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第5章 僕は20歳になった

5.4 人道防衛隊の活躍その後

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 人道防衛隊の第1回の出動は、現地に密着していたビシル氏の報道のお陰で次の日には世界に拡散された。
僕は、その日の夜には家に帰ったわけだけど、翌日はゆっくり休んで、夕刻にはビールを飲んで、そのテレビでの放送を視聴しながら、アジャーラと話している。

 僕は、まだ20歳だけど18歳から飲んでおり酒を飲むのが好きだ。アルコールは感性を鈍らせて気持ち良くさせてくれるのだけど、僕はその感覚が鈍ってふんわりする感じが好きだ。僕にはバーラムが住み憑いていて、僕の考えと並行して様々な考えをしていて、求めに応じて様々なアドバイスをくれる。

 そして、それなりに気を使ってくれていて、でしゃばらないようにしていることは判る。だけど、常に彼の存在は感じ取れるし、それは無意識に緊張を強いるものでもあるが、それを酒の酔いは解き放ってくれるのだ。

 アジャーラがテレビを見ながら言う。
「オサム、随分話題になっているわね。一瞬に世界のどこにでも行ける部隊、あらゆる火薬を使う武器を無効化できる無敵の軍勢ってね。強盗団を出来るだけ殺さなかったのも好印象のようね」

「まあね、今回は相手の規模が小さすぎて弱かったけど、良い予行演習にはなった。この場合は、緊急出動だったけど、本部は早速次のターゲットを考えているようだな」

「というと、当面はスーダン南部と西部のダルフール、イエメン、それからシリア、さらにエチオピアのティグレ州もあるよね。それだけじゃなくて、国が隠していてどうなっているか良く解らない中国のチベット、ウイグル、さらにパレスチナのガザ地区も人道危機と言えるわね」

「ああ、今は差し当たってイエメンの首都でドンパチやり始めたから、これが急ぐようだ」
「急ぐって、具体的にはどうするの?昨日のものとは規模が違うでしょう?」

「うん、ついでだから、イエメンの全土の火器を無効化しようということだ。ヘリでしらみつぶしにWPCを照射していけば、火器は無効化できる。その際にはサウジアラビアに支援されているけど統治能力がない政権派も、イランから援助されているゲリラ派も一緒くたに無力化するようだ。火器は検知できるから、隠しても見つけられるだろうよ。
 あとは、部隊を送り込んで虐殺をやった連中を拘束していけばいい。問題は農業・インフラなど多くの社会基盤が破壊されているので、外からの援助なしには2900万の人々が食えないということだ。自分らの我を通したいがために、公共建物、道路や水道を破壊する馬鹿な連中を駆逐することは簡単だが、後始末が大変だ。
 後で人を送り込んで、莫大な援助が必要になることは間違いない。こういうのを見ると人間というのは馬鹿だなと思うよ。だけど、まあ今回はゲートが要らないということになっているので、僕の出番はないな」

「でも、イエメンもそうだけど、スーダンなんか南と西で独立勢力が沸いてでて、政府と争っているけど結局苦しめられているのは普通の住民なんだよね。独立勢力と言っても、昨日オサムが片付けた連中みたいな強盗同然のやつらだもんね。米軍の部隊に対抗するのに、トラックに縛りつけた住民を盾にするような連中だからね。政府軍も似たり寄ったりで、本当に救いがないよね」

「ああ、スーダンもそうだけど、問題なのはゲリラの銃器を無効化すると、多分政府軍が逆にゲリラ側を虐殺をすると思われることで、下手に片方に肩入れできないことなんだ。だから、イエメンのケースは、国中から火器を無くして人道防衛隊で警察組織を立て直しと農業も含めたインフラを復興しようということだ。
 この場合は、現地政府の言うことは無視で、その後軍は持たせないことにする。M国もそうだけど、本来外敵から国を守る軍が、武力を背景に特権階級化して国民を搾取するようではその組織の意味がない。軍を無くした後の外敵の侵略は、WD-WPCなどを使えるG7+1は事実上無敵だから、国境を保証してやればいいんだ」

「うーん、ということは世界の内戦による問題を片付けるためには、本来はその国の政府との交渉が必要なわけね。まあ昨日のようなケースでは、政府も合意するしかないので問答無用でいいでしょうけど」

「ああ、それでも僕らは軍が近づいているのを知って、面倒を避けて引き上げたわけだけど、本部からナミビア政府に交渉させて今では決着したものの、軍は余り真面な反応はしなかっただろうな。まずは、少なくともゲートを潜った時点では不法侵入であるし、軍にしてみれば自分達のやるべきことをあっさり片付けられたという面子の問題でもあるだろうしね。

 まあ、今回のようなケースでは、あらかじめ国連なんかで包括的な人道防衛隊の活動の合意を取っておくということも可能かも知れないが、まあ内戦の場合などはまず無理だろうね。多分いわゆる反乱軍のみならず政府軍の火器も無力化するわけだから。
 それに、人道防衛隊が国連で認められるかどうかはまず無理だな。ロシアと中国が絶対に反対するよね。結局G7を中心に新たな国際協力の枠組みを作るしかないだろう。国連の解体と再編成は、ロシアと中国の核を無効化する時にすでに決められていたはずの話だね。表には出ていないけど」

「ええ、過去世界秩序というのは結局は武力によって決められてきたのよね。ごく最近までの秩序を決めていたのが、過剰な破壊力を持つ核兵器だったのだけど、それが事実上無効化される手段が見つかった。と言うより、核を含めた従来の兵器そのものがほぼ無効化された。
 WPC方式の銃や大砲は既に出来ていていずれは普及していくだろうから、弓に剣や槍の時代には戻らないでしょうけど、水蒸気爆発の原理を使ったものだから、火薬を使った火器に比べると威力は抑制的だよね。だから、今後世界秩序は別の形で形成されるはずよ。
 それにWPC方式の銃などに加えてWD-WPCや核を無効化するNI-WPCは当分G7+1の独占だから、その間にG7+1が主導する形で新たな世界秩序が出来ていくことになると思う」

「うーん、そうだろな。軍事もそうだけど、WPCの産業利用でとりわけ資源の重要性も変わってきたよね。だからその辺も、アジャーラの言う新たな世界秩序に影響するだろうな」

「そうよね。もう日本の発電は一部の水力を除いてWPC方式に変わったし、自動車は100%がEXバッテリー駆動のWPC方式だし、工場の回転機も90%以上R-WPCに変わって、熱源も95%が電力になったと先日発表があったわね。だから、日本の石油の輸入量は10年前の15%足らずになったそうね」

「ああ。燃やすということが実質無くなって、石油の用途は化学材料と潤滑油などになっているだけだからね。その意味では財源を石油資源に頼っていた産油国は大変だな。石油の価格そのものは10年前から殆ど上がっていないのに、需要が今で10年前の30%になっている。
それは、一つには供給元がさらに増えて資源がタブついているから、値上げも出来ないということが大きいな。また、嘗ては低品質とされていた重質油の方が、石油科学では利用価値が高いからむしろ高値で取引されているね。だから、重質油のため安値で買い叩かれていたベネズエラなんかそれほど輸出量は減っていない」

「だから、中東の産油国は極端に力を落としたわよね。それにアメリカを始めシェールガスの採掘を止めちゃったよね。勿論植物由来のアルコール製造もやめてしまったし」

「うん、事実上の常温核融合であるWPC発電が開発されて、もはやエネルギーの不足を懸念する必要はなくなった。最新の調査では、今後5年で世界の燃料使用が無くなると予想されているから、現在発見されている世界の石油の埋蔵量だと、需要に対して120年は対応できるとされている。
 まあ、石油が無くなっても高分子材料や潤滑油の抽出は石炭でもできるから、300年位は大丈夫だろうよ。だから、環境に極めて害の大きいシェールガスの開発を止めるのは当然だし、世界的には食料が足りてないのに穀物を燃料にするアルコールに変換するなどはとんでもない話だ」

「それに伴って日本は、温室効果ガスの発生量を実質ゼロは昨年達成してしまったよね。世界はまだ5年位はかかるようだけど。あれの2020年ごろの発表は将来の技術ブレークスルーを当てにしての話だったけど、まあそのブレークスルーがWPCの産業利用だったわけね。
 でも気象変動は、ひどくはなっていないけどさっぱり治まらないわね。これは水質や大気の汚染と一緒で、一旦汚しちゃうと、排出を大きく低減してもその影響を脱するには長期間かかるということなのね?」

「ああ、2酸化炭素濃度の上昇はすでに治まったけど、濃度が低下を始めるのは数年後で気象変動が治まるのは、20年位は少なくともかかるという研究だったな」

 そのように僕とアジャーラはのんびり話し合っていたのだけど、人道防衛隊の本部では大わらわでイエメンへの出動の準備が始まっていた。
 それは、アメリカ軍のオスプレイによって、イエメン共和国のすべての火器を無力化しようというもので、取りあえず首都サヌアを舞台に行われている銃撃戦を止めようということだ。

 カジーラ大統領以下イエメン共和国政府があり、北に国境を接するサウジアラビアの強い影響力の下にある。ただ、サウジアラビアそのものが石油収入の激減で、内乱状態の隣国の援助どころではない上、量が少ないイエメンの石油資源もさほど意味のあるものではなくなっている。

 国民の一人当たりのGDPは900USドルと世界の最貧国のひとつであるため、国の収入もごく少なく、兵力6万の軍も予算不足で半ば崩壊状態である。一方でイスラム過激派を主体とする反政府勢力を存在するが、こちらも金主であるイランの金欠のために苦境にある。

