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新婚旅行と林檎占い7
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私の語学力と理解力が正しければ私とワラビはそろって三日後に死ぬということ……らしい。
「占いですよね」
「私の占いが外れることは滅多にない」
「でも外れることもあるのですよね」
ワラビは口を開けたまま固まった。服の裾を引っ張った。
「だいじょぶ」
人間とはいつか死ぬものだ。三日後とはいささか急に過ぎるきらいもあるが、こんな言葉も常識も衛生観念も価値観も違う場所でよく生きた方だと思う。
「何を頷いているのですか、死ぬと言われたのですよ」
がばり抱き着かれた。苦しい。
「ごめん」
「何を謝っているのですか」
両肩を掴まれて思いっきり振られた。容赦がない。
ワラビのような強者には分からないだろうが、私はヒエラルキーの最下位だ。弱肉強食の習いに従えば一番に淘汰されるべき人間である自覚はある。だから弱肉強食の最上位にいそうなワラビは、恐らく私に巻き込まれて死ぬのではないかと思ったので謝ったまでなのだが、ワラビが分からない言葉でぎゃんぎゃん吠えだした。鼓膜が破れそうだ。
黒づくめの人が面倒くさそうに手を振った。
とりあえず、場所を変えよう。私はどんな首飾りよりも重いワラビを首にくっつけたまま天幕を出た。
外は中とは違って暑かった。汗が噴き出す。
「ワラビ、はなれ」
速やかに放していただきたい。私の要求にワラビはさらに首に込める手を強くした。殺す気だろうか。
「なんてことを言うのですか。私は、私は……」
いつものロングスカートではなく、今はこざっぱりとした男装のワラビがギャン泣きで絡みつかれると周りからの注目が半端ない。この子ザルはこの男前に一体何をしたのだという容赦ない視線がつきささる。九割九分、私を責める視線である。
「こうなったら、やはり私のものに、三日三晩ともに宿で過ごせば死ぬこともなく」
首筋にかかる息に悪寒が走った。
『今、なんて言った?めちゃくちゃ悪寒が走ったじゃないか』
だてにワラビと一緒に暮らしていない。こういう鳥肌ものの悪寒は私のピンチである。本能には従う主義だ。ワラビを振り払う。
ワラビはものすごく据わった目でこっちを見ている。怖すぎる。恐怖を通り越して危機を感じる。もしかして一緒に死ぬって無理心中とかじゃないのだろうか。愛憎のもつれとか、ただでさえ言語力がもつれているのに遠慮したい。じりじりと距離が詰まる。
「ハル、宿に戻りましょう。おいしいものをまだ食べていませんでしたよね」
ワラビのこれ以上はないほど甘い声に、近くにいた娘さんがはわんと倒れた。低くて甘くてそれでいて……いや、これ以上は公序良俗に反する。私はご主人様、ご主人様、ご主人様。今はお昼で、外で、ぐらぐらした頭に目をつむって唱える。
「ねえ、ハ――」
「ワリュランスさまー」
ぶった切ってくださったのは、さっきワラビにくっついていたお嬢様だった。町娘の風情だが、後ろにいるいかつい護衛の人ががんをとばしているし、髪は貴族のお嬢様のままだしアクセサリーも豪華だ。正直隠す気がないのはばればれだ。食虫植物だってもうちょっとうまく擬態するのに、残念なのか潔いのかよくわからない。
確か名前は――。
「セレーネ様、どうしてここに?」
そう、セレーネだ。
「あら、後でご案内しますと申し上げたではないですか。わたくし、お探し申しましたのよ。それにしても先ほどとはずいぶん趣が違いますわね」
セレーネ様はしげしげとワラビを見た。その横にいる私は眼中にない。もちろんそんなことは通常営業なのでこちらになんのダメージもない。水素よりも軽いのが売りの存在である。
「あの格好では浮きますから」
「確かに、わたくしもほら、似合います?」
セレーネ様はくるりと回った。淡い桜色のスカートがふわりと舞った。もちろん長いスカートだ。パンチラなんてことはない。細いふくらはぎがちらりとのぞいただけだ。だというのに、周りの男たちがおおっと歓声を上げた。
「お嬢様」
「あら、わたくし今は屋敷に見物にきた観光客ですわ。よろしい?」
セレーネ様が見渡せば、周囲の男たちがこくこくと頷いた。
「では、参りましょう。ご案内いたしますわ」
セレーネ様はワラビに向かって手を差し出した。
「申し訳ありません。これからまだ用事がありまして」
「あら、でもおじい様への報告は終わったのでしょう?お茶を差し上げるわ。今の時期は庭のガゼボから見える景色がとても素敵なの。ついていらして」
「ですが――」
「もちろん、このことはおじいさまもご了承のことよ」
つんとすましたセレーネ様はそれだけいうと、ワラビの返事も待たずに歩き出した。振り返りもしない。さすがお嬢様は違う。言っている内容は半分くらいしかわからなかったがワラビが誘われたということは分かった。
「ワラビ、行く。調べるアス」
タまでは言わずに止めた。ワラビは少し目を見張ると頷いた。
「セレーネ様」
「なあに」
セレーネ様がもったいぶって振り返った。
「では一杯だけ」
「もちろんよ。特別なお茶を用意させるわ」
「ハル」
大丈夫。待っているぞと頷くと、ワラビに手を取られた。
「ついてきてください。従者のふり」
「従者」
「はい」
「占いですよね」
「私の占いが外れることは滅多にない」
「でも外れることもあるのですよね」
ワラビは口を開けたまま固まった。服の裾を引っ張った。
「だいじょぶ」
人間とはいつか死ぬものだ。三日後とはいささか急に過ぎるきらいもあるが、こんな言葉も常識も衛生観念も価値観も違う場所でよく生きた方だと思う。
「何を頷いているのですか、死ぬと言われたのですよ」
がばり抱き着かれた。苦しい。
「ごめん」
「何を謝っているのですか」
両肩を掴まれて思いっきり振られた。容赦がない。
ワラビのような強者には分からないだろうが、私はヒエラルキーの最下位だ。弱肉強食の習いに従えば一番に淘汰されるべき人間である自覚はある。だから弱肉強食の最上位にいそうなワラビは、恐らく私に巻き込まれて死ぬのではないかと思ったので謝ったまでなのだが、ワラビが分からない言葉でぎゃんぎゃん吠えだした。鼓膜が破れそうだ。
黒づくめの人が面倒くさそうに手を振った。
とりあえず、場所を変えよう。私はどんな首飾りよりも重いワラビを首にくっつけたまま天幕を出た。
外は中とは違って暑かった。汗が噴き出す。
「ワラビ、はなれ」
速やかに放していただきたい。私の要求にワラビはさらに首に込める手を強くした。殺す気だろうか。
「なんてことを言うのですか。私は、私は……」
いつものロングスカートではなく、今はこざっぱりとした男装のワラビがギャン泣きで絡みつかれると周りからの注目が半端ない。この子ザルはこの男前に一体何をしたのだという容赦ない視線がつきささる。九割九分、私を責める視線である。
「こうなったら、やはり私のものに、三日三晩ともに宿で過ごせば死ぬこともなく」
首筋にかかる息に悪寒が走った。
『今、なんて言った?めちゃくちゃ悪寒が走ったじゃないか』
だてにワラビと一緒に暮らしていない。こういう鳥肌ものの悪寒は私のピンチである。本能には従う主義だ。ワラビを振り払う。
ワラビはものすごく据わった目でこっちを見ている。怖すぎる。恐怖を通り越して危機を感じる。もしかして一緒に死ぬって無理心中とかじゃないのだろうか。愛憎のもつれとか、ただでさえ言語力がもつれているのに遠慮したい。じりじりと距離が詰まる。
「ハル、宿に戻りましょう。おいしいものをまだ食べていませんでしたよね」
ワラビのこれ以上はないほど甘い声に、近くにいた娘さんがはわんと倒れた。低くて甘くてそれでいて……いや、これ以上は公序良俗に反する。私はご主人様、ご主人様、ご主人様。今はお昼で、外で、ぐらぐらした頭に目をつむって唱える。
「ねえ、ハ――」
「ワリュランスさまー」
ぶった切ってくださったのは、さっきワラビにくっついていたお嬢様だった。町娘の風情だが、後ろにいるいかつい護衛の人ががんをとばしているし、髪は貴族のお嬢様のままだしアクセサリーも豪華だ。正直隠す気がないのはばればれだ。食虫植物だってもうちょっとうまく擬態するのに、残念なのか潔いのかよくわからない。
確か名前は――。
「セレーネ様、どうしてここに?」
そう、セレーネだ。
「あら、後でご案内しますと申し上げたではないですか。わたくし、お探し申しましたのよ。それにしても先ほどとはずいぶん趣が違いますわね」
セレーネ様はしげしげとワラビを見た。その横にいる私は眼中にない。もちろんそんなことは通常営業なのでこちらになんのダメージもない。水素よりも軽いのが売りの存在である。
「あの格好では浮きますから」
「確かに、わたくしもほら、似合います?」
セレーネ様はくるりと回った。淡い桜色のスカートがふわりと舞った。もちろん長いスカートだ。パンチラなんてことはない。細いふくらはぎがちらりとのぞいただけだ。だというのに、周りの男たちがおおっと歓声を上げた。
「お嬢様」
「あら、わたくし今は屋敷に見物にきた観光客ですわ。よろしい?」
セレーネ様が見渡せば、周囲の男たちがこくこくと頷いた。
「では、参りましょう。ご案内いたしますわ」
セレーネ様はワラビに向かって手を差し出した。
「申し訳ありません。これからまだ用事がありまして」
「あら、でもおじい様への報告は終わったのでしょう?お茶を差し上げるわ。今の時期は庭のガゼボから見える景色がとても素敵なの。ついていらして」
「ですが――」
「もちろん、このことはおじいさまもご了承のことよ」
つんとすましたセレーネ様はそれだけいうと、ワラビの返事も待たずに歩き出した。振り返りもしない。さすがお嬢様は違う。言っている内容は半分くらいしかわからなかったがワラビが誘われたということは分かった。
「ワラビ、行く。調べるアス」
タまでは言わずに止めた。ワラビは少し目を見張ると頷いた。
「セレーネ様」
「なあに」
セレーネ様がもったいぶって振り返った。
「では一杯だけ」
「もちろんよ。特別なお茶を用意させるわ」
「ハル」
大丈夫。待っているぞと頷くと、ワラビに手を取られた。
「ついてきてください。従者のふり」
「従者」
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