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ファイル00 気付いたら就職していた。
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桜満開の3月下旬、私は母に追い出されるように家を出発して、とあるお店を訪れた。
「ここ、かぁ……」
道路側の一面が全てガラス張りだったので、向かい側に人がいないのを確認した上で身だしなみを整える。髪型もスーツもきっちりしている。しぶしぶながら化粧もしたし、少なくとも第一印象が悪いという風には思われないだろう。
「し、失礼しまーす」
自動ドアのせいで自分のタイミングを少し外されたものの、店内に入る。
「いらっしゃいませ。あ、面接の有働七瀬さんですね。どうぞこちらに」
……そう、私――有働七瀬23歳、面接にやってきました。有働なのに無職……。好きで無職やってるわけじゃないんだけどさ。奥に案内してくれたのは私と同じくらいか少し年下っぽい女の子。応接室っていうほどしっかり区切られているわけじゃない、そんなブースに通された。奥に六十歳を少し過ぎたかなといったマダムが座っているので、彼女が社長さんだろう。一礼してブース内に入る。マダムの前にある長机には私の履歴書が広がっている。
先ほど案内してくれた女性が、マダムの前にお茶を置いて去っていく。
「おかけください」
「失礼します」
私が座ると、マダムはすぐに表情をやわらげた。
「話は睦実から聞いているわ。災難だったわねぇ」
睦実というのは私の母の名前だ。私は今日、母親から知り合いが関わっている会社だから、とにかく行ってこいと言われてここにいるのだ。そしてそもそも二十三歳のこんな時期でも無職というのには事情があるのだ。
「大学四年の時に公務員試験に落ち、就職浪人として挑もうとした今年度は受験シーズン直前に交通事故で長期入院……。それで心くじけて無職生活と。ちなみに県庁を目指していたのは睦実が市役所にいるからかしら?」
「……はい。その通りです」
我が家は母どころか父も市役所職員。だからこそ無職の穀潰しに一年もの間、お目こぼしをしてもらえていたのだが。正直、両親を超える大人になりたかったのだ……。まぁ、できなかったのだけれど。
「宅建はどうして取ろうと思ったの?」
宅建、宅地建物取引士の資格は大学二年の時に取得した資格だ。きっかけは母に取っておけと言われたからなのだが……一応、面接用の答えを話す。
「大学一年で民法を受講しました。民法をより勉強したいと思った時、結びつく資格を調べたところ宅地建物取引士に行きつきました」
「なるほどね。一発合格だったのかしら?」
「はい。ただ、大学一年生の時には受験しなかったので、二年生の時に受験しました。一年以上勉強していたおかげで、一発で合格することができました」
……その後の就職試験は合格から縁遠くなってしまったのだが。
「採用よ」
「え?」
「もとから採用するつもりだったから、この面接はとっても形式的なものよ。いいんですよね、社長!」
マダムが私の後ろへ声をかける。……待って、この人社長じゃないの!?
