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短い三学期はさよならの季節
#63 卒業式
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星鍵の卒業式は三月一日。生徒総出で執り行われる。そういえば入学式もそうだった。違うのは、一年生と三年生の位置。ステージ正面に三年生が並び、その後ろは保護者席、そこから両翼に在校生が座る。三年生の隣には教員席と吹奏楽部の隊列が並んでいる。明音さんもフルートを持って待機している。自分が中学を卒業してから一年弱が経っている……というか、中学の卒業式は三月の半ばくらいだから一年間で二度目の卒業式ということになる。
けれども雰囲気は大きく違った。中学の卒業式は合唱をメインにしていた感じがして、その時間を捻出するためか卒業証書の授与は各クラスの代表者だけだった。しかし星鍵は全員に理事長から手渡しで卒業証書が授与される。卒業証書授与式としてはそれが当たり前なのだろうけれど。
厳かな雰囲気の中で式は進み、現生徒会長の佐原先輩が送辞を、前生徒会長の実村先輩が答辞を述べる。
「――――先輩方のご多幸を祈り送辞と代えさせていただきます。在校生代表、佐原しずく」
「しずく、ありがとう。在校生の諸君、卒業生代表の実村だ。今日で私たち三年生は卒業となる。三年あるいは六年を過ごした学び舎を去ることは寂しいが、我々が君らの先輩であることは揺るぎない。不確かなことの多い将来に私たちにとって、今までの学校生活というものは確かなものなのだ。進学する生徒も就職する生徒も、もっと時間をかけて進路を決める者もこの先きっと苦しい思いをする時がくるだろう。そんな時、この学校での日々を思い出し、あるいは再びここを訪れるのもいい……そうやって自分を再確認できる場所としての学校を、君たちに受け継いで欲しい。私もそう言われて生徒会役員として尽力してきた。女帝とも呼ばれた私だが、それこそ二年三年前は不甲斐ない生徒だった。そんな私を支えてくれた同級生、そして教え導いてくださった先生方。本当にありがとうございました。名残惜しいですが、以上で答辞とさせていただきます。卒業生代表、実村碧海」
先輩の力強い答辞が一番印象に残った卒業式だった。吹奏楽部の演奏と共に退場する三年生。在校生は椅子等の片付けを小一時間した後に教室へ戻り、ホームルームを経て解散となった。明日は日課変更で変則授業になるようだ。帰宅前にスマホをちらりと見ると通知を示す点滅があった。メッセージアプリを確認するとあまほ先輩から家庭科室に来て欲しいというメッセが来ていた。
「麻琴ごめん、家庭科室に寄るから先に帰ってて」
「……十分くらい待って来なかったらそうする」
一緒に帰りたいような早く帰りたいようなという表情を浮かべる麻琴に、ごめんのジェスチャーをしながら家庭科室へ向かった。あまほ先輩、パーティの時のハグじゃ足りなかったのかななんて思うと少し頬が緩む。
「来ましたよー」
がらりと家庭科室へのドアを開けるとそこに居たのはなんと実村先輩だった。
「やあ。姫宮が何か悩んでいる気がするとあまほに言われてな。二人で話す時間を取ってもらったわけだ」
あまほ先輩がそんなことを……。
「私、そんな悩みなんて……」
麻琴のことが真っ先に思い浮かんだ。でも今は別に現状に満足しているというか……一時ほど悩んではいないと思うのだけれど。
「人間関係というより、自分自身について悩んでいるんじゃないか? 一人称が変わっているぞ」
「それは……その」
「星鍵はお嬢様学校というわけではないが、のほほんとした雰囲気の生徒が多いからな。ボクという一人称は浮くだろう? 私も思ったさ、どうして姫宮のような可愛らしい生徒が自分のことをボクと呼ぶのだろうか? とね。でもそう思うことこそ、型にはめて考えることだと後から気付いてね。私も昔はボクっ娘でね……中学に上がってから自分の一人称がマイノリティと気付いたよ。まぁ、性的指向もそうなのだけれどそれはいい。姫宮、あまり自分を抑えつけるものじゃないぞ?」
一人称がボクなのは一年前まで男子だったから、なんて言っても先輩は信じないだろう。性別は普通、本人の与り知らぬところで変わったりしない。
「ボクは……ボクのままでいいのでしょうか?」
「いいも何も、姫宮は姫宮だ。人は絶えず変化している。その変化のパターンというか……方向性が人間を形作っているのだと私は考えている。私は私という一人称に慣れるまで二年ほどかかったかな。姫宮はどうしたいと思っているんだ?」
「ボクが……いいかなって。ボクは……ボクですものね」
私という一人称で女の子たちと会話していると、自分というものが溶け出してしまうような……本当に自分にはかつて男の子として生きていた時間があったのかななんていう底知れぬ恐怖感があった。自分をしっかり残すためには、ボクという一人称が自分にはいいと思う。きっと……そうなんだ。
「迷いは少し晴れたか?」
「えぇ。ボクでいいんだって思いました。本当に、ありがとうございます」
「後輩を導くのは先輩の役目さ。あまほにもお礼を言うといい。年下相手にはやたら心配性だからな、あまほは」
先輩たちにも心配をかけていたと知り、本当に申し訳ない気持ちになった。それと同時に、後輩の迷いや悩みに気づける先輩になりたいと強く思った。
迷いを吹っ切ったボクを麻琴は笑顔で迎えてくれた。
けれども雰囲気は大きく違った。中学の卒業式は合唱をメインにしていた感じがして、その時間を捻出するためか卒業証書の授与は各クラスの代表者だけだった。しかし星鍵は全員に理事長から手渡しで卒業証書が授与される。卒業証書授与式としてはそれが当たり前なのだろうけれど。
厳かな雰囲気の中で式は進み、現生徒会長の佐原先輩が送辞を、前生徒会長の実村先輩が答辞を述べる。
「――――先輩方のご多幸を祈り送辞と代えさせていただきます。在校生代表、佐原しずく」
「しずく、ありがとう。在校生の諸君、卒業生代表の実村だ。今日で私たち三年生は卒業となる。三年あるいは六年を過ごした学び舎を去ることは寂しいが、我々が君らの先輩であることは揺るぎない。不確かなことの多い将来に私たちにとって、今までの学校生活というものは確かなものなのだ。進学する生徒も就職する生徒も、もっと時間をかけて進路を決める者もこの先きっと苦しい思いをする時がくるだろう。そんな時、この学校での日々を思い出し、あるいは再びここを訪れるのもいい……そうやって自分を再確認できる場所としての学校を、君たちに受け継いで欲しい。私もそう言われて生徒会役員として尽力してきた。女帝とも呼ばれた私だが、それこそ二年三年前は不甲斐ない生徒だった。そんな私を支えてくれた同級生、そして教え導いてくださった先生方。本当にありがとうございました。名残惜しいですが、以上で答辞とさせていただきます。卒業生代表、実村碧海」
先輩の力強い答辞が一番印象に残った卒業式だった。吹奏楽部の演奏と共に退場する三年生。在校生は椅子等の片付けを小一時間した後に教室へ戻り、ホームルームを経て解散となった。明日は日課変更で変則授業になるようだ。帰宅前にスマホをちらりと見ると通知を示す点滅があった。メッセージアプリを確認するとあまほ先輩から家庭科室に来て欲しいというメッセが来ていた。
「麻琴ごめん、家庭科室に寄るから先に帰ってて」
「……十分くらい待って来なかったらそうする」
一緒に帰りたいような早く帰りたいようなという表情を浮かべる麻琴に、ごめんのジェスチャーをしながら家庭科室へ向かった。あまほ先輩、パーティの時のハグじゃ足りなかったのかななんて思うと少し頬が緩む。
「来ましたよー」
がらりと家庭科室へのドアを開けるとそこに居たのはなんと実村先輩だった。
「やあ。姫宮が何か悩んでいる気がするとあまほに言われてな。二人で話す時間を取ってもらったわけだ」
あまほ先輩がそんなことを……。
「私、そんな悩みなんて……」
麻琴のことが真っ先に思い浮かんだ。でも今は別に現状に満足しているというか……一時ほど悩んではいないと思うのだけれど。
「人間関係というより、自分自身について悩んでいるんじゃないか? 一人称が変わっているぞ」
「それは……その」
「星鍵はお嬢様学校というわけではないが、のほほんとした雰囲気の生徒が多いからな。ボクという一人称は浮くだろう? 私も思ったさ、どうして姫宮のような可愛らしい生徒が自分のことをボクと呼ぶのだろうか? とね。でもそう思うことこそ、型にはめて考えることだと後から気付いてね。私も昔はボクっ娘でね……中学に上がってから自分の一人称がマイノリティと気付いたよ。まぁ、性的指向もそうなのだけれどそれはいい。姫宮、あまり自分を抑えつけるものじゃないぞ?」
一人称がボクなのは一年前まで男子だったから、なんて言っても先輩は信じないだろう。性別は普通、本人の与り知らぬところで変わったりしない。
「ボクは……ボクのままでいいのでしょうか?」
「いいも何も、姫宮は姫宮だ。人は絶えず変化している。その変化のパターンというか……方向性が人間を形作っているのだと私は考えている。私は私という一人称に慣れるまで二年ほどかかったかな。姫宮はどうしたいと思っているんだ?」
「ボクが……いいかなって。ボクは……ボクですものね」
私という一人称で女の子たちと会話していると、自分というものが溶け出してしまうような……本当に自分にはかつて男の子として生きていた時間があったのかななんていう底知れぬ恐怖感があった。自分をしっかり残すためには、ボクという一人称が自分にはいいと思う。きっと……そうなんだ。
「迷いは少し晴れたか?」
「えぇ。ボクでいいんだって思いました。本当に、ありがとうございます」
「後輩を導くのは先輩の役目さ。あまほにもお礼を言うといい。年下相手にはやたら心配性だからな、あまほは」
先輩たちにも心配をかけていたと知り、本当に申し訳ない気持ちになった。それと同時に、後輩の迷いや悩みに気づける先輩になりたいと強く思った。
迷いを吹っ切ったボクを麻琴は笑顔で迎えてくれた。
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