46 / 55
第45話
しおりを挟む
梶谷はすぐにやってきた。
「どうした?急に会いたいなんて、何かあったか」
長い体を二つに折って、私の顔をのぞいた。その目の奥にあるのは私を心配する色、それは決して、宇佐見のような見透かしたり、突き放したりするものではなかった。
「こんな時間にスーツなんて」
抱き着いた。誰かと会っていたのか、なんて自分が思う日がくるとは思わなかった。抱き着いて、抱きしめて、気づく。好きが苦しい。
香水の臭いはしない。少し汗ばんだ梶谷の匂い。
背中に回る大きな腕。あやすように、背中を叩かれた。見上げれば、優しい瞳が下りてきた。髪の生え際にキスを一つ。
「何か話があったんじゃないか?」
「どうしたの、梶谷が甘いなんて」
「別に、俺だって彼女に甘くしたっていいだろう。優しくしたいんだよ。……違うのか?」
ちょっと不安そうに首を傾げたその仕草にさえ胸がうずく。
「違わない、けど。話があるの」
梶谷は優しく笑った。うん、と一つ頷くとソファを背に二人並んで座った。
「そっか、だから山みたいな釣書きがあったのか」
梶谷は私の手を包み込んだ。
望月の家のこと、姉には子供が望めなくて自分が産むように言われたこと、自分は結婚したくないこと、父のこと、子供のこと。梶谷は黙って聞いていた。
「それで、見合いをしたのか?」
頷く。梶谷はもう一度そっか、というとソファにもたれた。腕で目を覆ったまま動かない。何を思っているのか、怖くて自分から口を開くことができなかった。
「いや、よかった。加奈がすごい深刻そうだったから、別れ話かと思ってさ」
しばらくして、梶谷は反動をつけて体を起こした。
「気にならないの?」
「気にならないっていったら嘘になるけどさ、最初の夜に話してたぞ」
「うそ」
「覚えていないみたいだったし、酔っぱらっていたから支離滅裂なところもあったからな。話半分できいてたけど」
梶谷はなんでもないことのように笑った。では最初から知っていて、それでも好きだといってくれたということなのか。熱いものがこみ上げる。
「それにいま、こうやって改めて話してくれて嬉しい、ありがとうな」
梶谷は包み込むように笑った。
「こっちこそ、ごめん、ありがとう」
抱き着けば、大きな手がそっと背中を撫でる。梶谷の胸に顔をよせ目をとじた。
「大体跡継ぎのため、子供作るために結婚しろって一体どれだけ時代錯誤なんだよって話だろ。そりゃ俺だっていつかは加奈と結婚して子供いたらなとか思うけれど、それのために結婚しろっていうのはやっぱ違うだろ」
抱き着いたまま固まった。最後の一言に、私の心の奥が違うと叫んだ。
父への憤慨を初めて誰かと共有できて、子供のための結婚はおかしいと言ってくれた。
好きな人が自分を認めてくれて嬉しい。だけどものすごい勢いで何かが掛け違っている気がした。
言わなければ、顔を上げれば、今まで見たことのないくらい優しい顔をした梶谷がいた。
「俺を選んでくれてありがとう」
梶谷が幸せそうで、幸せそうで、笑うしかできなかった。一度唾を飲み込み、息を整えた。でも、違和感の正体を言葉にする前に肩に大きな手が回って、優しい視線に包まれたらダメだった。彼の目の中に映る自分。彼の目尻にできる笑い皺。心の中にわいた何かが押し流される。吸い寄せられるように口づけていた。抱きついた。頭を抱かれ、太い指が優しく頭皮を撫でた。小指が時折、耳の後ろを引っ掻くように刺激する。
「うっ」
「いい?」
思わず声が出れば、いつもより熱のある声が耳元に落ちた。頷いた。
「どうした?急に会いたいなんて、何かあったか」
長い体を二つに折って、私の顔をのぞいた。その目の奥にあるのは私を心配する色、それは決して、宇佐見のような見透かしたり、突き放したりするものではなかった。
「こんな時間にスーツなんて」
抱き着いた。誰かと会っていたのか、なんて自分が思う日がくるとは思わなかった。抱き着いて、抱きしめて、気づく。好きが苦しい。
香水の臭いはしない。少し汗ばんだ梶谷の匂い。
背中に回る大きな腕。あやすように、背中を叩かれた。見上げれば、優しい瞳が下りてきた。髪の生え際にキスを一つ。
「何か話があったんじゃないか?」
「どうしたの、梶谷が甘いなんて」
「別に、俺だって彼女に甘くしたっていいだろう。優しくしたいんだよ。……違うのか?」
ちょっと不安そうに首を傾げたその仕草にさえ胸がうずく。
「違わない、けど。話があるの」
梶谷は優しく笑った。うん、と一つ頷くとソファを背に二人並んで座った。
「そっか、だから山みたいな釣書きがあったのか」
梶谷は私の手を包み込んだ。
望月の家のこと、姉には子供が望めなくて自分が産むように言われたこと、自分は結婚したくないこと、父のこと、子供のこと。梶谷は黙って聞いていた。
「それで、見合いをしたのか?」
頷く。梶谷はもう一度そっか、というとソファにもたれた。腕で目を覆ったまま動かない。何を思っているのか、怖くて自分から口を開くことができなかった。
「いや、よかった。加奈がすごい深刻そうだったから、別れ話かと思ってさ」
しばらくして、梶谷は反動をつけて体を起こした。
「気にならないの?」
「気にならないっていったら嘘になるけどさ、最初の夜に話してたぞ」
「うそ」
「覚えていないみたいだったし、酔っぱらっていたから支離滅裂なところもあったからな。話半分できいてたけど」
梶谷はなんでもないことのように笑った。では最初から知っていて、それでも好きだといってくれたということなのか。熱いものがこみ上げる。
「それにいま、こうやって改めて話してくれて嬉しい、ありがとうな」
梶谷は包み込むように笑った。
「こっちこそ、ごめん、ありがとう」
抱き着けば、大きな手がそっと背中を撫でる。梶谷の胸に顔をよせ目をとじた。
「大体跡継ぎのため、子供作るために結婚しろって一体どれだけ時代錯誤なんだよって話だろ。そりゃ俺だっていつかは加奈と結婚して子供いたらなとか思うけれど、それのために結婚しろっていうのはやっぱ違うだろ」
抱き着いたまま固まった。最後の一言に、私の心の奥が違うと叫んだ。
父への憤慨を初めて誰かと共有できて、子供のための結婚はおかしいと言ってくれた。
好きな人が自分を認めてくれて嬉しい。だけどものすごい勢いで何かが掛け違っている気がした。
言わなければ、顔を上げれば、今まで見たことのないくらい優しい顔をした梶谷がいた。
「俺を選んでくれてありがとう」
梶谷が幸せそうで、幸せそうで、笑うしかできなかった。一度唾を飲み込み、息を整えた。でも、違和感の正体を言葉にする前に肩に大きな手が回って、優しい視線に包まれたらダメだった。彼の目の中に映る自分。彼の目尻にできる笑い皺。心の中にわいた何かが押し流される。吸い寄せられるように口づけていた。抱きついた。頭を抱かれ、太い指が優しく頭皮を撫でた。小指が時折、耳の後ろを引っ掻くように刺激する。
「うっ」
「いい?」
思わず声が出れば、いつもより熱のある声が耳元に落ちた。頷いた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる