶にしよう。ついでにタピオカミルクティーを買ってきたんだ」
……カロリーの、暴力だ。高級洋菓子店のそれなのか、プリンは大変美味であったことだけ添えておく。
「このヒリヒリする対戦……滾る、滾るぞ」
コース、そして点差を鑑みて余もいよいよ先行逃げ切り型に移行しつつあった。背後から迫る先輩の機体を躱しながら、水流に乗って加速する。同じ中量級とはいえ、先輩の機体にぶつかられると失速の原因になりかねない。
「……む、この気配。すまない、時よ! 止まれ!!」
「んなぁ!?」
レースの真っ最中だというのにも関わらず、先輩は突如としてオプション画面を開きレースと一時停止してしまった。そしてすたすたとリビングを出て行き、慌てて階段を上がる音だけが響く。体感的にはものの二分程度に思えた。再び現われたのは……。
「だ、誰……?」
「私だ」
クリーム色の光沢感あるブラウスにオフホワイトのロングスカートを身に着けた先輩は、小柄ながら確かに高校二年生らしい大人っぽい姿を余の前に晒した。ウィッグも外し、髪をストレートに垂らしている。育ちのいいお嬢さんといった雰囲気だ。
「これは仮の姿。確かに我はアビスのネクロマンサーだが、今世では長浜家の一人娘だからな。十四の時に全てを思い出したが、育ててくれた両親を闇世界の戦乱に巻き込むわけにはいかないだろう? いいな、これはあくまで仮の姿だ」
ものすごい勢いでまくしたてると、こちらに一言も言わず一時停止を解除した。みるみる追い抜かれていく余のガーベラ姫に、余も大慌てでレースに戻る。今のはいささか以上に卑怯ではないかと抗議しようとした矢先、リビングのドアが開けられた。
「ただいま~。先方の事情で早く帰ってきちゃった。靴多くない? ……あら、あらあら!!」
今度は余が一時停止ボタンを押し、扉の方を振り向く。そこには温和そうな妙齢の淑女がいた。長浜先輩が順当に年齢を重ねた姿を想像すると、まさにこうなるだろうと思えるほどに似ている母と娘だった。
「ねぇ、あなた。琴子が友達を家に呼ぶなんて! 初めてのことよ」
続けて入ってきたのは、優しそうな男性。背丈はさほど高くなく、若々しい容姿だ。
「おぉ、本当だ! エモいなぁ」
え、えもい……?
「ケーキを買ってこよう。何がいいかい?」
遠慮するのも失礼だろうから、余の好物であるプリンを所望した。
「り! ちょっと行ってくるよ」
「はーい、気をつけてね」
若々しいっていうか若い! 先輩がこんなでも……いや、こんなとか言ってはならないが、厨二っぽい振る舞いをしても個性として受け入れてくれそうな気がするのだけれど。
「お、お邪魔してます。荒神世音といいます……。あ、えっと、その……つまらないものですが、キッチンに手土産を置いてありますので、その、ご笑納くだしあ。あ、く、ください」
「そんなに緊張しなくていいのよ。琴子はねぇ、昔から人付き合いが苦手で突飛なことを言ったり奇天烈な格好をしたりして手の掛かる娘なのよ」
「ちょっとマ……お母さん! そんなの言わないでよね。ほら、あっち行ってて」
なんかグイグイくるタイプのお母さんだ。なるほど、問題は……問題って言っては失礼だけれど、先輩が着替えた理由はこっちか。なおもニコニコとした表情を崩さないまま、リビングを後にした先輩の母を見送り、ポーズを解除。今度は先輩が慌てる番だ。意趣返し、成功。
最終レースを迎え、一位の先輩に三点だけ遅れを追って余が二位。このレースで余が首位となり、先輩が二位なら引き分け、三位以下なら余の勝利だ。レースは序盤からデッドヒート、NPCにも引っかき回されながら、現実的なサーキットというギミックの少ないステージを疾駆する。コントローラーを握る手に力が入る。最終コーナー、最後のアイテムゲットチャンス。余は二位。目の前のマリンまではもう少し。出たアイテムは……。
「コンブぅうう!!」
踏んだら滑るアイテムを前方に投げるが引っ掛からない。だが勝負は諦めない、対戦相手が突如として心臓発作になる可能性だってあるのだから、勝負は決して最後まで諦めてはならない。いや、ここで先輩が心臓発作で斃れたら困るけど。いや、あれは……!
「ば、爆弾サンゴ!」
一位をピンポイントで爆発させる強力なアイテム。先輩が余のガーベラ姫を巻き込もうと急ブレーキを踏むが、それを回り込むように回避しフィニッシュ! すぐさま体勢を整えた先輩が二位で飛び込んできたため、余の勝利とはならなかったが。
「ふん、勝負は引き分け。最終戦に持ち越しだ」
結果表示の画面を見ながら余が言うと、後が無い先輩は苦々しい表情を浮かべた。それから余は、この三本勝負の根幹について問うた。
「そもそもこの勝負、勝ったらどうなるというのだ? 世界が滅ぶのか?」
「否、この勝負は――っと。パパ、げふんげふん。お父さんが帰ってきたみたいだ」
話を躱されてしまったが、確かに玄関の開く音がし間もなく先輩のお父さんがリビングに現われた。ケーキだけかと思ったら、大手喫茶店チェーンの紙袋も持っている。
「ただいま。おう、ゲーム終わったところかい? お茶にしよう。ついでにタピオカミルクティーを買ってきたんだ」
……カロリーの、暴力だ。高級洋菓子店のそれなのか、プリンは大変美味であったことだけ添えておく。
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