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41 王との出会い2
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広場の静けさが嘘のように賑やかな夜の街を通り抜け、連れていかれたのは王家の森だった。
ただ、私がいつも行っているお肉様たちの住処ではない。直径十メートルほどの灌木に囲まれた広場だった。
「ここは……」
ワラビが広場の入口で立ち止った。オーさんとお姉さんはどんどん中に入っていく。
「ワラビ?」
ワラビの袖を引っ張るも、ワラビはオーさんの背中を見つめるだけで動かない。何を立ち止る要素があるのか。下草も短く刈り取られ、トマトたちの住処に比べれば全然歩きやすい。ぐるりと囲んでいる灌木はなぜか半分くらいまでしかなく、植えられている木の種類も育ち具合も違うのが、微妙だが、所詮人様の庭である。お金や人手の問題でプロジェクトがとん挫するなどよくある話だ。きっとここもそういう結果なのだろう。
もう一度引っ張るもワラビが動かないので、仕方なく一緒にその場に立つ。
オーさんとお姉さんは、一番大きな灌木の前に立つと一礼し、そこから小さな木に向かって歩いていた。途中で止まって礼をする木もあれば、とばす木もあった。一番最後の小さな木の前で一礼した瞬間、どこからか甘い果実の匂いがした。
一番古い木に花が咲いたと思ったら、実になり、朽ちていき、種が落ちた。なんのドーピングだ。ありえない光景に呆気に取られていると、お姉さんは当たり前のことのようにその実を拾うと、オーさんに渡した。
オーさんは用意していたらしい、スコップを手にすると、一番若い灌木の端の空いているスペースに穴を掘りだした五十センチくらい穴を掘ると、こっちを見た。
「さて、アスタをよこせ」
「ない!」
「何をしている、よこせ」
そんな簡単に渡すわけにはいかない。確かめないといけないことがあるのだ。怖いけれど、ミジンコほどの勇気を振り絞る。
「なに、アスタ、アスタ、死んだ」
覚えたての、覚えたくなんてなかった単語だ。
「なにアスタ、悪いした?アスタ、私、たすける。よい人、悪い、ない」
「ああ、そうか。お前あのときの子供か」
オーさんは小さく笑った。いつの間にかワラビと睨み合っていたお姉さんに手を振った。
「やめよ。この者は、アスタを庭師と誤解しているらしい街の子供だ。身元は不確かだが、問題はない」
「お調べに?」
「アスタがな。まあ害はないので放っておいた。だが、まさか首を盗もうとするほど親しいとは聞いていなかったが。そう、確か……クスノキコハル、だったか」
『! どうして』
「言葉が分からぬのか?」
「この国に来て日が浅いもので」
「そうか」
ワラビの返事にオーさんが頷いた。
「アスタ、何死ぬ」
答えるのだ。ミジンコにも五分の魂があるのだ。覆面の奥からの刺すような視線に必死で抗う。オーさん背を伸ばし空を見上げると鼻で笑った。
「それはな、私の副官だった。こんなところにはいるはずのない男だ。私が抜けた領地を守っているはずだった。即位式に来ると言っていた。今頃は王城で式典に私の隣に立つはずだった男だ」
オーさんは穴の前にしゃがんだ。そのまましばらく動かない。大丈夫かと近づいた時だった。
「ふっはははははは。それが裏切り者だ。裏切り者だ? 裏切り者だと!」
オーさんは突然体を前に倒し、くつくつと笑い出した。笑い声というにはあまりにも禍々しいその声は段々と大きくなり、背をのけ反らせていく。人間の体の造りとしてどうなのかというほどののけ反らせ具合に慄いて見ていると、オーさんは拳を振り上げた。そのまま勢いよく拳を地面にたたきつけた。周りの土が弾け跳ぶ。小石が足に当たったけれど文句なんて言える雰囲気じゃなかった。オーさんは何度も何度もたたきつけた。
怒っているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのか、嘲笑っているのか分からない。
ただ、そのどれとも違う強烈な激情と「裏切り者」という言葉だけが分かった。
どれくらい時間がたったのか。オーさんが止まった、と思ったら、ゆっくりとこっちを見た。
「ヨコセ」
殺される。本能を貫く殺気に足から力が抜けた。後ろにいたワラビが抱き留めてくれなければ、腰を抜かしていた。
「ヨコセ」
アスタのことをなんて高尚な理想はどこかにとんでいた。ただ目の前のこの怖い生き物から逃げたかった。それでも手も足も動かない。言われていることは理解できているのに、強烈な感情に焼かれて口が動かない。
「ハル、埋めますよ。渡してください」
ワラビが強張る手から鞄をとり、お姉さんに渡した。お姉さんがオーさんに渡す。
オーさんは鞄を開きもしなかった。
「馬鹿なやつだ。……好きにしろ」
吐き捨てるように言うと、アスタの首をお姉さんに押し付けた。
そのままどこかへ行ってしまった。
