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第1章 大賢者が僕に憑りついた

1.10 医療用WPC狂騒曲その2

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 僕はその会議で、院長から言われたWPCの製作者のことはすっとぼけて、量産体制と値段の事を答えたよ。
「ええ、キーが出来たので、量産は当然考えています。月曜日にキーの2千個とIR-WPCとCR-WPCそれぞれについて千台を発注します。最初の1ヶ月はIR-WPCとCR-WPCがぞれぞれ100台くらい、そしてそれに相応するキーは出来ると予定しています。

 そして、その後の月産は倍くらいになると考えています。
 それから値段ですが、これについてはいろんな意見がありました。しかし、命に値段をつけてはいけないということで、どちらもキー込みで100万円として考えています。どうですかね?」

 全体に、出席者の顔が緩んだので、安かったのだろう。代表して院長が、もの柔らかな表情のままでそれに応じた。
「1ヶ月で、IR-WPCとCR-WPCが、それぞれ100台なら、来週できるという10台づつの内の半分は私どもの病院で買いましょう。それから、それの使用については他の病院にも声をかけて、この病院で研修をしてもらって買ってからすぐに使用できる準備をしてもらいましょう。
 それから、1台百万円という値段は、今まで解っている効果からしても、非常に安いと言えると思いますね。その10倍でも、それがなければ患者の命が助からないのですから、大半の病院は買わざるを得ないでしょう。そして、これらは可動部がないので長持ちすると思いますね。だから、特に問題なく償却できるでしょう。

 しかし、ご家族で話し合った結果だと思いますが、それを『命に値段をつけてはいけない』ということで100万円で売ると言われる。そこに浅香君とそのご家族の善意を感じますね。それは人々皆が感じるでしょうし、とりわけそれで命を救われた人々はそう思うと思います。ねえ、山名先生」

「ええ、院長の言われる通りです。僕が受けている報告から考えれば、その機能から言えばとんでもない価格にしてもおかしくはない。しかし、そうなれば出回る数は少なくなり恩恵を被る人も少なくなる。それを、浅香君はできるだけ量産して比較的安く売ろうとしている。
 僕は素晴らしいことだと思いますよ。ただ、学者としては、今のところ全く解らないメカニズムによる治療が本当にあるということに立ち向かう必要があるのです。これは、大変頭の痛いことではあります」
 山名教授は苦笑して院長に応じて、話を続ける。

「実のところ、このCR-WPCと IR-WPCにはもっと広い活用方法があると思っています。とりわけ、CR-WPCはガン除去の道具としますが、『体に悪いものを検知して退治する』という機能があると言いますね。であれば、癌のみならず、病原菌や炎症などにも効果があるのではないかと思っています。

 そして、そのようなものは、体に巣くって塊状をなしている癌に比べれば退治はずっと容易なはずです。無論癌は現在の日本人の死因のトップであり、若い働き盛りの人も多くがそれに倒れていることを考えると、その根絶は非常に重要ではあります。しかし、他にも多くの病気があって、人に至らしめ、行動を制約している。

 だから、それらを治療するためにも、これらの治療具がより有効に活用できるように私どもも研究していきたい。一方で、これらの機能が高いので、医者があまり必要なくなるんじゃないかという懸念もあります。とは言え、現在医者は極めて忙しくて、多くの者が限界を超えて働いている。だから、これらはそうした同輩の医者の救世主になるんじゃないかと期待もしていますよ」

 最後ににっこり笑う教授に香山院長が応じる。
「ええ、私もこの病院の経営者として、この道具であまりに容易に短期間で患者が完治したら、医者と医院の必要性が大幅に減るんじゃないかとの心配は少しあります。それに関連しての話ですが、浅香君のお母さんが例の“いのちの喜び”の発売の中心人物らしいね?」

 その後繋がる話を予想して、僕は少々身構えて返事をする。
「はい、そうですね。作っているみどり野製菓は母の父である祖父が社長をしている会社です」

「あの“いのちの喜び”だけど、皆が言うように僕も最初は大げさな名前だと思ったんだ。だけど、一旦食べると全くふさわしい名前だと思うようになったよ。また、値段も1枚千円なんて高いと思ったけれど、これも一旦食べると全然高くなないと思うようになりました。
 そして、食べた結果を調べたら、精神面で随分いい効果があって、それに引きずられてか、体の調子も良くなることも判りました。だから、私の病院の入院している患者で、経済的に許せる人には2日に1枚食べることを勧めています。

