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第1章 大賢者が僕に憑りついた

1.9 医療用WPC狂騒曲その1

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 CS総合病院でWPCを使って、ガン治療と大けがの治療を行ったことは、いろんなところに漏れることになり、だんだん話が大きくなってきた。考えたら、当然かもしれないよね。2つのケースともに、WPCの存在とそれを使える僕がいなきゃたぶん患者は死んでいたわけだ。

 それを、医者という極めて特殊かつ社会的な評価が高い専門家の前でやったもんだから、彼等は自分の価値観を揺さぶられたわけだ。それらの処置は、医療行為としては医師免許を持たない僕はできないけど、山下さんの場合は、それは承知の上で、それなりに考えて強行突破をしたんだ。

 つまり、医者に正面からWPCを使ってガンを治すと言っても、まず間違いなく拒否されるだろう。だから、実証してしまえばいいということで、医者と病院の断りなしに、本人と娘さんの了解に元に実施したのだ。その点での、この処置の強みは、薬を使わず、触ることさえ必要なく、手軽な道具で処置ができる点で、処方を受ける側が警戒感を持つ要因が少ないということだ。

 ただ、この場合の大きな問題は、WPCという道具は一つで、使えるのが今のところ僕だけというところにある。SC病院ではそこを言われたよ。道具は、作者ということになっている父がいくつも作れるのだから、その分野の専門家が使えるようになれば、大いに救命に活用できるとね。

 その通りなのだよね。だからバーラムと相談したよ。この点については、大人のほぼすべてが処方を受けて、WPを発現しているピートランでは問題にならなかったことだ。彼の言うには、WPCの製作に比べるとそれを使用することはうんとハードルは低いらしい。

『だったら、発動のためにWPCを作ればいいじゃないの。僕も毎回呼び出されるのは敵わないよ。こういう回路で行けるんじゃないかな?』
 僕はノートパソコンでCADを立ち上げて回路図を描いて見せる。作業小屋の中での作業である。バーラムから回路については基本的な考え方を習っているので、自分でも初歩的なものは描けるのだ。
 さらに、CADには様々な事例、部品が記録されているので、これらを組み合わせれば新たに簡単に描けるのだ。

『うむ、まあ簡単なものだからな。これでいいだろう』

 彼の同意を得て、回路をプリントし、それを持っていた練習用のアルミの板に彫刻用の針で刻みつける。それほど複雑なものではないので、ものの1時間ほどで刻み終えた。さらに、起動部にWPを流し込んで活性化するが、単純な回路なので1~2分で回路は活性化する。
 さらに、電池ホルダーから電線を繋いで、単3電池をホルダーに入れて動力を通す。

『うん、働いている』
 僕は医療用WPCの起動を行う機能があることを確認して、すぐさま棚においてある医療用のWPCを取り出して、それに作ったWPCの板をくっつける。

『成功だ!WPCを起動するキーの働きをするWPCだ。だけど変だね。WPCを起動するためにWPCが要るなんて。だけど、考えたら今後作るWPCも全部要るよね。WPを持っている人が少ない以上、これは結構重要なWPCになるな』

『うむ、確かに地球では必須のものではあるな。もっとも、全ての地球人が処方を受けて、WPを発することが出来れば、必要は無くなるが』

 このバーラムの思念に僕は返す。
『でもさ、今後WPCの自動運転なんかも出てくるだろうから絶対に必要だよ。だから、極力コンパクトで使いやすいものにしなきゃ。でも当面は使えればいいということだね』

 僕は、早速スイッチを付けたキーになるWPCの図をCADで描いた。これは、5㎝×3㎝×厚み2㎝のアルミの箱にして、内側裏面に回路を刻み込み、中に単3電池を2本収納できるようにしたものだ。これを、近くの町工場に製作を頼むのだ。もうCADの操作にも慣れてこの程度のものは簡単に描ける。