 だから、起死回生で国の支配権を握ろうと一気に首都に攻め寄せたということになる。この場合に迷惑するのは一般国民であり、現地からの報告では5日前に始まった戦闘で戦闘当事者の死者が200人、一般人が300人とされている。

人道防衛隊は、オスプレイによってG7+1で話の着く飛行場を経由して、イエメンの国境を超えたサウジアラビアの紅海沿いのマーマンスレイの飛行場を当面の基地にすることにしている。ただし、物資の補給と人員の配置ためにアメリカ軍のルイス&クラーク補給艦を派遣することにしている。

 オスプレイは4機を動員して、フィリピン、マレーシア、スリランカの各国軍事基地を経由して総計12500㎞を飛び、目的地のマーマンスレイに着く。オスプレイは巡航速度440㎞/時であり、各着陸地で燃料補給と休憩で4時間を費やして約40時間で現地に着くことになる。

 無論各オスプレイには、WD-WPCを使うことが前提であるため、火薬を使った火器は一切積んでなく、機体に装着して大電力供給して効力範囲を高めたWD-WPCが設置している。武装としては25㎜の大口径のWPC方式機銃が6基備えられている。
 さらに乗員は4名であり、乗せる乗客である戦闘員は最大32名であるが長距離の飛行のために快適性を考えて戦闘員は16名として、手持ちのWD-WPCが各機3台、加えてWPC方式の銃を搭乗員の各人に持たせている。

    ー*-*-*-*-*-*-*-
 アルマ・ジクラ・サイードは15歳の高校生である。彼女の家は5階建てのレンガつくりのアパートであり、彼女が母と住んでいる家は3階のアパートの2Kのフラットである。彼女は一人っ子で父はサウジアラビアに出稼ぎに行っているので、彼女の家は比較的豊かな方であるが、父は年間の大半は不在であり、今も留守である。

 最近、ザージラ派と呼ばれる反政府勢力が、住んでいる首都に攻め込んでくるという話があって、皆怖がっているが、逃げようにも国内はどこも物騒であり、隣国のサウジでもビザを取って入るのは非常に難しい。

 夜中に突然の銃声と爆発音が鳴り響き、彼女は治安が不安なので一緒の部屋に寝ている母に声をかけた。
「お母さん!始まった、逃げようよ」

「大丈夫よ、アルマ。滅多なことではここに弾が当たったりしないわ。それに外に出る方が危ない」
 母はアルマに言い聞かせるように言う。

 確かに、体を低くしておけば機銃弾などが窓から飛び込んでも傷を負ったりすることはない。危ないのは手榴弾や迫撃砲であるが、そんなに弾を持っているはずはないので反政府勢力が乱射してもここに当たる可能性は非常に小さい。その点は母の言う通りであり、外に出るのは非常に危ないだろう。

 結局は家に閉じこもるしかないというのが結論だ。幸い家には食料と水は2週間分ほど蓄えているので、外に出なくとも当分は暮らしていける。母子2人は、最初の1日こそ抱き合って銃撃と爆発音の恐怖に震えていたが、だんだん慣れてくる。

 その生活に慣れ1週間が経った日の昼間、アルマは高空をゆっくり飛ぶ飛行機に気が付いた。それはそれほど高くは飛ばず、上に2つのプロペラがある変わった形のものである。とは言え、その前にも飛行機は何度か飛んでおり、1回は地上からのロケット弾で追われて慌てて逃げてものであった。

 しかし、その飛行機が飛んだ日を境に、全く銃声・爆発音が聞こえなくなったのだ。そして、翌日ラジオから地元放送局の放送で『人道防衛隊』の代表という人からのメッセージがあった。
「私は、人道防衛隊のイエメン派遣隊の隊長のミカサ1佐です。このサヌアの半径300㎞の範囲の、全ての火薬を使った武器は無効化しました。今後、この範囲では銃声が鳴ることも火薬を使った爆発が起こることもありません。ですから外に出ても銃で撃たれることも手榴弾などで爆破されることもありません。

 ただし、刃物、または鈍器あるいは素手の暴力による危険性は同じです。私たちは現地の警察と協力して出来るだけ早く治安を回復しますし、食料品の店についてはできるだけ早く開店するように努力します」

 その放送の後に、近所から見知った男の人が、棒を持って警戒しながらも外に出るようになり、そのうちに女性も外に出るようになった。でも商店は大きいところは略奪されており、食料が買えるようになったのは1週間後であり、水道が使えるようになったのは3週間後であった。

 アルマは人道防衛隊のことはスマホで見て知っていたが、実際に活動してくれて治安を回復してくれたことは感謝した。でも、生活が元に戻るのに時間がかかった点については不満に思った。

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