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第16章 ハヤトとその後の地球世界
16.2 ハヤトに迫る危機2
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決勝戦に挑むハヤトを見ながら、公爵シンガ・ミダ・キルマールン、前マダン総督は自分のハヤトに対する印象が誤っていないことを改めて確認していた。58歳の彼は帝国でも最も古い家の出身であり、帝国皇帝イビラカカン・マサマ・サーダルタとは幼馴染であり、マダン失落の後は無役ではあるが、非公式に皇帝の個人的な相談役になっている。
ハヤトとは、マダンの戦いで彼の責任において降伏した後に数回会って、地球人としては傑出しているその魔力と存在感に大きな印象を受けている。マダン失落については、サーダルタ帝国内において大きな騒ぎにはなったが、地球への侵攻が無残に失敗した時ほどの事ではなかった。
地球への侵攻は、当初はいつもの魔法も全く使えない遅れた世界への軍事行動ということで、関わったいずれの者も楽々征服できると思って疑っていなかった。地球についての調査は10年程間から断続的に行ってきており、いずれ征服する世界という認識でそのような調査データが蓄積されてきた。
ところが、数年前から原住民の魔力発現の処方が突然始まり、加えて異常な技術の進捗が観測されるようになった。とりわけ、全く今までと異なる原理による航空機が開発されたことは、近い将来において軍事的に帝国に拮抗する力を持つことが懸念されたのだ。
そのため、地球侵攻を早め、戦力も通常に比べて過剰な数の母艦とガリヤーク機を投入したがそれでも最初の侵攻が失敗した。そのことから、ほぼ現状で出せる限りの戦力を投入したが、結局それでも十分ではなかったということになる。
帝国の、地球に対する評価は、魔法が広まっていない時点で大きく遅れていると見做している。さらには、200ほどもある多くの国に分かれて、それらが基本的にはいがみ合っている点も遅れた社会であるとの判定に繋がっている。そのような世界が、部分的に優れた兵器体系を持つとしても、サーダルタ帝国の侵攻に対して一致して抵抗することは不可能であると判定していたのだ。
そして、地球侵攻が失敗した後も逆に攻め込まれるとは事実上考えていなかったのだ。これは、一つには異世界転移装置を積んだ母艦が捕獲されたことは判ってはいたが、魔法に遅れた地球世界が、魔法を大きく活用している移転装置を稼働できるとは考えていなかったことによる。
マダンにおいては、戦力を強化したがあくまで念のためという備えであった。これは、それまで地球側が母艦級の船を戦いに使っていなかったことから、地球側が自ら建造した母艦で転移して来るとは想定していなかったのだ。しかし、結局マダンは侵攻されて文字通り碌な抵抗はできず、手も足も出ない形で、サーダルタ帝国総督府は撤退することを余儀なくされた。
キルマールン公爵は、そのような背景のもとで、地球側への対応に大きな瑕疵もなかったことから、大々的な責任追及もなく皇都の自宅に落ちついたが、自分のあらゆる伝手を使って地球について深く研究した。その結果としてハヤトという個人に注目せざるを得なくなったのだ。
異世界から帰ってきたというこの青年は、地球に魔法という概念を持ち込み、それを普及させて今やほぼ全住民の半分以上にその能力を広めている。もっともサーダルタ帝国でいうところの魔法という点では地球人はお粗末であり、身体強化はほぼ全員が使えるが、真の魔法を使えるものはごく少ない。
しかし、処方によって人々の知力が増進して、数々の技術開発が大きく加速されたことが、結局地球をしてサーダルタ帝国という巨大な存在に軍事的に勝るようになった要因になっている。この理論で言えば、国民の全てがある程度の魔力を使えるサーダルタ帝国はもちろん、嘗ての帝国の施政下にあった世界の半分程度は魔力の活用はできていることから、これらの世界の人々は知力が優れていなければおかしい。
サーダルタ帝国人と、処方を受けた地球人との知力あるいは知能を比べたデータはないが、サーダルタ帝国人と被征服世界の者達のサーダルタ帝国の基準での知能を比べた研究資料はある。その結果は、2つほどほとんど並ぶ世界はあるがサーダルタ帝国人は最優秀であるという結果であった。
