2 / 24
ファイル01 初勤務 4月1日金曜日
しおりを挟む
四月一日金曜日。内定から一週間程度の期間しかなかったが、その間に諸々の準備のために奔走した。就業規則には、制服はないのでオフィスカジュアルでお越しくださいと書いてあったので、それっぽい服を買いそろえたり(結局スーツが安かったのでスーツを買った)通勤用の定期を買ったりその他もろもろだ。
「おはようございまーす」
緊張もありおそるおそる会社に入る。営業時間は午前十時から午後六時で就業時間は午前九時半から午後六時半かつ休憩一時間の八時間労働となる。朝がゆっくりなのは助かる。
定休日は火曜と水曜だけどお客さんの都合で変動もある、そんな感じらしい。
「おはよう七瀬ちゃん」
「社長! おはようございます」
社長に案内されて事務スペースへ通される。上座に高そうな木製の机が二つあって、下座側には一般的な金属の事務机が四つくっつけて島が形成されている。
「七瀬ちゃーん!!」
私を見るなりぎゅっと抱き着いてきたのは……え、まさか!?
「うそ、三咲ちゃん!? なんで、え? 東京で仕事してるんじゃないの??」
建原三咲ちゃんは私の高校時代の同級生。東京にある大学に進学して、そのままそっちで働いていると聞いたのだが……。
「彼女がうちの営業係長だよ。東京の不動産屋でセクハラに悩まされているっていうから、引き抜いてきちゃった」
三咲ちゃんは高校時代からナイスバディでお馴染みだったから、正直東京の大学しかも共学校に行くと聞いた時はかなり驚いた。自分が就活にこけてからほとんどメッセージのやり取りをしなくなっちゃったけど、三咲ちゃんも三咲ちゃんで悩んでいたんだなぁ。なんか、過去の自分がちっぽけでちょっとブルーになる。
「これからよろしくね。あ、でも一応先輩後輩というか上司と部下になるわけで……仕事中は三咲ちゃんって呼んじゃ、めっだよ。う、有働さん!」
なんだか生き生きとしてるなあ。三咲ちゃん……もとい、建原係長。うわぁ、言いづらいな。
「ぜ、善処します」
そんな私たちを眺めているのが面接の日はすっかり社長だと思っていたマダム専務ともう一人若い女性。二歳から五歳くらい年上だろうか。三十にはなっていないだろうといった感じだ。
「彼女がうちの総務部長。人事も経理もなんでもできるから、働いていて困ったら彼女を頼りなさい。ちょっと人見知りだけど半年もすれば慣れるわ。私は慣れた。ちなみに専務とは親子よ」
社長による紹介でとりあえずこの職場で働く仲間たちがよく分かった。
「じゃあ七瀬ちゃん初仕事、外の電光掲示板をオンにしてきて。営業中って出るから」
社長に言われてお客さん用の自動ドアを抜けて外に出る。キャスターのついた縦長の電光掲示板をコロコロと押して外の電源にコンセントを挿す。
白を基調としたおしゃれな一軒家みたいな外観の店舗、駐車場もけっこうな台数あるし植栽と呼ぶには立派すぎる楠もあるし、不動産屋さんというよりカフェみたいな建物だ。……というか昔、ここカフェだったような……。カフェというよりもっと硬派な喫茶店というか。学生じゃ入らないような感じだったから、覚えてないけど。
外から戻ると社長がデスクでコーヒーを飲みながら英字新聞を読んでいた。横顔なんて幼いとかあどけないと表現しても差し支えなさそうだけど、社長……何歳なんだろう。というか、そんな暇そうにしてていいのかな?
