29 / 41
第29話 医者の決断
しおりを挟む病室の入口に清水医局長が立っていた。
「間君の処分はまだ決まってない。処分保留中の問題人物を手術台の前に立たせるわけにはいかない」
清水医局長は冷たくそう告げた。
その宣告を栄一郎は心から受け入れた。
そうだ……
俺には無理だ……
最初から無理だったんだ……
俺が医者なんて……
誰かを助けるなんて……
「いえ、間は手術に入れます」
絶望の淵にいる栄一郎をよそに、山本が強く言い放った。
「何?」
山本の意外な言葉に清水医局長は眉根をぴくりと動かした。
「一昨日から今日に至るまで、間の勘は尽く当たってます。動物的勘か、霊感か、神のお告げか知らないが、こいつの勘は役に立ちます」
「そんな理由が認められると思っているのか!?」
「一条沙耶香さんは、俺と間の患者です!! 誰がなんと言おうと、手術は俺たちでやります!!」
山本の啖呵に清水医局長は思わずたじろぐ。
「山本、お前も変わらんな……その研修医に昔の自分でも重ねたか?」
「御冗談を。こいつは昔の俺よりよっぽど行儀がいい。ま、解釈はどうぞご自由に」
そして、山本は視線を栄一郎に戻した。
「間、お前はどうするんだ? やるのか? やらないのか? 当然ながら術者は俺、お前は助手だ」
栄一郎はまだ呆然自失だった。
「無理ですよ……俺には無理です……」
「何を理由に急に萎れちまったのか知らないが、今朝言っただろ?最後まで残るヤツは、どんなに痛い目を見ても患者のためにリスクを背負い続けられるヤツだ。それは外科医に限らない。お前がこれからどの科の医者になっても同じだ!!ここで降りたら、今度こそお前は医者失格だ!!」
山本の言葉に栄一郎はそれでも沈黙していた。
「ああ……もううるさいなぁ……」
不意に弱々しい声でそんなつぶやきが聞こえてきた。
「山本先生……うるさい……人がメチャメチャお腹痛いのに……」
沙耶香であった。
体を丸めお腹を痛がりながら絞り出すように声を出していた。
つい先刻、点滴の鎮痛剤が始まったところだが、まだ効果が出る時間ではなく激痛は持続しているはずだ。
「あ……」
沙耶香のクレームに山本はそんな間抜けな声を上げて固まってしまった。
冷静になれば、そこは病室で、沙耶香もいれば、他の患者もいるのだ。
「でも、間……山本先生の言う通りだよ……間、最後まで私の治療に付き合ってよ……」
沙耶香の言葉に、栄一郎の目に光が戻ってくる。
「いいのか……俺、研修医1年目だぞ……」
栄一郎は自信なげにそう聞いた。
「間が全部やるわけじゃないでしょ……それに、間言ってたじゃん……私を助けてくれるんでしょ……」
沙耶香のその言葉で、栄一郎は昨晩の決意を思い出した。
そうだ……
俺は、昨日一条に必ず助けるって言ったんだ……
栄一郎は、沙耶香の傍らに佇む死神を再び睨みつけた。
もうこのあと、俺に何ができるかわならない……
何もできないかもしれない……
でも、一条のために最後まで足掻いてやる……
栄一郎は山本の方に視線を移した。
「山本先生。すみませんでした。俺を、手術に入れて下さい!」
栄一郎は山本に向かって深く頭を下げた。
山本は、余計な手間取らせやがってという顔をしている。
「よし、とりあえず、CT行くぞ!」
「はい!」
栄一郎と山本は、沙耶香のベッドサイドに駆け寄りベッドのロックを外し、ベッドごと沙耶香を病室の外に運びだして行った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
彼ノ女人禁制地ニテ
フルーツパフェ
ホラー
古より日本に点在する女人禁制の地――
その理由は語られぬまま、時代は令和を迎える。
柏原鈴奈は本業のOLの片手間、動画配信者として活動していた。
今なお日本に根強く残る女性差別を忌み嫌う彼女は、動画配信の一環としてとある地方都市に存在する女人禁制地潜入の動画配信を企てる。
地元住民の監視を警告を無視し、勧誘した協力者達と共に神聖な土地で破廉恥な演出を続けた彼女達は視聴者たちから一定の反応を得た後、帰途に就こうとするが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる