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第3章 時震後1年が経過した

45.2024年4月、薩摩

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「比嘉正人君、水木芳人君、君達にはこの斎藤重人さんの助手を務めてほしい。斎藤さんは、最近まで中央アジアで鉱山の調査をやっておられた方で、鉱山開発のプロだから、大いに学んで欲しいと思う。
 また、聞いているかもしれないが、この薩摩には有力な金山が多い。当面、菱刈、串木野、山ケ野の金山を開発してもらいたいと思っているが、君達にはその開発から運営まで、今後少なくとも10年は担当してもらおうと思っている」

 薩摩ベースの所長の瀬川が、沖縄出身でベースの建設部門で働いている比嘉と、10月に2500人の周辺の村人と一緒に、ベースに移住した水木芳人に語りかける。比嘉は24歳で琉球大学の工学部を出ており、芳人は21歳で、好川村の水のみ百姓であったが、その優秀さを見込まれて、村の庄屋の推薦で、国守の島津忠昌から招聘されている桂庵玄樹の弟子の一人に取り立てられた秀才である。

 芳人に姓はなかったが、ベースに入った段階で決めるように促され、育った近辺の地名であった水木にしたものだ。彼は農民の集団移民の指揮を取った一人であり、ベースに来てからも農民とベースとの交渉の仲立ちをしている。なお、国人領主であった新納信孝は、集団移転時に自衛隊に手も足も出なかったことと、百姓が逃散したことで、領として成り立たなくなったことを理解した。

 その為に、後に訪問した芳人らを交えたベースの職員の説得を受け入れて、領の譲り渡しを承知した。戦に負けて領を奪われたと思えば、命があるだけましと親類連中から説得されたのだ。結果として彼は、少なからぬ金を貰って、管理職候補として一旦はベースに雇われたが、その適性が見いだされなかった。

 そこで、戦が好きということから自衛隊に入隊したが、学業が振るわなかったために出世はできなかったものの、訓練を伴う生活自体にはそれほど不満はなかった。ちなみに、15人ほどの彼の家来たちは、読み書きが出来て村を管理などの経歴があったので、ベースに雇われて薩摩全体に広がっていった土地改良後の農地の管理、また様々な工場の職員として職を得ている。

 なお、彼の領にはブルドーザなどの重機が入って、最小で5反の大きな水田または畑地に整地し直して、機械耕作が出来るように改良がなされ、更に灌漑設備も整えられた。この際には林地や荒れ地もまとめて整備されたので、耕地面積は2倍ほどに増えている。
 逃げだした農民も半分ほどが帰ってきて農地整備で働いたが、そのうち農民として残れたのは半数ほどで、他の者は近所にできた工場などに雇われるようになった。

 時震後1年後には、50㎞圏内までのベースを起点とするバス巡回が始まり、多くの人々がベース内の万物市場(スーパーマーケット)を目指して押し寄せた。彼らの買い物の原資は、ベースと港を起点とする道路網の建設の土地の買収。または労務提供による現金であり、その金を握りしめて大人も子供もやってくる。

 隣の住民が、新しい鍋・釜・包丁やしゃれた食器、更に新しい服を買えばほしくなるのは当然であり、何とかして金を手に入れて市場に行こうとするものが大部分になってくる。そして、その内に工場というものが出来て、その従業員を募集しているとなると、食うのも怪しい小作地など捨てて行こうということになる。しかも、それらの募集は従業員宿舎が伴っているものが大部分なのである。

 芳人は、そのような薩摩でのベースを中心として、“日本”の人々の動きによって、人々の生活が大きく変わってきているのを見て来た。そして、彼は日本政府の開発5ヵ年計画の内容をつぶさに読んでいたから、その動きがその路線に沿っての動きであることを承知していた。

 また、芳人は本州縦貫道の薩摩側の工事現場も見ており、船で繋ぐ部分があるにせよエドと呼んでいた北海道まで陸路で繋ぐという壮大な計画の一端を知って胸を膨らませている。
 彼は、基本的には、もろ手を挙げて日本政府の計画に賛同している。以前のままであれば、彼は才能を見出されてはいたので、やりようによっては、一城の主くらいにはなれたかも知れない。しかし、それは血塗られた道であろうことは間違いない。そして、支配下にある家来や領民は食うや食わずの貧しい者達で、字の読み書きもできない者が大部分である。

 そして、日本のもたらす数々の物と快適な生活!とりわけ食事は、ベースで自分たちが与えられるもののみをとっても、自分たちの今までの生活と比べ物にならない。島津の殿様も、ベースに来ると好んで食事を所望しているが、殿様に聞いてもここで食えるものほどのものは食ったことがないという。

