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第11章 サーダルタ帝国の侵攻余波

11.4 サーダルタ帝国侵攻、欧州の決算

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 EU諸国は大混乱している。なにしろ地域全体が、外の世界と絶縁状態に置かれていた上に主権を奪われていたのだ。その間は、サーダルタ帝国の直接統治はなかったために、行政機能について地方自治体については全面的に機能していたが、中央政府はまともに機能していなかった。

 物理的な損害は、かつての世界大戦に比べると大きいものではなかった。サーダルタ帝国が意図的に行った破壊としては、EU本部のあった10街区ほどのブロックの消滅が目立って大きな損害であった他に、他には都市上空で行われた空中戦によって、1350発の空中爆弾が地上に落下しその1/3程度は人家にも落ちている。

 さらに多くの人々が殺されたのは、人々が心理操作によって強制的に招集された時に起きた、必然的な周りの人々による抵抗に対して、地上からの銃や熱線銃、空中から浴びせた熱線銃によるものであった。他に大きな損害が生じたのは、空中戦によって撃墜されたガリヤーク機(アンノ機)が地上に落ちる被害である。

 爆発はしないものの、1万機以上の25トンもの重量の物体が自由落下で地上に落ちるのだから、その衝撃たるやすさまじいものになる。ガリヤーク母艦については、その重量もあり、自由落下をさせないために、AIによって浮遊装置がある部位のレールガンの攻撃をしないようにしたことが功を奏した。結局、1隻の浮遊機能が半ば失われてそれなりの速度で地上に落下したのみで、艦体は完全に破壊されたが周辺への被害は大きくはなかった。

 外部世界に対して遮断された点は、サーダルタ帝国の支配下に置かれていた時期が、一月足らずの長い間ではなかったためと、丁度初秋の季節であったために、食料やエネルギー不足が人命に係わることにはならなかった。欧州解放戦によって、空に居座っていたサーダルタ帝国の艦艇が一掃された結果、電波及び、物理的バリヤーは解消され、物資と通信は元のように自由にやり取りできるようになった。

 そうはいっても、物資のやり取りについては1ヵ月の停止は大きかった。とりわけ、船便について一部はイギリスや北アフリカに待機していたので、すぐさま届けられたが、多くは出発地に戻っていて、通商再開には時間がかかった。一方で、ロシアからの天然ガスについては、バリヤー解放によってロシアと連絡が着き早々の供給が再開されている。要はロシアとしては、料金さえ入ればガスを送ることに否やはないのだ。

 物流の混乱は、当初の1週間については極めて大きいものであった。しかし、さすがに有能な人々で構成されている国々だけのことはあって、2週間が終わるころには、まだまだ不足するものは多くあるが、混乱そのものは収まっている。しかし、この占領が経済に落とした影は極めて大きいものであった。

 物理的な損害もさることながら、結果的には20%程度の企業が完全停止状態に置かれ、90%の企業が多かれ少なかれ企業活動が落ち込んだ。この原因は、物流が止まったこともあるが、通信が止まったことも大きかった。
 このため、EU諸国のGDPはその年、5%から10%の低下に見舞われると見られているが、グルーバルな世界の中では、この影響に世界中にどの程度伝播するかが懸念されている。しかし、ある意味最もEU諸国にとってインパクトが大きかったのは、この1ヵ月の遮断の世界における影響の小ささであった。

 例えば5年前であれば、EU諸国はその世界における経済力の大きさからも、さらにEU諸国本社の諸企業の世界への広がりからその存在価値は大きかった。しかし、世界においては、主として開発途上国と言われた国々において、タイ王国に始まった高度経済成長政策がまねられ、アジア・アフリカ・南米の諸国が順調な経済成長を遂げつつある。

 アジア・アフリカにおいて、その動きの中心にあるのは当然日本である。アジアにおいては、タイ王国の高度成長政策を財政面で裏付け、さらに近隣のマレーシア、ベトナム、カンボジア、フィリピンなどの成長政策の策定と滑り出しの投資をアシストしている。