「もちろん採用です。若い女の子はいくらいても困りませんからなぁ」
社長と呼ばれてやってきたのは、さっき案内してくれた年かさに見積もっても同い年だろうという女性だ。驚きのあまりまばたきの回数が増える。
「年が離れてて悪かったわね、社長」
「いやいや、専務はほら対外的には責任者なわけでぇ。あぁ、ごめんね七瀬ちゃん。私が社長だよー。ほら、面接に来たら会社を掃除しているお爺さんが実は社長、みたいな展開のやつあるじゃん。私、そういうの好きでさ~」
饒舌に話す彼女が社長で、社長だと思っていたマダムが専務……どういうこっちゃ。
「とにかく採用だから、この書類を読んでおいてね。四月一日入社だから、また来週お会いしましょう!」
衝撃的なスピードで内定どころか入社が決まってしまったのだが、なにはともあれ私も一年遅れで無事OLの仲間入りというわけだ。
「あ、そうだ。言い忘れてた。ようこそ、リリィエステートへ!!」
ここはリリィエステート。女性に優しい物件を多く取り揃えた、女性五人で切り盛りするほんの少しだけ変わった不動産屋さんである。
「ここ、かぁ……」
道路側の一面が全てガラス張りだったので、向かい側に人がいないのを確認した上で身だしなみを整える。髪型もスーツもきっちりしている。しぶしぶながら化粧もしたし、少なくとも第一印象が悪いという風には思われないだろう。
「し、失礼しまーす」
自動ドアのせいで自分のタイミングを少し外されたものの、店内に入る。
「いらっしゃいませ。あ、面接の有働七瀬さんですね。どうぞこちらに」
……そう、私――有働七瀬23歳、面接にやってきました。有働なのに無職……。好きで無職やってるわけじゃないんだけどさ。奥に案内してくれたのは私と同じくらいか少し年下っぽい女の子。応接室っていうほどしっかり区切られているわけじゃない、そんなブースに通された。奥に六十歳を少し過ぎたかなといったマダムが座っているので、彼女が社長さんだろう。一礼してブース内に入る。マダムの前にある長机には私の履歴書が広がっている。
先ほど案内してくれた女性が、マダムの前にお茶を置いて去っていく。
「おかけください」
「失礼します」
私が座ると、マダムはすぐに表情をやわらげた。
「話は睦実から聞いているわ。災難だったわねぇ」
睦実というのは私の母の名前だ。私は今日、母親から知り合いが関わっている会社だから、とにかく行ってこいと言われてここにいるのだ。そしてそもそも二十三歳のこんな時期でも無職というのには事情があるのだ。
「大学四年の時に公務員試験に落ち、就職浪人として挑もうとした今年度は受験シーズン直前に交通事故で長期入院……。それで心くじけて無職生活と。ちなみに県庁を目指していたのは睦実が市役所にいるからかしら?」
「……はい。その通りです」
我が家は母どころか父も市役所職員。だからこそ無職の穀潰しに一年もの間、お目こぼしをしてもらえていたのだが。正直、両親を超える大人になりたかったのだ……。まぁ、できなかったのだけれど。
「宅建はどうして取ろうと思ったの?」
宅建、宅地建物取引士の資格は大学二年の時に取得した資格だ。きっかけは母に取っておけと言われたからなのだが……一応、面接用の答えを話す。
「大学一年で民法を受講しました。民法をより勉強したいと思った時、結びつく資格を調べたところ宅地建物取引士に行きつきました」
「なるほどね。一発合格だったのかしら?」
「はい。ただ、大学一年生の時には受験しなかったので、二年生の時に受験しました。一年以上勉強していたおかげで、一発で合格することができました」
……その後の就職試験は合格から縁遠くなってしまったのだが。
「採用よ」
「え?」
「もとから採用するつもりだったから、この面接はとっても形式的なものよ。いいんですよね、社長!」
マダムが私の後ろへ声をかける。……待って、この人社長じゃないの!?
「もちろん採用です。若い女の子はいくらいても困りませんからなぁ」
社長と呼ばれてやってきたのは、さっき案内してくれた年かさに見積もっても同い年だろうという女性だ。驚きのあまりまばたきの回数が増える。
「年が離れてて悪かったわね、社長」
「いやいや、専務はほら対外的には責任者なわけでぇ。あぁ、ごめんね七瀬ちゃん。私が社長だよー。ほら、面接に来たら会社を掃除しているお爺さんが実は社長、みたいな展開のやつあるじゃん。私、そういうの好きでさ~」
饒舌に話す彼女が社長で、社長だと思っていたマダムが専務……どういうこっちゃ。
「とにかく採用だから、この書類を読んでおいてね。四月一日入社だから、また来週お会いしましょう!」
衝撃的なスピードで内定どころか入社が決まってしまったのだが、なにはともあれ私も一年遅れで無事OLの仲間入りというわけだ。
「あ、そうだ。言い忘れてた。ようこそ、リリィエステートへ!!」
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