 この町工場は柴原製作所といって、従業員30人のエッチングが得意な工場だ。社長の柴原さんは、もう60歳台の腕の良い職人肌の人で、銀の板に回路のエッチングをするという変な仕事を引きうけてくれた人だ。仕事は母を通じて頼んでいるが、IR-WPCとCR-WPCをそれぞれ25万円で作ってくれた。

 それで、病院で使った結果、今後これらは使えることは解ったので、母と一緒に工場を訪ねてそれぞれ10枚製作を頼んだ。その時点ではキーのWPCのことは頭になかったのだ。 
「ええ!10枚?あれをそんなに作るのかい」

 白髪のずんぐりした柴原社長は驚いたが、母は笑顔で言う。
「ええ、当面ね。すこし時間がかかるけど、何年かすれば年間1万枚くらいは必要になると思っています」

「へえ、それは豪儀だ。だけど、そうなると、それだけでこの工場はやっていけるな。しかし、20枚となると、そうだな、1枚20万でいいぞ」

「それは有難いけど、大丈夫なの?無理をしてもらう必要はないわよ」
 母さんも気前がいいが、当面WPCの仕事は資金面を考えて、みどり野製菓の事業の一部として扱うことになっている。そして、会社は莫大な日銭が入っていて、使い道に困っているくらいだ。

 そのような相手である柴原さんに、僕はそのキーの製作を頼みに会いに行った。母は都合がつかず、電話で約束を取り付けてもらったうえで、工場が休みの土曜日の午前中である。あらかじめ、回路とキーのCAD図はメールで送ってある。

「おお、修君か。また、妙なものを作るんだな。その回路は内側に描くんだな。うちでは、それのエッチングはするが、箱そのものは電池ホルダーも入れて外注するぞ。それで、いくつ作るのかい?それとどのくらいの時期にほしい?」
 柴原さんは社長室のコンピュータの画面に、僕の送った図を開いた状態で、僕を迎える。

「柴原社長、おはようございます。休みの日にすみません。ええと、この名前はそこに書いているように、K-WPCです。これは、前に作ってもらったIR-WPCとCR-WPCを使うためのスイッチみたいなものです。
 これを、とりあえず2千個お願いします。値段は、いくらくらいになりますか?」

「ほう!2千ね。そうだな、箱そのものは千のオーダーなら2千円もあれば出来るよ。ねじの組み立てでいいんだよね?あとはエッチングで……、と。余裕をみて1個5千円だな」

「ええ、解りました。値段はそれでお願いします。それで、20個超特急でお願いできませんか?できれば、1週間以内くらいで」

「1週間ねえ。まあ20個くらいだったら、いいところだろう。大丈夫できるよ。それはなにかい、前に作ったIR-WPCとCR-WPCのためのものかい?」

「その通りです。お医者さんたちから責められているんですよ」

「え、医者から。そうすると、あのIR-WPCとCR-WPCは病院で使っているのか?」

「ええ、もう22人の命を救いました。でも、これはまだ秘密ですよ。ただ、このキーがないと僕しか使えないんです。だから、お医者さんは自分たちにも使えるようにしろってね」

「まあ、そりゃあ道理だな。ええ!すると何かい。俺の会社で作ったあれが、そんなことに使われているのか。そりゃあ嬉しいな。もっと安くしなきゃいかんかな」

「いや。早くはお願いしたいのですが、値段は下げる必要はありませんよ。十分儲けてください。あれらは病院に売ることになりますが、そんなに高くすることはないにしても、安くする必要はないと思っています。人の命を救えるのですからね」

「うん、良く言った。しかし、修君は中学2年か。とてもそうは見えないな。俺の孫なんかはゲームばっかりで、幼いもんだ。比べたらえらい違いだな。まあ、解ったよ、このK-WPCとやらの20個は来週の半ばには仕上げるよ。それで救える命があるのなら頼むよ、な修君!」
 そう言う、威勢のいい社長を僕は大好きだな。

