計略の華

雪野 千夏

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第45話

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梶谷はすぐにやってきた。

「どうした?急に会いたいなんて、何かあったか」

長い体を二つに折って、私の顔をのぞいた。その目の奥にあるのは私を心配する色、それは決して、宇佐見のような見透かしたり、突き放したりするものではなかった。

「こんな時間にスーツなんて」

抱き着いた。誰かと会っていたのか、なんて自分が思う日がくるとは思わなかった。抱き着いて、抱きしめて、気づく。好きが苦しい。
香水の臭いはしない。少し汗ばんだ梶谷の匂い。
背中に回る大きな腕。あやすように、背中を叩かれた。見上げれば、優しい瞳が下りてきた。髪の生え際にキスを一つ。

「何か話があったんじゃないか?」
「どうしたの、梶谷が甘いなんて」
「別に、俺だって彼女に甘くしたっていいだろう。優しくしたいんだよ。……違うのか?」

ちょっと不安そうに首を傾げたその仕草にさえ胸がうずく。

「違わない、けど。話があるの」
梶谷は優しく笑った。うん、と一つ頷くとソファを背に二人並んで座った。



「そっか、だから山みたいな釣書きがあったのか」
梶谷は私の手を包み込んだ。
望月の家のこと、姉には子供が望めなくて自分が産むように言われたこと、自分は結婚したくないこと、父のこと、子供のこと。梶谷は黙って聞いていた。

「それで、見合いをしたのか?」

頷く。梶谷はもう一度そっか、というとソファにもたれた。腕で目を覆ったまま動かない。何を思っているのか、怖くて自分から口を開くことができなかった。

「いや、よかった。加奈がすごい深刻そうだったから、別れ話かと思ってさ」
しばらくして、梶谷は反動をつけて体を起こした。
「気にならないの?」
「気にならないっていったら嘘になるけどさ、最初の夜に話してたぞ」
「うそ」
「覚えていないみたいだったし、酔っぱらっていたから支離滅裂なところもあったからな。話半分できいてたけど」

梶谷はなんでもないことのように笑った。では最初から知っていて、それでも好きだといってくれたということなのか。熱いものがこみ上げる。

「それにいま、こうやって改めて話してくれて嬉しい、ありがとうな」
梶谷は包み込むように笑った。
「こっちこそ、ごめん、ありがとう」

抱き着けば、大きな手がそっと背中を撫でる。梶谷の胸に顔をよせ目をとじた。
「大体跡継ぎのため、子供作るために結婚しろって一体どれだけ時代錯誤なんだよって話だろ。そりゃ俺だっていつかは加奈と結婚して子供いたらなとか思うけれど、それのために結婚しろっていうのはやっぱ違うだろ」

抱き着いたまま固まった。最後の一言に、私の心の奥が違うと叫んだ。
父への憤慨を初めて誰かと共有できて、子供のための結婚はおかしいと言ってくれた。
好きな人が自分を認めてくれて嬉しい。だけどものすごい勢いで何かが掛け違っている気がした。
言わなければ、顔を上げれば、今まで見たことのないくらい優しい顔をした梶谷がいた。
「俺を選んでくれてありがとう」

梶谷が幸せそうで、幸せそうで、笑うしかできなかった。一度唾を飲み込み、息を整えた。でも、違和感の正体を言葉にする前に肩に大きな手が回って、優しい視線に包まれたらダメだった。彼の目の中に映る自分。彼の目尻にできる笑い皺。心の中にわいた何かが押し流される。吸い寄せられるように口づけていた。抱きついた。頭を抱かれ、太い指が優しく頭皮を撫でた。小指が時折、耳の後ろを引っ掻くように刺激する。

「うっ」
「いい?」

思わず声が出れば、いつもより熱のある声が耳元に落ちた。頷いた。
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