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都市伝説の正体
都市伝説の正体
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誰にでも大なり小なり秘密がある。
特に当時のわたし達の周りの大人たちは、沢山の秘密を抱えていた様に思う。
うちの学校の先生達は、わたし達に何かを隠している。
ある日、職員室で教頭先生達とほかの先生達が例の噂話をしているのを聴いた。
「・・・とにかく、“口裂け女”だかの噂は生徒たちにはさせない様に厳しく注意してもらいたい。」
教頭先生が眉をひそめて言った。この先生はいつもこんな顔をしている。
「“目潰し女”です、教頭先生。」
訂正したのは、学年主任の隣りのクラスの担任の先生だ。
「そうでした。“口裂け女”は私の時代のデマでした。」
“なによ、自分だって子どもの頃に夢中になってたクセに!”
わたしは直ぐに自分のことは棚に上げる大人は、苦手だった。
「警察はなんと言ってるんですか?」
さらに学年主任が続けて尋ねる。
「中條先生の遺体は、検視が済まないと戻って来ません。正式に発表してから、お通夜と葬儀という流れになるでしょう。それまでは絶対に内密にして誰にも伏せておいて・・・」
そこまで聴いたところで立ち眩みがしたわたしは、隠れていた職員机に積んであった教科書を落としてしまった。
その時のわたしの受けた衝撃は、あまりにも残酷なものだった。
目潰し女の正体は、一学期の終わりから産休でお休みを取っている筈のわたし達の担任だった中條先生らしかった。
わたしが耳をそば立てて聴いてしまった事に気がついた教頭先生は、動揺するわたしを落ち着かせようとした。
「君は中條先生のクラスの生徒だね。橘くんだったかな?」
「・・・」
ショックでみるみる涙が溢れ、言葉も出ないわたしは、ただ肯くしか出来ない。
「橘くんのお父さんは確か刑事さんだったね。なら判るな。君たちの担任の先生の中條先生をあんな目に遭わせた悪い犯人を捕まえる為には、今聴いた事はまだ誰にも言ってはいけないんだ。その時が来れば、校長先生かわたしからみんなにもきちんと説明するつもりだ。だから、それまではお家でも友だちにも絶対に喋ってはいけないよ、いいね。」
教頭先生は、自分たちの口の軽さは棚に上げて、わたしには厳しい顔つきで口止めしてきた。
しかし、この時の先生の語り口は、わたしには非常に効果的といえた。
刑事である父がしてくれる事件や警察に関する話は、我が家の外では一切ご法度とされていたからである。
母にも常に釘を刺されていたので、口外する事など有り得なかった。
先生たちに取り囲まれたその時のわたしには、黙って肯くよりほか選択肢は無かった。
とはいえ、わたしにとってこの教頭先生の顔、とりわけ彼の厳格な目は、卒業するまでずっと忘れられない苦手なものとなった。
中條先生は夏休みを前にしたホームルームで、生徒たちを前にして、優しい目で笑ってこう言ってた。
「先生のお腹には双子の赤ちゃんがいるのよ。」
彼女に教わったのは小学5年生の一学期間だけだったけれど、母性に溢れたマリア様の肖像画みたいだった記憶がある。その中條先生が、山の中で無惨に殺され、棄てられていた張本人だった。そして、わたしの記憶に印象的に残っている優しい目が、動物に喰われてしまっていたというのだ。
そればかりではない。
先生の言葉通りなら、つまりその残酷な犯人は、彼女自身を含めて3人もの人を殺している計算になるのだ。
件の“目潰し女”の噂など、すっ飛んでしまう位に、あまりに酷い話しだった。
目の奥が勢いよくぐるぐると回り出して、わたしは泡を吹いて痙攣しその場に倒れてしまった。
「てんかんだっ!おい割り箸持って来い!」
最後に憶えているのは、意識の外で聞こえてきた学年主任の叫び声だった。
特に当時のわたし達の周りの大人たちは、沢山の秘密を抱えていた様に思う。
うちの学校の先生達は、わたし達に何かを隠している。
ある日、職員室で教頭先生達とほかの先生達が例の噂話をしているのを聴いた。
「・・・とにかく、“口裂け女”だかの噂は生徒たちにはさせない様に厳しく注意してもらいたい。」
教頭先生が眉をひそめて言った。この先生はいつもこんな顔をしている。
「“目潰し女”です、教頭先生。」
訂正したのは、学年主任の隣りのクラスの担任の先生だ。
「そうでした。“口裂け女”は私の時代のデマでした。」
“なによ、自分だって子どもの頃に夢中になってたクセに!”
わたしは直ぐに自分のことは棚に上げる大人は、苦手だった。
「警察はなんと言ってるんですか?」
さらに学年主任が続けて尋ねる。
「中條先生の遺体は、検視が済まないと戻って来ません。正式に発表してから、お通夜と葬儀という流れになるでしょう。それまでは絶対に内密にして誰にも伏せておいて・・・」
そこまで聴いたところで立ち眩みがしたわたしは、隠れていた職員机に積んであった教科書を落としてしまった。
その時のわたしの受けた衝撃は、あまりにも残酷なものだった。
目潰し女の正体は、一学期の終わりから産休でお休みを取っている筈のわたし達の担任だった中條先生らしかった。
わたしが耳をそば立てて聴いてしまった事に気がついた教頭先生は、動揺するわたしを落ち着かせようとした。
「君は中條先生のクラスの生徒だね。橘くんだったかな?」
「・・・」
ショックでみるみる涙が溢れ、言葉も出ないわたしは、ただ肯くしか出来ない。
「橘くんのお父さんは確か刑事さんだったね。なら判るな。君たちの担任の先生の中條先生をあんな目に遭わせた悪い犯人を捕まえる為には、今聴いた事はまだ誰にも言ってはいけないんだ。その時が来れば、校長先生かわたしからみんなにもきちんと説明するつもりだ。だから、それまではお家でも友だちにも絶対に喋ってはいけないよ、いいね。」
教頭先生は、自分たちの口の軽さは棚に上げて、わたしには厳しい顔つきで口止めしてきた。
しかし、この時の先生の語り口は、わたしには非常に効果的といえた。
刑事である父がしてくれる事件や警察に関する話は、我が家の外では一切ご法度とされていたからである。
母にも常に釘を刺されていたので、口外する事など有り得なかった。
先生たちに取り囲まれたその時のわたしには、黙って肯くよりほか選択肢は無かった。
とはいえ、わたしにとってこの教頭先生の顔、とりわけ彼の厳格な目は、卒業するまでずっと忘れられない苦手なものとなった。
中條先生は夏休みを前にしたホームルームで、生徒たちを前にして、優しい目で笑ってこう言ってた。
「先生のお腹には双子の赤ちゃんがいるのよ。」
彼女に教わったのは小学5年生の一学期間だけだったけれど、母性に溢れたマリア様の肖像画みたいだった記憶がある。その中條先生が、山の中で無惨に殺され、棄てられていた張本人だった。そして、わたしの記憶に印象的に残っている優しい目が、動物に喰われてしまっていたというのだ。
そればかりではない。
先生の言葉通りなら、つまりその残酷な犯人は、彼女自身を含めて3人もの人を殺している計算になるのだ。
件の“目潰し女”の噂など、すっ飛んでしまう位に、あまりに酷い話しだった。
目の奥が勢いよくぐるぐると回り出して、わたしは泡を吹いて痙攣しその場に倒れてしまった。
「てんかんだっ!おい割り箸持って来い!」
最後に憶えているのは、意識の外で聞こえてきた学年主任の叫び声だった。
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