異世界の大賢者が僕に取り憑いた件

黄昏人

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第4章 『処方』を始めて3年が経った

4.3 WPCジェットエンジンの実用化

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「ええ、相良教授、どうなんですか、今日見にいくエンジンは?使い物になります?」
 同じバスで横の席に招かれた僕が教授に聞くのに、彼は笑顔で答える。

「ああ、使えるよ、というか使えるようになった。従来から、温室効果ガス発生を防ぐために電動のジェットエンジンというのは考えとしてはあったのだよ。しかし、何と言っても、燃料を焚く普通のジェットエンジンほどの出力が出ないのと、以前は電池の容量が小さすぎた。
 だから、EXバッテリーの出現で、温室効果ガス対策として我々の研究室でもその方向の研究をしていたんだ。だけどR-WPCでプロペラ機ができているだろう?だから、ジェットではどうも勝てそうもないという結論になりかけていて、てモチベーションが下がっていたところだったんだ。

 そこに、君らが空洞での空気の高速取り込み、爆発的な水蒸気化への熱発生と水蒸気化促進についてWPCを提供してくれただろう?一気に研究が進んだよ。張り切って研究を進めて、ベンチレベルでは試験をしてデータも取れたのでI重工社が実機レベルのエンジンを作ってくれた。今日その実機レベルで試験をする訳だけど、従来の燃焼式に劣らない先端的なジェットエンジンが出来たと思っているよ。

 それになにより、従来の燃料を焚く方式に比べ発生熱が低くて構造が単純だ。従来のものは熱に耐える材質から、部品一つ一つの形から極めて厳密なものだったので、極めて高価でかつ寿命にも限りがあった。
 その意味では、今回開発したS型WPCジョットエンジンは、同じ推力で比べるとコストは1/3位かな。加えて動力はEXバッテリーだから、その賦活化のコストと後は水道水レベルの水が要るだけだからね。従来の燃料費に比べると只みたいなものだ。
今日試験をするのは推力200kN(約20トン)のものだから、ちょうど大きめの戦闘機のエンジンレベルのものだよ。だから、防衛省からも見に来るらしい」

「へえ、それは良かったですね。日本はどうしても飛行機では先端とは言えなかったですからね」
「ああ、でも相当なところまで来てはいたんだよ。しかし、このWPC方式では間違いなく世界最先端だものね。それに、今後ジェットエンジンは全てこの方式になるのは間違いない。これは温室効果ガス云々より前にコストの面からも言える。製造費と燃料費の両方でドラスチックに下がるからね。
 いやあ、我々もいい仕事ができたと思っているよ。その意味では、君と、水を使うアイディアを出してくれて、その必要なWPCを作ってくれたアジャーラ君に感謝しているよ」

 52歳の長身で痩せて細面の教授は、目を細めて笑顔で僕とアジャーラを向いて言う。
「いえいえ、私どもでは形に出来ませんでした。お役に立てて光栄ですわ」

 僕は黙って頭を下げただけだが、アジャーラは教授に向かってにっこり笑って応じる。彼女も19歳になって、細目なのは変わらないが随分女らしい体つきになり、表情もしぐさも少女から女になってきている。そのためもあって、その美貌と抜群のスタイルで、最近では街を歩くと大抵の男が彼女を目で追うようになっている。
 僕と一緒に歩くと、人々はまず彼女の眼を止め、次にフツメンの僕を見て大体がええ!と言うような顔をする。これは、一面では優越感には浸れるが、一面では傷つく思いもあって複雑だ。

 演習林にあるK大試験場は、大きな規模の試験をするために、K大技術研究所が大学の所有する演習林内に作ったもので、数々のパテントの権利料による豊富な資金を使ったものだ。その中にはロケットエンジンの燃焼試験にも使える実験棟があって、僕らが入った時にはすでに試験用のエンジンが試験ベンチに据えられている。

 それは直径が1mで長さ3mほどの剥き出しのエンジンであり、通常のジェットエンジンに比べのっぺりとしていて、繋がれているパイプ・ケーブル類も少なく、見るからに単純である。見学者と試験担当員は、I重工の作業服を着た10人ほどに加えて、僕らを入れて全員がヘルメットを被った30人ほどである。

 デスク型の制御盤を前に、作業服の3人ほどが囲んで点検しており、さらに5人ほどがエンジン回りで最終チェックを行っている。それを背景にして、見学者を前に相良教授が説明役を務めるようだが、彼は僕とアジャーラを横に呼び寄せた。

「ええ、皆さん。今日は遠路ありがとうございます。本日は、新開発のWPCを活用したS20型WPCジョットエンジンの推力試験を行います。このエンジンのためのWPCはここにいる浅香修君と、アジャーラさんが開発して作ってくれたものです。ですから。このエンジンが出来たのは両君のお陰です」

cその言葉で拍手が起こるが、作業していた人たちも手を止めて拍手をする。
「このエンジンは………」教授は、まずエンジンの原理を説明して、さらにエンジンの部分をそれぞれ指して機能を説明し、最後に締めくくる。