「あ、七瀬ちゃん。来てもらって悪いんだけどさ、四月って新生活のためにお部屋を探す人が探し終わったタイミングだから実は暇なの。まあ、楽にしていて。もしお客さんが来たら三咲ちゃんとツーマンセルで動いてね」
「え、なんか朝礼とかないんですか」
「ないよー。ぬるっと来てぬるっと仕事してぬるっと帰る会社だから。ちなみに給料は月末締めの十五日支払いだから、七瀬ちゃんの初任給は五月十五日だね。遠いね。頑張ってー!」
そういわれたところでお客さんはなかなか来ず、一時間に一本か二本鳴る電話の取り方をひたすら三咲ちゃんに教わりつつ、コピー取ったりごみ捨てしたり、書類のファイリングをしたり、こまごまとした作業をこなしていたら、あっという間に夕方になっていた。
「お、お電話ありがとうございます。リリィエステート有働が承ります」
『あら、新人さんかしら。第七生命の乾といいます。建原さんはいるかしら』
電話の相手は生命保険の会社さん。落ち着いた女性の声だ。三咲ちゃんに繋ごうとしたら、ちょうど別の電話に出てしまった。電話番は新人のお仕事らしいから、出るのは私か三咲ちゃんだけだ。気まぐれに社長が出るときもあるけど。
「ただいま建原は別の電話に出ておりまして――」
『なら伝言でお願い。借りている駐車場を二台追加したい。使用開始日は週明け月曜日、契約もその日の午後二時くらいがいわね。時間については月曜の午前にまた連絡ください』
メモがミミズののたうち回ったような字になってしまうが、重要な部分だけ丁寧に書き直しながら復唱する。
「お借りしている駐車場を二台、追加ですね。月曜から使用開始で同じく月曜の午後二時に契約をご希望、はい。申し伝えます。……はい、有働が承りました」
ふぅ……。一年ろくに働いてない人間としてはやはり電話で人と話すというだけで十分疲れる。
「有働さん、今のは第七生命から?」
同じく電話を終えた三咲ちゃんに聞かれる。報告、報告っと。
「はい、借りている駐車場を二台追加したいって。月曜日の二時に契約したいそうです。み……建原係長に言えば分かるって」
「なるほど。ちょうどいいね。じゃあ明日は駐車場の契約書を作ろうか。簡単だから安心して。一台分は私が作るから、それを真似て作ってくれればいいから」
いきなり契約書作るって、簡単と言われてもなかなか緊張するものがある。
「取り敢えず明日からだから、今日はもう共有フォルダの業務日報に今日やったことを書き始めちゃって」
そうして私の勤務初日は、社長風に言えばぬるっと終わったのだった。
「おはようございまーす」
緊張もありおそるおそる会社に入る。営業時間は午前十時から午後六時で就業時間は午前九時半から午後六時半かつ休憩一時間の八時間労働となる。朝がゆっくりなのは助かる。
定休日は火曜と水曜だけどお客さんの都合で変動もある、そんな感じらしい。
「おはよう七瀬ちゃん」
「社長! おはようございます」
社長に案内されて事務スペースへ通される。上座に高そうな木製の机が二つあって、下座側には一般的な金属の事務机が四つくっつけて島が形成されている。
「七瀬ちゃーん!!」
私を見るなりぎゅっと抱き着いてきたのは……え、まさか!?
「うそ、三咲ちゃん!? なんで、え? 東京で仕事してるんじゃないの??」
建原三咲ちゃんは私の高校時代の同級生。東京にある大学に進学して、そのままそっちで働いていると聞いたのだが……。
「彼女がうちの営業係長だよ。東京の不動産屋でセクハラに悩まされているっていうから、引き抜いてきちゃった」
三咲ちゃんは高校時代からナイスバディでお馴染みだったから、正直東京の大学しかも共学校に行くと聞いた時はかなり驚いた。自分が就活にこけてからほとんどメッセージのやり取りをしなくなっちゃったけど、三咲ちゃんも三咲ちゃんで悩んでいたんだなぁ。なんか、過去の自分がちっぽけでちょっとブルーになる。
「これからよろしくね。あ、でも一応先輩後輩というか上司と部下になるわけで……仕事中は三咲ちゃんって呼んじゃ、めっだよ。う、有働さん!」
なんだか生き生きとしてるなあ。三咲ちゃん……もとい、建原係長。うわぁ、言いづらいな。
「ぜ、善処します」
そんな私たちを眺めているのが面接の日はすっかり社長だと思っていたマダム専務ともう一人若い女性。二歳から五歳くらい年上だろうか。三十にはなっていないだろうといった感じだ。
「彼女がうちの総務部長。人事も経理もなんでもできるから、働いていて困ったら彼女を頼りなさい。ちょっと人見知りだけど半年もすれば慣れるわ。私は慣れた。ちなみに専務とは親子よ」
社長による紹介でとりあえずこの職場で働く仲間たちがよく分かった。
「じゃあ七瀬ちゃん初仕事、外の電光掲示板をオンにしてきて。営業中って出るから」
社長に言われてお客さん用の自動ドアを抜けて外に出る。キャスターのついた縦長の電光掲示板をコロコロと押して外の電源にコンセントを挿す。
白を基調としたおしゃれな一軒家みたいな外観の店舗、駐車場もけっこうな台数あるし植栽と呼ぶには立派すぎる楠もあるし、不動産屋さんというよりカフェみたいな建物だ。……というか昔、ここカフェだったような……。カフェというよりもっと硬派な喫茶店というか。学生じゃ入らないような感じだったから、覚えてないけど。
外から戻ると社長がデスクでコーヒーを飲みながら英字新聞を読んでいた。横顔なんて幼いとかあどけないと表現しても差し支えなさそうだけど、社長……何歳なんだろう。というか、そんな暇そうにしてていいのかな?