 僕はその足で、連絡を取っていた佐伯医師に会いに、SC総合病院に行った。不細工な寄せ集めのキーと、IR-WPCとCR-WPCを1台ずつリュックに入れての訪問である。指定された病棟に行くと、佐伯医師が現れて部屋に案内する。休日なので、患者や外来者はまばらであるが、看護師が数人集まっていて、僕を注目しているようだ。
 この頃ここに来ると看護師や医者から妙に注目されているような気がするのだ。

 通された部屋は、割に大きな会議室で、15人ほどの明らかに服装からして医師が集まっている。部屋に入ると、入口近くに座っていた若い医師がドアを閉め、佐伯医師が部屋の人々に僕を紹介する。

「始めての方もおられるので、浅香修君を紹介します。彼には最近我々の治療の援助をして頂いて、大変助けられています。そして、それは今日話題になるWPCを使ってのものです。じゃあ、浅香君」

「はい、浅香修です。ええと、今日はこういう風に沢山の人が集まっているとは思わず。ええ……」
 そこで、佐伯医師が口を挟む。

「この集まりは、浅香君がWPCのキーを作ったという話を受けて急遽決まったもので、彼には知らせていません。そういうことで、浅香君、君には申し訳なかった。そこの椅子に座って下さい」

 指された椅子は上座の向かいで、言ってみれば被告席である。正面には半白髪の50代後半に見える背広の恰幅の良い男性が座っていて、両側は60歳代の白髪と半禿の白衣の人が座っている。
 5人ほどは、この病院に来て協力した人もいるが、面識のない人も多い。佐伯医師が一通りのメンバーを紹介する。大体僕は人の名前を覚えるのが苦手なのだが、正面中央の人がT大高度医療研究所の山名教授、その両側はこの病院の院長と副院長ということは流石に覚えた。

 そうして進行役をしている、佐伯医師が山名教授に最初に話を振った。
「浅香修君だね。私と同じ大学の物理学教室、浅香准教授の息子さんだよね?」

 教授は、のっけから嫌なことを言い出す。ゲゲゲ、と思ったが嘘は言えない。
「はい、浅香正は僕の父です」

「いや、素晴らしいね。君のお父さんが最近書いた論文は早くも世界の学会から注目を集めているらしい。その息子さんが、WPCというものをこの病院に持ち込んでくれた。そしてそれが、従来では考えられなかった機能を発揮し て、すでに何人もの命を救っている。多分君が今後医学会に革命を起こそうとしてようだね。

 WPCのことについては、僕も説明を受けて記録を見たけれど、どうやら効果には疑いがないようだ。そうであれば、出来るだけ早く普及させて、より多くの命を救いたいと思うのだが、そのために浅香君に協力してもらいたいと思っている」
 言葉を切る教授に、僕は頷くことしかできない。

「それで、今日は君が今まで君しか使えなかったWPCを、誰でも使えるようにする装置を作ってくれたというじゃないか。だから、ぜひそれを見て、君にも会ってみたいと思ってここに来たのだよ」

「それで、その装置と言うのは?」
 教授の横の佐川副院長が待ちきれなかったように口を挟む。額の禿げあがった佐川副院長はT大病院の教授の一人だが、山名教授より後輩らしい。彼からWPCのことはT大に伝わったのだろうと、後でいろんなことを知っての僕の結論だ。

 こうなれば、流れに乗るしかない。僕は足元に下ろしたリュックを長机に持ち上げて、IR-WPCとCR-WPCを順次机の上に並べ、さらにビニルの買い物を引っ張り出し、それから試作のキーを取り出す。2つのWPCはそれなりの存在感があるが、試作のキーは誠にみすぼらしい。

 それは、アルミ板に電線とスイッチさらに電池ボックスが繋がったもので、アルミ板を除くと、近所のホームセンターで買ってきたものだ。皆興味津々でのぞき込むが、それが良く見える近くの者ほど失望した顔をしている。

「ええと、これは試作品で、僕は寄せ集めで作ったのでこんな風ですが、すでに専門の工場に制作を依頼しています。だから、製品は箱になっていてスマートなものですよ」
 疑わしい人々に気づいて僕が言ったが、佐伯医師がフォローしてくれた。