 まあ、元々の世界で、血なまぐさい真似をして成りあがって、無知蒙昧なもの達を率いていくより、成り上がりは出来んかもしれんが、日本の統治する安全な世界で快適な暮らしをする方がずっとましだと、芳人は思うのだった。
 比嘉は、大学を卒業して沖縄の建設会社に勤めていたが、時震によって薩摩ベースの人材募集の話を聞いて応募したものだ。これまで、ベースそのものの建設、道路網の建設と忙しく働いており、その中で狭苦しい沖縄より広い九州に住もうと漠然と考えているところであった。

 そして、彼ら2人とも所長から言われた金山開発には、なかなか心躍るものがあった。
「金山ですか、鹿児島には多いですよね。開発をどうするのか興味はありました」比嘉が言い、
「金山ですか、比嘉さんから薩摩にいくつもあるのは聞いてはいました」芳人が続けて言った。

「知っているようだが、この鹿児島、いや薩摩か。ここは日本最大の金鉱脈が眠っている。21世紀には、菱刈では250トンが採掘済で、更に150トンの資源はあると言われていた。また、閉山した串木野で50トン、これも閉山した山ケ野で多分50トン程度が取れている。合計で500トンの金と言えば、今の世界の国家レベルとしても馬鹿にならん。これを10年位で掘れば、日本の経済成長にそれなりの貢献ができるぞ」
 2人に斎藤重人が説明する。

 斎藤は、41歳であり、A大学の鉱山科を卒業して、若い頃は菱刈金山にも勤めていたが、その後会社から派遣されて世界の金鉱脈の調査に携わってきた。その後、イギリスの鉱山会社にスカウトされて中央アジアで鉱脈調査をしていた時に、時震のことを知った。

 それで、日本の未開発の鉱山の開発をやろうと決心して、抱えている仕事の一区切りがついたところで、日本政府の招聘もあって帰国したのだ。彼もまた海外に居た優秀な日本人の専門家の一人である。世界を飛び回る仕事ではあるが、イギリス人の妻がいて、3歳の男の子がいる。彼女は、日本人妻と違って彼の行くところにはどこでもついていっている。今回の斎藤の帰国にも当然付いてきている。

 専門家としての斎藤については、すでに現在の政府も把握しており、呼び寄せて経産省の鉱山開発局の局次長で開発担当官という役職につけている。だから、彼としても苦境に立つ日本に骨をうずめるつもりで帰ってきているので、その役職を受けた経緯がある。彼の妻も当然そのことを承知している。

「金が500トン!凄いですね。想像もつかない」
 まず大きな反応を示した芳人が驚いて言うのに、斎藤は日に焼けた顔をほころばせて応じる。ちなみにベースで一定の教育を受けた芳人たちは、度量衡についてMKS単位系に慣れている。

「金は、そうだな。君の生きて来た時代には凄く値打ちがあった。有名な話では佐渡という島で金が取れるが、ど田舎のそこには金山があるということで10万人の住民がいたという。そこで取れた金の量は年間最大で600kgで、銀がその30倍くらいかな。
 一方で21世紀において、さっき話のでた菱刈金山は年間8トン位の金が取れたが、金山の従業員は200人位だ。だから住む街の人口は精々10倍だな。つまり、今の世界では10倍の金が取れても、1/50の人しか支えられないということさ。
 だから、時震前の日本だったら、この程度の金はさほど意味はない。だけど、国力が1/10以下に落ちた日本にとっては、500トンの金はそれなりに大きな意味があるということさ」

 それに対して比嘉は頷くことで応じるが、感覚の違う芳人は言葉に出して応じる。
「え、ええ。そうですか。でも、僕にとっては金というと凄いと感じます」

「ああ、これからの日本は、5ヵ年計画をやり遂げるためにもとりわけ初期に金が要る。だから、出来るだけ早期に全部掘ってしまうぞ。幸い、菱刈と串木野は鉱脈の位置がばっちりわかっている。だから、どこをどう掘ればいいかは解っているんだ。山ケ野はしかし、鉱山が古いのもあって少し曖昧だが、最も鉱脈が浅いからそれほど苦労はしないだろう」
 それから、斎藤は一旦言葉を切り、比嘉と芳人の顔を交互に見て言う。

「ところで、君等に言っておかなくてはならん。私は、日本全体の鉱山に関して、開発の指揮をとることになっている。規模の小さいものは無視するがね。金に関して最も資源量は多い薩摩は、最優先で開発にかかるが、当然ながら私はずっとは薩摩には居れん。
 もちろん、君等はまだ若いので現地責任者になるわけでもないが、早急に薩摩の3鉱山を全て掌握して切り回せるようになってほしい。君達の優秀さは聞いているので期待している。今回は一緒に来られなかったが、桐島という男が薩摩の鉱山の責任者として来ることになっている。
 ただ、この分野に限らないが人材が圧倒的に不足しているので、早く独り立ちして切り回せるようになってほしい」

 この斎藤の言葉に比嘉が答える。
「ええ。頑張ります。しかし、私はその方面は専門でもありませんし、水木君に至ってはエンジニアリングについてはド素人ですが、若造の私達でいいのでしょうか?」

