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第31話
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「つまらない話だけど」
前置きすれば、宇佐見にソファに座るよう促された。
夜景のきれいな部屋、これから話すことの汚さに自然と口元に自嘲的な笑いが浮かんだ。
「望月家の事情はご存じ?」
「人並みには。健造氏は随分と封建的だとは聞いているよ。まあ、創業者としての実権も大きいが見合うだけの業績もあげている。優秀な人なのだろう?」
「そうね、経営者としてはましなほうでしょうね」
ソファに腰を下ろす。
「望月家には私の上に姉がいるわ。大学教授に嫁いでいて、とりあえず私の婿が望月家の跡取りになるわね」
「それで」
姉の事情を知っているのか知らないのか、宇佐見は正面のソファにゆったりと構えた。
姉の内情まで話す必要はない。あの胸糞悪い父の話で十分だ。
「それで、私にお鉢が回ってきたってわけです。子供を産め。望月家のために。
父から山のような見合い写真とともにね」
「親から言われたから、それで僕と結婚すると?」
「誰が、結婚すると言いました?」
正面から男の顔を見る。同じ目線で男を見るのは初めてだった。
「ふうん」
意味ありげにそれだけ口にすると宇佐見はソファに寝転がった。長い脚を組む。革靴が黒く光った。視線だけをこちらに流してきた。
すべてを見透かされているようだった。思わず広いソファの上で身じろぎした。
「じゃあ、君は、僕をどうして選んだの? 子供がほしいってあの日言ったよね」
「あの日も言いましたが、勘です。それに、父の思惑通りに結婚するつもりはありません」
「でも、君、最後は僕の腰に足を絡めて来て離れなかったよね」
首筋が赤く染まるのがわかった。体温が上がる。それでも、ここで引けない。
笑え。薄く口角をあげて、笑うのだ。
「久々に気持ち良かったのは事実です。ですが」
色に濡れ始めた視線にできるだけ冷たい視線を投げる。
「私に必要なのは子供であって、夫ではありません。率直にいえば、種さえもらえればそれでよいのです」
「ふうん」
宇佐見は大きく足を振り上げると反動をつけて起き上がった。
「僕を種馬扱いする女は初めてだよ」
「そうですか。みなさんオブラートに包むのが上手なだけでしょう」
「なるほどね、だけど君は嘘つきだ」
「嘘などついていません」
ブルーグレーの瞳がすっと細められた。パーティで見たことのある臼井の男たちと同じ眼光の鋭さだった。
一歩、二歩。それだけでテーブルを回りこまれる。照明を背に、見下ろされた。私がどんな顔をしていたのか。宇佐見は鼻で小さく笑う。
「梶谷剛史」
梶谷の名前に息を呑んだのがまずかった。
気付けば、宇佐見の片膝で私の両膝が割られていた。重心が移動し、態勢が崩れた。肩を押され、背もたれに倒れた。
「面白いことは好きなんだけどね」
そっと長い指が首筋をなでる。やさしい声が耳を侵す。
「正直に話してくれたら、考えてもいいよ」
見合い写真で感じた勘は多分間違っていなかった。だけど、代償は思ったよりも大きいらしい。吐息が耳をくすぐっていく。生温かい体温を鎖骨に感じながら、ゆっくりと体の力を抜いた。
前置きすれば、宇佐見にソファに座るよう促された。
夜景のきれいな部屋、これから話すことの汚さに自然と口元に自嘲的な笑いが浮かんだ。
「望月家の事情はご存じ?」
「人並みには。健造氏は随分と封建的だとは聞いているよ。まあ、創業者としての実権も大きいが見合うだけの業績もあげている。優秀な人なのだろう?」
「そうね、経営者としてはましなほうでしょうね」
ソファに腰を下ろす。
「望月家には私の上に姉がいるわ。大学教授に嫁いでいて、とりあえず私の婿が望月家の跡取りになるわね」
「それで」
姉の事情を知っているのか知らないのか、宇佐見は正面のソファにゆったりと構えた。
姉の内情まで話す必要はない。あの胸糞悪い父の話で十分だ。
「それで、私にお鉢が回ってきたってわけです。子供を産め。望月家のために。
父から山のような見合い写真とともにね」
「親から言われたから、それで僕と結婚すると?」
「誰が、結婚すると言いました?」
正面から男の顔を見る。同じ目線で男を見るのは初めてだった。
「ふうん」
意味ありげにそれだけ口にすると宇佐見はソファに寝転がった。長い脚を組む。革靴が黒く光った。視線だけをこちらに流してきた。
すべてを見透かされているようだった。思わず広いソファの上で身じろぎした。
「じゃあ、君は、僕をどうして選んだの? 子供がほしいってあの日言ったよね」
「あの日も言いましたが、勘です。それに、父の思惑通りに結婚するつもりはありません」
「でも、君、最後は僕の腰に足を絡めて来て離れなかったよね」
首筋が赤く染まるのがわかった。体温が上がる。それでも、ここで引けない。
笑え。薄く口角をあげて、笑うのだ。
「久々に気持ち良かったのは事実です。ですが」
色に濡れ始めた視線にできるだけ冷たい視線を投げる。
「私に必要なのは子供であって、夫ではありません。率直にいえば、種さえもらえればそれでよいのです」
「ふうん」
宇佐見は大きく足を振り上げると反動をつけて起き上がった。
「僕を種馬扱いする女は初めてだよ」
「そうですか。みなさんオブラートに包むのが上手なだけでしょう」
「なるほどね、だけど君は嘘つきだ」
「嘘などついていません」
ブルーグレーの瞳がすっと細められた。パーティで見たことのある臼井の男たちと同じ眼光の鋭さだった。
一歩、二歩。それだけでテーブルを回りこまれる。照明を背に、見下ろされた。私がどんな顔をしていたのか。宇佐見は鼻で小さく笑う。
「梶谷剛史」
梶谷の名前に息を呑んだのがまずかった。
気付けば、宇佐見の片膝で私の両膝が割られていた。重心が移動し、態勢が崩れた。肩を押され、背もたれに倒れた。
「面白いことは好きなんだけどね」
そっと長い指が首筋をなでる。やさしい声が耳を侵す。
「正直に話してくれたら、考えてもいいよ」
見合い写真で感じた勘は多分間違っていなかった。だけど、代償は思ったよりも大きいらしい。吐息が耳をくすぐっていく。生温かい体温を鎖骨に感じながら、ゆっくりと体の力を抜いた。
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