「まあ、肝心なことはそれが使えるか、使えないかです。やってみましょう」

「そうだね。使えるか使えないかだ。それは試作品で、製品としてはもっとスマートになると言っているしね。まず試してもらおう」
 教授もフォローしてくれる。

「では、浅香君が使うところを何度も見ていて、一緒に使ったこともある僕がやってみます」
 佐伯は部屋の面々が同意するのを確認して、若い医師の一人に言う。

「じゃあ、モルモットをここに持ってきて、傷をつけて下さい」
 その声にその医師は部屋の隅から小さな檻を取り出して、佐伯の前に置いて、手袋をした手で手早く暴れるネズミに似たそれを取り出して、メスで腹の辺りを切り裂く。かなり深く切ったようで、モルモットは「キ、キー」と叫んで暫く暴れたが、檻に戻すときはぐったりしていた。

 その間に、僕はIR-WPCにキーを繋いで、佐伯の前に置いて、彼にスイッチを入れればWPCが機能することを伝える。佐伯は深呼吸をして「それではスイッチを入れます」そう大きな声で言って、そのコードに繋がったスイッチを入れ、IR-WPCを持つ。

「お、おお!これは機能している、使えますね。では、このモルモットを治療します」
 彼は尚も言って、WPCを両手に持って、血を噴き出して横たわっているモルモットの上に檻の上からかざす。

 ぐったりしていたモルモットが一瞬身動きすると、血の噴き出す勢いが弱まり、どんどん止まっていく。それを横から若い医者が、カメラで動画を撮っており、モルモットを切った医者が覗き込んで解説している。

「血が止まっていきます。ああ!傷がふさがっていきます。傷が閉じて血が止まりました。モルモットに元気はありませんが、血を失ったせいでしょう。苦しそうな表情が無くなって来ました。ああ、気を失ったようですね。痛みがなくなったせいだと思います」
 しばらく部屋の中は沈黙が落ちたが、やがて山名教授が口を開く。

「なるほど、確かにそのWPCは機能したようだね。それで、佐伯君、そのキーはWPCの稼働に使えるのだね?」

「はい、少なくとも治癒のWPCつまり、IR-WPCには使えますね。浅香君、この試作品とWPCを置いて行ってくれないか、使いたい患者がいるんだ」
 佐伯は教授に答えると共に、僕から試作品を巻き上げにかかった。

 そして、その返事を待っているので、僕は答えたよ。佐伯がそう言うということは、命がかかっている患者がいるのだろう。その状況には勝てないよね。僕は愛想よくはできなかったけど答えたよ。
「いいでしょう。でも、来週の半ばにはこの最初の製品が20個できます。それから、前にも言ったようにIR-WPCとCR-WPCは10台ずつ製品ができています。要りますよね?」

「ふーん、周到なことだ。中学生は思えないな。もちろん、私の大学にも何台かは欲しい。でも、香山先生、CS総合病院が残りを独占したら、後に大騒ぎになりますよ」
 教授は横に座っている院長の香山に言う。

「うーん。正直に言えば全部我が病院で欲しい。むろん、山名先生のところには半分の5台はお渡しします。これは研究を重ねて、よりよい使用方法、効果を研究してもらわなくてはならないので当然でしょうな。
 ところで、浅香君。問題はその後の量産体制だ。当然それは考えているのだろう?10台をすでに作っているくらいだから。それと、只というわけにいかないだろうが、どのくらいの値段を考えているのかな?それは、父上か母上と話したほうがいいかな?
 それに、これを作っているのは父上の浅香准教授と言っていたようだけど、このキーに当たると言うWPCは自分で作ったと言ったよね。そうであれば、医療用のWPCも君が作ったと考えるのが普通だよね」
 院長はもの柔らかな顔で、なかなか柔らかくないことを言ったので、僕は内心頭を抱えたよ。
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