埋葬するのではなかったのか、と思ったが、声をかける度胸も語学力もない。
仕方ないのでお姉さんを見れば、大切そうにアスタを抱きしめていた。
ただ、私がいつも行っているお肉様たちの住処ではない。直径十メートルほどの灌木に囲まれた広場だった。
「ここは……」
ワラビが広場の入口で立ち止った。オーさんとお姉さんはどんどん中に入っていく。
「ワラビ?」
ワラビの袖を引っ張るも、ワラビはオーさんの背中を見つめるだけで動かない。何を立ち止る要素があるのか。下草も短く刈り取られ、トマトたちの住処に比べれば全然歩きやすい。ぐるりと囲んでいる灌木はなぜか半分くらいまでしかなく、植えられている木の種類も育ち具合も違うのが、微妙だが、所詮人様の庭である。お金や人手の問題でプロジェクトがとん挫するなどよくある話だ。きっとここもそういう結果なのだろう。
もう一度引っ張るもワラビが動かないので、仕方なく一緒にその場に立つ。
オーさんとお姉さんは、一番大きな灌木の前に立つと一礼し、そこから小さな木に向かって歩いていた。途中で止まって礼をする木もあれば、とばす木もあった。一番最後の小さな木の前で一礼した瞬間、どこからか甘い果実の匂いがした。
一番古い木に花が咲いたと思ったら、実になり、朽ちていき、種が落ちた。なんのドーピングだ。ありえない光景に呆気に取られていると、お姉さんは当たり前のことのようにその実を拾うと、オーさんに渡した。
オーさんは用意していたらしい、スコップを手にすると、一番若い灌木の端の空いているスペースに穴を掘りだした五十センチくらい穴を掘ると、こっちを見た。
「さて、アスタをよこせ」
「ない!」
「何をしている、よこせ」
そんな簡単に渡すわけにはいかない。確かめないといけないことがあるのだ。怖いけれど、ミジンコほどの勇気を振り絞る。
「なに、アスタ、アスタ、死んだ」
覚えたての、覚えたくなんてなかった単語だ。
「なにアスタ、悪いした?アスタ、私、たすける。よい人、悪い、ない」
「ああ、そうか。お前あのときの子供か」
オーさんは小さく笑った。いつの間にかワラビと睨み合っていたお姉さんに手を振った。
「やめよ。この者は、アスタを庭師と誤解しているらしい街の子供だ。身元は不確かだが、問題はない」
「お調べに?」
「アスタがな。まあ害はないので放っておいた。だが、まさか首を盗もうとするほど親しいとは聞いていなかったが。そう、確か……クスノキコハル、だったか」
『! どうして』
「言葉が分からぬのか?」
「この国に来て日が浅いもので」
「そうか」
ワラビの返事にオーさんが頷いた。
「アスタ、何死ぬ」
答えるのだ。ミジンコにも五分の魂があるのだ。覆面の奥からの刺すような視線に必死で抗う。オーさん背を伸ばし空を見上げると鼻で笑った。
「それはな、私の副官だった。こんなところにはいるはずのない男だ。私が抜けた領地を守っているはずだった。即位式に来ると言っていた。今頃は王城で式典に私の隣に立つはずだった男だ」
オーさんは穴の前にしゃがんだ。そのまましばらく動かない。大丈夫かと近づいた時だった。
「ふっはははははは。それが裏切り者だ。裏切り者だ? 裏切り者だと!」
オーさんは突然体を前に倒し、くつくつと笑い出した。笑い声というにはあまりにも禍々しいその声は段々と大きくなり、背をのけ反らせていく。人間の体の造りとしてどうなのかというほどののけ反らせ具合に慄いて見ていると、オーさんは拳を振り上げた。そのまま勢いよく拳を地面にたたきつけた。周りの土が弾け跳ぶ。小石が足に当たったけれど文句なんて言える雰囲気じゃなかった。オーさんは何度も何度もたたきつけた。
怒っているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのか、嘲笑っているのか分からない。
ただ、そのどれとも違う強烈な激情と「裏切り者」という言葉だけが分かった。
どれくらい時間がたったのか。オーさんが止まった、と思ったら、ゆっくりとこっちを見た。
「ヨコセ」
殺される。本能を貫く殺気に足から力が抜けた。後ろにいたワラビが抱き留めてくれなければ、腰を抜かしていた。
「ヨコセ」
アスタのことをなんて高尚な理想はどこかにとんでいた。ただ目の前のこの怖い生き物から逃げたかった。それでも手も足も動かない。言われていることは理解できているのに、強烈な感情に焼かれて口が動かない。
「ハル、埋めますよ。渡してください」
ワラビが強張る手から鞄をとり、お姉さんに渡した。お姉さんがオーさんに渡す。
オーさんは鞄を開きもしなかった。
「馬鹿なやつだ。……好きにしろ」
吐き捨てるように言うと、アスタの首をお姉さんに押し付けた。
そのままどこかへ行ってしまった。
埋葬するのではなかったのか、と思ったが、声をかける度胸も語学力もない。
仕方ないのでお姉さんを見れば、大切そうにアスタを抱きしめていた。
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