公爵の個人的な経験では、地球人の行動や受け答えからはサーダルタ帝国人とほぼ同等であっても、大きく勝ることはないという結論になっている。ただ、地球世界ではずっと魔法がなかっただけに物理現象に対して深く研究して、その現象の活用という意味では帝国に比べて勝っていると感じている。確かにあれほど物理現象による活用が進んでいれば、魔法を重視しないのも理解できる。
つまり、ハヤトの地球における最大の貢献は魔力発現の処方を持ち込んで、人々の知力を増強させたことだろう。さらに彼が注目されているのは、探査魔法によって資源探査を行い、地球上で活用できる資源量を大幅に増加させたことも上が挙げられるだろう。資源探査という魔法は、サーダルタ帝国においても広く知られていなかった。
しかし、詳しく調べるとハヤトがやったように、上空を飛び回って広く調べるというやり方はしていないが、鉱山で隣接の鉱脈を探るという点では実施されている。もっとも資源探査という魔法は、地球が知的生物のいない隣接の世界を入手できた時点でそれほど有用なものではないだろうと思う。
また公爵は、ハヤトは地球の防衛戦、さらにマダンを始めとする異世界への地球の進出で決定的な役割を果たしたと考えている。マナが豊富に使える状態では彼は空間魔法を使える。彼は空間収納及びジャンプの両方を、サーダルタ帝国人の魔法使いのレベルを超えて使えるようなのだ。
ガリヤーク母艦にハヤトが転移して、好きなように暴れたのははっきり記録に残っている。そのことで、どれだけの帝国の秘密が地球に渡ったか。だから、異世界転移装置とその操作方法が地球側に渡ったのはハヤトのせいであると公爵は考えている。
マダンの戦いにおいても、軌道上の彼らの船から地上に転移して、撃墜されたパイロットを救出してさらに現地人政府と接触はしたが、これが戦いに決定的な役割を果たしたとは言えない。マダンにおいて帝国が敗れたのは、単純に彼らの戦闘艦艇の性能がガリヤーク機を始めとする帝国側の兵器体系に勝ったためである。
現状における帝国から見たハヤトの存在は、異世界転移装置などの秘密がすでに地球側に渡り、地球が活用している以上は、すでに大きくはないと公爵は考えている。地球は、依然としてある意味では遅れた世界である。
その世界は、まだ多くの国や地域に分かれそれぞれにいがみ合っており、なによりその貧富の差は著しいことから、これらの対立が解けることは当分ないであろう。今地球連盟なる組織を作ってこの点の是正に努めているようだが、まだ時間を要することは間違いない。
だから、地球人がもしその意思を持ったとしても、他の世界の制服に乗り出す余裕はないだろう。その点は、知的生物の居ない世界の植民地化に乗り出しているようだから、サーダルタ帝国をはもちろん知的生物の住む世界を侵略するつもりはないと見て良いだろう。
一方で、帝国が地球を侵略できる可能性は無くもないと思う。正面から戦えば間違いなく負けるが、可能性があるとすれば地球のいずれかの国が地球を裏切り、サーダルタ帝国を引き入れることである。このような非正規戦においては、あのハヤトは邪魔だろうなと思う公爵である。
しかし、元マダン総督も務めた彼としては、他世界の知的人類を従えることはサーダルタ帝国の存在感を高めることにはなるが、サーダルタ帝国人にとっての幸福には必ずしも繋がらないと思っている。確かに、それなりのレベルの文明を持つ世界を支配することで、一定の税を取り上げることはできる。
しかし、相手の文明レベルが高ければ高いほど反発心は強く、実際の反抗がないわけではないし、その反発心に備えるためにもそれなりの軍備を備える必要がある。結局、異世界からの税は殆どその軍事費に使われており、サーダルタ帝国人の生活を高めるためには使われていない。
だから、軍備の多数部分が地球侵攻で失われた後に、再度同じ軍備を再建しようとすると、当分の間はその分の支出が一般会計を上回る状態になる。この試算が決定打になって、帝国が地球同盟からの要求に応じる形でその被支配世界を解放することになったのだ。
『結局、われわれは、文明人であり、それが過ぎたのだな』
公爵は内心思う。文明人としての誇りから、征服した世界に過重な負担をかけられず、また所謂残虐行為もしにくいため、征服戦争に当たっても自軍の損害を増やす面がある。