 またアフリカについては、何といっても東海岸の日本自治区が起爆剤になって、東から中央そして西に向けて経済成長が伝播しつつある。しかし、アジア・アフリカのこれらの開発は、日本の一部の左巻きマスコミ、中国、EU諸国から“新植民地主義”などと呼ばれているが、現地からは間違いなく熱烈に歓迎されている。

 中・南アメリカについて、アメリカ合衆国が主導して、やはり大同小異の計画が一斉に進められているが、基本になるノウハウとしてはやはりタイに始まり、アジアで実用されている“稲田モデル”である。これら、世界中に渡る急激な経済発展の基礎は、やはり魔法の処方によるそれらの国々の人々自身の“進化”である。

 いかに優れた理論があって、必要な投資があっても実行する人々の能力が低ければ、その効果は低いものに留まらざるを得ない。この点で、今世界の第三世界で起きている社会の改革を含む経済成長は、過去の如何なる時期にも現れたことのない現象と言って良い。

 その意味で、そのムーブメントに取り残されたEU諸国が、カヤの外に置かれるのは無理のないところである。そして、その結果として、EU諸国が世界から切り離されても、そのために存亡の危機にさらされた欧州と、影響の小さい他の世界ということになった。

 もちろん、EU諸国にも、世界で起きているこのことに気が付いている人は大勢いた。彼らは、処方の有用性を認めているため、自ら日本に渡って処方を受けて帰ってきているためその効果を実感している。そこで、自らの国で処方が進んでいない実態を見て、このままではだめだと思ったのだ。

 無論、処方を受けた結果、多数の中の優れた少数の立場を喜んでいる人もいるが、そうでない全体の事を考える人は、人々にも遅れつつある自分たちの国について警鐘をならしつつあった。各国では、その効果が表れ始めたところであったが、そこにサーダルタ帝国の侵攻があったのだ。

 その結果として、サーダルタ帝国の侵攻に対して手も足も出ずに、自分たちの国は簡単に制圧された。しかも、その制圧は自分たちの仲間を奴隷にするものであったし、気に入らない返事をした指導者を、爆撃で吹き飛ばすものであった。結果として、今後同じことがあってはならないというのは、EU諸国の人々の共通の認識になった。

 そして、混乱の中で各国の指導者の選挙の準備が始まったが、即時の魔法の処方と、対サーダルタ防衛同盟への参加は、いずれの候補者もその最優先の公約になった。しかし、サーダルタ帝国の侵攻に対して無力であったのを、政府の責任と考える国民は『選挙などを待っておれるか』という強い怒りの声を政府に対してあげている。

 そのため、政府指導者の選挙すらできない状態に追い込まれたフランス、ドイツ、イタリア、スペイン、オランダ等の政府は、いずれの国にもある法規上の指導者の代行者を首班とする臨時政府を立ち上げ、結束してただちにアメリカ政府と日本政府に交渉に入った。

 アメリカ・日本共にEU諸国に対して、この状況で処方及び対サーダルタ防衛同盟の加わることを断る選択肢はなかった。すでに、EUの諸国民は自分たちがサーダルタ帝国の制圧下に置かれたことを、アメリカに対して強い怒りを持っていた。これはアメリカが自国で処方が終わっていないことを口実として、処方を引き延ばしてきたという思いである。

 それは、一面で真実であったが、EU政府及び構成諸国が、サーダルタ帝国侵攻の可能性を甘くみて、処方のわだかまりがあったために、防衛同盟に積極的に加わろうしなかったことも事実であった。しかし、一般市民にしてみれば、自分たちの政府及びアメリカに怒りを持つ正当な権利があると言えよう。

 この申し出を断るということは、怒り傷ついているEU諸国民を敵に回すことになる。どのように言っても、近代文明の発祥の地である欧州を敵にはしたくはないのだ。しかし、アメリカ政府としては、若い層の処方は終わり、中高年にかかっている所であるために、欧州へ人員を派遣する余裕はないし、もともと処方を行う人員については適性のあるものが少なく余裕はないのだ。

 そこで、EU諸国の処方は日本が行うことになった。欧州については、アメリカの縄張りということで日本は手を出せなかったので、今までは控えてきたが、アメリカが認めるのであれば否応もない。

