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新婚旅行と林檎占い10
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寒い。うつらうつら意識が浮かぶ。ヤツと、もう一人の男の声がした。
「知っているのか」
「はい」
「誰だ」
横たえられた体に伝わる感覚が木でも石でもない。多分、地面だ。薄目で周りを確認すれば、上は、テントのような布だった。鳥の鳴く声がする。周りの空気も心なしか冷たい。場所を移動させられたらしい。
「王家の森にて王の副官だった男を殺したときに居合わせた女です」
「どうして生きている」
何を言っているか分からないが、編み笠男がアスタを殺したヤツを責めているようだ。ヤツは悪びれる感じはない。
編み笠男がこっちを見た。思わず目をつむった。しまった。見られた瞬間に目をつむったら起きているのがばれるではないか。向けられた視線に心臓の鼓動が早くなる。頼むから気づかないでくれ。幸い男はすぐに何か別のことを話し出した。何を言っているかさっぱりわからない。それでも少しでもヒントになることがあればと耳を澄ます。
「サイタリ族の手練れが常に傍にいたので、都ですと人目もありなかなか手がだせませんでした」
「サイタリ族、だと?」
編み笠男がぎょっとしたようにこっちを見た。寝ています。まだ寝ています。念を送る。通じたのかしばらくすると視線がそれた。心臓に悪い。
「ええ、伴侶のようですね。本人認めちゃいないようですが」
「大丈夫なのか、サイタリ族の伴侶など殺せば、禍根になろう」
「らしくないことをおっしゃる。どんな人間も叩いて刺して動かなくなれば一緒、でしょう?大丈夫ですよ。ここまで運んでくるのにも出入り業者を装いましたし、ばれちゃいませんよ。どれだけ伴侶大事のサイタリ族といえど、死んだ人間を生き返らすことはできません。沼に沈めれば、上がってもきません。証拠がなければ、どれだけサイタリ族が伴侶の仇を討とうとしたって討てぬ理屈。だって『生きている』かもしれないのですからね」
ヤツは小さな声で笑った。いやな空気が漂う。言っていることは分からないが、小市民の生存本能が生存の危機だと訴えてくる。だが、のりまきの身では何もできない。
「沼に沈めるのか。女だぞ」
「ではどうされます?娼館にでも売りますか?生きていればサイタリ族なら必ず伴侶を見つけますよ。この女が俺のことを知り、あなたのことを知れば、どうなります? 森に埋めたとてこれの伴侶が掘り返さぬ保証などないでしょう。サイタリ族の執着はあなたもよく分かっておられるはずだ」
「分かった」
「では、あとはこちらで」
ヤツがこっちを見た。にやりと笑った。まるで私が起きているのが分かっているかのようだった。ヤツは「準備があるんで」といって出て行った。
そのままどれくらいたったのか。深夜に生活するという長ったらしい名前の鳥の特徴的な鳴き声が聞こえてきた。こんなときだけど呑気な声に少しだけ心が落ち着く。
編み笠男は私から少し離れた場所にキャンプ用の椅子の劣化版に腰かけている。見た感じ、腰に剣を佩いているが荒事に手慣れた感じには見えない。これでも私も多少なりとも人を見る目を養ったつもりだ。その勘によると身分はそこそこありそうだけど、頭脳労働系人種に見える。ワラビという前例があるので断言はできないが、ワラビよりは弱そうだ。どっちかというと私よりの肉の付き方である。ならば――。
「おしっこ」
「うん?」
「おしっこ、でる、もれる、ちょっと、いっぱい」
知っている単語をつなぎ合わせる。
ものすごく嫌そうな雰囲気が伝わってきた。そりゃそうだろう。私だって拘束した人間がそんなこと言いだしたら嫌だ。問題はこの男が汚い荷物を運びたくない、もしくは多少なりとも殺す相手にも尊厳をと思ってくれるかということだ。どうせ始末するから放っとこうと思われたら終わりである。
頼む、君の人間性にかけているのだ。迷ってくれ。私の祈りが通じたのか、編み笠男は嫌そうな雰囲気をびしばし出しながら私に近づいてきた。足を縛った縄に男が手をかけた。
「固いな」
男の手がむき出しの足首に触れた、その時だった。
「ハル!」
ワラビが飛び込んできた。
「ワラビ!」
どうしてここにとか、どうでもよかった。助かるかもしれない予感に声が弾んだ。だけどワラビは私と男を見ると、悪鬼の形相に早変わりした。
「どうして、私の伴侶なのに知らない男とそんなことをしているのですか!」
「ない」