だから、公爵自身は帝国がサーダルタ人のみの国家となることは基本的には賛成している。しかし、『偉大なるサーダルタ帝国』にも未練はあり、その面は寂しい思いもしている。キルマールン公爵は数日前に友人から聞いた話を思い出していた。彼は、リジク・ダラ・マジール中将、伯爵であり公爵の軍事学校の同窓のもので、現在は帝国軍のNo.3の立場にある。
「ミンガ君、聞いているかな?軍の中堅の者達が、あのハヤトの殺害を狙っているという話を?」
「いや、私は軍人としては実務を離れて久しい。だからそんな話は聞いていない」
公爵はそう答えたが、なにか腑に落ちる思いであった。もともと、ハヤトという地球での最も重要な人物を、最近まで敵であった国の本拠に連れてくるというのは大胆にすぎるだろう。
彼も、地球を深く調べて、彼の重要性を知ったのだが地球の指導者が知らない訳はない。また、仮にサーダルタ帝国が意図的に彼を暗殺してそれが公になったところで、地球には報復する手段は限られている。いずれにせよ、開戦してまで報復はしないだろう。
「ふーむ、彼の暗殺を企むというのは、再度地球を進攻しようというのかな?」
「いや、そこまでは考えていないようだ。しかし、その中堅の連中の考えでは、数年前までは我々が軽々と支配下に置くことができた地球が、あのように我が国の侵攻を跳ね返すまでなったのは、そのハヤトのせいであるということだ」
「うん、それは正しい。私の調べた結果もそうだ。しかし、すでに事は終わったのだ。わが軍はすでに大損害を受け、仮に彼らが全力で掛かってきた場合には、兵器の性能の差から跳ね返す術はない。それは、あのハヤトが居ようがいまいが関係ない」
「その点は、彼らも承知している。彼らも支配下にあった世界を解放したのはやむを得なかったと認めている。その点では皇帝陛下の判断を尊重しているし、結果的にその先鞭をつけた形の貴君を非難する者もいない。
しかし、国というより世界相互の優劣はあるわけで、地球人としては彼しか持っていない魔法の才能を持つ存在を除くことは、相対的にわが帝国を優位に導くことは間違いないだろう」
マジール中将は公爵の顔を正面から見て言う。
「うむ、確かにそうだな。たしかに地球の艦隊はハヤトの空間移転、探査、さらに多分他への心理操作などのお陰で非常に機能的に動けているようだな」
「彼らはそう言っているが、本音のところは圧倒的な強者であったわがサーダルタ帝国が、明らかに遅れた世界である地球に敗れ、その強制の下に解体されたという点に鬱憤を持っているわけだ。私自身もそうだがね。公爵、君もそうだろう」
中将の言葉に公爵も頷く。
「うむ、そうだな。私もそういう気持ちは押さえられんね」
「そうなのだ。聊かフェアではないのは認めるが、フェアにやれるのは強者の特権だ。我々はすでに強者ではないのだ。ちなみにこの話は皇帝陛下には無論お伝えはしていない。この点は承知おき願いたい」
「うむ、それが良いだろうな。無論私からもお伝えする気はない」
回想から覚めながら、公爵は『前段の2人は失敗したわけだな』と内心で確認する。暗殺計画の前段は、この選手権大会で出場者がハヤトを圧倒出来れば、最後の詰めで誤った風を装って激しすぎる攻撃を加え、重症になった彼を治療のふりをして死に追いやることになっていた。
しかし、1番目のマブラム、2番目のムヤイムも圧倒するのではなく、圧倒されて失敗したわけだ。さて、次の決勝戦は最近2年間連続優勝している、ガーズライ・ダナーイルだ。身長は女性並みに低く、体つきも華奢であるが、その魔力はサーダルタ帝国の歴代の最高クラスであり、その優しげな顔つきに似合わず獰猛な性格だ。
だから、彼が前年度優勝の特権でハヤトと同じく決勝トーナメントに進んで戦った2人の内1人は重傷、1人は死亡している。公爵は正直に言って、ハヤトがこのような戦いにどの程度実力を持っているかは疑問視していた。皇帝陛下の誘いに乗ったわけだから自信はあるのだろうが、200年を超える年数の間磨き上げられてきたサーダルタ帝国の戦いの技術に敵うとはなかなか思えなかったのだ。
しかし、2回の戦いを見ていて、パワー、スピード、闘志いずれを取ってみても、帝国のエリートをむしろ凌いでいる。それに、魔法を使っての闘いに慣れているという点も強く感じたのだ。そうは言っても、そのハヤトもダナーイルには苦戦するだろうと思っていた。
ダナーイルの戦いの特徴は早くて矢継ぎ早の容赦ない攻撃だ。その一つ一つの技が、当たれば即死の威力で息継ぐ間もなく襲ってくるのだ。今までの記録を見ても、彼は一度も守勢に回ったこともなく、常に攻めて攻めて攻め抜いて勝っている。