「ああ、本当は良くはないけど、今の日本は人材がちぐはぐで、全く人材が存在しないに等しい部分が結構あるんだよね。鉱山もその口なんだけど、海外から人を入れるにしても指揮を取るのは日本人でないとね。だから優秀な若手を育てるということさ。
 金にせよ、日本には量は知れてはいるが鉱物の種類は豊富だ。出来るだけ輸入を絞りたい日本としてはこれらの鉱山を開発しないという選択肢はないんだ」
 そのように疲れたように斎藤が言う。

 彼らは、翌日ランクルで出発した。斎藤と比嘉に芳人の他に、吉村清太という下級武士の出のもので、現在は農場で働いている22歳の若者が同行している。最近では殆ど危険ではないと考えられているが、斎藤という貴重な人材が同行することを考慮して、念のために自衛隊の護衛車も同行している。

 ルートは鹿児島湾の最奥を北上した場所の山ケ野から、エビノ高原の南側の菱刈、さらに東シナ海に面した串木野に回ることになる。鹿児島から熊本にかけては、主要なルートは砂利道にして乗用車で通れるが、多くはブルドーザで地ならしと拡幅だけした道路である。

 だから、決めたルートの距離自体は知れているが、ランクルで通れるもののスピードは出せない部分が多い。橋については既存のものは例外なく木橋であり、ランクルの重量に耐えられないものが大部分である。だから、う回路のない橋については、H鋼による補強と拡幅を行っている。

 山ケ野金山は霧島山に向かうなだらかな丘陵地であり、現状は原生林の山林であるが、それほど大きな木は生えていない。地元の道路からは3㎞ほど離れてはいるが、鉱山迄切り開くには大きな困難はないだろう。とりあえずはドローンで周辺の地形と近接ルートを探って調査を終わらせた。

 菱刈金山は山ケ野金山から30㎞ほど北上した山中であり、谷を奥深く入ったところにある。既存の道路から8kmを新たに切り開く必要性があるが、金の資源量は400トンを超えると言われているので、当然最も力を入れるべき鉱山である。

「はあ、ここかあ、山深い谷間だなあ。だけど険しいわけではないから開発には大した手間はかからんなあ」
 ドローンの映像を見ながら、最近数カ月道路の仕事をしてきた比嘉が言うのに、斎藤が応じる。

「ああ、海岸からわずか60kmもないというのは、恵まれているな。しかも、平均金含有量は鉱石当りで40g/トンだ。ただ金を含んだ岩は固いからなかなか掘るのは厄介だけどね」

「ええと、ここ鉱山で掘った金鉱石を破砕するんですよね。精錬はどこでするんですか?」
 比嘉が聞くのに斎藤が答える。

「そう、破砕までは鉱山でやって、運び出して洗練所にもっていくけど、精錬は銅と一緒にやるんだよ。というのは銅鉱石には多かれ少なかれ金・銀が含まれているので、金鉱石も一緒に混ぜてやってまとめて不純物として取り出して、金や銀にするんだ。
 それで、四国の別子銅山も一緒に開発する予定になっている。銅の方の量が圧倒的に多いので、精錬所を作るのはもちろん四国の新居浜というところだ。別子銅山は別の歴史で延べ70万トン採掘しているので、開発する値打ちは十分あるよ。あっちも海に近いので運搬上の都合はいいよね」

 2人の話を聞く芳人は、若くても大学教育を受けている比嘉に比べて科学的なベースがないので、訳が解らずひどく不安であった。しかし、それだけに、まず比嘉に追いつくべく必死に勉強した。また、同僚として働いている比嘉に技術的なことを聞き倒して努力する内に、2年ほどで追いついたと確信できた。

 比嘉について言えば、どちらかと言えば平凡な学力であったし、大学でも、卒業してからもそれほど努力もしていない。一方で、芳人は百姓から国守の招いた学僧の弟子に取り立てられるほどで、天才級の頭脳を持っている。だから、2年後には客観的にみて明らかに、芳人は比嘉の上のレベルに行っていた。

 比嘉とて、その芳人の伸びを見て負けじと必死に頑張った。しかし、同じ努力の天才に凡才が追いつくはずもなく、5年後には、芳人が鹿児島県になった地における鉱山の運営を取り仕切る立場になったのは無理からぬところであった。

 また、芳人は別子銅山の開発と新居浜に建設される精錬工場とその操業にも関わっており、元人としては別格の出来物と称された。一方で比嘉も芳人に及ばないとしても、頑張った甲斐あり、優秀な管理者として鹿児島の道路建設を率いる立場になっている。

 なお、鹿児島の金山としては菱刈から鹿児島湾までは鉄道が引かれたために、その沿線の山ケ野金山がまず開発されて、地震後3年にして新居浜の精錬所迄の金鉱石の積み出しを開始された。別子銅山の採掘もそれに先立つこと2ヶ月で開始されて同時に精錬も開始された。

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