よくわからないがものすごく理不尽であることは分かった。私は足首を男に触られたまま、のりまきから首だけをおこし即座に否定した。だがワラビは問答無用、剣を抜いた。
「知っているのか」
「はい」
「誰だ」
横たえられた体に伝わる感覚が木でも石でもない。多分、地面だ。薄目で周りを確認すれば、上は、テントのような布だった。鳥の鳴く声がする。周りの空気も心なしか冷たい。場所を移動させられたらしい。
「王家の森にて王の副官だった男を殺したときに居合わせた女です」
「どうして生きている」
何を言っているか分からないが、編み笠男がアスタを殺したヤツを責めているようだ。ヤツは悪びれる感じはない。
編み笠男がこっちを見た。思わず目をつむった。しまった。見られた瞬間に目をつむったら起きているのがばれるではないか。向けられた視線に心臓の鼓動が早くなる。頼むから気づかないでくれ。幸い男はすぐに何か別のことを話し出した。何を言っているかさっぱりわからない。それでも少しでもヒントになることがあればと耳を澄ます。
「サイタリ族の手練れが常に傍にいたので、都ですと人目もありなかなか手がだせませんでした」
「サイタリ族、だと?」
編み笠男がぎょっとしたようにこっちを見た。寝ています。まだ寝ています。念を送る。通じたのかしばらくすると視線がそれた。心臓に悪い。
「ええ、伴侶のようですね。本人認めちゃいないようですが」
「大丈夫なのか、サイタリ族の伴侶など殺せば、禍根になろう」
「らしくないことをおっしゃる。どんな人間も叩いて刺して動かなくなれば一緒、でしょう?大丈夫ですよ。ここまで運んでくるのにも出入り業者を装いましたし、ばれちゃいませんよ。どれだけ伴侶大事のサイタリ族といえど、死んだ人間を生き返らすことはできません。沼に沈めれば、上がってもきません。証拠がなければ、どれだけサイタリ族が伴侶の仇を討とうとしたって討てぬ理屈。だって『生きている』かもしれないのですからね」
ヤツは小さな声で笑った。いやな空気が漂う。言っていることは分からないが、小市民の生存本能が生存の危機だと訴えてくる。だが、のりまきの身では何もできない。
「沼に沈めるのか。女だぞ」
「ではどうされます?娼館にでも売りますか?生きていればサイタリ族なら必ず伴侶を見つけますよ。この女が俺のことを知り、あなたのことを知れば、どうなります? 森に埋めたとてこれの伴侶が掘り返さぬ保証などないでしょう。サイタリ族の執着はあなたもよく分かっておられるはずだ」
「分かった」
「では、あとはこちらで」
ヤツがこっちを見た。にやりと笑った。まるで私が起きているのが分かっているかのようだった。ヤツは「準備があるんで」といって出て行った。
そのままどれくらいたったのか。深夜に生活するという長ったらしい名前の鳥の特徴的な鳴き声が聞こえてきた。こんなときだけど呑気な声に少しだけ心が落ち着く。
編み笠男は私から少し離れた場所にキャンプ用の椅子の劣化版に腰かけている。見た感じ、腰に剣を佩いているが荒事に手慣れた感じには見えない。これでも私も多少なりとも人を見る目を養ったつもりだ。その勘によると身分はそこそこありそうだけど、頭脳労働系人種に見える。ワラビという前例があるので断言はできないが、ワラビよりは弱そうだ。どっちかというと私よりの肉の付き方である。ならば――。
「おしっこ」
「うん?」
「おしっこ、でる、もれる、ちょっと、いっぱい」
知っている単語をつなぎ合わせる。
ものすごく嫌そうな雰囲気が伝わってきた。そりゃそうだろう。私だって拘束した人間がそんなこと言いだしたら嫌だ。問題はこの男が汚い荷物を運びたくない、もしくは多少なりとも殺す相手にも尊厳をと思ってくれるかということだ。どうせ始末するから放っとこうと思われたら終わりである。
頼む、君の人間性にかけているのだ。迷ってくれ。私の祈りが通じたのか、編み笠男は嫌そうな雰囲気をびしばし出しながら私に近づいてきた。足を縛った縄に男が手をかけた。
「固いな」
男の手がむき出しの足首に触れた、その時だった。
「ハル!」
ワラビが飛び込んできた。
「ワラビ!」
どうしてここにとか、どうでもよかった。助かるかもしれない予感に声が弾んだ。だけどワラビは私と男を見ると、悪鬼の形相に早変わりした。
「どうして、私の伴侶なのに知らない男とそんなことをしているのですか!」
「ない」
よくわからないがものすごく理不尽であることは分かった。私は足首を男に触られたまま、のりまきから首だけをおこし即座に否定した。だがワラビは問答無用、剣を抜いた。
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