 お陰で患者の入院日数が明らかに減っているのが解ってきましたし、患者がおおらかで明るくなってきている。そういう意味ではみどり野製菓に感謝しています。君が持ってきてくれたWPCは、私の病院の患者さんのためにはもっと貢献してくれると思うよ。
 ところで、CR-WPCと IR-WPCを売ってくれる売主は、みどり野製菓と関係があるのかな?」

 この院長先生、すっかり知っているね。でも悪いことは全くしていないから、正直に答える。
「ええ、みどり野製菓の関連事業部になると思います。でも近く会社を分離して、別の会社になるはずです」

「なるほど、製菓会社が医療機器を売ると言うのは珍しいね。だけど、これほど病院に役に立つ道具はないから、売主がどこでも買うけどね」

 院長の言葉に、T大の教授でもある佐川副院長が続いて僕に言う。
「ああ、そういえば、物理学教室の准教授が、なにか全く新しい概念で、物理現象と精神の働きを組み合わせたような世界の解明を目指していると聞いたなあ。そういえば、浅香さんと言ったような。君のお父さんかな?」

「ええ、それは、父だと思います。いろいろ相談に乗ってもらっていますから」

「なるほど、実のところそれは笑い話扱いにされていたようだけど、このWPCの話を聞いて、実際に使ってみるとまんざらでもないような気がするな。医療だけでなく、WPの他への適用も考えているの?」

「はい、実は医療用を真っ先に作ったのは、母の親友のお父さんが癌だったものですからで、本当は主として地球温暖化への対応を考えていました」

「ええ!このWPCはたまたま、知り合いに癌の人がいたからかい?」
 そう言う副院長さんの声が、少しとがっているにで、僕は慌てて言った。

「い、いえ、きっかけはそうだったんですけど、実際にやってみて、大変大事なことであることはよくわかりました。だから、今後も生産は要望に応えられるように全力でやっていきます」
 それに対して、佐川副院長はいかつい顔をほころばせて慰めるように言う。

「ははは、まあそんなに気を遣うことないよ。きっかけどうあれ、このWPCを供給してくれるのなら大歓迎だ。しかし、地球温暖化の対応とは大きい話だな。僕らも科学者の端くれとして、どういう話を考えているのか聞いてみたいね。共感できれば、微力ながら浅香准教授に協力したい」
 佐川がそういうが、皆興味がありそうで、熱心に聞いている。

 折角もらった機会だから僕は父から聞いている話を交えて言ったよ。
「ええと、僕がというより、父が主導しています。まず持ち込もうとしているのはWPCですが、これは流行っている小説風にいうと魔方陣です。つまり、魔法というか意志の力であるWill Powerの回路でCircuitとなって組み合わせてWPCです。今回医療に関して、WPCがちゃんと働いたように、他の分野でもWPCが適用出来てこれも働くはずです。

 父はそこのところを物理学と組み合させて、理論建てをしようとしているようです。でも、物理万能の従来の物理学とはあまりにも違いすぎるので、WPCの有用性を見せて説得力を持たせようと思っています。その点では、皆さんもこれらのWPCの働きを肌で感じて、違う世界があることを解って頂いたのではないかと思っています」

 出席者を見渡すと半数ほどが頷いている。
「それで、医療以外ではまず電力を考えています。現在の発電は、大部分が何らかの方法で磁石を回してそれを取り囲んだコイルに誘導電流を起こすものです。それを、WPCの力で物質の中の電子の流れをコントロールすることで、効率よく電力を取りだそうというものです。

 これは静的な発電機ですから、言ってみれば電池のようなもの、というか電池そのもので、化学的に条件つけして電力を取り出す乾電池のようなものです。これは使い捨てでなく、くり返し使えます。その際に電気によっての充電をするのではなく、その代わりにWPCによって電子の方向付けをします。
 結果として、大容量の電力を取り出せるようになります。その電池を媒体は、基本的に金属シリンダー、普通は銅ですね」

「だけど、無から有は生じない。何らかの電力を生むエネルギーを供給する必要があるでしょう?」
 若手の医師が手を挙げて聞く。

「ええ、その点は金属シリンダーを処置するWPCにエネルギーが必要です。これは、この場合は電力ですが、自らシリンダーに生み出す電力の大体10%位が必要です。だから、WPCに供給する電力の10倍ほどが生み出されることになります。
 永久機関のようで、不思議に思うでしょうが、いわばWPCが物質の内部の位相を変えることでこのようなことが可能になります。これは、これらの医療用のWPCと同じで、実際に可能なことを見せて納得してもらうしかありません。