 ちなみに、EU諸国は、まず処方と防衛同盟に係わる意向を共同でマスコミに発表して、合わせて書類をアメリカ・日本政府及び防衛同盟本部に送りつけた。その上で代表団を結成して、アメリカに渡り、アメリカ政府とアメリカにある対サーダルタ防衛同盟本部に訪問、さらにその足で日本に渡って交渉を行っている。

 まず、その意図があからさまに発表され、加えて何といっても一大文化圏のEU諸国の首脳で構成される代表団に訪問までされると、訪問された方は拒否という選択はできなかった。だから、先述のような処方に関する方針も決まり、防衛同盟への加盟もすんなり決まった。

 アメリカ合衆国としては、一方的に押し切られた形で面白からぬ思いはあったが、日本にとっては、日本人が直接処方することはEU諸国との友好関係の大きな一助になるという思惑があった。加えて、間違いなく様々な先端技術製品の今後の有力な輸出先になる相手である。逆に言えば、EU諸国は、貿易障壁によって最先端の日本の部品や製品を輸入していなかったために“遅れた社会”になりつつあったのだ。

 ちなみに資源探査は、ハヤトが欧州にいる数日の間に概査を済ませていた。欧州解放から直後に、EU諸国の臨時政府首脳に呼び出されて懇願されると否やとは言えない。確かに彼らの負った傷は、経済面のみから見ても軽いものではなく、それ以上に手も足も出ずに征服されたという精神的な落ちこみが著しかった。

 欧州本土は、世界でも最も開発が進んでいる地域の一つで、ハヤトも資源の新規発見については望み薄と考えていた。しかし、そんなことはなく、鉄、石炭、金・銀、マンガン・コバルトなどについての大きな鉱床が見つかり、総額にすれば数千億ユーロに値するものであった。これらの詳細調査は対サーダルタ帝国の反攻の時期の目途が立ってからということにしている。

 現状では、EU諸国は、日本・アメリカに追いつくためには、魔力発現の処方を行うことは無論、サーダルタ帝国の制圧によって負った経済的な落ち込みの埋めることがまず必要である。さらに、エネルギー体系を内燃機関・核分裂利用の原子力体系からAE励起発電システムに変換すること、移動を重力エンジンシステムに変換すること等で社会全体の技術システムの殆ど完全な変換が必要である。

 これらについては、莫大な投資が必要であり、一方でそれによる爆発的なGDPの増加が起きることは確実である。しかし、原資については沈みつつあったEU経済圏としていささか重かった、そのために大規模な借款が必要であるが、これらの発見された資源はその担保として大きな価値を持つ。

 日本政府は、このような経緯でEU諸国への処方士の派遣を決定したが、ここは住民の大くを占める白人である点が聊か特殊であった。現在のEU諸国の有色人の割合は10%足らずになっていて、5年程前の平均13%から下がっている。これは、落日の欧州に対して日が昇りつつあるアジア・アフリカという言葉があるように、多くの住民が処方を普通に受けられ、経済状態が改善されつつある母国に帰っていった結果である。

 いずれにせよ、処方士になれる可能性のある有色人が10%足らずで、そのうち1/3程度しか処方士にはなれない。さらには、年配者の処方をできる者は、補助器具を用いても、現状では魔力の強い日本人以外の有色人ではごくわずかしかいない。

 そのため、日本人の3級までの処方士は、年配者の処方が可能なうえ、その所要時間が短いため可能な人数が多いため、世界中で引っ張りだこになっている。とは言え、魔力の強い人は基本的に知能が高く、バイタリティもあって社会人として能力が高い人なので、処方士としての仕事ばかりされるのは、日本としては痛しかゆしではある。

 また本人も、言ってみれば単調な仕事である、処方のみを続けることを嫌う面があって、なかなか長期海外に行って処方をしようという人はいないのが実態である。このため処方士のみの養成では、処方の進みが遅いので、欧州への処方士の派遣は処方士の養成に留まることなく、できるだけ多くの人々を処方することをターゲットにした。

 そのために、派遣者数は1万5千人と多く、期間は3ヵ月と長くなったが、この間に7千万人を処方している。なお、この中には選ばれた年配者も1千万人含まれている。
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