「このように、このS20型エンジンは推力が最大で200kN (約20トン)であり、EXバッテリーを使って空気を高速で取り入れ、水を水蒸気に変えて噴射することで推力を得られます。構造は皆さんが従来のジェットエンジンを何度もご覧になってご存じの通り、それらと比較すれば非常に単純です。

 現状でのベンチテストによる結果では、従来のジェットエンジンと比べると、水の消費量はジェットエンジンの燃料の2倍程度と算定されています。その点で水を燃料の代わりに積む場合には、航続距離は短くなります。
 ただし、この点は空気中の水分を集めるWPCがあり、これを使うことで概ね消費する水は賄えるという試算がでています。さらに、電池についてはこのエンジンで巡航速度を800㎞/時とすると、現状で最大の500kW時のEXバッテリーを10台積めば24時間の飛行が可能です」

 それに対して自衛隊の制服を着た将校から質問があった。
「航空自衛隊の島崎2佐です。さきほど、水の消費量はジェット燃料の消費の倍程度の話と、空気中の水分を集めるWPCの話がありました。その消費が倍になると言うのは、出力の変動に対して燃料と同じ程度と言うことでしょうか?」

「ええ、水に関してはほぼ燃料消費と比例関係にあります。つまり、最大出力の場合には、巡航時の絞った状態に比べ大幅に消費量が増え、それは指数関数に近い増え方です。しかし、バッテリーからの電力消費量はほぼ出力と比例します」

「ほお、電力消費が燃料ほど爆発的に消費は増えないと。なるほど、その点は判りました。では、空気中の水分を集めるWPCとは初耳ですが、それで飛行中に空気中の水分を集めるとは、そして試算とはどういうものでしょうか?」

「空気中の水分を集めるWPCは、ベーシックなWPCの一つだそうです。私共でも実験をしましたが、バケツ一杯程度ならすぐに集められます。しかし、部屋の中だと周囲の空気から水分が枯渇しますので、すぐに水が取れなくなります。そういう意味では外で動いていれば、定常的に水が取れます。
 高度1万mで時速500㎞程度の速度なら、巡航速度のエンジンに必要な水分は取れるという試算です。ですが、離陸時など大出力が必要な場合には、機内に持っている水で補う必要があるということです」

「ええ!ということは、バッテリーを十分積んでおけば地球1周でも可能ということですか?」
 島崎2佐は驚いて聞く。

「ええ、その通りです。500kW時のEXバッテリーの重量は約10㎏です。エンジン1台当たり10基と考えていますが、2~3倍程度積むことは可能ではあります。ああ、それと仮に水が切れても、電力があれば、出力は1/5くらいになりますが、着陸までの飛行は可能ですよ」その言葉に、島崎2佐は同僚と真剣な顔で話し始めた。それも当然で、軍用機にとって航続距離は極めて重要なのだ。

 見学者の期待の高まる中で、予定時間の午前11時前に準備が終わり、起動のスイッチが入れられた。ヒュンという音と共に空気の取り込みが始まりゾオオオオオーという音と共に空気が吐き出され始めたが、会話ができないほどの音ではない。

「現在は空気のみですが、推力は45kNです。では水を供給します!」
 音がズズーグオーンという通常のジェットエンジンに近い音がして、グオー、という連続音になる。
「70、80、100、120、140、160、180、200、215kN………、215kNで安定しました」

 操作盤で操作している係員が、10m先のエンジン音に負けないように大声で言う。見学者は貸してもらった耳マフラーをしているので、別段苦痛はない。排気部からは、超高速の白い排気が伸びているが、当然火は見えない。試験は2時間連続で行うので、10分ほど見てから別室に移動した。

 僕に並んできた白髪の小太りの人が話しかけてくる。
「浅香修さんですね。始めまして、I重工の開発事業部の小畑と申します」
 そう言って、器用に名刺を僕とアジャーラに渡す。名刺には開発担当常務取締役とあった。

「いや、今日は思った通りうまく動きました。実のところ私共の工場ではすでに出力試験はやったのです。ですから、今日は追試という位置付けです。私どもの会社でも、このエンジンへの期待は非常に高まっていまして、すでにエンジンのラインの建設を始めています」

 熱心に話しかけてくる小畑氏に僕が応じる。
「ああ、なるほど、先相良先生からWPCの量産の話がありましたね。それは、お宅からの?」

「ええ、そうです。現在、今日試験をしたS20型についてはWPCを提供して頂いた10台分のほか、2倍の出力のS40型の本体の試作もすでに済んでいますが、WPCが出来ていません。その点も含めてご相談したいのです」
 実のところ、I重工がWPC方式のジェットエンジンの話を相良教授から持ちかけられたのは、3ヶ月前であった。