 それから、WPCによって、物体に直接回転力を与えることができます。これは、モーターの代替になりますが、電磁場により回転させるモーターよりずっと効率は良くなります。ですから、これは自動車に使えます。車は発電と同様に大きなCO2の発生源ですが、さっきの効率の良い電池を用いてその駆動に使えるわけですね。
 この2つだけで、化石燃料の使用は大幅に削減されると思っています」

「ううむ、なるほど。確かに実証してもらわないと信じ切れないなあ」

 佐川副院長が言うが、そこで議論が行き詰まっているのを見て、山名教授が話題を変える。
「さっき浅香君は、すでにそれぞれ千台の治癒用と癌の除去用のWPCを注文すると言いましたが、それはどのように販売するつもりですか?」

「はい、実はその点をご相談したいと思っていたのです。入札ということも考えたのですが、さっきも言ったように値段は1台百万円で固定したいと思っていますから、それは使えません。また、WPCのことが知れるとたぶん、国内のみならず海外から強引に取り上げようとする動きがあるでしょう。

 ですから、ここは需要側の医師会なりで仕切ってくれませんか?こちらは、概ね1週間から2週間ごとに生産できたWPCを指定の場所に届けます。私どもの意向としては、日本での需要に対して供給が一巡するまでは、海外には輸出はやむを得ないケース以外は避けたいと思っています。
 それから、現状ではWP能力者は私だけですが、数ヶ月以内にはそれなりに増えてくると思います、だから、WPCの供給能力は数ヶ月すれば順次増えていきます。そのことも頭に入れておいてほしいと思います」

 それからも、WP能力のための処方などいろいろな議論がなされた。

 その協議があった数日後、我が家のことが週刊誌に載った。週刊Bの記事であり、『異界技術の伝道者、東京近郊に現る!』というラノベみたいなタイトルがついている。内容としては、“いのちの喜び”のことをきっかけとして調べた結果のようだが、浅香家、ことに僕のことを中心述べているようで、なかなか広く取材しているようだ。

 つまり、A君、これ僕のことだけど、の中学校の成績が突然急上昇したとしている。そして、それとほぼ時を同じくして、彼の祖父の会社で母が役員をしている会社から“いのちの喜び”なる菓子が売り出された。それは、ライバルになる菓子会社にいてみれば、精神に作用して幸福感が得られるという、従来の常識では考えられないものである。

 彼等は成分を調べたらしいが、その結果分子の割合は解るので同じ構成のものはできる。しかし、食品のような複雑で多種の分子から構成されているものは、結局その割合・混合方法・さらに処理の方法が肝心である。結局レシピがないと再現は無理ということになる。

 ただ、精神に作用していることから、麻薬の作用がある成分が含まれているのではないかと、公認の食品安全検査所に持ち込んだが、結局違法な成分は検出されていないという。だから、少なくとも違法性はないのだ。

「話によると、現在の出荷数は月間150万枚くらいだそうです。あれは定価の1枚千円でしか売っていませんので、月間15億円ですよ。しかも、注文が殺到して対応しきれないと言います。それは判りますよ。高すぎるという意見が少しはあるようですが、喜んでいるという感謝の言葉が大部分のようですからね。

 今では、病院の入院患者の精神を安定させ前向きにするために使っていると言いますから。私だってあれを定常的に食べたいですし、同じ業界人としては大変うらやましいですね。でも不思議なのが、失礼ですが田舎企業のみどり野製菓が何であんなものを開発できたかです。
 というより、あんなものができるというのは業界の常識を逸しています。それこそ、異世界人が教えてくれたと言う方が納得しやすいですよ」
 そのような匿名の同じ業界人のコメントを載せている。

 さらに、記事は家族構成を述べて、姉が同じ市内の高校の成績が急上昇していること、T大准教授の父が最近魔法の存在を匂わせるような研究を始めていることも述べている。加えて、A君がCS病院で魔道具を使って医療行為を行って、最早手遅れの患者を多数助けているという話があることも述べている。

 そして、結論としてA君は何かの手段で異世界の技術を手に入れて、それを活用しているのではないか。しかし、いろんな効果がある技術や知恵を一中学生が握っているのは正しいのだろうかと結んでいる。

 その皮肉めいた書きぶりは置いておいて、最大の問題は、大きな利益がある技術を握っていると書いている我が家について、容易に家と個人が特定されるような記述になっている。これは、記事によって我が家の皆が危険にされられるということだ。
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