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第二章:他罰性の化け物

第二十五話 鈴崎小春の世界

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 気が付くと私は澄み渡る青空の下に立っていた。

「成功しましたね。ここは小春様の精神世界です」

「…………ここが?」

 なんだか思ってたものとは違う。
 私の精神世界なんだから何か私の象徴のようなものがあるとばかり思っていた。
 でもここにあるのは果てしなく続く青空とそれを映し出す鏡のような水面。
 綺麗だけど、テンプレのようなどこにでもありそうな風景だわ。

「そう気を落とさずに。これは小春様の精神世界のほんの一部です」

「え? どういうこと?」

「どうもこうも……ここは小春様の精神世界の表層、もっと言えば入り口にすぎません。私と小春様の関係性だと精神世界の入り口に立つのがやっとでした。とはいえご安心を。この先を進んでいけばそちらへはたどり着けますから」

「ん……そういうことね」

 アシュリンのおかげで腑に落ちた。
 私の心の中に私の大切な人たちが出てこないのは考えられないもの。

「それよりも今回使った術式の方はちゃんと頭に入っていますか?」

「ええ」

 いつの間に叩き込まれたのかはわからないけど、不思議と頭の中に二つの円によって構成された術式を思い浮かべることができる。 

「その術式は言わば精神世界の扉を開く鍵。対象の心とそれから術者の心を術式として出力しなければなりません。当然、術式の形も毎回変わります」

 これからが本題とばかりに、一呼吸をおいてアシュリンは続ける。

「そして何よりも大事なのが相手と自分を繋ぐパスの代替品である触媒です」

「確か……アシュリンは鎖だったわよね?」

「はい。私はこれが一番しっくりくるのでそうしましたが、精神世界に入るための触媒は人によって異なります。ご自身にあった触媒を見つけるといいでしょう」

「了解よ」

 相槌をしながら考える。
 とりあえずアシュリンの話を整理をしておこうかしらね。 
 精神合一に必要なのは術式とパスの代替となる触媒。
 二つの円によって構成される術式には術者と対象者の心を描き出す必要があり、触媒をパスの代わりとすることで相手の精神への侵入を可能とする。
 仕組みとしてはそんなものだが、これがまた大変なのだ。

 まず自分の心を描き出すことすら難しいのに、さらに他人の心を写し取らないといけないなんて。

「どうしたものかしら」

 あーでもないこーでもないと悩んでいると、アシュリンがわざとらしく咳ばらいをした。

「さて、せっかく小春様の精神世界へと入ったことですし、もう少し奥の方へ行ってみましょうか」

「ちょ、何言ってんのよ。さっさと戻って氷夜をたたき起こすのが先でしょ?」

「それも良いでしょうが、精神合一に用いる触媒はもう決まったのですか? 術式だってまだでしょうに」

「うぐっ」

「恐れながら申し上げますと、まずは精神世界というものに慣れた方がいいかと。いざ氷夜様の精神世界に入ってみたはいいものの、精神世界の奥で眠る氷夜様と出会えない。なんてことになったら目を当てられないですし」

「そうね」

 アシュリンの言う通りかもしれない。
 私の目的は氷夜を元に戻すこと。
 下手に急いで事態を悪化させるわけにはいかないもの。

「わかった。あんたの提案に乗るわよアシュリン」

 渋々といった体で彼女の提案を受け入れると、アシュリンは「承知致しました」と嘘っぽい笑顔を張り付けたままお辞儀をした。

「では参りましょう。小春様の心の奥深くへ」

「ええ。行くわよ」

 アシュリンに続いて私も水面の下に潜る。
 するとそこには巨大な螺旋階段が広がっていた。

「何よこれ」

 螺旋階段を降りようとして、すぐに違和感に気付く。
 
「学校の机が階段になってる?」

 ううん、それだけじゃない。
 高校のカバン、よく使う筆記用具やスマホケース。
 そして友達と一緒に撮ったプリクラなどなど。
 私に馴染みのある物がいくつも積み重なって階段になってるんだ。

「これまた……随分と興味深い風景ですね。一見めちゃくちゃにも見えますが、一定の秩序がある。そこから察するに小春様は様々な困難に直面しながらも全体で見れば幸福な生活を送ってきたのでしょう」

「そ、そんなことまでわかるの?」

「ええ、これまでに何人もの心を見てきたのでこれくらいは朝飯前です。他にも例えば……心が荒んでいる方の場合は精神世界もぐちゃぐちゃになっているので、勝手にその方の記憶が流れて来たりするのですよ」

「へぇ……人によってそんなに違いがあるのね。なんだか面白いかも」

「でしょう? 特に面白いのが心の最深部でして……ここはその方の個性が最も強く出る場所となっております。おそらくこの階段の先はそこに繋がっているかと」

 アシュリンの解説を聞きながらも階段をゆっくりと降りていく。
 そうして4分の一ほど進んだところでアシュリンは唐突に立ち止った。

「どうしたのよアシュリン? まだ先は続いてるわよ?」

「いえ……面白いものを見つけたので報告しようかと」

 稀に見るほくほく顔でアシュリンは物陰から何かを取り出した。

「これは小春様の記憶の結晶です。階段の脇に隠れていたのところから察するに小春様の黒歴史……失敬、見られたくない過去の記憶でしょうね」

「そんなところまで分析しなくてもいいのよ!?」

 というか黒歴史って何?
 もしかして氷夜と行った夏祭りの時のあれ?
 それとも誕生日の時のあれかしら。

「くっ……思い当たる節が多すぎるわ」

 しかもそれがよりにもよってアシュリンにバレるなんて。
 絶対に暴かれるわけにはいかないわ。

「悪いことは言わないわアシュリン。それを大人しく元の場所へしまいなさい」

「嫌でーす」

 交渉の席につこうと投げかけた言葉を即座に否定して、アシュリンは満面の笑みで記憶の結晶を砕いた。

「あー! なんてことするのよ!」

 抗議するも時すでに遅し。
 バラバラになった結晶が淡い光へと変わり、アシュリンを包み込んでいく。
 次の瞬間、強烈な衝撃と共に私の意識は急浮上した。



「…………戻って来た?」

 いつの間にか、私は病室のベッドの上にいた。
 視界に入るのは真っ白な天井。
 ふとお腹に手を当ててみれば、私とアシュリンを繋いでいた鎖は千切れている。
 状況的に精神世界から戻って来たということだろう。 
 どうしてこうなったのかと、辺りを見渡してみると、少し離れたところでアシュリンが俯いている。

「アシュリン、大丈夫?」

 私はベッドから這い出て、アシュリンに直接声をかけた。

「いきなり精神世界から出るなんてびっくりしちゃうわよ」

「…………るい」

「え?」

「ずるいずるいずるい!!」

 それは見たことのない表情だった。
 妬みと嫉み、色んなものが混じった目で私を睨みつけるアシュリン。
 すっと立ち上がると、彼女は目を血走らせながら、私の胸倉をつかんで叫ぶ。

「どうして? 私はあんなの知らない! なのにどうしてあなたには、あなたにだけ……っ!?」

 だがそこまで言って我に返ったのか、彼女は急に黙り込む。
 そして一瞬の逡巡の後、アシュリンは深々と頭を下げた。

「すみません。柄にもなく取り乱しました。今日はここらで失礼させて頂きます」

「ちょ、ちょっと!?」

 私の制止も聞かずにアシュリンは飛び出していく。
 
「ああ、もう仕方ないわね」

 さすがにあの状態のアシュリンを放っては置けない。
 私も慌ててその後を追いかけた。

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