 電力と地上交通で温室効果ガスのゼロ化に目途が付いたなかで、航空機業界においても当然その要求はあり、当面はR-WPCによるプロペラ機を目指すことにした。だが、R-WPCさえあれば誰でもエンジンというか回転部は出来るわけであり、商売としては全く面白味がない。

 だから、何とかジェットエンジンまたはロケットエンジンができないか試行錯誤をしていた。そこに、K大の卒業生の元に相良教授から話があったのだ。小畑自らすぐさま相良教授の研究室に訪れ、ベンチ試験機を見て即座に全面協力を約束した。

 S20型の設計と材料選定に1ヶ月、プロトタイプエンジンの製作組み立てに1ヶ月、種々の強度試験及び出力試験に1ヶ月で、昨日試験機をK大の試験所に持ち込んだのだ。社内では、少なくともS20型については実用に足りると判断しており、そのために国への形式認定の下打ち合わせをすでに行っている。

 なにしろ、温室効果ガスを全く出さず、出力は従来のエンジンに劣らないジェットエンジンである。
 その上に、どう見ても製造コストは従来の半分以下、寿命は倍以上とみられている。これは、構造が単純で、発生熱が半分以下ということに加えて、金属を腐食させる排ガスを排出しない。このために、材料費が大幅に低く、点検頻度が減って、寿命も長くなることは確実である。

 更には、運転コストとしてはバッテリーの賦活と水の補充のみであり、従来の数%になると考えられている。そして唯一の欠点が、噴射剤として用いる水の搭載量の関係で航続距離が短かめになるとみられていたが、それも今日の相良教授の話で解消された訳だ。

 そして、エンジンの大口ユーザーである防衛省はこの話を聞きつけて試験段階からかみこんでおり、彼らも大いに興味を持っている。とりわけ、試験結果から音量が1/2~1/3になる点、何と言ってもコストが大幅に低い点で、使用条件は限られているとしても採用することはほぼ本決まりであった。
 そういうことを総合して、I重工としてはWPCジェットエンジンの実用化は、社内の最優先プロジェクトになっている。しかしそのためには。4種類のWPCの生産体制も整える必要がある。

 僕とアジャーラは試験視察後に、相良教授と共に、小畑氏から強引に誘われて昼食に行き、さらに彼らの大阪支社に連れていかれた。
「それで、浅香さんどうでしょうか?どうしても早急にWPCジェットエンジンのために、WPCの量産体制を整えたいのです」
 小畑常務がぐいと迫ってくるが、この場合相良教授はカヤの外で苦笑している。

「僕とアジャーラは御存じのように量産には入れないので、回路の準備と他の方への指導はやりますよ。
 うーん、最大で出力が5段階で年間総計2万台と言っていましたね。WPCは4種類で、1種類の水を集めるものは同じ出力、3種類は出力が5段階のWPCですね。それらの設計は1ヶ月もあればできますし、活性化前の素材はWPC製造に頼めば2ヵ月もあれば出来ます。

 まあ水蒸気化と、空気の高速流のWPCはちょっと難しいのと出力が高いので、活性化する人はWPが300WPS位は要るでしょうけど、他は200WPS以上あればいけるでしょう。お宅の会社の能力者はどうですか?」

「そ、そうですか、なるほど。回路ができるのであれば。ええと、わが社は社員、協力会社4万人のうちで、ええと……」
 小畑氏はスマホを検索して言う。

「ええと、WPS200以上は1215人、300以上は12人ですね。しかし、WP能力者の相互協力提携を結んでいる企業の従業員が32万人いるので、多分数倍は確保できるはずです」

 現在ほとんどすべての日本人は自分のWPSの登録をしており、会社は社員の数値をリスト化していて特にWPC200以上のものは優遇している。また、社員で必要数を確保できなかった時のために、他社から有償で社員の派遣を受けるための協力提携を結んでいる場合が多い。

「じゃあ、WPCの必要数の製作には十分でしょう。それだったらWPCの回路を描くためにS20型をベースに条件を整理してください。それができたら、それをベースに相良先生も交えて協議しましょう。あと当然WPC製造㈱はかませないとまずいですからね」

 僕がそう言った。このように新しい機種へのWPCの応用手法を、WPC製造㈱と提携している僕や研究機関が開発した場合には、WPC製造㈱が基本特許的な権利を持つのだ。そして、それを使う企業は権利料を払うのだが、この費用は効果に比べそれほど大きいものではなく、関わった個人や団体に分け前が払われる。

 この場合には、僕とアジャーラは、WPC製造㈱からの開発の分け前と、WPC製造㈱が中に入ってI重工との間に契約を結んで強力に応じた支払いを受ける。個々には、支払者にあまり負担にならない額でそれほど大きな金額ではないが、数が多いので合計すればなかなかじゃれにならない収入になる。
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