「あ、七瀬ちゃん。来てもらって悪いんだけどさ、四月って新生活のためにお部屋を探す人が探し終わったタイミングだから実は暇なの。まあ、楽にしていて。もしお客さんが来たら三咲ちゃんとツーマンセルで動いてね」
「え、なんか朝礼とかないんですか」
「ないよー。ぬるっと来てぬるっと仕事してぬるっと帰る会社だから。ちなみに給料は月末締めの十五日支払いだから、七瀬ちゃんの初任給は五月十五日だね。遠いね。頑張ってー!」
そういわれたところでお客さんはなかなか来ず、一時間に一本か二本鳴る電話の取り方をひたすら三咲ちゃんに教わりつつ、コピー取ったりごみ捨てしたり、書類のファイリングをしたり、こまごまとした作業をこなしていたら、あっという間に夕方になっていた。
「お、お電話ありがとうございます。リリィエステート有働が承ります」
『あら、新人さんかしら。第七生命の乾といいます。建原さんはいるかしら』
電話の相手は生命保険の会社さん。落ち着いた女性の声だ。三咲ちゃんに繋ごうとしたら、ちょうど別の電話に出てしまった。電話番は新人のお仕事らしいから、出るのは私か三咲ちゃんだけだ。気まぐれに社長が出るときもあるけど。
「ただいま建原は別の電話に出ておりまして――」
『なら伝言でお願い。借りている駐車場を二台追加したい。使用開始日は週明け月曜日、契約もその日の午後二時くらいがいわね。時間については月曜の午前にまた連絡ください』
メモがミミズののたうち回ったような字になってしまうが、重要な部分だけ丁寧に書き直しながら復唱する。
「お借りしている駐車場を二台、追加ですね。月曜から使用開始で同じく月曜の午後二時に契約をご希望、はい。申し伝えます。……はい、有働が承りました」
ふぅ……。一年ろくに働いてない人間としてはやはり電話で人と話すというだけで十分疲れる。
「有働さん、今のは第七生命から?」
同じく電話を終えた三咲ちゃんに聞かれる。報告、報告っと。
「はい、借りている駐車場を二台追加したいって。月曜日の二時に契約したいそうです。み……建原係長に言えば分かるって」
「なるほど。ちょうどいいね。じゃあ明日は駐車場の契約書を作ろうか。簡単だから安心して。一台分は私が作るから、それを真似て作ってくれればいいから」
いきなり契約書作るって、簡単と言われてもなかなか緊張するものがある。
「取り敢えず明日からだから、今日はもう共有フォルダの業務日報に今日やったことを書き始めちゃって」
そうして私の勤務初日は、社長風に言えばぬるっと終わったのだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
君の瞳のその奥に
楠富 つかさ
恋愛
地方都市、空の宮市に位置する中高一貫の女子校『星花女子学園』で繰り広げられる恋模様。それは時に甘く……時に苦い。
失恋を引き摺ったまま誰かに好意を寄せられたとき、その瞳に映るのは誰ですか?
片想いの相手に彼女が出来た。その事実にうちひしがれながらも日常を送る主人公、西恵玲奈。彼女は新聞部の活動で高等部一年の須川美海と出会う。人の温もりを欲する二人が出会い……新たな恋が芽吹く。
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃった件
楠富 つかさ
恋愛
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃうし、なんなら恋人にもなるし、果てには彼女のために職場まで変える。まぁ、愛の力って偉大だよね。
※この物語はフィクションであり実在の地名は登場しますが、人物・団体とは関係ありません。
夜空に咲くは百合の花
楠富 つかさ
恋愛
地方都市、空の宮市に位置する中高一貫の女子校『星花女子学園』で繰り広げられる恋模様。
親友と恋人になって一年、高校二年生になった私たちは先輩達を見送り後輩達を指導する激動の一年を迎えた。
忙しいけど彼女と一緒なら大丈夫、あまあまでラブラブな生徒会での日常系百合色ストーリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる