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ファイル12 血縁と地縁 4月16日土曜日

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 昨日の花冷えからうってかわって気温の上がった今日、リリィエステートには珍しく高齢男性のお客様がやってきた。

「土地の売却を頼めるかね……?」
「はい、担当者を呼んでまいりますので少々お待ちください。お飲み物はいかがしますか?」
「では、緑茶を。冷たい方で頼むかの」
「かしこまりました。お持ちしますね」

 売買のお客様ということでさっそく専務を呼んで対応してもらう。
 お茶を置いて去ろうとする私を専務が呼び止めた。

「せっかくだから貴女も聞いておきなさい」

 というありがたいお言葉に従って私も専務の横に座る。……まだ賃貸のことも詳しくないのにいきなり売りのお客様の話を聞くというのも、まぁ経験の一つとしては必要なのかな。

「わしは佐竹というてな、田中新田に家を持っておるのじゃが、わしも高齢でなぁ。横浜にいる娘夫婦から一緒に住まないかと連絡を受けたんじゃ。じゃが先祖伝来の土地を離れるのは……いや、ばあさんと過ごしたあの家を去るのは寂しくて二年ほど拒んでおったのだが、先月つまづいて倒れた時に打ち所が悪く気を失ってしまってな。お隣さんと将棋の約束をしておらんかったらと思うとゾッとするわい。……血縁と地縁、どちらも大事じゃが、いよいよ娘夫婦の家でやっかいになろうと思ってな」

 なるほど……思い出の詰まった家を手放す、なかなか決断できることじゃない。

「土地の広さをうかがっても?」
「あぁ、ざっと200坪じゃ。上物はもう古いから、取り壊そうと思っておる。土地が売れれば、解体費用を払っても十分、娘たちに遺せるじゃろうて」
「200坪なら二区画に分譲しても十分ですね。古民家をリフォームするより、潰して分譲した方がいい。賢明な判断だと思います」

 歴史と思い出のある古民家、取り壊すなんてもったいないなぁと思った矢先の専務の発言。お客様が得られる利益を最大化するためには、やっぱり取り壊して土地だけで売るんだね。でもやっぱり、お客様……少しだけ寂しそう。

「解体は知り合いの業者に依頼してあって、ゴールデンウィーク明けには取り掛かれるらしい。……して、土地の売却を頼めるかえ?」
「そうですね、まずは現地を確認させていただきたいですが、前向きに検討したいと思っております。佐竹さまに一つ確認したいのが、弊社以外にも同じお話、持っていかれますか?」
「いんや、あちこち回るもの億劫じゃ。ここで受けてもらえるなら、任せたい」
「ありがたい話です。では、以後このお話は現地でさせてもらった方がスムーズかもしれませんね。後日、訪問させていただきますので、こちらにご住所と連絡先の記載をお願いします」

 こうしてリリィエステートは土地の売却に係わる媒介契約を一件取ったのだった。
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