時計を見て間もなく試合が始まるのを確認して、キルマールン公爵はいつになく気分が高揚するのを感じた。
ハヤトとは、マダンの戦いで彼の責任において降伏した後に数回会って、地球人としては傑出しているその魔力と存在感に大きな印象を受けている。マダン失落については、サーダルタ帝国内において大きな騒ぎにはなったが、地球への侵攻が無残に失敗した時ほどの事ではなかった。
地球への侵攻は、当初はいつもの魔法も全く使えない遅れた世界への軍事行動ということで、関わったいずれの者も楽々征服できると思って疑っていなかった。地球についての調査は10年程間から断続的に行ってきており、いずれ征服する世界という認識でそのような調査データが蓄積されてきた。
ところが、数年前から原住民の魔力発現の処方が突然始まり、加えて異常な技術の進捗が観測されるようになった。とりわけ、全く今までと異なる原理による航空機が開発されたことは、近い将来において軍事的に帝国に拮抗する力を持つことが懸念されたのだ。
そのため、地球侵攻を早め、戦力も通常に比べて過剰な数の母艦とガリヤーク機を投入したがそれでも最初の侵攻が失敗した。そのことから、ほぼ現状で出せる限りの戦力を投入したが、結局それでも十分ではなかったということになる。
帝国の、地球に対する評価は、魔法が広まっていない時点で大きく遅れていると見做している。さらには、200ほどもある多くの国に分かれて、それらが基本的にはいがみ合っている点も遅れた社会であるとの判定に繋がっている。そのような世界が、部分的に優れた兵器体系を持つとしても、サーダルタ帝国の侵攻に対して一致して抵抗することは不可能であると判定していたのだ。
そして、地球侵攻が失敗した後も逆に攻め込まれるとは事実上考えていなかったのだ。これは、一つには異世界転移装置を積んだ母艦が捕獲されたことは判ってはいたが、魔法に遅れた地球世界が、魔法を大きく活用している移転装置を稼働できるとは考えていなかったことによる。
マダンにおいては、戦力を強化したがあくまで念のためという備えであった。これは、それまで地球側が母艦級の船を戦いに使っていなかったことから、地球側が自ら建造した母艦で転移して来るとは想定していなかったのだ。しかし、結局マダンは侵攻されて文字通り碌な抵抗はできず、手も足も出ない形で、サーダルタ帝国総督府は撤退することを余儀なくされた。
キルマールン公爵は、そのような背景のもとで、地球側への対応に大きな瑕疵もなかったことから、大々的な責任追及もなく皇都の自宅に落ちついたが、自分のあらゆる伝手を使って地球について深く研究した。その結果としてハヤトという個人に注目せざるを得なくなったのだ。
異世界から帰ってきたというこの青年は、地球に魔法という概念を持ち込み、それを普及させて今やほぼ全住民の半分以上にその能力を広めている。もっともサーダルタ帝国でいうところの魔法という点では地球人はお粗末であり、身体強化はほぼ全員が使えるが、真の魔法を使えるものはごく少ない。
しかし、処方によって人々の知力が増進して、数々の技術開発が大きく加速されたことが、結局地球をしてサーダルタ帝国という巨大な存在に軍事的に勝るようになった要因になっている。この理論で言えば、国民の全てがある程度の魔力を使えるサーダルタ帝国はもちろん、嘗ての帝国の施政下にあった世界の半分程度は魔力の活用はできていることから、これらの世界の人々は知力が優れていなければおかしい。
サーダルタ帝国人と、処方を受けた地球人との知力あるいは知能を比べたデータはないが、サーダルタ帝国人と被征服世界の者達のサーダルタ帝国の基準での知能を比べた研究資料はある。その結果は、2つほどほとんど並ぶ世界はあるがサーダルタ帝国人は最優秀であるという結果であった。
公爵の個人的な経験では、地球人の行動や受け答えからはサーダルタ帝国人とほぼ同等であっても、大きく勝ることはないという結論になっている。ただ、地球世界ではずっと魔法がなかっただけに物理現象に対して深く研究して、その現象の活用という意味では帝国に比べて勝っていると感じている。確かにあれほど物理現象による活用が進んでいれば、魔法を重視しないのも理解できる。
つまり、ハヤトの地球における最大の貢献は魔力発現の処方を持ち込んで、人々の知力を増強させたことだろう。さらに彼が注目されているのは、探査魔法によって資源探査を行い、地球上で活用できる資源量を大幅に増加させたことも上が挙げられるだろう。資源探査という魔法は、サーダルタ帝国においても広く知られていなかった。
しかし、詳しく調べるとハヤトがやったように、上空を飛び回って広く調べるというやり方はしていないが、鉱山で隣接の鉱脈を探るという点では実施されている。もっとも資源探査という魔法は、地球が知的生物のいない隣接の世界を入手できた時点でそれほど有用なものではないだろうと思う。
また公爵は、ハヤトは地球の防衛戦、さらにマダンを始めとする異世界への地球の進出で決定的な役割を果たしたと考えている。マナが豊富に使える状態では彼は空間魔法を使える。彼は空間収納及びジャンプの両方を、サーダルタ帝国人の魔法使いのレベルを超えて使えるようなのだ。
ガリヤーク母艦にハヤトが転移して、好きなように暴れたのははっきり記録に残っている。そのことで、どれだけの帝国の秘密が地球に渡ったか。だから、異世界転移装置とその操作方法が地球側に渡ったのはハヤトのせいであると公爵は考えている。
マダンの戦いにおいても、軌道上の彼らの船から地上に転移して、撃墜されたパイロットを救出してさらに現地人政府と接触はしたが、これが戦いに決定的な役割を果たしたとは言えない。マダンにおいて帝国が敗れたのは、単純に彼らの戦闘艦艇の性能がガリヤーク機を始めとする帝国側の兵器体系に勝ったためである。
現状における帝国から見たハヤトの存在は、異世界転移装置などの秘密がすでに地球側に渡り、地球が活用している以上は、すでに大きくはないと公爵は考えている。地球は、依然としてある意味では遅れた世界である。
その世界は、まだ多くの国や地域に分かれそれぞれにいがみ合っており、なによりその貧富の差は著しいことから、これらの対立が解けることは当分ないであろう。今地球連盟なる組織を作ってこの点の是正に努めているようだが、まだ時間を要することは間違いない。
だから、地球人がもしその意思を持ったとしても、他の世界の制服に乗り出す余裕はないだろう。その点は、知的生物の居ない世界の植民地化に乗り出しているようだから、サーダルタ帝国をはもちろん知的生物の住む世界を侵略するつもりはないと見て良いだろう。
一方で、帝国が地球を侵略できる可能性は無くもないと思う。正面から戦えば間違いなく負けるが、可能性があるとすれば地球のいずれかの国が地球を裏切り、サーダルタ帝国を引き入れることである。このような非正規戦においては、あのハヤトは邪魔だろうなと思う公爵である。
しかし、元マダン総督も務めた彼としては、他世界の知的人類を従えることはサーダルタ帝国の存在感を高めることにはなるが、サーダルタ帝国人にとっての幸福には必ずしも繋がらないと思っている。確かに、それなりのレベルの文明を持つ世界を支配することで、一定の税を取り上げることはできる。
しかし、相手の文明レベルが高ければ高いほど反発心は強く、実際の反抗がないわけではないし、その反発心に備えるためにもそれなりの軍備を備える必要がある。結局、異世界からの税は殆どその軍事費に使われており、サーダルタ帝国人の生活を高めるためには使われていない。
だから、軍備の多数部分が地球侵攻で失われた後に、再度同じ軍備を再建しようとすると、当分の間はその分の支出が一般会計を上回る状態になる。この試算が決定打になって、帝国が地球同盟からの要求に応じる形でその被支配世界を解放することになったのだ。
『結局、われわれは、文明人であり、それが過ぎたのだな』
公爵は内心思う。文明人としての誇りから、征服した世界に過重な負担をかけられず、また所謂残虐行為もしにくいため、征服戦争に当たっても自軍の損害を増やす面がある。
だから、公爵自身は帝国がサーダルタ人のみの国家となることは基本的には賛成している。しかし、『偉大なるサーダルタ帝国』にも未練はあり、その面は寂しい思いもしている。キルマールン公爵は数日前に友人から聞いた話を思い出していた。彼は、リジク・ダラ・マジール中将、伯爵であり公爵の軍事学校の同窓のもので、現在は帝国軍のNo.3の立場にある。
「ミンガ君、聞いているかな?軍の中堅の者達が、あのハヤトの殺害を狙っているという話を?」
「いや、私は軍人としては実務を離れて久しい。だからそんな話は聞いていない」
公爵はそう答えたが、なにか腑に落ちる思いであった。もともと、ハヤトという地球での最も重要な人物を、最近まで敵であった国の本拠に連れてくるというのは大胆にすぎるだろう。
彼も、地球を深く調べて、彼の重要性を知ったのだが地球の指導者が知らない訳はない。また、仮にサーダルタ帝国が意図的に彼を暗殺してそれが公になったところで、地球には報復する手段は限られている。いずれにせよ、開戦してまで報復はしないだろう。
「ふーむ、彼の暗殺を企むというのは、再度地球を進攻しようというのかな?」
「いや、そこまでは考えていないようだ。しかし、その中堅の連中の考えでは、数年前までは我々が軽々と支配下に置くことができた地球が、あのように我が国の侵攻を跳ね返すまでなったのは、そのハヤトのせいであるということだ」
「うん、それは正しい。私の調べた結果もそうだ。しかし、すでに事は終わったのだ。わが軍はすでに大損害を受け、仮に彼らが全力で掛かってきた場合には、兵器の性能の差から跳ね返す術はない。それは、あのハヤトが居ようがいまいが関係ない」
「その点は、彼らも承知している。彼らも支配下にあった世界を解放したのはやむを得なかったと認めている。その点では皇帝陛下の判断を尊重しているし、結果的にその先鞭をつけた形の貴君を非難する者もいない。
しかし、国というより世界相互の優劣はあるわけで、地球人としては彼しか持っていない魔法の才能を持つ存在を除くことは、相対的にわが帝国を優位に導くことは間違いないだろう」
マジール中将は公爵の顔を正面から見て言う。
「うむ、確かにそうだな。たしかに地球の艦隊はハヤトの空間移転、探査、さらに多分他への心理操作などのお陰で非常に機能的に動けているようだな」
「彼らはそう言っているが、本音のところは圧倒的な強者であったわがサーダルタ帝国が、明らかに遅れた世界である地球に敗れ、その強制の下に解体されたという点に鬱憤を持っているわけだ。私自身もそうだがね。公爵、君もそうだろう」
中将の言葉に公爵も頷く。
「うむ、そうだな。私もそういう気持ちは押さえられんね」
「そうなのだ。聊かフェアではないのは認めるが、フェアにやれるのは強者の特権だ。我々はすでに強者ではないのだ。ちなみにこの話は皇帝陛下には無論お伝えはしていない。この点は承知おき願いたい」
「うむ、それが良いだろうな。無論私からもお伝えする気はない」
回想から覚めながら、公爵は『前段の2人は失敗したわけだな』と内心で確認する。暗殺計画の前段は、この選手権大会で出場者がハヤトを圧倒出来れば、最後の詰めで誤った風を装って激しすぎる攻撃を加え、重症になった彼を治療のふりをして死に追いやることになっていた。
しかし、1番目のマブラム、2番目のムヤイムも圧倒するのではなく、圧倒されて失敗したわけだ。さて、次の決勝戦は最近2年間連続優勝している、ガーズライ・ダナーイルだ。身長は女性並みに低く、体つきも華奢であるが、その魔力はサーダルタ帝国の歴代の最高クラスであり、その優しげな顔つきに似合わず獰猛な性格だ。
だから、彼が前年度優勝の特権でハヤトと同じく決勝トーナメントに進んで戦った2人の内1人は重傷、1人は死亡している。公爵は正直に言って、ハヤトがこのような戦いにどの程度実力を持っているかは疑問視していた。皇帝陛下の誘いに乗ったわけだから自信はあるのだろうが、200年を超える年数の間磨き上げられてきたサーダルタ帝国の戦いの技術に敵うとはなかなか思えなかったのだ。
しかし、2回の戦いを見ていて、パワー、スピード、闘志いずれを取ってみても、帝国のエリートをむしろ凌いでいる。それに、魔法を使っての闘いに慣れているという点も強く感じたのだ。そうは言っても、そのハヤトもダナーイルには苦戦するだろうと思っていた。
ダナーイルの戦いの特徴は早くて矢継ぎ早の容赦ない攻撃だ。その一つ一つの技が、当たれば即死の威力で息継ぐ間もなく襲ってくるのだ。今までの記録を見ても、彼は一度も守勢に回ったこともなく、常に攻めて攻めて攻め抜いて勝っている。
時計を見て間もなく試合が始まるのを確認して、キルマールン公爵はいつになく気分が高揚するのを感じた。
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この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
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