僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ

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二年生になりました♪

#69 風に舞う

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 もやもやした気持ちを抱えたまま金曜日の黒瀬杯を迎えた。種目は百人一首だが競技カルタのルールとは異なり、各クラスから同じ出席番号の六人を集め百枚全てのカルタを取り合うというルールだ。
 と言うわけでボクのグループは二十二番の集まり。そこに一人、見るとほっとする顔を見付けた。

「千歳ちゃん……」
「なしたの姫さん?」
「あとで相談ごと、いい?」
「もちろんや。取り敢えず百人一首に集中させてぇな。こう見えて、ノリノリなんよ」

 ボクはしっかり頷いた。黒瀬先生の挨拶がありルールの再確認をしてから、古典の先生が読み上げる。

「おくやまにぃ~」
「はい!」

 ノリノリという自己申告の通り、やや遠くにあった一枚を勢いよく弾いて札を取る。札を取った人は挙手し、全グループが札を取ったことを確認すると「はい」と一声かかり、次の札が読まれる。

「ちぎりきな~」
「はい!」

 すゑのまつやま なみこさじとは と書かれた札を取る。近くにあったのが功を奏した。

「ほ――――」

 一字決りとはいえ、千歳ちゃんの手の動きはふだんの優雅でゆったりとしたものとは全く違った。一閃とも言うべきスピードで札が舞う。本来の競技カルタと違って、どこにどの札があるのか覚える時間すら取られていなかったというのに、圧倒的な把握力。

「たごの―――」
「はい!」
「あしひきの~」
「はい!」
「あさぼらけ~あ―――」
「しまっ――!」
「ふふ」

 痛恨のお手つき。あさぼらけ、きみがため、わたのはら――三組六首ある六字決りの一つでお手つき。仕方ないと思いつつ立ち上がり、次の一枚には参加できない。

「めぐりあひて~」

 読まれたのは紫式部の歌。春休み中に覚えた一枚なので悔やまれる。再び正座し、次の一枚に集中する。次の一枚を奪取すると、そこから六人の熾烈な戦い……しかし千歳ちゃんの圧倒的な実力に三組、六組の人がやる気を削がれていく。四組の人も手元の札に視線を落としてばかり。文系の意地か、二組の人は前のめりになって意気軒昂たる様であるが……。

「ちは―――」

 効果音で言うならパシュッというところか。前後にリズムを刻み、呼吸すらコントロールしているような千歳ちゃんは巫女さんだからということではないが、神憑っているようなオーラすらあった。まるでプロの棋士か雀士を見ているような感覚だ。
 そこから先は千歳ちゃんの独擅場だった。枚数が少なくなればなるほど、探すという時間はなく把握した札をただただ正確無比に掻っ攫っていく。
 結果として千歳ちゃんは四十枚もの札を取った。ボクが二十三枚、二組の子が十九枚で、四組の子が十枚、六組の子が八枚取り、二十二番の集まりは一組の勝利。黒瀬杯のルールとしては、各クラスの取得枚数の平均で順位を決めるため、一位は二組という結果だった。
 勝負はさておき、解散後に麻琴へ先に帰るようお願いして学内のテラスで千歳ちゃんと落ち合った。

「さて、何の相談かな?」

 前もって説明の流れは練ってある。ボクと麻琴の宙ぶらりんな関係、調理部の百合カップル、友達の反応。順繰りに説明する。

「なるほど……。自由恋愛に無縁なウチにそれを相談するとは、姫さんもお人が悪ぅございますなぁ」

 口ではそう言いつつも、表情は真剣そのものだった。その艶やかな唇を一舐めした後、個人的には、と念頭に置いて語り始めた。

「人の幸せは人の数だけあると思うよ。ウチはまぁ、然るべき人と結婚してその家の神社を手伝う。人生設計としてはそんな感じかなぁ。もっとも、女の子同士の恋愛ってのはうちもアリだとは思っとるよ。せっかくの女子校ライフ……って言うと茶化して聞こえてまうか。……うぅん、同性愛のことを性別の壁を越えてなんて言われるけど、本来なら男女の恋愛の方が壁を越えているわけで、分かり合える友人を恋人にしたいっていうのは至極自然なんとちゃうかなぁ」

 恋愛観と人生観、十七歳になる高校二年という時期……考えさせられるなぁ。ボクが麻琴に抱く感情って自然なものなのかな……。

「ボクは……麻琴のこと、好きなのかな……。どう思う?」
「え? 随分と異な事を聞くわぁ。ユウちゃん、すこぶるヒナッチのこと好いていると思うよ?」
「す、すこぶる……すこ。違う。好き? ……そう、かな」

 直接言われてしまうと少し照れる。麻琴とは家族以外なら一番一緒に過ごしてきた間柄だ。好き? 友達として、女の子として? 分からない。最初に麻琴から好きだって言われた時、どんな感情を抱いたっけ……。そうか、男としての“僕”より今の“ボク”を好きなんだよね、麻琴は。なおさら複雑だなぁ。

「答えはユウちゃんの中にしかないんやで。ゆっくり考えて。まぁ、時間は有限だけどさ」
「……うん。ありがと」
「お礼なんていいのよ。……あ、今年の夏祭、うちの神社でやる方に来てくれたらええねん。あと来年の初詣もうちんとこ来てぇな。いっそ巫女さんのバイトする? さぞかし人気になるやろなぁ」
「ちょ、千歳ちゃん!?」

 まくし立てるように予定を立て始める千歳ちゃんに思わず驚く。なんだか最初に抱いた印象より幾分アグレッシブな性格をしていると、半年経ったあたりから思っていたけれど、今日はなおさらだ。

「少しは表情和らいだかいな。あんまり辛気くさい顔、ヒナッチに見せたらいかんよ。ほな、ウチは帰るよ。ごきげんよう」
「うん、またね」

 千歳ちゃんを見送ると、天を仰いで大きく息を吐いた。吹き抜ける風に、僅かに残っていた桜の花びらが散る。春風というより薫風に近いその風が、ボクの短い髪をくすぐった。
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